002
「くっ」
フィーネは戦況を見て苦い表情をした。
負けはしない。それほどコマイ村の自警団のレベルは低くない。ただ無傷とは行かない。死人も出るかもしれない。
今回の襲撃はそれほどの大きさだった。
ゴブリンが二十体ほど。そして問題なのが猪頭鬼が三体も紛れていた事だ。
ゴブリンは上位に値する魔物に餌付けなどをして護衛のように共に行動する事がある。今回はそれがオークだったと言うだけだ。
「はぁっ」
短剣を振る。鉄の刃が一体のゴブリンの首を斬り裂く。そこにオークが乱入してきた。人の胴体ほどの棍棒を持っている。アレは盾でも受けられない。
ドォン。
オークの一撃を避けると地面が吹き飛んだような音がした。ビリビリと空気が震え、耳が痛い。オークはフィーネを見てニチャリと笑った。ただしその気持ち悪い笑みはすぐに崩れる事になる。
「惜しかったわね」
フィーネもただそれを見ていた訳ではない。隙を晒したオークの脇腹に短剣を突き刺し、暴れられる前に蹴りを放って短剣を抜く。
これだけでは致命傷にならないが動きはかなり鈍くなる筈だ。
ただ安心はできない。オークはまだ二体も居る。それにゴブリンにもマジシャンが混じっており、森に近い小屋を燃やされてしまった。
動きの鈍ったオークの攻撃を幾度か躱し、ついに心臓に剣を突き立てることができた。これで一体。
「フィーネ様、下がってください」
「ダメよ、私が下がったら戦線が崩壊する」
自警団の男が声を掛けてくるが即座に却下する。
フィーネは自警団の団員ではないが、村の中では若いのにかなりの戦力だ。彼女が戦線を離脱すればそれだけ村人に被害が増える。
村長の娘であるフィーネにとって村人とは大事な家族であり、財産でもある。一人でも損害を少なく今回の襲撃を跳ね返す。フィーネの頭の中はそれでいっぱいになっていた。
「右翼からゴブリンが来ているぞ」
「マジシャンを射れ。これ以上村を燃やされてたまる物か」
「ジモンがやられた。誰か増援を」
フィーネがゴブリンたちと戦っている間にも戦況は変化している。
状況はやや優勢。ただし二体のオークを抑えるのに三、四人の自警団が必要になっている。それだけ数の差が出る。
「くそっ」
フィーネは焦っていた。他の村人も必死に村を守っている。それでも幾人か怪我人が出ているし、防衛線が崩れそうな部分も散見される。どこかが突破されたら非戦闘員に損害が出るかもしれない。
ここ、村と森との境界でゴブリンたちを撃退しなければならない。
「ぐあっ」
「フィーネ様っ、そっちにオークが行きます」
「わかった」
二体目のオークは先程のオークよりも一回り大きい体躯をしていた。それだけ膂力があるという事だろう。強敵だ。
一体目のオークと同じく避けに徹し、隙があれば斬りつける。だが致命的な隙は見いだせず、皮や肉を傷つけるだけでなかなか倒しきれない。
瞬間、ゾクリと背筋を寒気が走った。左後ろに急に気配を感じる。
(ゴブリンアサシン!? 居たのすら気づかなかった)
不幸な事にオークの一撃を躱したばかりだ。体勢が多少崩れてしまっている。オークの次の一撃ならば躱せるかもしれないがすでに後背に回ってしまっているゴブリンアサシンのナイフは体勢的に躱す事も受ける事もできない。
南無三。フィーネは死を覚悟した。しかしその瞬間は訪れなかった。
「ふぅ、間に合ったか」
「マスター、ギリギリでしたね」
青い美しい妖精を連れた見知らぬ男。革鎧すらつけておらず、どう見てもそこらの村人にしか見えない。持っている剣も自警団の剣だ。そこらから拾ったのだろう。その剣がゴブリンアサシンの胴を両断していた。一撃でゴブリンの胴を両断できるものはそう居ない。達人だ。そう確信した。
「おっと、お前の相手は俺だ」
迅がオークに突っ込んでいく。
「バカッ、正面から行くなんて」
ジンにフィーネの心配など必要なかった。迅は唐竹割に振り下ろされたオークの棍棒を紙一重で避け、胴を切り裂いた。見事な一撃だったが、なにか違和感がある。ただその違和感はなにかわからなかった。
「ブギィ」
オークが腸を溢しながら断末魔を上げる。そこに迅の剣が素早く首を薙いだ。巨躯のオークが音を立てて倒れる。
まさか二撃でオークが倒れるとは思わなかった。そんなことをできるのはゾブイと自分か今ここに居ない兄だけだろう。
「戦いはまだ終わっていないぞ」
フィーネはそう言われてハッとした。戦いはまだ続いている。見惚れている場合ではない。
「助けてくれたことは感謝する。だが誰だお前は」
「そんなことはコレを片付けてからで十分だろう?」
そう言って迅は密集しているゴブリンの集団に飛び込んで行った。
「なんだあいつは。いや、私も戦わねば」
フィーネは苦戦している自警団の所に駆け寄り、ゴブリンたちを斬り伏せていった。
ゴブリンは劣勢になっても逃げない。三体目のオークも槍兵が止めを刺したようだ。
迅が参戦して明らかに優勢になった。そして一度形勢が傾けば幾度もゴブリンの襲撃を跳ね返している自警団の敵ではない。
しばらくしてゴブリンマジシャンが弓兵によって倒され、ゴブリンの襲撃は終わった。
ただこれで終わりではない。負傷者を運び、適切な治療をしなければならない。
燃やされた狩人の小屋や倉庫も再建しなければならない。それらはフィーネの仕事ではないが、フィーネも村の一員としてしっかりと働くつもりでいた。
◇ ◇
「治療の心得があるんだな。それと助勢、助かったよ。あの瞬間、死ぬことを覚悟した」
「あぁ、いいさ。俺としてはいきなり村が襲われていてびっくりしたのが一番だけどな。治癒魔法が使えれば良かったんだけどな」
「いや、治癒士はそうそう居るもんじゃない。実際この村にもいないしね。だからあんた……、そう言えば名前を聞いてなかったね。私はフィーネ。村長ハーラルの娘、フィーネだ」
「俺は八神迅。いや、……もうジンか。ジンと呼んでくれ」
「ジン……、改めて感謝する」
フィーネはジンに礼を言った。ジンが名前を訂正したことは気になったがあえて突っ込んだことは聞かなかった。
ゴブリンの襲撃が終わり、後片付けとなったが、重症者四名、軽症者八名、他の者も多少の怪我のないものは居なかった。
村の集会所に怪我人を集め、薬草などで治療をしていたがジンは率先して手伝ってくれていた。
(さて、どれだけの謝礼を要求されるんだろうか)
フィーネは感謝もしていたが警戒していた。何せジンがどのような人間かわからない。急に助成してくれてゴブリンたちの襲撃は殲滅できた。ジンの活躍は自警団数人分に匹敵する戦果だった。
それには素直に感謝している。ただそれも──普通はタダとはいかないものだ。更に怪我人の治療まで手伝って貰ってしまっている。
(アレだけの腕の冒険者に払うだけの蓄えはうちの村にはない……)
ゴブリンとオークの襲撃を死人なしで乗り切れたのはジンの力が大きい。
冒険者を雇えば銀貨では利かないだろう。最低でも大銀貨、もしくは金貨が必要になる。
「ん? とりあえず飯を食わして欲しいな。腹が減った」
ジンの返事はあっけらかんとした物だった。がめつい冒険者なら金貨を何枚も請求されてもおかしくないと思っていたフィーネはぽかんと放心した。
だがとりあえず謝礼を即座に要求されることはないとわかった。ならばこちらからは話に出さないようにする。代わりに違う言葉を出した。
「とりあえず返り血をなんとかしろ。酷いぞ。その間に食事は用意しておく。服も父の物を用意しよう」
「あぁ、ありがとう。井戸借りるよ」
ジンはそう言って血塗れの姿のまま井戸の方に向かっていった。
(うそ、本当に報酬の話とかしない?)
フィーネはぶんぶんと首を振った。無報酬で命を掛けて戦う冒険者などいない。ただジンなら法外な報酬を要求することはないだろう、となんとなく思った。




