029
「アイリス、あの視線を感じたか?」
場所は陸の鯨亭。フィーネと共に泊まっている部屋だ。フィーネは今所用で外している。
「はい、感じました。やっぱりグランドクエストはもう始まっているんでしょうか」
「どうだろうな。カインとトトリの成長が遅い。フィーネも冒険者になったばかりだ。本来ならグランドクエストはフィーネもカインもトトリももっと成長してから始まっていた筈なんだが・・・・・・」
グランドクエスト。アビスゲート・オンラインでのメインシナリオだ。
簡単に言うと他次元から侵略してくるボスの軍団をプレイヤーたちが倒していき、ラスボスを倒してフィナーレとなる。
まずその尖兵として、ボスの手足がこの世界を保っているクリスタルを破壊しにくる。
ゲームの進行上、全てのクリスタルの破壊を免れる事はできない。ただクリスタルの破片からプレイヤーたちは新たな力を得て次の戦いに臨むのだ。
「他にプレイヤーが居ないのがきついな。ジョブチェンジもできないし、クリスタルに期待だな」
「そうですよ! マスター! マスターはまだまだ強くなれます。ガチャもありましたしね」
「そうだな、廃課金勢としてはガチャの存在は本当に有難い。ガチャを回す瞬間のあの脳汁がでる感覚がやめられないんだよな」
「・・・・・・マスター。その感覚はわかりません」
最後の最後でアイリスは手のひらを返した。やはりAIナビにはガチャを回す感覚はわからないらしい。
だがフィーネも最初はよくわかっていなかったが、ガチャから当たりが出た時の喜びようは半端なかった。
もちろん今後もガチャは回す。オーガから金コインがドロップするようになったので次のガチャは非常に楽しみだ。
「カインとトトリの装備も整えないとな。本当は俺が全部武器ガチャを回したいんだが・・・・・・」
「マスター。それだと無駄な武器ばかり集まりますよ」
「そうなんだよな。デュランダルは優秀な武器だし、これ以上となると金コインでは出ないかもしれん」
ガチャコインは金銀銅だけではない。白金。この場合ではプラチナではなくミスリルコインもあればオリハルコンコインもある。もちろんそれらのコインを得る為にはこれまで以上の敵を倒す必要がある。まだまだガチャの世界は奥深く、それによって出る武器種も多様にあるのだ。
「デュランダルは聖剣の中でも下位装備だからな。だから金コインでも出たんだろうけど・・・・・・これ以上はミスリルコインとかに期待だな」
「その調子です。マスター!」
アイリスとの関係性も進展している。だんだんと口調が砕けて来たのだ。
トントントンと足音が聞こえる。フィーネの足音だ。
ノックと共に「どうぞ」と答えるとフィーネが入ってきた。
「あ、アイリスちゃん!」
「フィーネさん」
「最近は獣人の探索者とかがアイリスちゃんのことを感じているから気をつけないとね」
「そうですね。と、言ってもマスターたちに守って貰うしかないのですが・・・・・・」
アイリスがちょっぴりしょんぼりした声をだす。
「そうだ、今度のガチャ、アイリスも回してみるか? 妖精魔法の魔導書が出るかも知れないぞ」
そう言った瞬間、二人がバッとジンに向いた。ちょっと引く速度だ。
「いいのですか? マスター。貴重なガチャコインを」
「アイリスちゃんも戦力になれるならいいに決まってるわよね、ねぇ、ジン?」
フィーネの圧が強い。アイリスはまだ少し戸惑い気味だが、妖精魔法への願望には勝てないようだ。いや、妖精魔法を使えるようになればアイリスも立派な戦力だ。ジンはそう考えるようにした。
◇ ◇
「なぁ、なんでコインを交換しないんだ?」
二十四層。そこでオーガの特殊個体たちを掃討した後にカインはジンに唐突に問いかけてきた。二十層をクリアしてからもう十日は経っている。それほどまでに二十層台のクリアは難しいのだ。
今までガチャコインは全てジンが回収している。これらは役所やギルドに行けば同じ色の貨幣に交換してもらえるのだ。金コインなら金貨、銀コインなら銀貨に交換できる。
「あ~、それには一応ちゃんとした理由があるぞ」
ただジンたちにとってはそんな端金よりもガチャのが大事だ。故に本来なら交換するコインはとっておき、分配する分でジンの取り分からカインとトトリに配分していた。
「私も気になるわ。ジンはなんていうか、精霊の気配が強いのよね。ただの人族にしては明らかにおかしいわ。だから仲間になるって言った時も反対しなかったんだけど」
トトリが驚きの新情報を出してきた。ジンは残念ながら精霊の気配は感じられない。ただ精霊種のトトリが言うのならば本当なのだろう。
「皆さん、オーガ二、ハイドスネークにヴァンパイアバットが来ますよ」
「お、やるか」
フィーネが警戒を促す。
この階層になるとオーガたちは特殊個体となり、例えばオーガソルジャーは剣を持って出てくる。オーガマジシャンも混じっている。
「蔦走り」
トトリの植物魔法が発動し、ハイドスネークを絡め取る。カインが即座に動いてそれらの首を落とす。
ヴァンパイアバットの相手はフィーネだ。素早い動きによって三角跳びで壁を蹴り、空中に居たヴァンパイアバットを斬り裂いた。
ジンはオーガソルジャーと剣を交わしていた。この階層まで来るとオーガの動きも俊敏になってくる。ただジンの敵ではない。動き出しのわかっている相手だ。後の先を取り、まず腕を剣ごと斬り落とす。
「カイン、任せた」
「応」
ジンはそのまま後ろに居たオーガマジシャンに吶喊する。ファイヤーボールの魔法が飛んで来るがデュランダルで斬り裂く。
驚いたような表情をしているオーガマジシャンの杖を斬り落とし、返す刀で首筋を斬り裂く。
消えゆくオーガマジシャンを見ながら後ろを見ると、カインもちょうどオーガソルジャーを倒した所だった。
片腕になってもオーガソルジャーは強敵だ。だがカインもトトリもレベルが上がっている。一対一なら負ける事はない。
「ふぅ、それで・・・・・・ちゃんとした理由があるんだって?」
「あぁ、コインの話か」
今回は金コインが二枚、銀コインが三枚落ちた。毎回落ちるものでもない為、運が良かったといえる。
「そろそろ貯まってきたし、カインたちの装備も整えるか」
「あ? 俺たちの装備がなんだって」
「いけばわかる」
ジンがそう言うと、ガチャの存在を知っているフィーネが苦笑していた。
◇ ◇
「なんだここ」
「白い・・・・・・部屋? あとアレは何?」
二十五階層をクリアして転移陣に登録した後、ジンたちは神殿にやってきていた。カインもトトリも神殿に何があるのかと訝しげな表情をしていたが、お布施を払い、八柱の神に祈った瞬間、いつも通りガチャ部屋へ通された。
やはりフィーネと同じく、ジンと同じならばカインとトトリもここへ来れるらしい。
「そこにあるのはガチャだ。簡単に言えばこのコインを入れて回すと武器や防具が出る」
「はぁっ?」
「信じられないよね。私も信じられなかった。でもこの魔銀の短剣もこのガチャで手に入れたものだし、ジンのデュランダルもガチャから出たんだよ」
ジンの説明に納得いかないようなカインに対し、フィーネは諭すように言う。
「それで見たこともないような名剣を持っていたのね。その剣、どこで買ったのかずっと不思議だったのよ。オーガソルジャーと打ち合っても刃毀れ一つしないし、メンテに出している気配すらなかったしね」
トトリはジンの腰にあるデュランダルを見てそう言った。
「とりあえず回してみればわかるさ。何が出るかは俺もわからんけどな」
この十日間、当然休みも取ったが迷宮の深層と言って良い場所で戦ってきた。ジンもフィーネも、カインもトトリもBランクに昇格した。
それはもちろんのこと、アイリスのアイテムボックスのお陰で大量のドロップアイテムを余すことなく持ち帰れたからだ。
「貴女が妖精ちゃん? 初めまして」
「はいっ、初めましてっ。アイリスです」
「はぁっ? 妖精? なんで妖精がこんなところに」
姿を現したアイリスにトトリはすぐに挨拶をする。だが何も聞かされていなかったカインは驚きに満ちていた。
「いいからいいから。とりあえずガチャを引こうぜ」
「そのガチャってのがよくわからねぇんだけどよぉ・・・・・・」
「コインを入れて取っ手を回せばいいんですよ。良いものが当たると出てくる珠の色が変わります」
こればっかりは実際にやってみるしかない。
ジンはフィーネ、カイン、トトリ、そしてアイリスにもガチャコインを配分していった。




