1/ 夢中
多分、これは夢だ。焉堂はすぐにそう理解した。
気づくと、不思議な街のどまんなかに立っていたのだ。どちらを見ても、縦長の四角柱の形をした巨大な建造物が立ち並んでいる。表面はガラスで覆われていて、空に浮かぶ雲の様子を反射して映し出していた。
こんな街は知らないし、見たことない。記憶の中に該当するものはなかったが、知識がそれを一般に「ビル」と呼ばれる建造物であると教えてくれた。
そのビルが建ち並んだ街。しかし、焉堂の目の間には道路ではなく、線路が敷かれていた。二本のレールが左から右へ一直線に伸びている。まるで世界を二つに分かつ境界線のように、ただひたすらにどこまでも伸びているように思えた。さらに不思議なことに、線路の向こうがわのビルの奥には手前側とは一変、一面の草原が垣間見えた。ビルとビルの隙間からちょうど緑の野原が見えている。
焉堂はその緑の風景に惹かれるようにして、前へ出ようとした。
そのとき、ふいに辺りに大きな音が響き渡った。
カンカンカンカンと。
目の前にはいつのまにやら踏切が現れ、音とともに遮断機がおりた。
踏切は右側から電車が来ることを告げている。
カンカンカンカンと踏切は警報を鳴らし続ける。
やがて、右の方から電車が来た。ガタンガタンと大きな音を響かせながら、電車は焉堂の前を通り過ぎて行く。何両も連なった電車。いつまでも続いていそうだった。車両は全部貨物車だった。コンテナをのせた車両とそうでない車両が交互に続いている。
ふと、その車両の隙間に人影が見えた。草原の中に立つ人影が。
刕織、綾乃、哀子、雅、隆斗……。
今まで出会ってきた人々の姿が映り、最後に自分がそこにいた。
ただ、それだけの夢。
自分の姿を最後に誰の姿も見えなくなった。
しかし、依然電車は途切れることがない。何が入っているともしれない貨物をひたすらと運び続けている。
†
「ったく。なぜこの私がわざわざ出向かないといけないんだ……。これだから情報部の連中は」
ふつふつと文句を呟きながら、廊下を歩くのは哀子だ。行きたくもない場所に仕事で呼ばれ、それでいらいらしているのだった。哀子は懐からおもむろにタバコを取り出すと、口にくわえ、火をつけた。禁煙のプレートの前を紫煙を漂わせながら歩く。「和」が環境汚染の警報を鳴らしながら、即座に空気の清浄化機構を作動させた、哀子はお構いなしに汚染物質をまき散らす。
あるフロアに差し掛かったとき、哀子は廊下を横切る小さい何かを見つけた。
「ん? あれは」
角を曲がっていったそれを追いかけ、哀子も廊下の角を曲がる。
目の前を走る赤茶色の毛を持った動物。
「刕織のウィルじゃないか」
それは以前ヴィレ本部に紛れ込み、今は刕織が飼っている火狐のウィルだった。
「なんでまたこんなところに。刕織は何をしてるんだ」
ウィルは時々跳ねながら、廊下を進んでいく。その様子はまるで何かを追いかけているようだった。
「むぅ、ほうっておくわけにもいかんしな……それにあわよくばもふもふできる……か」
動物を飼うこと自体、本来は特殊なケースだ。無論、その動物が自由に施設内を移動しているということはあまり良いことではない。どうせこの後とくに用事があるわけでもなかった哀子はウィルを追うことにした。
†
トントン、とノックの音が聞こえ、焉堂は目を覚ました。ノックの音に続き、入室の許可を求める音がなっている。
「焉堂くん、いる?」
声は刕織のものだった。
「いるよ」
焉堂は起き上がり、扉のロックを解除した。自動ドアが開き、刕織の姿が現れる。刕織の表情はいくぶん元気がなさそうに見えた。
「どうかしたのか?」
「うん、朝起きたらウィルがいなくなっちゃってて、焉堂くん見てない?」
「ウィルってあの?」
刕織はうなずく。
焉堂もウィルのことは知っている。しかし、今日は今起きたばかりだし、部屋から一歩も出ていないのでは見ているはずもなかった。
「いろんな人に聞いて回ってるんだけど、誰も見てないって」
「それは心配だな……。哀子さんは? あの人に頼めば監視カメラとかの画像から探せたりできないかな」
「それが、哀子さんもどこに行ったのかさっぱりなの。綾乃の話だと朝一番でどこかに行ったらしいんだけど」
「案外、哀子さんがウィルを連れ出したり……。ほら、哀子さんウィルを触りたそうだったし」
「それなら、いいんだけど……でも心配だから……。やっぱり探してくるね」
刕織はそう言うと踵を返した。
「あ、ちょっと待って」
そんな刕織を焉堂は呼び止める。
「俺も一緒に探すよ。今日の訓練は昼からだし」
「本当に? ありがとう」
焉堂は簡単に身支度をし、すぐに部屋を出た。刕織とフロアごとに手分けをして探すことにしたのだが、いかんせん手がかりがない。あてもなく探しまわっては見たものの、見つかる気配はなかった。
二時間ばかり探したところで、テレンに刕織からの連絡が入った。それは簡単なメッセージで構成されているもので、ただ一言「B25Aフロアに来て」とだけ書かれていた。
焉堂がB25Aフロアに行ってみると、刕織は何かを前にして突っ立っていた。刕織以外にも数人の人の姿――おそらく他の職員だろう――が見える。
「どうしたんだ? 見つかったのか?」
焉堂の声に気づき、振り返った刕織はなんとも難しい表情になった。
「うーん、見つかったんだけれども……」
刕織は指で目の前を指す。
焉堂がそこを見てみると、呆れてしまい声も出なかった。
「いや、まじで……か」
そこにはウィルがいた。ウィルは身体を丸め、床の上でスヤスヤと眠っていた。それだけなら良かった。しかし、問題なのはさらにその横で仰向けになって眠っている哀子だった。




