4/それは、
ガタガタと車両が振動する。その揺れは大きく、高速で移動する物体がこんなにも揺れていて大丈夫なのか、と不安にすらなってくる。狭い空間にボロボロの座席。古ぼけた内装が裸電球というレトロな品で虚しく映しだされている。
俺の対面には刕織が座っている。足をきちんと揃え、膝の上に淑やかに手を置き、背筋はピンと伸ばしている。なんとも、座り方の模範のようだ。わずかに俯けた、暗い表情の顔をのぞけば。
俺たちは今、哀子さんの提案で、さっきまでいたヴィレのあるブロックBから一般居住区と主統合府――哀子さん曰く、政府のようなものらしい――のあるブロックAへと向かっている。移動手段は今乗っている、この『モノトレイン』と呼ばれる電車のようなものだ。その名の通り、一両編成の電車。一両しか無いので最早、電車というよりはただの箱が線路を走っているだけのようだ。そのせいか、愛称はもっぱら『小箱』というらしい。元は、資材の運搬用だったらしく、そのため人の乗るスペースが狭い。真っ暗な連絡通路を大きさの割には速いスピードで走るこの小箱は、テレポート以外でブロック間を移動する数少ない手段の一つらしい。
しかし、乗車してかれこれ十分は経ったはずだ。いまだに俺と刕織の間には会話がない。まったくといっていいほどだ。これといって話すこともないから当然なのかもしれないが、そこには妙な沈黙があった。こう空気が重いと薄暗い車両内の明るさも相まって、息が詰まる。このまま口を開かないでいると呼吸することさえ忘れてしまいそうで。
「あの……」
俺はついに口を開いた。開いてしまった。しかしそれだけで呼吸が開放されるわけではなかった。
「なに?」
と、そっけなく答える刕織。視線は変わらずそのまま斜め下を見ている。
このままではせっかく紡ぎだした言葉が無駄になってしまう。よくわからないけど、それは嫌だった。俺はなんとか次なる言葉を絞り出す。
「なんか、ごめん」
相変わらず馬鹿な言葉しか出てこない。どうやら俺のコミュニケーション能力はそう高くないらしい。なにが突然『ごめん』だ。それでも俺は返事を待った。
刕織は俺の言葉にしばし顔を上げ、怪訝そうにこちらを見ていた。それからまた俯き加減になり、かろうじて聞き取れるくらいの声を発した。
「何が……?」
その一言で俺はまた何も言えなくなった。
仕方なしに俺は刕織の後ろの窓へ視線を移す。淡々と続く暗い空間。ときおり白い電灯が見えたかと思うと、軌跡を残して視界から消えていく。ため息すらでない。
記憶のないままこのヴィレ来てまだ少しも経っていない。行くあてもない俺は、最低限、せめて記憶の戻るまではここで過ごさなくてはいけないのだ。というのに俺は未だに誰ともほとんどつながりがない。せめて近くにいる人間くらいとは心を開き合える中に――いや、贅沢は言わない。話し相手でも十分だ。身近な人間と話せればそれでいい、それをつながりというなら……。……。そこでふと気づく。身近とはなんだろう。つながりのない人間は身近とはいえない。なら、記憶のない俺には……。
そんなことを考えていると、不意に視界が明るくなった。
「う……」
急な明転に思わず目を閉じてしまう。光を遮断した中、車両の速さが緩やかになってゆくのを感じた。
おそるおそる目を開ける。窓の外を覆っていた黒の景色は一転、街並み。様々の建物が並び、たくさんの人が路を往来している。道の端には露商店のようなものも見えた。晴天の下の街は活気で溢れ、この上なく美しく思えた。
小箱はさらに速度をゆるめ、金属のこすれ合う不快音を辺りに振りまきながら、建物内のホームのような場所へ停車した。
刕織の側にある唯一の乗車口である扉のロックが自動的に外れた。すると、俺が席を立つより先に刕織はそそくさと立ち上がり、扉から無言で降りていってしまった。
「お、おい……」
急いで立ち上がり、後を追う。降り立ったその場所は、この小箱が雰囲気から浮いてしまうほど清潔さにあふれた空間だった(――小箱は内装だけでなく外装も、手入れされているのか疑うレベルにみすぼらしくて汚い)。
「ここは?」
「……ヴィレの第二支部」
返事が返ってくるとはいささか予想外だった。それでも返事一つでほっとした。
なるほど、たしかに壁にヴィレのロゴマークがある。あとから聞いた話によると小箱はヴィレ所属員専用のものなのらしく、一般人はそうそうブロック間移動することはないらしい。それでも緊急用として別ルートが確保してあるとか。
ヴィレ内では特に何をするわけでもなく、したことといえばテレンを機械へ読み込ませたことくらいだ。なんでも、ブロック間移動の際には本人確認が必要なのだとか。テレンには一括して個人情報がインストールしてあるので、機械にテレンを触れさせるだけで簡単に情報の照合が行われる仕組みとなっている。
俺らはそれから街へと足を踏み入れた。街は眩しいくらいの日差しに包まれていた。同じような大きさの家が建ち並び、道はすべて石畳だ。走り回る子供たち、日陰で談笑する大人たち。のんびりとした空間がそこにあった。
刕織はそんな街のいろんなところを、口数少なめに案内してくれた。
たくさんの家が立ち並ぶ居住区。露商店の並ぶ通り。このブロックの子供たちの通う学校。このブロック、そして全ブロックをまとめる主統合府。
案内といってもただ歩きまわっただけだ。ブロックAは四つほどに区画分けされているらしく俺らの歩きまわったのはその一部にしかすぎない。
とはいえ広さはかなりのものだ。歩いての移動はかなり疲れる。
最後に案内されたのはこの街の人々の憩いの場である娯楽施設などの様々の施設が隣接するエリアだった。住むべき場所を奪われ、潜んでいるとは思えないような豪華さ。
刕織に先導されてなにやらカフェのような店に入った。刕織が外にある一番端のテーブルの椅子に腰を掛けたので、俺も対面へ座った。すぐに店員が接客に来た。若い男性の店員は手に小さな端末を持ち、俺らに注文を聞いた。俺がメニューを見て選んでいるうちに刕織が先にオレンジジュースを注文した。なんだか急かされているような気がして、俺はたまたま目に入ったオリジナルコーヒーとやらを注文することにした。
ここでもやはり自然と会話が生まれることはなかった。お互いに黙りこくり、傍から見れば妙な雰囲気に見えたことだろう。
しばらくして注文した品が運ばれてきた。
店員は小さくお辞儀をして、ごゆっくり、などと言っていたがどうもゆっくりできそうにない。
ずっとこの状況を保たなければいけないのだろうか。全然打ち解けることもできずに、ギクシャクした状態で過ごしていく。何か、きっかけさえつかめればと思うのだが、そのきっかけが俺には掴めそうになかった。
俺は目さえ合わせることができそうになく、街並みと空に視線を合わせた。
陽はだんだんと陰っている。今まで眩しいほどだった日差しも、時間の経過とともに弱まり、色調が変化していく。青い空から、オレンジの空へ。だんだんと変化していく色の階調。照らされる建物たち。
「――綺麗な街だな」
知らずそうつぶやいていた。
「うん。綺麗……」
気づくと返事が返ってきていた。自然に、それはとても自然な会話。なんだか自分を締め付けていた何かが消えて行くように感じた。
見やると、刕織も同じ風景を見ていた。気のせいか、表情が穏やかになっている気がする。
それだからだろうか。
「ホントに、綺麗だ。いつまでも見ていたいくらいに」
やけに言葉を紡ぎたくなる。
刕織も言葉を返してくれた。
「別に、この街を守ろうって思ってるんじゃない。私たちは取り返す。地上を」
「地上を……?」
そこで自分がずっと勘違いしていたことに気づいた。朝、窓からの日差しを浴び、そしていま夕焼けの空を見ている。でも思い返せばここは地下だ。地下世界のはずだ。蟻の巣のように地下に巡らされた砦のはずだ。
俺は怪訝に刕織を見た。刕織はこちらを見ることなく、話を続けた。
「ここにいるほとんどの人はね、太陽の光を見たことがないんだ。人工日照システムっていっても人工は人工。そりゃあ、何世代もこの場所で暮らしていればここがふるさとのようなもの。でも仮の住まいだということに変わりはない。地上をいつまでも奴らに蹂躙させているわけにはいかない」
奴らとは哀子さんの言っていた<新人類>のことだろう。人類の宿敵。永遠に憎むべき相手。
ふと目の前を子供たちが楽しそうに声を上げながら駆け抜けた。その笑顔は純粋に無邪気な表情。
ここが怨敵を倒すために潜む街だとは全く思えない。
刕織は子供たちをみて笑みを浮かべた……、ように見えた。
「ここに住む子供たちは何も知らない子のほうが多いの。私もその一人だった。でも今は違う。私も立ち上がるために<反抗の意思>にはいった。何世代も何世代も、いつか奴らから地上を取り返すことを願ってきた。その意志を受け継いできたの。ゆっくりゆっくりと力を蓄えて。いつかその日が来ることを願って。いつまでも終わりが続かないように、ね」
なぜ突然、俺にそんなことを言うのだろう。俺はただぼうっとそれを聞くことしかできない。
「焉堂くん」
「え? あ。……なに」
突然名前を呼ばれどぎまぎしてしまう自分が情けない。よほど話せたことに緊張しているらしい。
「焉堂くんも私たちの意志にまとまってくれるよね」
意志にまとまる、つまり一緒に<新人類>に立ち向かうということ。<反抗の意思>にはいったからには自分が何をしなければいけないか、哀子さんから聞いていたし理解だけはしていた。ただ、いまいち思い切りがつかなかった。
でもなぜかは良くわからないが、今ははっきりということができる。
「あぁ。勿論」
すると、刕織がこちらを見て笑った。
ついに俺は苦しさから開放された。
刕織はその笑みを苦笑いにかえ少しだけうつむきジュースを口にした。
「実を言うとね。私、ずっと怖かったんだ。焉堂くんのこと。着替えを見られたので怒ってるんじゃないよ。あれは事故だし、もうどうでもいいし。ほら、戦闘訓練。焉堂くんは覚えてないかもしれないけどね、あの時の焉堂くん少し怖くて」
俺ははっとなった。苦しみから開放されたのはいいが、記憶が無いということが今度はのしかかりかけた。
「俺が……。もしかして、新崎……が治療を受けてたのって……」
でも今度はそうはならなかった。
「刕織、でいいよ。それに焉堂くんは悪くない」
その一言でどれだけ救われたか。
「私が油断していたのもあるからさ。でも、それでもね……。言っちゃ悪いけど、本当に怖かったの。なんというか、人を圧倒させるような気というか、オーラみたいなものがあってさ。それに、焉堂くんの不思議な<力>。でも、それって逆に考えればとても頼もしいと思うんだ。だって焉堂くんはこれから仲間になるんだもん」
「仲間……」
その言葉の意味を俺はすぐに理解することが出来なかった。それほどまでに頭の中になかった言葉だったのだ。小声で反芻してようやくその意味が理解できた。
「そう、仲間。ずっとあんな態度しててごめんね。ちょっとびくびくしてただけ。もう大丈夫だから。これからよろしくね」
そう言って刕織はまた笑った。
なんだか照れくさい。
俺は戸惑いながら冷めかけたコーヒーを一気に飲み干した。
†
「お金、俺が払うよ」
代金を払おうと、レジに向かおうとした刕織をそう引き止めると、彼女は不審そうにこちらを見た。
「でも、お金は?」
「それなら心配ないよ。その……、哀子さんから貰ったんだ。これで仲直りしろって」
貰ったといっても現金のたぐいではない。テレンに直接チャージしてもらった。
刕織はへぇ、と声を上げながら、ふっと鼻で笑った。
「仲直り、ね。なんだ、哀子さんも勘違いしてたんだ。まぁいいや。でも、たとえそうだとしてもそんなこと本人に言うものじゃないよ」
「え、はは。そう……だよな」
俺の目下の目標が決まった。コミュニケーション能力のアップだ。
俺はテレンを用い、簡単に会計を済ませた。
二人で店から出ると、オレンジの階調はいつの間にか群青色に圧されていた。
「そろそろ戻ろうか。みんなが待ってるから」
「待ってるって?」
「うん、焉堂くんの歓迎パーティ」
歓迎パーティ……? そんなもの初耳だ。
「いつの間に、そんなの……」
「哀子さんが、焉堂くんが寝ている間に色々手回ししてくれてたんだよ。せっかくの入隊者なんだから、って。よほど自分の部隊に人が入ったのが嬉しかったみたい。あれでも哀子さん、感情に忠実だから」
不覚にも俺はそれを聞いて吹き出してしまった。
「いやそれわかるよ。そんな気がする」
「うん。だから早く帰ろう。帰りはバスで。ヴィレ第二支部まで戻ろうか。バス停、すぐそこにあるから」
刕織の言うとおり、バス停は店を出てすぐの場所にあった。全くもって気づいていなかったが、街にはバスが走っているらしい。そう時間も待たないうちに、バスが来て俺らはそれに乗った。
バスの中では会話はなかったけれども、息の詰まるようなことは決してなかった。
辺りは暗くなってきているけれども、逆に俺の心は明るくなったようだ。
あぁ、そうだ。どうしてもこんなに簡単なことに気づけなかったんだろう。
俺は隣に座る刕織に目をやった。歩き疲れたのか、なんだかうとうととしているようだった。
俺は記憶を失っていることをマイナスの方にばかり考えていた。でもそれは意味のないことなんだ。
記憶を取り戻そうとばかり考えていたけれど、その必要はないはずだ。今から創りあげていく記憶というのも、またいいものかもしれない。
時間がないので今回はあとがきなしで・・・!
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