017
「オーガだと!? しかも特殊個体。Aランク案件じゃぞ」
ギルドに報告しにいった時のガルードの反応は劇的だった。
「証拠はある。この角だ」
オーガは二本の捻じくれた角がある。それを討伐証明として斬り落としてきたのだ。これを斬るためだけの専用の鋸を買うハメになった。
「本当じゃ。お主の剣では倒せるものじゃないぞ。どうやって倒したんじゃ」
「口を開けて噛みついて来た時に剣を突きこんだ」
アレは紙一重だった。だがその寸分の一秒が生死を分けた。そしてその寸分の一秒は噛みつきのモーションがわかっていたからだ。
ゲームの知識がなければジンもフィーネもこの場に立っていなかっただろう。
「東の森の警戒度を上げねばならん。多数のオークがジンたちから持ち寄られておる。これだけでオークの集落があるのは確定じゃ。オークリーダー、いや、ジェネラルがいる可能性がある。更にオーガの特殊個体じゃと。他の冒険者なら帰ってこずに捜索隊すら返り討ちに合う可能性があった。感謝する」
ガルードは小さく、しかししっかりと頭を下げた。つるりとした禿頭が見える。ジンより大きいガルードのつむじの位置まではっきり見えるほどだった。
それだけでギルドがざわついた。元Aランクの、畏れられているギルドマスターが来たばかりの新人に頭を下げている。
「おい、ギルマスが頭を下げてるぜ」
「あいつ最近来ていつもギルマスと一緒に居る奴だよな」
「くそぅ、フィーネちゃんうち来てくれないかなぁ」
「ムリムリ。あんなイケメンでギルマスと引き分けるDランク冒険者だぞ。実力はB以上だ。フィーネちゃんとの模擬戦見たことあるか。勝てる気がしないぞ」
ギルドで管を巻いている冒険者たちがたちまち噂話を広げるが、ジンは平然としていた。
もし物語のようにジンたちに絡んでくるようならば対処しなければならなかったが、そうはならなかったようだ。
ジンも冒険者たちを気の良い仲間だと思っている。間違っても殺したくはない。
「オーガの死体も持ってきてるんだろう? 出せ」
「わかった」
ガルードと解体場に移動して、オーガの死体を出す。オーガの死体は傷だらけだった。とても素材として使えるとは思えない。
止めの一撃で牙を折り、腕や足などには剣戟の痕が残っている。傷のない部位などなく、皮は使い物にならないだろう。
「それにしてもお前、その剣どこで手に入れた? うちの街じゃ手に入らん代物だろう」
「聞くな。強いて言うなら神から賜ったんだ」
「なんだそりゃ。嬢ちゃんの短剣も魔銀製になっておるしお主たちは信じられん。早く護衛依頼を受けろ。B級に推薦してやる。オーガの特殊個体を倒せる人材なんぞ早く級を上げんとギルドの損失でしかない」
「わかった。じゃぁ迷宮都市へ行く依頼を勧めてくれ。次の目的地は迷宮都市だ」
そこにはフィーネの兄も居ると言うし、目的のNPCに早く出会いたいと言う欲望もある。
最推しのソフィアは王都の教会の奥地で聖女をやっているだろう。会えるのはいつになるのかわからない。
だが迷宮都市には必ず味方に引き入れたいものたちがいる。
フィーネがいたのだ。ならばあいつらもきっといる。
そしてジンの野望の為には必ずあの二人の助けがいる。
「明日来い。そして今日は休め。疲れが目に見えておるぞ。明日も明後日も休め。これは命令じゃ」
「仕方ないな、そろそろ休養を入れようと思っていたところだ。素直に従っておくことにするさ」
ジンはアイリスとフィーネを連れて、ギルドを去った。
◇ ◇
それから三日休養を取った。
「ねぇねぇ、ジン。ここのスイーツ美味しいよ」
「お、本当だ。美味いな」
「この街に来てからこんなにゆっくりしてなかったからね。今日はいろんなお店を回ろうよ」
フィーネは街に来た事はあるが街を歩いたことは殆どないらしい。
昨日は服屋巡りにアクセサリーをちょろっと。もちろん服屋だけでなく布屋も見た。この世界の人間は布を買って自分で服を作るのは当たり前らしい。
服屋には可愛らしいものは少ないのでその影響だろうか。街を歩いていても自作なのか店舗で服を買ったのか見分けられる人すらいる。
(女の子の服を選ぶのは長いって聞いていたけれど、あんなに長いなんてね)
昨日のフィーネが思い返される。たった三つの服を選ぶのに二時間も掛けたのだ。更にジンの服も選んでくれた。黒系のスマートな奴だ。忍者に見えなくもない。
ジョブ・服飾士の経験があるのでジンは多分布から服を作ることができる。ただしポーションなどと同じで材料を集めたらワンボタンで出来上がってしまったので、ちまちまと縫ったことはない。
ゲームでそこまでリアルにしてしまうとあのゲームの良さが壊れてしまう。
ただ自分で作った服は何かしらのバフを乗せる事ができたので一度トライしてみようとは思った。
そう考えている瞬間、フィーネにぐいと袖を引かれた。
「ねぇジンくん、あの屋台の匂い、美味しそうだよ」
「確かに。他の屋台とは違う匂いがするな。トライしてみるか」
「うんっ」
フィーネは嬉しそうに屋台に走り去っていった。
街の中でも治安はそれほどよくない。フィーネを一人にして良いのかと疑問が沸いたが、このギルドの訓練場をみる限りフィーネを一撃で倒せる猛者はいない。
集団で囲えばなんとかだがフィーネにはアイリスがついている。それにジンの手の届く範囲にいる。
(大丈夫だ)
ジンは過保護になっていた。フィーネが一度死んだかもしれないと思った時、一瞬世界が真っ暗になった。
それほどフィーネの事が大切な存在になっていたのだ。
(さて、どうするかな)
「ジンく~ん」
と手を振るフィーネに近寄りながら、ジンはこれからのフィーネの扱いと自身の将来を考えていた。
「んふっ、おいひいね。これ」
「ゆっくり食べて飲み込んでから喋ろう、フィーネ」
「ふぁ~い」
屋台に出ていたのは水餃子に似た食べ物だった。スパイスが効いていてなかなかに美味だ。
こんな屋台、喫茶店巡りをすでに五つくらいやっている。フィーネの胃袋が心配だが全く問題なさそうにフィーネは大きめの水餃子を頬張っている。
「可愛い」
「えっ、ぶほっ、何っ?」
「何でもない」
心の声が漏れてしまったようだ。ただし嘘はない。
フィーネの容姿は優れているし冒険者の相方としても全く問題ない実力を持っている。
魔銀の短剣を持っていればオーガの特殊個体すら自力で屠っただろう。
それはデュランダルを得たジンにも言える。
ちなみに鋼の剣は研ぎに出している。二人の剣の草臥れ具合を見て、何と戦ったのかと激しく問われたものだ。
「もぅっ、そういうとこだぞっ」
「どういうとこだ?」
ジンが惚けるとフィーネは顔を真っ赤にして後ろを向いて水餃子をフーフーとして食べ始めてしまった。
こういう小動物的なところも可愛いのだ。
だがこれは恋なのかと言うと少し違うような気もする。
ただフィーネの事は命を懸けてでも守ろうと言う意識が強い。
フィーネがジンに惚れているのはもうほぼ間違いないだろう。
幾度も好感度アップの天の声があったし、元々の好感度がおそらく高かった。ジンのアバターのイケメン度合いを見ればわかりやすいと言うものだ。
更にジンは強い。客観的に見ても最高峰だ。本気を一度出して見たが、まだあの先があると感じた。まだこの身体に馴染みきっていないのだ。
ジンがこのアバターに馴染みきった時、プレイヤージンとしての力を全て発揮できる。それはエンドコンテンツすら一人でクリア出来てしまうほどの力だ。
「ジンも格好いいよ」
水餃子を食べ終わったフィーネはこちらを向いて、小さく呟いた。




