013
「はぁっ、よしっ」
「気を抜くな。フィーネ。横から来てるぞ」
「わかっているわ」
「頑張ってください、フィーネさん」
ちょうど三体のオークが居た。奇襲のチャンスだったがそれでは意味がない。故にフィーネは姿を現し、ゆっくりと自分が獲物であることを知らしめてから戦いに入った。
オークは鼻が良い。奇襲しようとしてもどうせ成功しなかっただろうけれど。
(いける!)
ジンの言う六対二対二の配分は完璧だった。まず正面の敵を撃破する。それを決めて後の動きを決める。
二の配分でも避ける事はできる。実際今も棍棒がギリギリを掠めていった。
だがそれだけだ。
当たってはいないし、フィーネには傷一つない。
真ん中のオークが倒れた事によって二体のオークが左右に分かれる。
「右っ」
即座に相手を決める。倒れたオークの死体で左のオークは阻まれている。その瞬間を狙う。
「疾っ」
フィーネはオークの脇腹にダガーを渾身の体重を籠めて突き刺した。喉は残念ながら見えなかった。即座に右腕の反撃が来たのでそれを避ける。風圧で髪の毛が揺れる。
右のオークが鈍った時と同時に後ろから左のオークの攻撃が来た。ただそれも読めていた。故にちょっと身体をずらすだけで躱した。同時に腕に攻撃を食らわせる暇さえあるほどだ。
「これで二対一ね」
元気ピンピンのオークではない。片方は脇腹に大きな穴が空いており、血がドクドクと流れている。あれでは右腕を上げる時に引きつるだろう。
もう片方のオークは腕に傷を負っている。あちらは後だ。
フィーネは優先順位をつけ、だんだんと移動し、オークの位置のバランスを崩していった。
「やれるわ!」
「フィーネ、油断した時が一番危ない。気をつけて」
「油断なんてしてない!」
いや、フィーネは油断していた。今までの成功体験。そしてジンが後ろに居ると言う安心感。二体のオークが傷ついていること。
傷ついた魔物ほど怖い物はない。それをずっと自警団に居た頃に言い聞かせられていたのにそれを高揚して忘れていたのだ。
「ブモオオオォォォッ」
オークが吠えた。咆哮と言うほどの威圧はない。だが痛みを我慢して棍棒を振るうと決めた目だった。オークも自身の存亡を掛けて戦う相手だと認めたのだ。
今までフィーネは獲物だった。故にオークも簡単に勝てると思っていたのだ。それが油断だ。今まではオークが油断する側だった。だがもうその油断はない。そしてそれにフィーネは気付かなかった。
「ちっ、アイリス。動くぞ」
「はいっ、マスター。フィーネさん目を閉じてくださいっ」
脇腹が引きつっている為、いつもとは違う軌道で棍棒が迫ってきた。避けられると思った。だが違った。フィーネの腕に掠り、腕が吹き飛んだかと思った。確実に折れた。
瞬間、強烈な光がオークとフィーネの間に現れた。フィーネは事前に言われていたのでアイリスが現れると同時に目を閉じたが、それでもまだ瞼の裏がチカチカとしていた。フィーネは一歩下がって目が回復するのに費やしていた。この瞬間にもオークに殺されるかもしれないと怯えながら。
「悪いな。まだフィーネを殺させる訳にはいかない」
ジンはそう言って手負いのオークの腕を斬り落とした。同時に震脚を行い、右肩で体当たりを喰らわせた。蹈鞴を踏んだオークは体勢を崩し、半死半生の状態にあるオークなど敵ではない。一刀の元に斬り伏せ、もう片方のオークの棍棒をギリギリで避ける。同時に放たれた抜き胴がオークの腹を裂く。
腸をぶちまけたオークは苦しみながら倒れていった。苦しませるのもアレなので止めを刺しておく。
「ふぅ、危なかったな。でもこんな苦難は山程ある。俺だってゲームで無傷なんてそうそうなかったんだ」
傷ついて痛覚がないのに戦うのに苦労する相手がいるのだ。これでフィーネのように腕を折られたらどうだろう。戦力半減では済まない。
オークの傍に銀色の光るコインがあった。これを持っていくと同じ銀貨に交換してくれるのだ。
銀の含有率は銀貨よりこの銀のコインの方が高い。故にそんな交換が成り立つのだろう。
ただこのコインには見覚えがある。資産として管理すると言う名目でジンは落ちた銅コインも銀コインも取っていた。
「このコインがあるということは、ガチャもある!」
ジンはギュッとそのガチャコインを握りしめた。
◇ ◇
「ポーションってそんなに効くのか。高いのも納得だな」
「私は納得いかないわ。あんなのに油断するなんて。痛いっ」
フィーネの腕は完全に折れていた。だが綺麗に折れていたので整復の必要はない。ポーションを飲んでしばらくすると腫れていた腕がみるみるうちに腫れが引いていく。
骨も繋がった感触がある。それをジンに伝えるとジンは驚いていた。
「手負いの魔物は危険だ。本気になったオークを相手にしたことがなかったんだろう。今まではオークが油断していただけだ」
「そうね、あんなに早く棍棒が振られるとは思って居なかったわ。避けるのが間に合わなかった。悔しいわ」
「その悔しさはバネにすればいい。幸いポーションで治って命もある。次があるのさ。普通は油断すれば次はない」
ジンは本気の目でフィーネに語った。
フィーネも反省していた。本気のオークと今まで戦った事がなかったなんて思ってもみなかった。
だが今までのオークは基本的にゴブリンに操られていた。指揮者が拙ければオークも本当の本気を出すことは出来ない。
「アレが本気のオークなのね」
「そうだ。だがもう大丈夫だろう。間合い、スピード、全て覚えた筈だ。特殊個体が出てこない限りは問題ない」
オークにはオークソルジャーやオークタンクなどの特殊個体がいる。身体がでかいからかオークアサシンは居ない。そこらへんは不思議だが、一番問題なのはオークマジシャンだ。
魔法を操り、後ろから攻撃してくる強敵だ。
「オークソルジャーやタンクくらいならなんとかなるがマジシャンがな。投げナイフでは倒せん」
「そうね、私の攻撃方法では届きすらしないわね」
「間合いに入れさえすれば余裕なんだけどな」
ジンはそう言って自身の手にある美しい鋼の剣を布で拭いた。
「さぁ、剥ぎ取りをしようか。オークの肉は高く売れるからな。美味しい獲物だ」
「そうね、倒せさえすれば……ね」
フィーネは自分でさえ苦戦したのだ。なったばかりのDランク冒険者では三体相手は厳しいのではないかと考えた。
あとアイリスのアイテムボックスの存在も大きい。オークは二百キログラムを超える重さがある。それを全て入れられるのだ。
通常のパーティでは一体持ち帰るのが精一杯だろう。
だがアイリスならば十体のオークすら全て持ち帰る事ができる。
「アイリスちゃんは優秀ね」
「そうでしょうそうでしょう。私は優秀なんです」
アイリスはパタパタと羽ばたきながらない胸を張った。
「よし、行こう」
「わかったわ。もう油断はしないんだからね」
ジンはオークの魔石を取り出して、アイリスのアイテムボックスにオークを丸ごと放り込み、フィーネを連れ街へ向かっていった。




