2/此処から其処へ
『焉堂、新崎、位置についたか?』
「はい、森の中の指定位置で待機中」
「こちらも一緒にいるよ。準備オーケー」
『了解。こちらでも確認した。それでは、早速始めようか』
テレンからの哀子の声に二人は頷く。
焉堂はテレンを操作し、ホログラフィックマップを表示した。マップの中央では、赤い点が二つ点滅している。焉堂と刕織を表す点だ。
『新しくインストールした、テレンの機能は確認できとるか?』
テレンから今度は隆斗の声が響いた。
刕織も焉堂と同じようにマップを起動させ、頷く。
「うん、問題ないよ。きちんと動作してる。問題ないみたい」
『よし。では、これから作戦行動の動きの確認を行う』
ホログラフ画面が自動で切り替わり、日本の全体を表す地図に変わった。かつてのそれと、若干海岸線の形が異なるが、昔と大きな違いはない。
『焉堂、新崎、両名は現在地点、旧四国地区戦闘拠点傍のから、東へ三十キロ移動しろ』
焉堂と刕織が現在いるのは四国の東側。今となっては九州宜しく、森に覆われてしまった場所である。ここに、小さくもヴィレの戦闘拠点がある。九州におけるヴィレの施設とは異なり、全施設――といっても小さな建物がいくつかあるだけだが――が地上に存在する。簡易な宿泊施設と武器庫を兼ねた施設である。
『そこに隔地移動能力者がいる。彼の能力を借りて、本州地区へ侵入しろ』
九州地区から四国地区に入るのには地下に通路が通っているので、隔地移動能力者がいなくても、それで事足りる。しかし、逆側、四国からかつての近畿地方へ入るにはそのような通路がない。実のところ、中国地方を経由して行けば陸続きなので、問題ないのだが、道中に特に凶暴な猛獣たちがいるので避けているのだ。そのため、今回は隔地移動能力者の力を借りての移動になる。
そんなことであれば、ヴィレ本部から直接テレポートすればいいようにも思えるが、テレポートはその効果の範囲が存在する。おおまかに言えば、能力者が実際に訪れたことのある範囲であり、その範囲内でも、平面距離が遠ければ正確な転送ができなくなるというものである。
『それからはひたすらに東へ進め。二百キロほど行ったところが目的地だ』
焉堂は、その内容を頭の中で整理する。同時に、任務そのものの目的も思い出す。
†
「新トーキョー・バベルズタワー、それが奴ら、<新人類>たちの拠点だ」
机の中央に置かれた哀子さんのテレンから、巨大な建造物のホログラフが現れる。たくさんのビルや塔がひとつに纏められたようなもので、その周囲には意味有りげな尖塔が取り囲むようにいくつも伸びていた。ミニチュアであってもその巨大さがひしひしと感じられる。
「かつての日本の首都、東京に建てられた、おそらく人類史上最初にして最後、最大級のハイパービルディング群。山手線と呼ばれていた環状の公共交通路線の内側とほぼ同じ面積を持ち、高さは一万メートルを優に超えている。まさに天を貫かんとする、バベルの塔だ」
――それは旧人類を超越した、新人類たちが創りあげた神の塔。おそらくかつての技術で建築することは不可能であっただろう。奴らの持つ高い知能と、優れた異能力によって成せたものなのだ。
哀子さんは、その周りにある広大な森林のある一点を指さした。バベルズタワーよりだいぶ西。そこを中心に陸を真っ二つに分けるように赤いラインが走る。
「このラインが、私達がレベルE隔壁と呼んでいる、不可視の壁があるラインだ。いかなる生命体も、この壁を突破することは出来ない……」
「突破できないって、なら、どうするんですか。その先にいかなきゃいけないんでしょう?」
哀子さんは頷き、隆斗の方を見た。
「もちろん、その先に進まなければ意味は無い。長きに渡り、その隔壁を解除することは不可能だったが、ついこの間、ここにいる彼が一時的に解除するコードを編み出した」
はい拍手、とぱちぱちと手を叩く哀子さん。ただ、だれも反応してくれず、微妙に寂しそうな表情。
隆斗は隆斗でクスクスと笑っている。
「ほら、哀子。みんな引いとるやん。今更、言うことでもねえし。俺の開発したのは、そのレベルE隔壁に一時的誤作動を誘発し、ほんの一瞬、小さい範囲だけ隔壁を無効化するプログラムだ。刕織と……、えっと、焉堂か。二人は、このパッチをテレンにインストールしてくれ」
投げるように渡されたのは、いつか、テレンをアップデートするときに使ったようなチップ。早速テレンの裏側にはめ込み、インストールを開始する。
「ところで、そのE隔壁の中に入った後はどうするんですか。そこからがメインですよね」
「あぁ、もちろんだ。内側にはいった後は、こちらがマップから指定した場所に全速力で向かってもらう。レベルE隔壁の制御施設と思われる場所だ。その周辺にこの装置を埋めてきてもらう」
哀子さんが綾乃に目配せする。綾乃は一瞬何のことかわからないようで、首を傾げていたが、はっと思い出したようにして足元から十センチ四方の立方体を取り出した。表面は銀色でピカピカとしていて一様だ。
「これは?」
尋ねると、哀子さんは小さく笑った。
「今すぐは役に立たんさ。いずれ、役に立つ」
詳しく教えてくれることはなかったが、その口振りから相当大切なものであるらしいことは分かった。
「さて。今日はこれでお開き。任務は明後日から早速ブロックEに移動して、四日後から実質の開始だ。くれぐれも、猛獣どもには注意するように。それでは成功を祈る」
†
深い森の中、移動する手段は言うまでもなく徒歩もとい走ることである。任務に当てられた時間は三日間。その間に往復四百キロを移動しなければいけない。
時折足を休めながら、焉堂と刕織の二人は森の中を疾駆する。身体強化を特に脚に集中。さらに身体全体にも巡らすことで、疲労を軽減する。とはいえ、あまりにも連続した移動は、精神面にも負担をかける。
一日目は一五〇キロ走ったところで、日が暮れたのでその場で野宿をすることにした。その日は特に猛獣とも遭遇することなくスムーズに進んだ。この調子だと意外にも早く終わりそうだ。
哀子からもらっていた、猛獣を除ける電磁波を発生させる装置を起動させ、その日はすぐに休むことにした二人だったが、寝る前に一悶着あったのはまた別の話。
翌朝、日が昇り、早々に起きた二人は早速レベルE隔壁を目指して走った。
途中、フェンリルの群れに遭遇した。しかし、刕織の咄嗟のテレキネシスと、焉堂のイグニッションで速やかに撃退した。まだ、違和感は残っているが、焉堂は確かな手応えを感じていた。一ヶ月の訓練の中で自らが得たもの。それが何であるか、今回の任務で確かめることができるのなら。それが自分にとって大きな一欠片になることであろう。とはいえ、まだ思考整理と状況判断に関しては刕織に劣っていた。フェンリルを最初に発見したのも刕織であったし、撃退したのもほとんどが刕織であった。彼女の能力は物理的攻撃力こそないが、応用の効く使いやすいもので、対して焉堂の能力は攻撃力こそ高いものの、制御が難しく、未だに百パーセント使いこなせていない。
今、焉堂にできることは、足手まといにならないように思考を巡らすこと。隆斗との一件もプレッシャーとなっていた。本当に敵と遭遇したときに、本当の敵と出会ったときにきちんと対処できるのだろうかと。
「新崎より、連絡です。目的地まであと数分といったところ。指示をよろしくお願いします」
走りながら、刕織が本部へ連絡をする。
『了解。こちらもレーダーで確認した。進路を北に一キロほどずらして進め。もうすぐそこだ。壁は不可視だ。突然現れる。速度を緩め、テレンのレーダーを常に確認しながら進めよ』
「「了解」」
二人はうなずき、テレンに新たに備わったレーダー機能を作動させる。自分より半径五メートルを瞬時に3Dキャプチャし立体的、または平面的にマップを作成する。その上、索敵機能と、件のレベルE隔壁を感知する機能が付いている。
「焉堂くん。焉堂くんは、レーダーの方を気にしてて。私は周囲に注意を向けておくから」
「ああ。分かった」
焉堂は刕織の提案に素直に従った。断る理由もなかったし、それが最善であることは容易に想像がついたからだ。二人が二人、同じ事をする必要はない。いくら、レーダーで敵を捉えられるとはいえ、アンプリファイによる強化を感覚系統に回せば、半径五メートルなど余裕の範疇である。
それに、まだ外での行動に慣れていない焉堂は、自分が何かを気にしながら、それでも確実に前を進むことが難しいことを理解していた。刕織とて、慣れているとはいえない。それは焉堂も知っている。所詮、訓練は地下深くのヴィレ本部で行われているからだ。しかし、実際に外に出たことのある経験はおそらく刕織のほうが上だろう。記憶の欠落がある焉堂にとって、絶対とは言い切れない事項であったが。
進むこと約十分、ここに来て、初めてレーダーに反応があった。
「新崎、これ」
焉堂は走るのをやめ、マップ画面を刕織に示す。
「刕織、で良いって。どうしたの?」
刕織は焉堂の自分への呼び方を改めながら、立ち止まり、焉堂のテレンのマップ画面を覗きこんだ。
前方に、レーダーの捉えた赤いラインが走っている。縮尺から考えて、約二キロ先といったところだろうか。赤いラインはマップを上下に分けるように伸びていた。その赤い線にから吹き出しのようなものが伸び、その中に解析結果が表示されていた。
「|アナライゼーションリザルティッド《解析結果》……、Level-E-invisible barrier(レベルE不可視障壁)。うん、ビンゴ。ここだよ目的地」
二人は、哀子に連絡を入れ、レベルE隔壁の発見を告げ、指示により、それからゆっくりとそちらへ近づいた。
「ここ……だな」
マップを確認し、立ち止まる。数メートル前方にレベルE隔壁がある。焉堂は必死に目を凝らすが、何も見えない。先ほどの解析結果にも出ていたが、不可視障壁なのだ。目に見えるはずはない。
「ここらへん……か?」
探るように焉堂は手を前に伸ばした。
すると、刕織がそれに気づき、割って入った。
「焉堂くん、だめ! 手、伸ばしたら危ないよ」
「え?」
刕織の必死の形相に焉堂は手を引っ込める。
「見てて」
言って、刕織は足元にあった小石を拾い上げた。焉堂が手を出そうとした方向に狙いを定め、軽く投げる。
「あ……」
焉堂の見る前で、小石は何かに弾かれ、当たる前より何倍も速い速さで飛んでいった。焉堂はつい苦笑いをした。
自分があのまま手を出していたら、想像するだけで、もう笑うしかない。まだまだ注意が足りないことを噛み締めならが、改めてテレンの画面を見る。
「作業、始めようか」
「うん。そうだね。――哀子さん」
刕織はテレンに呼びかける。
しばらくテレンからはなんの反応がなかったが、やがて雑音混じりに、哀子の声がかすかに聞こえてきた。
『ど…も、――――が悪い……だな。…あ、いい。予め指示…………に』
どうも通信状況が悪いらしい。つい先程までは問題はなかったのだが。しかし、森の中を進む以上、それに直線距離もだいぶ離れてしまっているため自然通信は難しくなる。むしろ今までクリアに通信できていたほうが奇跡的だったのだ。
ともあれ、哀子の指示は聞き取ることができた。予めの予定通りの行動。
焉堂と刕織は互いに頷き合い、それぞれテレンを隔壁に向けて構えた。スイッチを切り替え、二人はテレンを解析モードへ移行させる。
隆斗がテレンに付属させた最後の機能、それはレベルE隔壁を解析し、誤作動を誘発する電波を発する機構である。レベルE隔壁は、絶えずその内部の情報を変え、安定していない。そのため長きに渡り、解析に手間取っていた。今回隆斗が開発したのは、その不安定な情報のパターンをある一定のパターンへ誘導するもの。五次反転擬似制御プログラムと名付けられた隆斗自慢のプログラムだ。
解析モードに切り替え数十秒、テレン本体の画面に表示されていた「InProgressの表示が20からのカウントダウンに変わった。
「焉堂くん、準備いい?」
刕織が体勢をわずかに低くして焉堂に問いかけた。焉堂は頷く。
テレンによる隔壁の無効化は、一時的なものであると聞かされていた。しかもそれが、三十秒になるか、十秒になるか、はたまたわずか数秒か、それは分からないことであるそうだった。
ほんの僅かな間。その一瞬を逃すわけにはいかない。
五秒。視界に変化が現れる。薄っすらとではあったが、確かに焉堂の目には、目の前に立ちはだかる壁のようなものが見えた。
――三秒、
目の前の空間がぐにゃりと歪む。
――二秒、
歪みが消え、今度は蜂の巣状に僅かな亀裂が走る。
――一秒、
壁が少しだけ奥に引っ込み、
次の瞬間、壁の一部が砕け散った。
「今――――!」
刕織の声を合図に、焉堂は刕織とともに前方に跳んだ。
隔壁は二人に容易な侵入を許さない。砕け散ったその瞬間から、自己修復が始まっていた。
二人は間一髪、壁にぽっかり残った穴に飛び込み、転がるようにして壁の向こうへ抜けることに成功した。
「侵入成功…………?」
実感が沸かない焉堂はあたりを見回す。何が変わったわけでもない。ただ薄っぺらな壁を隔てたあちらとこちら。変わりはないように見えるが、しかし、確かに違うのだ。
ここから先は新人類たちが支配する世界。一瞬の隙もあってはならない。
「焉堂くん、あそこ」
刕織の指差す方に目をやると、木々の隙間に煌めく何かが見えた。焉堂は目を凝らし、それが何であるか見ようと試みる。どうやら光っていたのは、金属が太陽の光を反射したものらしく、そこには建物があるようだ。
「あれが目的地か」
テレンで確認すると、確かにそうらしい。
「うん。早く行こう。哀子さんも、ここからは素早く作業を進めろ、って言ってたし」
刕織に促され、焉堂は移動を開始した。哀子に指示されたのは建物周辺五メートル以内の場所に機器を埋めるということ。作業は早く進めなければすべてが台無しになる。
少し進むと、木々が開け、先ほど見えた建物が目の前に現れた。それは空高く伸びる塔。上部は尖り、最尖端には輪っか状のものが見える。電波塔のようだ。哀子曰く、これはレベルE隔壁の制御塔なのらしい。詳しい仕組みは焉堂にも、刕織にも分からないが、特殊な電波を辺りに放出し不可視の障壁を作り出しているのだ。
焉堂は塔の裏側、一メートルほど離れた場所にしゃがみこんだ。
「刕織、アレを」
「うん」
刕織は焉堂に銀色の箱を手渡した。これを地面に埋めるのだ。地下一メートルの場所に埋めろという指示。普通に掘って行けば面倒だが、そこは刕織の能力が役に立つ。
刕織も焉堂の横にしゃがみ込みそこらにあった小石を手にとった。
能力を行使しようと、石を地面に押し付ける。
――ふと、テレンに反応があった。
反応といっても音がなったわけでもなければ、画面に何か表示されたわけでもない。緊急時のみの伝達機能である、脳への直接の信号。
二人の表情が強張る。
二人はゆっくりと振り向いた。
誰も居なかったはずのその場所に、
「お前ら、何をしてるんだ」
赤い瞳をした男がいた。




