追影の詩 前編
十年前の旅を辿りながら、メネス達は平原の街ドゥエチタへ向かう。
仲間との何気ない会話。
形見に残された思い出。
そして辿り着いた街には、不穏な影が落ちていた。
今回は少し昔話多めの前編です。
あの頃は何も思わなかったな……
景色を眺めながら歩いていると、思わぬ発見があったり、思わぬ学びがあったりするものだ。
オレは手にしたボロボロの手帳を眺めながら、ふとそんな事を思う。
『……オレがこんな事を考えるようになるとはね』
そう呟いて、自嘲気味に笑った。
『また一人で笑ってる……』
若干引き気味のディアの視線が痛い。
『それってコルトの手帳?まだ持ってたのね』
『ああ。ここにはアイツの知識が詰まってるからな。新作を書く時に役に立つかもしれないと思って持ってきたんだ』
『アナタって物持ちいいわよね。その赤い手袋はジンテのでしょ?』
ディアはオレの手を指差した。
『形見としてもらったんだ。竜の血が染み込んでるから、弱い魔力攻撃なら弾いてくれるしな』
そう言って革製の手袋を見せる。
『……竜の血が染み込んだ手袋かぁ。そんな魔装具、売れば相当な値段になるでしょうに』
ディアはオレの生活事情を知っている。
だからこその言葉なんだろうが、理解できないとでも言いたげな顔はやめてほしい。
『売らなくても大丈夫な予定だったんだ。二、三年の間はな』
口にした途端、少し悲しくなった。
『それに形見だぞ?生活の為だからって売れるかよ』
苦し紛れに返した言葉は、本音半分といったところか。
オレだって何度売ろうと思った事か――
そんな考えが顔に出ていたのだろう。
ディアは少し慌てたように口を開いた。
『じょ、冗談だって。本気で売れなんて思ってないから』
コイツ、何をそんなに焦ってるんだ?
何か勘違いしている気もするが、とりあえずそのままにしておこう。
『そういえば、アナタってコルトとよく喋ってたわよね』
『まぁな……アイツが一番オレに近かったからな』
オレに近い――
この表現が正しいかは分からない。
だが少なくとも、他の連中みたいな化け物ではなかった。
いや、知識と探究心に関しては十分化け物だったか。
ただ、それ以外は普通だった。
少なくともオレにはそう見えていた。
――
――
――
『ちょっと、詩について教えて欲しいんだけど』
話しかけてきたのはコルト=エルデートだった。
若い学者で、見た目はオレと同じくらいの歳に見える。
常に何かを考えているのか、よく独り言を呟いている変わり者だ。
オレなんかより遥かに知識があるだろうに、何を聞く事があるんだ?
怪訝そうな顔をしたオレを見て、コルトは勢いよく話し始めた。
『ああ、聞きたい事っていうのは、この前キミが歌っていた【情熱の踊り子パッシオーネの詩】なんだ。あの詩はアンティコ地方の伝承が元になっていて――』
そこから先は早口すぎて分からなかった。
何か熱弁しているのだけは伝わってくる。
『――だからボクが聞きたかったのはそこなんだ』
『……悪い。オレには分からんな』
『そうですか……キミに聞けば分かると思ったんだけど』
『何でオレに聞いたら分かると思ったんだ?』
『そうですねぇ。曲に対する理解度ですかね』
理解度?
確かにオレは【情熱の踊り子パッシオーネの詩】が好きで、よく歌う。
だが、そんな事を言われたのは初めてだった。
『そんな事、初めて言われたな』
思わず本音が漏れる。
『そうなの?あの詩、良いわよね。私も好きよ』
突然後ろから声がした。
この優しくて癒される声は――
美人薬師のマドレ=オスピタリタさんだ。
とにかく美人で優しい。
しかも薬師としての腕は超一流。
何故この人が魔王討伐なんて危険な旅に参加しているのか未だに分からないが、居てくれて本当に助かる。
『マドレさんも好きなんですか?オレも好きなんですよ。一曲歌いますか?』
オレはコルトとの話などすっかり忘れ、リュートを手に取った。
この詩は、小さな街の踊り子パッシオーネが踊る事で、その情熱だけで大きな争いを防いだという物語だ。
戦いの描写はほとんど無い。
それなのに曲調は終始軽快で華やか。
まるでマドレさんみたいな詩だった。
歌い終わると、マドレさんの感想より先にコルトの声が飛んできた。
『やはりキミの詩は人を惹きつけますね。これも詩に対する理解度の高さがなせる技だとボクは考えています。その技を、その方法を、ボクは知りたい。いや、解き明かしたい』
何だかよく分からないが、褒められている気がした。
『お、おぉ……オマエって良いヤツだったんだな』
思わずそんな言葉が口から出た。
オレは褒められ慣れていない。
だからこういう時、何を返せばいいのか分からないのだ。
『うふふ。アナタたちって面白いわね』
オレとコルトのやり取りを見ていたマドレさんが楽しそうに笑う。
『良かったらまた聞かせてちょうだい。次はあの子も誘ってくるわ』
そう言って、少し離れた場所にいるディアへ手を振った。
何故にディアを?
一瞬疑問に思ったが、マドレさんが聞いてくれるなら喜んで歌おう。
『今の詩もボクは好きですよ』
突然、隣から声がした。
さすがにもう驚かない。
いつの間にか隣に座っていたイルへ目線だけ向ける。
『オマエねぇ……ワザとやってるだろ?』
『バレました?』
あざとく舌を出すイルに呆れる。
コイツは本当にオレに無いものを持っている。
いや――オレが欲しかったものか。
『そういえばコルトさんに聞きたい事があったんだ』
『なんだいイル?何でも聞いてよ。ボクも知りたい事はたくさんあるんだ』
そう言って二人は話し始めた。
オレは二人が何を話しているのか分からないまま、そのやり取りをぼんやり聞いていた―
―
―
―
『……また笑ってる』
ディアの声に現実へ引き戻される。
というか――オレ、笑ってたのか?
『笑ってなんかないだろ?オレだぞ?』
『オレだぞ?って……アナタ結構笑うじゃない』
『そうなのか?自覚はないんだが』
『そうなの?私は会う度に笑ってるように見えるけど……ふーん』
何だその含みのある言い方は。
嫌な予感しかしない。
『そんな事より、そろそろドゥエチタだよな?』
『ええ、そうよ。平原の街ドゥエチタ――何事もなければこんなに近いのね』
何事もなければ、か。
確かにその通りだ。
オンブラを越えてから二日。
たった二日で辿り着いた。
十年前は五日以上かかった記憶がある。
『正直、この街には良い思い出がないのよね……通り過ぎる?』
『そうだな。オレも同じだ』
そう答えてから、手にしたボロボロの手帳を握りしめる。
『だが、この街には寄らなきゃならない』
十年前――
オレ達はこの街で三日間足止めを食う事になる。
忘れたくても忘れられない三日間だった―
――
――
――
度重なる魔物との戦闘を乗り越え、ようやく辿り着いた平原の街ドゥエチタ。
その街は、不必要に思えるほど高い城壁に囲まれていた。
『なんか物々しいな。確かに魔物は脅威だが、やり過ぎじゃないか?』
『そうだな。この街には王国兵団も駐留しているはずだ。何をそこまで恐れているのか』
ノビルの言葉に頷く。
魔物対策と言われれば納得できなくもない。
だが、それだけでは説明できない不気味さがあった。
『とにかく中に入りましょ』
『そうね。ディアの言う通りだわ』
マドレさんも賛同する。
街の近くとはいえ、いつ魔物の群れが現れるか分からない。
オレ達は足早に門へ向かった。
それにしても最近、この二人はよく一緒にいる。
意外な組み合わせだと思っていたが、案外気が合うのかもしれない。
――
王国から渡された通行手形を見せ、街へ入る。
そこで真っ先に気付いた。
『……人がいない』
『ああ』
ルチドが静かに頷く。
『家の中には気配がある。だが外には誰も出ていない』
昼間だぞ?
街路には人影一つ無い。
まるで街そのものが息を潜めているようだった。
『おい兵隊。これはどういう事だ?』
ノビルよ。
もう少し言い方ってものがあるだろ。
だが兵士は気を悪くした様子もなく答えた。
『実は数日前から、この街で連続殺人事件が起きていまして』
空気が変わった。
『被害者は既に五名。ですが犯人は未だ捕まっていません』
『犯人の目星は?』
『……それが、まったく』
まったく?
そこまで大きな街じゃない。
なのに何も分からない?
嫌な予感がした。
『どうしたメネス?まさか怖いんじゃないだろうな?』
『ノビル。冗談はよしてくれ』
『ん?』
『オレは殺人鬼なんかより、オマエ達の方がよっぽど怖い』
『は?』
『オマエには分からんよ』
『何だと!?』
ノビルが本気で怒り始める。
だから大声を出すな。
まったく血の気の多い男だ。
だがオレは嘘を言ったつもりはない。
ここには人類最高戦力と呼ばれる連中が集まっている。
剣士。
戦士。
聖女。
魔法使い。
学者。
薬師。
それぞれ方向性は違うが、全員どこか壊れている。
この旅でオレは嫌というほど思い知らされた。
あの優しいマドレさんですら、時々怖いと思うのだから。
『さぁ、着きました。本日はここでお休みください』
案内を終えた兵士が、何故かオレの方へ歩いて来た。
『失礼ですが……吟遊詩人の方ですか?』
『まぁ、一応は』
『本当ですか!』
兵士の顔が明るくなる。
『良ければ今晩、兵舎で歌っていただけませんか?』
『あ、ああ……構わないが』
勢いに押されて了承してしまった。
『ありがとうございます!皆喜びます!』
大げさな奴だな。
――
その晩。
オレは王国兵団の兵舎へ向かっていた。
後ろには何故かイル。
さらにノビル、コルト、デニ。
マドレさんと、それに連れて来られたであろうディア。
珍しいところではルチドとマーゴまでいる。
兵舎に着くと歓迎の声が上がった。
それも当然か。
魔王討伐隊の面々が目の前にいるのだから。
そんな光景を横目に見ながら、オレは椅子に腰を下ろした。
リュートを構え、弦に指を添える。
ボロン♪
兵士達の笑い声に混ざるように歌い始めた。
ふと視線を上げる。
何故か正面に座っていたディアと目が合った。
いつもなら蛇に睨まれた蛙みたいになるのに。
その夜だけは違った。
何故か――
その視線が心地良かった。
そうして夜は更けていった―
――
事件が起きたのは翌朝だった。
いや……正確には昨夜、既に起きていたのだろう。
『これで六人目だ……』
重苦しい声が響く。
オレ達はこの街で巻き込まれる事になる。
忘れたくても忘れられない、あの事件に――
読んでいただきありがとうございます。
今回は少し穏やかな回でした。
メネスにとっては辛い思い出ばかりではなく、今でも大切にしている記憶も数多くあります。
コルトの手帳やジンテの手袋も、その一つなのでしょう。
ただ、楽しい思い出ほど失った時の痛みは大きいものです。
次回は後編。
ドゥエチタで起きた事件に迫っていきま




