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ラスト×ラスト the chronicle of samsara【再開】  作者: マナ'
Chapter3 邂逅、そして "Erode oneself. Error of the ROOTs."
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20/28

1/一歩

「ふむ。そうか。それで、解析は進んでいるのか?」

 哀子は一人、薄暗い第三特作室で煙草をふかしながら、ホログラフィックディスプレイに向かっていた。ヘッドセットを装着し、ディスプレイの向こうの相手と通信を行なっている。ディスプレイに表示されているのは文字列と様々な種類のグラフだった。

 通信の相手はわずかにため息をついたようだった。

「とりあえずはね。俺としてはもう少し早く進んでもいいと思っとったっちゃけど、なにせ、百年かかってもろくに解けんかったわけやけん。まぁ、それなりの苦労は」

「あまり進んでないということか」

 哀子が落胆の声を上げると、相手はいたずらっぽく言った。

「この俺が解いとるけん、そげなことはない。実は後少しで終わる。最新の五次変換アルゴリズムを使っとるし、長く見積もってもあと二週間。最速で一週間といったところやな」

 ディスプレイに表示されている内容が切り替わり、工程表と完了した作業の情報が表示される。哀子はそれらにざっと目を通し、素早く概要を読み取った。

「ふむ。やはり、かつての相対自動生成乱数を用いた、半自動離散型の情報修正プログラムが応用されてるのか。なるほど、厄介なわけだ」

 哀子はため息をつく。物憂げな顔で、煙草を取り出し、火をつけた。ヤニの味が口の中へ広がる。

「で、どうなんだ。突破はできそうか」

「うーむ。そこが正直言って痛いところちゃけど、そのタイプのプログラムは誘導ができんことはない。うまく盲点を突くことができれば、あるいは。可能性は五パーセントないくらい。まぁ、そのプログラム相手なら、十分すぎるな」

「そうか。それはありがたいな」

 哀子は再び資料に目を通す。そして、今までの知識と経験、その他様々な情報から、次取るべき行動を瞬時に割り出した。

 あらかじめ用意してあった、二百と五十六のパターンから最適なものを十に絞り込んだ。

「よし」

 哀子は煙草を灰皿に押し付け、大きく頷いた。

「決定だ。行動はそれまでにあちらさんのアップデートがなければ二十日後にパターンAのルート27で行こう。うちの隊で行う。一衣(ひとつい)、お前も分かっているよな」

「あいあい。承知。こちらもしっかり進めとく」

 ディスプレイから資料が消え、代わりに少年の顔が映し出された。彼、一衣隆斗(りゅうと)は最後に哀子に訊ねた。

「ところで、俺の正式入隊はいつになるん?」



 †



 鏡の向こうで赤い瞳がこちらを見つめている。



 †



 俺がここ、反抗の意思(ヴィレ)に来て、もう一ヶ月が経とうとしていた。時の経過というものは案外早いもので、体感している時間と、絶対的な時間の間のずれは、俺の心身に違和感ばかり刻みつけていく。

 しかし、この一ヶ月間。得られたのはなにも、感覚的違和だけではない。

 一つは人間関係。空白だった俺にも、まだぎくしゃくしたものではあるかもしれないけれど、第三特作隊のメンバーや他の所員など様々な人とつながりを持つことができた。それは俺にとって一番有難いことだ。団体の中で生活するために必要不可欠な、関係。ゆっくりと構築していけている、と思っている。

 あるいは様々な訓練による経験。いまだ未熟者であることに変わりはないだろうが、確かにスキルアップはしているはずだ。哀子さん直々のスパルタ方式。二日に一回とはいえ、その訓練は相当きついもので、ばててしまいそうだ。まわりの人曰く、その訓練メニューはかなりランクの高いものらしく、どうやら期待だけはされているようだ。いつかのように<力>の暴走が心配だったが、それも哀子さんから教わった自己制御法を練習したおかげで、ある程度の制御を行うことができるようになった。

 こうしてたくさんのことを得てきた俺だったのだが、やはり元の記憶は戻る気配をいっこうに見せなかった。

 ブロックAを刕織に案内してもらったとき以来、元の記憶にばかり固執することはやめていたが、無論返ってくるにこしたことはない。それはいつになるのだろう。あるいはもう二度と戻ってこないのだろうか。

 そして、いつも夢のなかに出てくるあの暗闇のイメージ。

 それだけがただ唯一消えることのない情報(きおく)。いつだって俺はあの暗闇の中にいる。



 ……ああ、そうか。

 あの闇は、俺の記憶そのものなのかもしれない。



  †



 その日は訓練もなく、特に用事があるわけでもなかったが朝早くテレンに簡易メールが届いていた。哀子さんからだった。暇ならば付き合え、という簡単なもの。

 断る理由もなかったし、今日はそんなに疲れてもいなかったのでそうすることにした。

 呼ばれた場所はいつもの第三特作室ではなく、その隣の小さな空き部屋。普段は専ら休憩室として使われている部屋だ。俺もそこに何度か入ったことがある。何があるというわけでもなく、単に簡素な机と椅子、仮眠用のベッドが置いてあるだけの部屋だ。

 今日はそんな部屋に呼ばれたわけで、俺は指定された時間の五分前に部屋を訪れた。

 扉をノックしてみるが、返事がない。まだ哀子さんは来ていないのだろうか。

 なんのためらいもなしに戸を開く。

 すると、部屋の中には見知らない――――俺と同じかもう少し年上くらいであろう少年がいた。しかもなぜか椅子に座りうたた寝をしている。哀子さんの姿はやはりどこにもない。

 少年は白衣を着ており、その胸元にはヴィレのロゴ。ヴィレの所属員であることは間違いないらしい。

 しかし、なぜ彼はここにいるのだろう。もしかすると、彼も俺と同じように哀子さんに呼ばれてきたのかもしれないが。いや、それならそれで、頭をぷかぷかと浮き沈みさせている理由がない。

 とりあえず声はかけるべきだろうか。俺はしばらく迷ったが、声だけはかけることにした。

「あの、ちょっと……」

 横まで行き、声をかけてみる。反応なし。

「おーい……」

 顔の前で手のひらを動かしてみる。やはり反応なし。

 肩を軽く叩いてみる。……まさかの反応なし。

 訂正しよう。うたた寝じゃない。爆睡だった。

 眠るなら仮眠用のベッドがあるのだから――たぶんゴミ同然のものをおいてるだけのものだろうが――それで眠ればいいのに、彼は椅子に堂々たる姿で座り、腕を組んで爆睡中。

 どうしたものか……。

 俺は何気なしに少年の顔をのぞき込んだ。

 ふと、誰かに似ている気がした――が、それが誰であるのかは分からなかった。

 誰だっただろうか……?



 がたっ、と椅子が倒れる音がした。


「おい、」

「……え?」


 そこからは何が起きたか、俺自身すぐには分からなかった。

 気づいた時には足を払われ体勢を崩されていた。掴まれた腕を引かれ、体はくるりと回転させられ、地面にたたきつけられて。背中はだれかに押さえつけられ、まったく身動きが取れない。

「……ぐ………う………」

 片腕を背中側にぎりぎりの角度まで曲げられ、おさえられているため関節が軋みをあげている。

「ふん。哀子が期待しとる()うとったけん、俺も多少は期待しとったけど……。なんだ、このザマか」

「お前…………いきなり、なん…………だよっ」

 首を何とか曲げ、俺を押さえつけている相手を見る。予想通りというか、やはり先程まで眠っていたはずの少年だった。

 彼は心底落胆したという表情で俺のことを見下すような目で見ている。

「常日頃、どんなことにも気を抜いちゃあいかん。嘘を見抜き、敵の攻撃を捉える眼力。いついかなる時でも対応できる柔軟性。素早い動き、そして判断力」

 急に手を押さえられていた力が弱まった。俺は手を振りきって、何とか立ち上がる。

「お前が、噂になってる少年だな。ようやく会えた。気になっとったんだけど、忙しかったけんな」

 俺はつい、その人を小馬鹿にしたような態度にむっとした。

 初対面の相手に対しての態度だろうか。本当にこいつはなんだって言うんだろうか。

 何か言い返してやろう、と思ったちょうどその時、タイミングがいいのか悪いのか、部屋の扉が開いた。

「やあ。ふたりとも揃ってるな。お? 早速、衝突か?」

 ニヤニヤと笑みを浮かべ、煙草を吸いながら哀子が部屋へ入ってくる。彼女に続いて、刕織と綾乃も部屋へとはいった。


「哀子さん、誰なんですかこれ」

「哀子、話とだいぶ違うやんか、こいつ」


 声が重なり、お互いに顔を見合わせる。

「まあ、まあ。ほら、座れ。みんな、とりあえず席についてくれ。話ができんじゃないか」

 哀子に従い、少年と睨み合いながら俺は席についた。机は正方形の大きなものだ。その周りに椅子が八つあった。俺の対面に哀子さん、右横にその少年、その逆側に綾乃と刕織。

 皆が席についたことを確認すると、哀子は口を開いた。

「さて、今日呼んだのはほかでもない。焉堂以外は知っていると思うが、今日から一人、我らが第三特作部のメンバーが増える」

「え……?」

 イマナンテ……。

「焉堂、紹介しよう。一衣隆斗。元は、技術開発部所属だ」

 まさか、あんな奴が仲間にはいるなんて、想像もしていなかった。

 驚きとともに生まれた感情は、悔しさ。

 なにせ、彼は技術開発部の所属員なのだ。戦闘員ではない。突然ということを考慮しても、まだまだ自分の甘さが痛切に思われる。

 ……。ん、ところで。今哀子さんは彼の名前をなんと言った?

「一衣……?」

 俺はそこで思い当たり、綾乃の方を見た。綾乃は俺ににこりと微笑みかける。

「ですですー。リュウ(にい)は綾乃の兄様ですよー」

「お兄さん……、兄妹?」

 綾乃の顔と、隆斗の顔を見比べる。綾乃のやわらかな印象の顔つきと、鋭い印象の隆斗。ぱっと見あまり似ていないが、よく見ると目が同じだ。顔に似ている場所があるとはいえ、さっきの一件を考えても、正確は真逆らしい。

 意外の連続。まさかここで綾乃のお兄さんが出てくるとは予想もしていなかった。

 哀子さんは何を考えているのだろう。

 哀子さんの表情を伺う。

 するとこれまた驚いたことに、いつに見ず、厳しい表情となっていた。なにか重大なことがあるのだろうか。

「哀子さん、今日は何で俺らを呼んだんですか?」

 尋ねると、哀子さんはうん、と頷いた。

「今日は私の方から、いや、第三特作部長の立場から一つの任務をお前らに課そうと思う」

 ――重要なものだ。


 声が重々しい。

 いつものような単純な任務でないことを感じさせる。

 俺も刕織も綾乃もみな同じように緊張していた。ただ、隆斗だけが平然としている。

 哀子はどこからか紙のはいったクリアファイルを数枚取り出し、机の上に広げた。

 極秘の表示が目に入る。

 哀子さんはあるクリアファイルから薄い透明な板を取り出し、指の間に挟んで俺らに示した。

「お前らが実行する任務は――」


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