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橘フレンズ!  作者: 橘める
クッキー編 A Legendary Man
3/8

有栖川ひまりとの邂逅

 著者 【太公望】

 Twitter:@Not_erosada_gbf



 


免責事項

 ※1この有栖川ひまり編は、事実に基づいたフィクションです。

展開の順番など実際に起きた出来事とは異なる描写もございますが、あらかじめご了承下さい


 ※2本作には過度のセクハラ・下ネタ表現が出てくる可能性があります。ご注意ください。


 ※3この事件には架空の団体名や仮名が登場しますが、実際のものとは無関係ですので、ご注意下さい。


イラスト制作者:橘める

挿絵(By みてみん)

 

 これは仮想現実大規模多人数オンライン、通称VRMMOと呼ばれるもので起きたとあるネットストーカー事件の記録である。










 VRMMOは視覚と聴覚のみで楽しむ従来のゲームと違い、五感全てを没入させて三次元の立体的な世界観を楽しめるのを最大の特徴としているシステムだ。特にそのハード機となるヘッドギアはここ一年の間に爆発的な売り上げを叩き出しており、ゲーム業界の勢力図すらも激変させてしまう程だった。


 今回の主人公――鳥栖加奈がプレイしていたのはその中でも特に人気沸騰中のソーシャルゲームである。『君の友達は空で待っている!』がキャッチフレーズで、聞けば誰もが名前を知っているほどの有名なゲームだ。


 このゲームの一番の目的は、敵を倒したりイベントに参加したりしながら自身の装備を揃えて強くなること。それには空艇団と呼ばれるギルドへの加入が必須となっているのだが――。


 事件はまさにその〝空艇団〟を巡って起きた。






「ただいま帰りましたー」


 彼女――鳥栖加奈はいつものように学校から帰ると挨拶もそこそこに自分の部屋に入るや、部屋の扉に鍵をかけて籠もった。


「最近はこれのためだけに毎日生きている……かもしれない」


 彼女はそう呟いて枕元にある白い丸みの帯びたソレに手をかけた。ソレこそ他ならぬヘッドギアである。


 彼女はゲーム禁止、門限あり、外泊禁止と他の家庭よりも割と厳格なルールの設けられた家庭で育ってきていた。しかもJKという立場や、鳥栖本人の受け身な性格もあってかルール自体にはあまり不満を感じてはいなかった。そう、本来ならば鳥栖がソレを所有する機会は訪れない筈だったのである。


 しかし、他ならぬ彼女の両親がそれにハマってしまった。一年前の発売以降、ヘッドギアを毛嫌いしていた筈の父親が仕事の関係で使用した結果どハマりし、次に父親に勧められて母親がという芋蔓のような具合に。

 だからこそ、鳥栖の家庭でヘッドギアの使用が認められたのは奇跡と言えた。


 だが、彼女がそこまでのめり込んだ理由はもう一つある。

 それは〝友達との会話のネタが増えた〟ことだった。

 彼女が物心がついたころには既にDSなどの携帯ゲーム機の所有が当たり前の時代になっていた。当然同年代の話題も「ゲームで何をやったか?」がメインの一つになる。ゲーム禁止の家庭で育った彼女がこの話題についていけなかったのは言うまでもない。


 中学になり、周りがゲーム機を卒業してスマホが話題の中心になった時も鳥栖はその輪の中に入れないことがあった。彼女の家庭ではスマホは高校に入ってからというルールになっていたためガラケーを使用していたからだ。

 そして高校に上がってすぐに発売されたのがヘッドギアである。同年代の話題の中心が一気にスマホからヘッドギアに移り、やっとついていけるようになった筈の話題からまた取り残されることが続いた。

 しかも歌手のライブがヘッドギアの使用者のみを対象としてオンラインで開催されることも当たり前になってクラスメイトの女子の大半がそのライブの話で盛り上がるなど、ヘッドギア以外の話題にもついていけなくなることもあった。


 〝これさえあれば、話題についていけないなんてことはない〟


 家のルールについては仕方ないかなと諦めていた彼女にとってヘッドギアが使える有り難みは人一倍だった。現にそれまでよりも友達との会話量や会話する人数も明らかに増えており、まさにヘッドギア様々と言えた。

 それだけヘッドギアの存在は彼女の心の拠り所となっていたのである。


 はじめは友達との共通話題作りのための何かや、SNSの延長線上のようなコミュニケーションツールとしての利用が大半だった。

 しかしヘッドギアを通して体験した様々なコンテンツに触れて友達関係が深まっていったある日。


 〝なんか疲れた〟


 突然、その感情が彼女の心を支配するようになり、コミュニケーションツールとしてのヘッドギアの使用に抵抗を感じるようになった。


 ヘッドギアを通してはじめて可能となった友達との深い関わり。その反動は短期的には表面に出ることはなかったが、長期的な付き合いの中で個人の時間がどんどんなくなっていったことでストレスとなって表れたのだ。


 人間関係に疲れた彼女が「自分を誰も知らない世界」、「人間関係がリセットされた環境」を求めてはじめたのが同じヘッドギアで出来るこのソーシャルゲームだった。




「今日も思い切り楽しもうっと」


 そう呟きながら彼女はベッドに横たわり、ヘッドギアのスイッチを入れる。

 目の前の世界が自分の部屋からファンタジー風の世界観へと様変わりすると、早速ログインを知らせるウィンドウが彼女の目の前に現れた。




「さて……と。今日も雑談部屋行こうかな」


 雑談部屋――運営が本来意図していなかった形で誕生したグレーなコミュニティ。

 彼女もその存在に魅せられた一人だった。


 ゲームのシステム上、プレイヤー同士で協力してバトルを行うための『ルーム』が存在する。ルーム内で自発素材を消費し、目当ての敵を召喚したら戦闘開始。敵の討伐に成功すればそれなりの報酬が得られる。


 ルームは本来ならそうして使うものだが、いつだったかコミュニケーションを取るため、いわば雑談目的でルームを作る者が現れた。

 最初こそ「ゲームの邪魔」とか「雑談なら他でやれ」と非難が殺到したものの、次第に雑談を楽しむ者が増え始めていき、今ではルーム内で雑談をするのはひとつの文化のようになったのだ。


 そうして出来たのが「雑談部屋」であった。


 スクロールして、ルーム一覧のウィンドウを展開。そしてルームの入口アイコンをタップすると、彼女の周りの世界が一変する。雑談部屋のルームへと無事入室出来たということである。



「――ひまりってひだまりの匂いがしそうだよね!」


 雑談部屋のルームに入ると早速中学生くらいの男の子の声がした。

 声の主は「四季折々」という名前の中三の男子だ。生粋の将棋オタクであり、将棋の話をし出すと二時間は止まらないほど入り込んでいる。彼についての印象と言えば、顔写真をみて「イケメン」だと誰かがよく言っていたなぁ、くらいのもの。あまり興味が無いというのが鳥栖の正直なところだった。


 〝――ひまり……女性なのかな?〟


 VRMMOの革命的な利便性で女性ユーザーの参入も増えたのは事実だ。しかしながらゲーム内の男女の人口比が圧倒的に男が多い状況は変わりなかった。雑談部屋でも男が女の倍以上と多く、女は十人もいない。まずはその物珍しさに鳥栖は関心を示した。


「今日初めて来られた方ですか? はじめまして」


 そう話しかけるとひまりという名前の女性アバターのプレイヤーは彼女の方を向いて微笑んでくる。


「はじめまして~、有栖川ひまりです~。ひまりんって呼んでくれると嬉しいな! よろしくね☆」


 とどこか媚びるような、甘ったるさを孕んだ声で返してきた。


「鳥栖加奈です……よろしくお願いします」


「よろしく~☆」


 そう笑いかけるひまりの視線は心なしか全身を嘗め回してくるかのような印象を与えた。

 それはまるで現実世界でクラスの隅にいるような男子達がたまに自分に向けてくる目線に酷似した、それだ。

 そこに若干の違和感を覚え、次の言葉をどう切り出すかを迷っていると、雑談部屋ブースの隅にいた橘が近づいてきた。


「鳥栖ちゃん、来てくれてよかったよ」


 そう言う橘はまるでダム決壊五秒前かのような必死で何かを堪えた表情を浮かべている。


 橘は雑談部屋の中心人物とも言える立場のプレイヤーであり、鳥栖が信頼を寄せる雑談メンツの一人である。頭の回転の早さやメンツのコメントを拾うのが上手いのもあるが、何より同年代の女子が雑談部屋にいるというのが心強かった。


「橘さん、どうかしたんですか?」


 橘が堪えているのは〝笑い〟。

 こういう時の彼女は決まって面白い話をしてくれる。

 鳥栖の表情は期待の色に染め上げられた。


「あの有栖川ひまりって奴いるじゃん?」


 ひまりが再び四季折々と話し出したのを確認すると橘は早速本題を切り出してきた。


「あ、はい」


「アイツ、どうにもネカマ臭いんだよね」


「なるほど……」


 ひまりとは初対面なのに、橘のその一言は何故か凄く説得力をもって聞こえた。

 ひまりに対して自分が感じていた違和感が一気にストンと腑に落ちるものだったからだ。


「結構、皆さんも気づいてるっぽいですね」


 鳥栖の指摘通り、雑談部屋の常連達は心なしかひまりとの距離を取っていた。


 橘と自分達の近くで話している太公望とカズヤもそのうちの二人だ。橘の次くらいに雑談部屋の古参の太公望は名前からも分かる通り、中国・台湾の事情への関心が強いため、同年代の台湾人のカズヤと話が弾むことが多かった。


 そして太公望はともかく、カズヤはフェミニストと渾名される程に女性とみるや積極的に接しに行くような性格の持ち主である。しかも某自称イケメン童貞とは違って紳士的な振る舞いも多いため不思議と女プレイヤー内での人気も高い。

 そんなカズヤが女性の名前、アバター、ボイス、口調のひまりに話しかけないのははっきり言って異常この上ない。


 本能的に勘づいたのだろう。

 〝コイツはネカマだ〟と


 ただし、だからと言って鳥栖は勿論橘にもひまりを排除したいなどという気持ちは全くなかった。


 一般的にネカマという生き物は、女を演じて接待して貰うことで強者に寄生して楽にプレイを進めていくスタイルの者と、いかに同性の「萌え」を刺激して弄んでいきドツボにハマる相手の愚かさを嘲ったり、異性を演じきる自分に酔いしれるといった変態性を持った者とに分かれる。


 ひまりの場合はプレイヤーランクが雑談メンバーの中でも相当高いことから、恐らく前者であろうと橘は断じている。


「ネカマはこの界隈では希少だ。どんな騒動引き起こしてくれるか、楽しみだよ」


 橘はニタリと笑みを浮かべる。


 クッキーが本性暴露によって雑談部屋を追われてからはこれと言って大きな騒動とは無縁の日々が続いており、そろそろ新たな事件が起こるのを欲していたのだ。

 具体的にはひまりに騙されていた、ネカマされていたことに激怒する誰か、例えば四季折々のような――が引き起こす騒動を期待していた。


「ほんと、楽しみです」


 意外にも鳥栖もそれに同意してみせた。

 彼女はあくまでネトゲ初心者である。当然ネカマという生き物は生まれて初めて見るため、それなりに興味を抱いていたのだ。

 ただし、それはあくまで人間観察的な意味合いでの話。


 直接、話す機会はあまりないだろう。


 そんな風に予想していた。




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