011
「今日はEランクの依頼をやる」
「わかったわ。これかしら……、灰色狼の討伐。二人だと群れに当たると辛いわね」
「三人ですよ」
どこからかアイリスの声が交じる。
どちらにせよ三人でも厳しい依頼だ。だがジンはその依頼を軽く取った。
「や、やるの?」
「大丈夫だ。問題ない」
前にも同じ事を言っていた。そして本当に大丈夫だった。ジンの自信はどこから来るのかフィーネは知りたいと思った。
ジンは戦闘に関しては前世の記憶が頼りになることを幾度もの経験から知っている。当然知らない事も出てくるだろう。ただEランクの依頼くらいならば、同じ場所に行けば灰色狼がポップしている筈なのだ。
それは角ウサギやゴブリンのポップポイントが同じだったことからも証明されている。
(でもこのままだとフィーネの斥候としての能力が磨かれないな)
ジンが導いても良い。だが多少危険だとしても、経験させなければフィーネは強くならない。
幸いポーションはある。多少の噛み傷くらいならば治してしまえるだけの効力があるらしい。
ポーションは大銀貨二枚と銀貨五枚と言うかなりの値段だ。
作って売れるようになればかなり違うだろう。だがそれも先の話だ。
まず機材がない。許可もない。その状態で勝手に売って官憲に訴えられれば勝てる気がしない。
中世ヨーロッパ世界で弁護士がいるだろうか。きちんと判断できる検事がいるだろうか。裁判官はどうか。
(怪しいな)
危険なことはしない。少なくとも確認して、商業ギルドや錬金術師ギルドに入り、確りと許可を取る。その上で商売をする。それが正規ルートだ。
「よし、行こう」
「えぇ、どこまでも着いていくわ」
「マスター、私の事も忘れちゃいけませんよ」
そうして二人と一匹はまた街の門を出た。
◇ ◇
ガルルルルッ
「よく見つけたな。偉いぞ、フィーネ」
「えぇ、でも思っていた以上の数だわ。大丈夫?」
「誰にものを言っている。余裕さ」
フィーネはジンに灰色狼を探してみろと言われて森の中を彷徨った。途中狼がつける印が見つかった。道中、角ウサギが食われているのを見つけた。灰色狼の物と思われる糞を見つけた。
故に見つける事ができた。灰色狼の群れを。ただし十体以上の……。
「俺が援護する。フィーネは好きに動け」
「えっ、でもっ」
いいかけてフィーネはやめた。ジンの言う事はいつも正しい。少なくともこれまではそうだった。そして今後もそうだろう。そのくらいの信用はある。ここでジンが間違えたら信用が下がるか?
フィーネは自分に問いかけてみた。
(いいえ、ジンが間違えても私は今後もジンを信じるわ)
フィーネはそう思い、後ろを向いている灰色狼に向かって走った。
一閃。
灰色狼が気付いてこちらを向く時に一突き。短剣が灰色狼の喉元をえぐり取った。
瞬間、二体の灰色狼がフィーネに襲いかかってくる。それを軽々とジンは退けた。
(背中を預けるのにこんなに安心できるなんて……)
フィーネはそう思いながらも即座に横っ飛びに避け、飛び込んできた灰色狼を避ける。同時に短剣を振るうことを忘れない。狙った喉元には当たらずに腹を裂いただけで、腸が飛び出てしまう。返り血が目に入りそうになり隙ができる。
「グルォォォッ」
そこを見抜かない灰色狼ではない。ただそれもジンの前には無意味だった。美しい刃が振るわれた瞬間、灰色狼の首が落ちる。
フィーネにはできない芸当だ。仮令同じ剣を持っていたとしても。
(本当に凄い)
見惚れている場合ではない。体勢を立て直したフィーネにも一体の灰色狼が向かってきている。
灰色狼の攻撃方法は噛みつき、爪での攻撃、突進の三種類だ。今回の相手は爪撃だったのでそれをさっと避け、前足に短剣を振るう。
「ギャウン」
致命的な隙を晒した灰色狼に止めの一撃を入れる。
それで終わりだった。残りの灰色狼はジンの手によって全て討伐されていた。
(有り得ない。いえ、有り得ないなんて有り得ないでしたっけ)
ジンがいつか言っていた。有り得ないと思うことも実際にあり得るのだと。それがあまりに実感が籠っていて、ジンはまだ若いのにどんな人生を歩んだと思ったものだ。
「さて、毛皮を剥いで帰ろう。血の匂いで別の奴らが寄って来る前にな」
「わかったわ」
「私も索敵を手伝いますよ。さぁさぁお二人とも剥ぎ取りに精を出してください」
飛び回ってヘイトを溜めていたアイリスがそうふんぞり返り、ジンとフィーネは即座に灰色狼の毛皮を剥ぎ取った。
◇ ◇
「おいおい、二人で十体の灰色狼の群れを倒したのかよ」
「余裕だ」
「そりゃな、お前の腕があれば行けるだろう。だがフィーネの嬢ちゃんにはきついんじゃないか?」
「Dランクのクエストを受ける前に試練を受ける必要があった。そしてその試練をきちんと突破した。短剣での傷がある灰色狼があるだろう。それが全部フィーネがやったやつだ」
ガルードはガハハと笑った。
「嬢ちゃんもやるもんだな。流石ジンの相棒だけあるぜ。Dランクに推薦した価値があるってもんだ。まぁ立ち姿だけでも大体わかるけどな。だがな、ジン。お前だけはわからん。儂はAランクの冒険者も知っている。そして、なんというか雰囲気がな……強者のオーラを纏っているんじゃ。ジンはそれ以上じゃ。儂とやった時も本気のようで手加減していたじゃろう。本気を出せば一瞬で勝てた筈じゃ。まるで儂が試練を受けている気分になったわ」
ジンとガルードの距離は初日から近かった。だがどんどんと近くなっていく。
ガルードが強者を認める者だからだ。冒険者ギルドのギルドマスターとしては一人でも多くの強者が欲しい。
この街には最高でもBランクの冒険者しか居ない。それ以上は居つかないのだ。
Bランクに出せるクエストも見合った依頼料のクエストもない。これでは発展しない。
皆Bランクになった瞬間に迷宮都市か辺境の魔境、それか王都へ旅立っていく。
(此奴は最速でこの街を出ていくじゃろう。残念なものじゃ)
ガルードはジンがどこまで行くかを見たくなった。自身が登ったAランクと言う頂き。それを軽く超えるポテンシャルがジンにはある。それを見破っていた。
これまで戦ってきた、もしくは見てきた冒険者の中で最も強い。そう思えるほどに。
(此奴なら王国第一騎士団騎士団長にも勝てるかもしれんな)
四年に一辺、王国では武闘大会がある。そこでいつも優勝するのは王国第一騎士団の団長と決まっている。これは出来レースではなく、第一騎士団団長がこの国で最も強いのだ。他の国、聖国や帝国からやってくる冒険者もいるが常にその壁に阻まれる。それほどの強者だ。
ただジンならば比肩しうるかも知れない。ガルードはジンをそう評価していた。
(今日も良い金額になりましたね。流石マスターです)
(このくらい楽勝だ。明日にはDランクのオークを狩りに行くぞ)
「Eランクでもこんなに稼げるのね。これならEランクでもいいんじゃない?」
「バカ言ってるんじゃねぇ嬢ちゃん。普通のEランクが灰色狼十体に囲まれたら絶対に怪我をする。それほどの相手だ。Eランク五人が五体の灰色狼と戦って怪我をしてようやく互角。それがEランクじゃ。故にEランクでも勝てそうもないパーティにはこの依頼は斡旋しておらん。慢心はあかんぞ」
「わかったわ。確かに今日は危ないと思った瞬間があったもの。ジンが助けてくれたからなんとかなったけれど、そうじゃなければ多分私は怪我をしていたわ。油断大敵ね」
フィーネはガルードの言う事を聞いて静かに頷いた。
そして帰りはフィーネお気に入りの屋台で串焼きを食べて帰ったのであった。




