025
ゲイホーンの本拠地はスラム街にある。
バラックが並ぶ中でひときわ大きな屋敷。そこにバーティアは居た。
バンッ。
ゲイホーンはマフィアの中でもトップクラスだ。その分抗争も多い。またぞろどこかのマフィアが攻めて来たのかとバーティアは警戒した。
「何の音だ!?」
「姐御。落ち着いてくだせぇ」
バーティアの執務室は三階にある。ゲイホーンの構成員たちがたむろしているのは一階だ。
ここまで音が聞こえてくるのはおかしいと判断する。
バーティアの側近たちも落ち着けと言う割には気にしている。決済書を放り投げて側近たちを連れ、様子を見に行く事にした。
「血の匂い? 戦いの音? 抗争かい?」
「まずいですぜ、ちょうど最近は落ち着いていた時期だってのに・・・・・・」
バーティアが部屋を出た瞬間、うっすらと血の匂いがした。構成員たちが遊びで戦っている程度ではここまで匂いは届いてこない。
蜥蜴人族のバーティアに取って匂いはそれほど敏感ではない。犬人族の側近の耳が立っている。それだけヤバイ状況なんだろう。
「姐御、ヤバイですぜ。こっちの悲鳴しか聞こえない」
「すぐ行くよ。全員総出で対処するんだ」
こいつがヤバイと言うことなんてそうそうない。それこそ前の抗争の時に死人が何十人も出た時くらいだ。
バーティアは五人の側近を連れて、争いが行われているであろう一階に降り立った。
むわっ。
血の匂いがここまで漂ってくる。またバンと大きな音がなる。
犬人族の男にとっては耐え難い音だったようで、耳を抑えている。
「あんたら、何してるんだい」
「姐御、危険ですから飛び出さないでくだせぇ」
バンとホールのドアを開ける。先程よりも血の匂いが濃くなる。
何事かと見ていると中にいた筈の構成員の半分くらいは地に倒れている。ただ耳を押さえていたり目を押さえていたりで死んではいないようだ。
ガキンガキンと戦いの音が聞こえる。側近の影で見えなかったがやはり戦いは起こっているようだ。
「うぐぁっ」
「この野郎っ!」
蛇人族の腕が空を舞う。同時に戦っていただろう男の剣が飛んで壁に刺さった。
総じて立って戦って居るものは蛇人や蜥蜴人といった音や光に強い者だ。
対峙しているのは当然ジンだ。デュランダルを操り、眼の前の敵をひょいひょいと屠っている。
PvP世界No.1は伊達ではない。最近は勘を取り戻していることもあり、対人戦でも十分に動けるようになった。
「このアマっ」
「ちょろちょろしやがって」
フィーネも負けてはいない。斥候としての技能を活かし、ヒットアンドアウェイでマフィアたちを翻弄している。
殺している数はジンよりも少ないが、その分手数が多いので腕や足に怪我を負わせて戦闘不能に追い込んでいる。
「あんたら何してるんだい。たった二人の鉄砲玉なんかにやられて・・・・・・。ガッツ、やってきな」
「応」
ガッツと呼ばれた身体の大きな狼人族。巨大なシミターを持ってジンの元へ走る。
「おらぁっ」
「おっ、速いな」
閃光のようなシミターの一撃。それはジンのデュランダルによって阻まれた。そのままガッツは押し込むように力技でジンを倒そうとするがするりと抜けられてしまう。
(まずい、こいつ対人戦に慣れてやがる)
一合でわかった。ジンの異常な戦闘能力に。
切り込み隊長として常に先陣を張るガッツに取って、相手の戦闘能力の分析は必須だ。
そして先代の娘であるバーティアを守る者として負ける訳にはいかない。
(勝てる・・・・・・か?)
シミターを裂帛の気合とともに振る。ジンはダッキングしてそれを避け、懐に入ってくる。足を狙った一撃を片足を上げる事で避け、戻ってきたシミターを縦に振る。
半身になってジンはそれを避け、シミターの上からデュランダルを薙ぐ。
「くっ」
咄嗟にスウェイでそれを避け、シミターを払うように引き戻す。ジンも同時にデュランダルを引き、三歩下がった。
これでまた同等だ。いや、むしろ最初の一撃が奇襲気味だったのもあって分は悪いかも知れない。
(相対してみると底しれないな)
ジンに裏の者の匂いはしない。
むしろ冒険者か探索者だろう。なぜゲイホーンを襲ったのかは判断がしづらい。冒険者も探索者も、裏社会とは距離を取るものだ。傭兵などは別だが、よほどのことがない限りは裏に落ちては来ない。更に襲撃をたった二人で掛けるなど尋常ではない。
「お前はなんだ?」
「どういう意味だ? ジン、Cランク探索者であり、Bランク冒険者だ」
「そうか、俺はガッツ。お嬢の護衛だ。何しにきた。何が目的だ?」
「喧嘩を売ってきたのはそっちだろう? 三人の獣人が襲ってきたぞ」
ガッツはそう言われても思い当たる節はなかった。だが血の匂いの中でおかしな匂いがする。そこに思い当たる節があった。
「妖精持ちか!」
「お、ようやく思いついたか。どうだ、喧嘩を売ったのはそっちだろう? 落とし前をつけておかないと何度も来そうだったからな」
ジンはそう言って剣を正眼に構えた。ガッツもシミターを担ぐように構える。
「それで襲撃しようってのがありえねぇんだけど、なっ」
担いでからの袈裟斬り。ジンはステップを踏んで避ける。同時に閃くように剣が迫る。今度はガッツがダッキングしてそれを避ける。
腹へのフック。半歩下がったジンが躱す。ジンの唐竹割り。サイドステップで避ける。
二人の剣が交差する。ガツンと柄の部分が当たり、力で押し切ろうとするがそれは敵わない。
(人族がこの膂力だと!?)
本来獣人は魔法が使えない。その代わりに魔力は身体強化に使われている。元来人族よりも強い獣人が身体強化を使えばどうなるか。
身体能力で負けることは本来、ない。
だが鍔迫り合いは互角。剣の腕もガッツよりも高いかも知れない。これはまずいと思った。
ほんの数合。手を合わせただけでガッツにはわかる。
(このままでは負ける)
「お嬢! 俺が負けたらお嬢含めて全員殺される。その前に手打ちだ」
「なんだって!?」
バーティアはガッツとジンの戦いを見るまではジンのことをそこまで評価していなかった。
精々下っ端を何人か殺した程度。きちんと《わからせてやればいい》。
だが信頼しているガッツと互角の勝負を演じている。ガッツは武闘派の中でも最も腕の立つ獣人だ。
故にガッツとジンの戦いには誰も参戦できなかった。戦いが高度すぎてついていけないのだ。
(そんなにかい)
そのガッツが自身の負けを感じている。その事に恐怖を覚えた。
バーティアも腕にはそこそこの自信はある。だがジンとガッツの戦いは全く見えなかった。それほどの差異があるのだ。
「わかった。手打ちだ。お前ら、そこまでにしろ」
そう言った瞬間、部屋の温度が上がった気がした。ジンの殺気が消えたのだ。それに気付いた瞬間、バーティアは背筋から汗が止まらなくなった。




