表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ラスト×ラスト the chronicle of samsara【再開】  作者: マナ'
SubChapter2 妖精語り What are you seeking ,when you wake up?
PR
27/28

0/本の森

 その日、焉堂は居住区の一角にある図書館を訪れていた。居住区は非戦闘員、つまりヴィレに直接所属していないH2たちが生活をする場所だ。限られた面積とはいえ、一つの小さな町を形成しており、地下ではあるが、旧世代の発明品である人工日照装置を用い見た目上は地上と何ら変わりない。

しかし、限られたスペースで生活をするには必要不可欠なものがある。もちろんライフラインである水や電気、食料もそうであるのだが、娯楽というものは地下での暮らしには欠かせないものだった。

居住区には旧人類の施設を転用したいくつかの娯楽施設がある。図書館もその一つだ。

焉堂もとくに何か用事があってここに来たわけではなかった。ただ、今日がたまたま訓練がない日で、暇を持て余していると、哀子が、それなら図書館に行ってみてはどうかと提案したのだ。

そういうわけで図書館である。ここにはさまざまな本が保管されている。現世代のH2の書いた本(主に資料になるが)もゼロではないらしいが、ほとんどは旧世代の書物である。といっても、堅苦しいものではなく、専門性の高いものだけではなく、娯楽性の強い本も多数所蔵している。というのも、もともと地下施設で生活をすることになった際の娯楽として、予め大量に保存されていたらしい。暇は人を殺す。娯楽というものは大切なのだ。

この施設はだれでも気軽に利用ができる。焉堂も存在だけはそれとなく聞いていたが、実際に来るのは初めてだった。以前、居住区を回った際にはここには来ていなかった。

焉堂はとりあえず図書館の中をひと通りまわり、目についた本をいくつか手に持って、閲覧スペースに入った。大小さまざまな椅子や机が置いてある部屋でそんなに広くはないが、ゆっくりしながら本を読めるというわけだ。その日も、閲覧スペースには老若男女問わず、沢山の人がいた。

盛況なのはいいことなのだろうが、座れないとなると、せっかく来た意味が無い。

焉堂はどこか座れそうな場所がないかと見渡しているうちに、見知った顔があるのに気づいた。ちょうど隅のほう。椅子だけが置いてあるスペースに彼女はいた。焉堂はそちらのほうへいき、声をかけた。

「よ、一衣」

 焉堂の声に気づいて、彼女は読んでいた本から顔を上げた。

「はへ……? なんで焉堂さんがここにいるんです?」

 綾乃は不思議そうに焉堂の顔を見つめる。

「いや、哀子さんに勧められて……。一衣もいるとは知らなかったよ。よく来るのか?」

「はいです。時間があるときにちょこっとだけですけど」

「隣、座ってもいいかな。他に席、空いてなくて」

 本当に全く空いていないというわけではなかったが、顔見知りの相手がいるならそちらのほうがいいように思えた。綾乃は自分の隣の椅子をぽんぽんとたたいて、

「はいです。もちろんいいですよー。あ、でも」

 綾乃は急に思い出したように言葉を切った。

「でも?」

「一衣って呼ぶの面倒じゃないです? 私のことはアヤちゃんか綾乃でお願いしますです」

「じゃ、じゃあ綾乃で……」

 アヤちゃんと呼ぶのはなんだか気恥ずかしい。そう言えば刕織は彼女のことをそう呼んでいたような気がする。そんなことを考えながら、焉堂は綾乃の隣に腰掛けた。

綾乃は焉堂が座ったのを確認すると、また本に視線を落とした。焉堂も早速自分の持ってきた本を読もうと思ったが、その本よりもむしろ綾乃が何を読んでいるのか気になった。

「綾乃は何を読んでいるんだ?」

「んー?」

 聞かれて綾乃は、少し首を傾げた。何かを考えているらしい。

「ちょっと他の人に教えるのは、なんだか恥ずかしいですね」

 そう言いながら、綾乃は自分の読んでいたページを、焉堂に見せた。

「これは?」

 見せられたそのページには、イラストと少量の文章が描かれていた。柔らかな絵柄で、森とそこにいる少女の姿。

「絵本って言うんですよー。旧世代に、小さな子どもが読むために描かれたものなのです。本当は綾乃みたいな歳で読むのはおかしいかもですけど」

 少し顔を赤らめながら苦笑椅子る綾乃。

その後も綾乃は絵本について焉堂に色々説明した。

絵本というものが単に、児童向けの物語というだけでなく、そこには子供へのさまざまな思いがこめられていること。また、大人向けの絵本があるということなど、綾乃は絵本についてそうとう詳しいようだった。

 絵本全般についての説明が終わると、綾乃は頼まれてもないのに、続けて今読んでいる絵本のストーリーを話し始めた。

焉堂もそれを割りと楽しみながら聞いていた。

「この絵本の中でもですねー、これ、これが好きなんですー」

 そう言って綾乃はページを二枚めくり、焉堂に示した。

「これは?」

「はいー、妖精さんです」

「妖精?」

 見ると、絵本には森のなかにさく美しい花とともにある生き物が描かれていた。それは一見、ヒトのようだったがどうも違うらしかった。そもそもその大きさは、十センチくらいしかないのではないだろうか。一緒に描かれている女の子の顔よりも更に小さいくらいの背丈。そして、その背中からは、蝶のように美しい羽が一対ついていた。

その「妖精」は花の花弁の上に滞空しながら、少女に語りかけている。


「あなたは誰? どこから来たの?」

 少女もそれに答える。

「あなたこそ誰? どこから来たの?」

 と。


「妖精さんはですねー、森のなかに住んでるんです。イタズラが大好きで、人間によくちょっかいを出すんですけど、子供が大好きで、子供を見つけると一緒に遊ぼうと誘っちゃうのです。そしてですね……」

 綾乃はそこでふいに言葉を切り、正面を向いた。不思議に思った焉堂もつられてそちらを向く。

 すると、そこには一人の白髪の男性がいた。

「やあ、綾乃ちゃん。私もその話に混ぜてくれるかね」

 多少嗄れてはいるが、柔らかな声のその老人(というにはまだ少し若いようにも見える)は自分で持ってきたらしい折りたたみ式の簡易の椅子を広げ、二人の前に腰掛けた。

「もちろんですよー。虫森さん。この人はこの図書館の一番偉い人なんですよ―」

 言われて焉堂は再びその虫森を見た。あまりきれいとはいえな椅子ツのようなものを着ている。首からは名札らしきものが下がっていて、総合図書保存庫長と書かれていた。その下に名前も書いてあるようだったが、かすれていてよく読めなかった。

 虫森は焉堂を見て少しだけ首を傾げた。

「君は初めて見る顔だね。ここを利用する人の顔は全員覚えていたとおもうがね。君、名前は?」

「焉堂です。焉堂アラシ」

 名前を聞くと、虫森はなるほど、とうなずいた。

「君があの焉堂くんか。話には聞いているよ。はじめまして、焉堂くん。そして、ようこそ、私の宝箱へ。私の名前は虫森カタリ。よろしく」

「あ、はい。よろしくお願いします……。あの、宝箱って」

「ああ、そうなんだよ。ここは私の宝箱も同然でね」

 よくぞ聞いてくれたとばかりに、虫森はにこやかな表情になる。

「ここにはたくさんの旧世代の図書が保存されている。私は本、とくに紙媒体の書籍が大好きでね。それでこんな仕事をしているが、本に囲まれて過ごせるのが幸せでね。ここはまさに宝の山なんだよ」

 ふいに、虫森は人差し指を突き出し、宙をなぞるような動きをした。すると、目の前の床にに何冊かの本が現れた。

 彼の力なのだろう。物質を瞬間移動させるようだ。

 現れた本の一冊を手に取ると、虫森はぱらぱらと本を開いた。

「本というものは我々にさまざまな物を与えてくれる。知識だけじゃないよ? 喜びや幸福感、はたまた哀しみや驚き。知識的な満足だけじゃなく、精神的な満足さえ与えてくれる。素晴らしいものさ。私はね、本は人々が生きていく中では必要不可欠なものだとさえ思っているんだ。綾乃ちゃんも本が大好きでね、どんなものでも熱心に読むんだよ」

「そんな、熱心にだなんて……。ただ好きなだけです」

「いやいや、それでいいんだよ。さて、焉堂くん、君は本が好きかね?」

「俺は……」

 好きか、と問われてもなんとも答えづらかった。なにせ、焉堂は持っている記憶上本を読んだことがなかったのだ。答えあぐねていると、虫森はそれを察したのか質問を変えた。

「君の手元にあるのは、ここの所蔵品のようだね。何を持ってきたのかな?」

「あ、はい……娯楽品のようですけど、コミックとかいうものです」

 焉堂は本の表紙を示した。それはいわゆる漫画である。

「ほうほう。恥ずかしがることはないぞ? 漫画だって立派な本の一つだ。絵を使って一つの物語を紡ぎだすという点では、絵本と似ているね。もう、中身は読んだのかい」

「まあ、本を選ぶときにぱらぱらっとですけど」

「どうだったかい?」

 聞かれて、焉堂は少し返答に困った。確かに、内容は確認したし、それでここに持ってきているのだが、どうと問われてなんと返せばいいのかよく分からなかった。

しかし、ただ一つだけ言えることはあった。

「虫森さんの言うとおりです、全てつくりものなのに、いや全てつくりものであることが、驚きです。あんなに細かい世界が、人の考えだしたものだなんて。とてもすごいと思います」

 焉堂の言葉を聞き、虫森はニッコリと笑った。

「そうだよ。人間の想像力というものは素晴らしいものさ。本は、とくに物語はそういう人間の凄さの一端を感じられるものでもあるのだよ……」

 虫森はまた手元の本をパラパラと開きながら、ふと何かに気づいたのか、綾乃の方を見た。焉堂も見てみると、綾乃は少し退屈そうにしていた。

 そういえば、彼女の話しの途中だった。

「やあ、ごめんごめん。私が話を切ってしまったんだったね。えっと、妖精の話だったかな?」

「ですです。妖精さんです! えっとどこまで話したですかね…」

「チェンジリングみたいなもの話じゃなかったかな」

「あ、そうです。そのチェンジリングというのはですね――」

 そうして、綾乃はまた楽しげに妖精についての知識を喋り始めた。それからは、綾乃と、とくに虫森、この二人の会話になってしまった。会話についていけない焉堂は、黙って聞いておくほかなかったが、二人の会話は思いの外面白く、結局閉館時間まで聞き込んでいた。閉館時間まで話していた二人も二人だが。

焉堂は、それから綾乃とさらに虫森と一緒に夕食をとった。その時も虫森はさまざまな話をした。それは旧世代に関する知識が多かったが、不思議なことに、焉堂はそれらの知識に妙な懐かしさを覚えていた。

食事後、自室に戻りベッドに横になってからもその妙な懐かしさがきになってなかなか寝付けずにいた。





身を包み込むような芳醇な甘い香りが漂ってきたのは、ようやく焉堂が眠りに落ちようとしているときだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ