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Crazys!  作者: ノンアルコール
C,8-A-2 Declare War.
57/65


 *


 煌々と輝く巨大な炎の柱は、禍々しい黒煙を立ち上がらせて、荒野の真ん中で燃え上がっていた。

 先刻、身を裂くような強烈な衝撃波と共に爆発を起こした貨物列車は、積み荷の火薬も一斉に弾けさせて、日の沈みかけた黄土色の荒野を照らしていた。

 一同は、真っ赤な炎の向こう側で燃え上がる貨物列車を、顔に当たるヒリヒリとした熱気を感じつつ、唖然として見つめていた。

 いやはや、まさかここまで燃え上がるとは思っていなかった。もしも、貨物列車の中に人がいれば、非常に気の毒なことだが、一瞬で消し炭となってしまっているだろう。

「……に、兄ちゃん! おい、生きてんのか!?」

 最初に我に返ったのは、トウジョウであった。ハッとして瞬くと、躊躇うことなく火柱の中へと駆け寄ろうと足を踏み出す。それを見て、カグラが慌てて老人を止めた。

「ちょっとおじいさん! 危ないわよ!」

「何いっとるんじゃ! 兄ちゃんが……ツキシマの兄ちゃんが……」

「あいつは大丈夫だから! 今行ったらおじいさんが丸コゲになるわよ!」

 カグラの制止を振り切って火柱に飛び込もうとするトウジョウに、カグラは声を大にして説得した。それを聞いて、トウジョウは汗を額ににじませながら、不安げに顔をしかめてカグラを見る。

「し、しかし……」

「あ! あれ! あれ見て! ツキシマじゃないか!?」

 言い争う二人に、カナメが火柱の方を指差して叫んだ。一同は、慌ててカナメの指が示す先を見る。

 轟々と燃え上がる炎を背中に、陽炎のように揺れながら、一つの影がこちらに向かって歩いてきたのである。よろよろと左右に揺れながら、しかし確実にこちらへと向かって来る影は、一同にとって好く見慣れたロングコートのツキシマの姿であった。

「ツッキーだ! やったぁ元気そう!」

「あ、あはは……」

 見慣れた防毒マスクを確認すると、タツミが嬉しそうに声を上げて飛び跳ねながら両手を振った。それに応えて、疲れ切ったように肩を落とすツキシマがヒラヒラと片手を振る。

 手を振ってタツミの声に応えるツキシマを見ると、カグラが安心したのか緊張の糸が解けたのか、僅かに気の抜けた笑いを零した。  

「兄ちゃん……無事なのか……?」

「……」

 服は焦げ、足を引きずり脱力してはいるものの、目を見張るような欠損もなく帰還したツキシマを見て、トウジョウが震える声音で問いかけた。

 不安げな面持ちで自分を見上げてくるトウジョウに、ツキシマは何度か縦に頷く。正直なところ、あと二、三秒コックピットから貨物列車に乗り移るのが遅れていたら、目も当てられないほど木っ端微塵に砕けていただろうが、珍しく運がよかったとツキシマは言える。

「そうか……そうか。ま、まったく…、心配掛けさせおって」

「ちょ、ちょっと!」

 何度か縦に頷くツキシマを見ると、トウジョウは腰が抜けたようにヘナヘナとその場に座り込んだ。慌ててトウジョウの肩を支えるカグラに、トウジョウはヘラリと力の抜けたような笑みを向ける。

「なぁに、気が抜けただけさね。特に今日は、心臓に悪いことしか起きんかったからなぁ」

 しゃがみ込んで、笑い声混じりにトウジョウは言った。しかし、クリーチャー相手に鉄パイプで応戦する老人というのも、また異常にタフというものだ。ツキシマは苦笑混じりに肩をすくめた。

「……!」

 と、そこでツキシマは、ふと思い出したように顔を上げて自らの懐を探る。コートの裏で、お目当ての物を手に取ったツキシマは、どこか嬉しそうにトウジョウにそれを差し出した。

「……こ、こりゃぁ……」

 ツキシマがトウジョウに差し出した物を見て、トウジョウは目を丸くした。

 焦げた厚手のグローブに包まれて、ツキシマの懐から取り出されたのは、先程、トウジョウがツキシマに渡した大きな花火玉だった。火薬を包む薄紙は、所々煤けてはいるが、導火線も無事で、台に設置すればまだ打ち上げられそうな状態である。

 何かあったらコレを使えと言って渡した物なのだが、ツキシマはそうしなかったようである。どうやら、己の渾身の力作は、街を守る為の役に立てなかったようで、トウジョウはくしゃりと残念そうに笑って、ツキシマの手から花火玉を取った。

「お前さん、これを使わなかったのかい? やっぱり、こんな花火玉じゃぁ役に立たなかったか」

「……!」

 自虐するように笑うトウジョウに、ツキシマは慌てて首を横に振る。トウジョウの花火玉が、役に立たなかったわけではない。実のところ、ツキシマはそれを使って、貨物列車を爆発させようとしたし、ロボットさえ爆発しなければ、彼はその花火玉を貨物車に投げ入れていたことだろう。

 しかし、実際にはロボットが起爆源となり、貨物台の火薬に引火して暴走列車は止まることとなった。爆発の火に飲まれて花火が炸裂しなかったのも、ツキシマがなんとか五体満足で帰還できたのも、運が好かったというならば、この花火は、きっとメトロの空に打ち上げられるべき物だったのである。

 花火は、夜空を彩って初めてその意味を得るのだ。燃えるしか能のないただの火薬と共に爆発させるのは、とても勿体ない。

 そう思って、ツキシマは消沈するトウジョウの肩を叩いて、空を指差した。焦げた皮のグローブが、雲に覆われた夜空を示しトウジョウが花火を片手に空を見上げる。

 その空を見て、トウジョウは濁った両目に小さな光を宿した。そして、何を思ってか、クスリと吹き出したように笑った。

「そうじゃな。他の職人の花火も全部だめになっちまったし、これを打ち上げてやらんとな。色々あって街の連中も参っとるだろうし、祭りのシメくらいきっちりせんといかん」

 肩を揺らして笑うトウジョウは、何度か頷いて夜空を見上げた。

 ツキシマの思ったことが、それだけで全て伝わったとは思えないが、トウジョウは気を取り戻してくれたようである。それだけで十分だった。

「街がどうなったかは知らないけど、後は警察にでも連絡して、とりあえずここは一件落着ってとこね。ところで……」

 ふぅ、と腰に両手を当てて、疲れたようなため息をついたカグラは、辺りを再び見渡して怪訝そうに顔をしかめて一同に問いかけた。

「もう一人の馬鹿は一体何処に行ったわけ?」

 カグラの声を聞いて、ツキシマも、ハッとして辺りを見渡した。コックピットに乗り込む前にも思ったのだが、ヨツヤの姿が未だに見当たらないようだ。事態が目まぐるしく展開し、すっかり忘れていたのだが、まだ合流していないらしい。

 カナメやタツミ、それからミコトに視線を向けてみても、知らないとばかりに首を横に振るだけだった。

「こんな時は、真っ先に貨物列車に乗り込みそうなものなのに、いないなんて珍しいよ」

 発電機から降りて、カナメが首を傾げて言った。

 確かに、そうである。危機的状況であればあるほどに反応するという、どう考えても欠陥品としか思えないセンサーを常備しているヨツヤが、この場に最初からずっと居合わせないというのも可笑しな話だ。何より、街中では共にいたのに、急に居なくなるのも可笑しい。気まぐれで何処かに行ったというならば、それはそれで終わってしまうのだが。

 それを考えて、ツキシマは、忙しないような、ざわめくような嫌な感じがした。この場以上に、厄介なことになっていなければいいのだが、と、ふと無意識に、普段は感じないはずの不安をうっすらと感じ、じっとサースメトロの街を見つめた。



 *


 ありふれた死だと、女は思った。

 今、足下に転がるその屍は、このメトロで好く居る、ギャングや犯罪者達の屍と変わりない。ただ、他の者よりも強かった。それだけだ。

 恐らく自分は、数時間後にはこの男の存在など、綺麗さっぱり忘れてしまうだろう。それほどまでに、心に残らなかった。凡俗で、ありきたりで、どうしようもなく哀れな、この男に対して想ったことは、常々、女がメトロの人間に対して想っている事と同じであったのだから。

 女は、くるりと踵を返す。小振りのトマホークを両手に握って、作戦の障害となる人間を排除する為に歩き出す。全ては、彼の人のために。

 そして一歩、路地裏の土を踏み出した女は、唐突に身の毛のよだつような悪寒を感じた。

 切りそろえられた髪が逆立ち、全身の神経に操られるがまま、ぐるりと反転して、トマホークを胸の前で交差させて防御の態勢を取る。瞬間、女の目の前で火花が弾けた。暗闇を照らす火花が、一瞬女に見せたのは、女の無表情をいともたやすく歪ませるほどの、亡霊の姿であった。

「なっ……何故……!?」

 目を大きく見開き、冷汗を流す女は、震える声で問いかけた。目の前には、血まみれになった相貌をニタリと狂気に歪ませて、刀の柄を握り、刃で女を圧倒するヨツヤの姿があった。

「し……ぬか……。くっ…くく……、テメェ…みてーな、甘ったれの剣で……俺が死ぬわけないだろ」

「っ!?」

 頭からペンキを被ったような顔から覗く瞳を見て、女はゾッとした。

 正気でない。先程よりもずっと、目の前の男はイカれていると思った。致命傷を負ってもなお、剣を握るその力が、一体どこから生まれるのかまるでわからなかった。

 それこそ本当に『死ぬわけがない』という精神だけで動いているのだとしたら、本当に、本当に、彼の狂気は己の想像を絶しているのだと、女は気がついた。

「ぐっ……!」

 女は、相手の狂気を心の内で無意識に恐れた。その恐怖は、武器を握る手にも現れ、ヨツヤと距離を取るため後方へ飛ぼうと足に力を込める。相手は手負いだ。中途半端に刃を交差させた状態では、マトモに攻撃も防御も出来ないはずである。相手側にとっても、間合いを取りたいところだろう。しかも辺りは暗い。下手に深追いは出来ないはずである。

 そう判断して、女は後方へ飛ぶ。一度、体勢を立て直さなければならない。

 しかし、女は判断を見誤った。女が地面を蹴って、ヨツヤと距離を取ろうとした瞬間、あろうことか、ヨツヤは間髪入れずに後方へと飛ぶ女を追ったのである。

「逃げたな」

「!?」

 目の前に迫るヨツヤの何処か愉快そうな声を聞いて、冷汗を流す女の肩に、ヨツヤの刀の切っ先が深々と突き刺さった。

 ざくりと、手元に確かな手応えを感じると、ヨツヤは愉しげに大きく目を見開いて、肩に刃を突き立てたまま、その刀を大きく上へと振り上げる。

 刀の刃が女の肩の肉を裂き、骨を削り、血を吹き上がらせた。驚愕を隠しきれない女の顔を前に、ヨツヤは高々と笑い声を上げる。

「ハハッ…ハハハハ……アハ、アハハハハ!! 逃げたな! クハハ……逃げた! ざまぁねーぜテロリストさんよォ! テメェの愛ってのはそんなもんかァ!? クッ…ヒヒヒ……大事なモンのためなんじゃねーのかよ!? 怖じ気づいてイイのかァ!? ふふっ……くくく……フハハ……」

 愉しそうに笑うものの、ヨツヤは刀を地面に立てて支えにして、ドクドクと血を流しながら漸くの思いで立っていた。斧で受けた傷は、今にも気を失ってしまいそうになるほど痛かったが、ヨツヤはそんなことよりも、目の前で血の吹き出す肩を押さえながら、地面に片膝を着く女をいかにして殺すかということばかり考えていた。

「……侮って、いました。貴方の、狂気を……」

 裂かれた肩の痛みに顔を歪めながら、絞り出すような声で女は呟く。清潔な黒色だったエプロンドレスは、赤く滲み埃を含んで汚れていた。肩は、骨から破壊され、今はもう動くような気がしなかった。

「ふ、ふふ……そりゃどーも」

 肩で息をしながら、ヨツヤも揺れる視界の中で答える。今にも意識は飛びそうだが、飛ばないと思えば飛ばないのだ。そう自分に言い聞かせ、ヨツヤは笑った。


 手負いの二人が睨み合う中、急にバタバタと辺りが騒がしくなり始めた。街の騒ぎが落ち着いたのか、もしくは貨物列車の暴走が街中に知れ渡ったのか、どちらにせよ、時間を掛けすぎてしまったようである。

 女は、ぐっと悔しげに唇をかみしめてヨツヤを睨んだ。

「……私、カヤと申します。……組織の、工作員の末端でございます」

「……ヨツヤ。ただの賞金稼ぎだ」

 女、カヤはヨツヤの名前を聞くと、深く頷いて立ち上がった。足は僅かに震えていたが、表情は気丈にも眉をつり上げて、じっとヨツヤを見つめる。

「ヨツヤ、貴方のことは、この私が、必ず殺してみせましょう。私の為にも、私の、戦う意味を掛けても。必ずや」

「はは、は……今ここで殺してやってもいいんだぜ?」

 ヨツヤの挑発に薄く笑うと、ずるりと、地を這うように女は暗がりの中へと消えて行った。音もなく姿を消したカヤの気配も、まるでそこに最初から居なかったかのように消え失せていた。

 静まりかえった路地裏。遠くの通りから響いてくるざわめきの中、赤い血だまりの中にヨツヤは膝を着く。

 殺せなかった。そして、死ななかった。酷く、歯がゆい結果だけが残った。

 茶番だ。こんなのは。戦いとは、生きるか死ぬか、それしか無いのに。それが全てなのに。

 ずるずると、刀の柄を握ったまま地面にしゃがみ込んだヨツヤは、何故自分がこんな致命傷をカヤから受けたのか思い返す。

 どくりと心臓が脈打ったあの瞬間、ヨツヤの身体は麻痺して動かなくなってしまった。まるで電撃のように、毒のように、ヨツヤの頭に響いたのは、一体何だったのだろうか。

『孤独な人なのでございましょう』

 ふわりと、ヨツヤの頭の中でその言葉が浮き上がる。思い出すと、それがジワリと染みてヨツヤは、腹立たしくも自分がその言葉に引っ掛かっていることに気がついた。

「……きも」

 今にも吐きそうなほどに顔を歪めてヨツヤは呟くと、力が抜けたようにその場にうつ伏せに倒れ込んだ。ばしゃり、と血だまりが跳ね、生臭い臭いがヨツヤを取り巻いた。

 そしてその直後、路地裏の入り口から、何やらうっとうしいほどに騒いでいる、聞き覚えのある高い声と慌ただしくこちらへ向かって来る複数の足音を聞きながら、ヨツヤはゆっくりと目を閉じた。



 **


 サースメトロで起こった、シティアベンジャーのテロ行為は、半分失敗、半分成功という結果に終わった。

 というのも、最初の演説により、多数の人々がシティに対する……いや、力を持つ者に対する反旗を翻したことは紛れもない事実であり、多くのギャングや警察官が犠牲になった。

 ただでさえ不安定だったメトロ警察は、今回の件により更に不安定さを増し、ギャングによる地域の自治も、効果を低迷させることになった。

 更には、貨物列車暴走の件でメトロエクスプレスは再度運行休止となり、短期間で二度もテロリストの干渉を許してしまったとして、エクスプレスのセキュリティ自体が見直される羽目となった。貨物列車の暴走で得をしたのは、結果的に市民達のシティに対する科学勝利の希望を象徴する、エクスプレスの地位を貶めることに成功したシティアベンジャーと、貨物列車を止めることで、管理局から報奨金をせしめたカグラだけとなったのである。

 しかし、市民も突発的なテロ行為に蹂躙されるだけではない。演説が始まると警察はすぐに、エクスプレス管理局の放送部へと乗り込み、中に居たテロリスト達を捕らえることが出来たのだ。

 しかし、実際の所捕らえられたテロリスト達は組織の下っ端であり、録音されていたテープを街中に放送していただけに過ぎなかった。それでも、取り調べをすれば自ずとシティアベンジャーについて何かわかるかもしれない。シティアベンジャーは、今まで水面下で地味なテロ活動しか行ってこなかったため、情報が不足している。今後、恐らく拡大するであろうテロ行為を案じておくのは必須であろう。

 街の騒ぎが、半日掛からず片付いたのも市民の力があってこそなのかもしれない。サースメトロには、シティへの憎悪や嫉妬だけで生きている人間は、そう多くなかったのである。

 しかし問題は、このテロが、サースメトロだけでなくメトロ全域で起こっていたと言うことが、後日明らかになったということだ。

 つまり、今日の祭典によって、多くの市民が武器を取ることを決意した。シティに銃口を向け、力を持つ者に破滅を齎さんと立ち上がった。

 彼らは、己の悲しみと、失った者への屈辱の為に雄叫びを上げる。自分たちを除け者にしたシティへの憎しみを銃弾に込める。それは、誰にも止めることの出来ない、人間として当然の戦意であった。



 場所は変わって。祭典から数日後の『Armsアームズ』。

 メトロの情勢は大きく変化しているにも拘わらず、街に住む人々は、いつものように店先で客の呼び込みを行い、いつも通り、流れ弾に怯える生活を送っている。

 先日のテロなど、すっかり忘れてしまったかのような情景は、ある意味安心できて、ある意味では酷く不気味だった。

 喫茶店『Arms』は、祭典時の盛況はどこへやら、いつもの物静かな昼下がり、マスターは眠そうに欠伸をし、パティは掃除のし甲斐もない店先を掃いていた。

 店内には、いつもの常連の顔が四つ。先日のこともあってか、未だ気だるげな顔を浮かべて窓際の席を陣取っていた。

「信じられる? 全治三週間ですって。死なないんだって。ありえないわ。なんつー生命力なのよ。虫何じゃないの?」

 テーブルの上に片肘を着きながら、カグラが心底納得できないといった顔で愚痴るように言った。不満によって釣り上げられた目は、対面のカナメを映してキラリと光る。

「治るんじゃ好かったじゃないか! 僕もさすがにもうだめだと思ったけどね。きっと、エドガー先生の腕が好いんだよ」

「そういう問題じゃなくてね。あんな怪我しといて一ヶ月も経たずに治るどころか、死なないってのが可笑しいのよ。人間じゃないわ。もしかして、ヨツヤもツキシマと一緒なんじゃないの?」

「…………」

 話を振られて、カグラの横に座っていたツキシマがコルトを膝に抱えながら慌てて首を横に振った。

 ツキシマも、ヨツヤのような常識外れと一緒にされたくはないようである。

「ヨツヤ死んじゃだめだよ! すぐツッキーをいじめるヨツヤは、タツミが倒すんだもん!」

 ニヘヘ、と笑みを浮かべて、タツミは両手を挙げながら力強く言った。懐かれているのか、そうでないのかいまいち分かりにくい反応であるとカグラは思う。タツミが楽しいならそれでいいのかもしれないが。

「納得できないわ。絶対に人間じゃないわよ」

「みなさーん! ちょっと好いですかぁ?」

 唇を尖らせて不満そうに息をついたカグラの声の後に、喫茶店の入り口から顔を覗かせたパティが早足で窓際の席まで駆け寄ってきた。

 一同は、顔を上げてパティを見る。白いシワ着いた封筒を持った金髪のウェイトレスを見て、まずはカナメが首を傾げた。

「パティ? どうしたんだ?」

「皆さんにお手紙ですよぉ。えっと、ケイナさんって人からです」

「ケイナ?」

 封筒の差出人を見ながらパティが言うと、ツキシマとカグラが驚いたように顔を上げた。

 唐突に聞かされた名前を聞いて、カグラは目を丸くしたままパティに差し出された封筒を手に取る。

「あー、びっくりした。ケイナからの手紙ね。そういえば手紙出すとか言ってたわね。……ほんと、律儀だこと」

 呆れたような、安心したような笑みを浮かべてカグラはその封筒を開けた。手紙を送る、とは言っていたが、きちんと忘れずに送ってくる辺りがケイナらしい。

 手紙を取り出したカグラの肩越しから、ツキシマも首を伸ばして手紙の文面を追った。

「ケイナさんって、前『Arms』で働いてた人だっけ?」

「そうですよぉ。私も会ったことはないんですけど、話だけは聞いてますねぇ」

「パティちゃんの先輩だね! センパイ!」

 直接ケイナと面識のないカナメ達は、手紙を読むカグラ達を遠巻きに見つめながら言った。カグラ達の反応を見るに、ケイナと彼女らは親しい仲であるようだ。文面を見つめながら、カグラが小さく笑い声を上げる。

「元気みたいね。ま、生きてたことに安心したわ。ひとまず」

「……!」

 手紙を読み終わったカグラが、ひらりと紙を翻してツキシマに手渡した。目の前でぴらりと舞った手紙を掴み損ねそうになり、ツキシマは慌てて紙の端をしっかりと握る。

 小さく控えめの文字で綴られた文章には、ケイナが疾苦八苦しながらも、なんとか賞金稼ぎの仕事が続けられていること、そして、今はイースメトロに滞在しているとのことである。

 イースメトロといえば、メトロの通信事業を司るラジオ塔があり、そのおかげで隣のノアメトロと比べると治安もそれなりにいい場所である。

 賞金稼ぎの駆け出しとしては、最適の街だろう。現に、ケイナ自信も上手くやって行けているようで何よりであった。

「なんだ、手紙か? 俺宛じゃねぇのかよ」

「あ、マスター」

 うたた寝をしていたマスターが、カウンター越しから声を上げた。マスターが目を覚ましたのを見ると、パティが小走りでカウンターに駆け寄る。

「ケイナさんから、皆さんにお手紙ですよぉ。今ツキシマさんが読んでるので、順番です! 順番!」

「はいはい」

 眠そうに目を瞬かせながらマスターが頷く。そして大きく伸びをして、ふと、違和感に気がついて怪訝そうに顔をしかめた。

「ん? 待てよ。今はもう午後だし、配達の時間じゃねぇよな。手紙は今届いたのか? ああ、ポストに入ってたのか」

 チクチクとした髭の生えた顎に手をやり、マスターが不思議そうにパティに問いかける。するとパティは、きょとんと目を丸くして首を横に振った。

「違うんですよぉ。手紙を届けてくれたのは、郵便屋さんじゃなかったんです」

「なんじゃそりゃ。郵便屋じゃ無きゃどんな奴だよ」

 マスターが、更に顔をしかめて問いかけた。それにパティは、困ったように眉を下げて唸る。

「ええっと、いきなりだったんでよく見てなかったですよぉ……。確か、フードを深く被った人でしたよぉ。男の人か、女の人かまではわからなかったんですけど」

「なんじゃそりゃ。怪しいじゃねーかどう考えても」

 怪訝そうな顔をして口辛く呟くマスターに、パティはうっと罰が悪そうに目を細めた。

「言われてみれば、確かに怖い人かもしれなかったですけど。で、でも手紙を届けてくれたんだからいいじゃないですかぁ! ケイナさんも元気みたいですしぃ!」

「ま、そうだけどよぉ」

 言い訳を喚くように叫ばれ、マスターは面倒くさそうに頭を掻いた。パティの言うとおり、肝心の手紙自体が届けばあとはどうでもいいのかもしれない。その上ケイナが元気そうであるならば、それはそれでマスターにとっては十分だった。

 マスターに指摘され、へそを曲げたパティはムッとしてくるりとマスターに背中を向ける。そして、視界にツキシマ達の座る窓際の席を映すと、あ、と思い出したように指を立ててマスターを見た。「そーいえば! 手紙を届けてくれた人、クチにガスマスクしてましたよ! 半面型のヤツ! フードも被ってたんで、一瞬ツキシマさんかと思っちゃいましたよぉ」

「ふーん」

 パティの意気揚々とした報告に、マスターはつまらなそうに頷いた。せっかく思い出した情報を適当にあしらわれて、パティは再び顔をしかめる。

「そんなこと、もうどうでもいいさ」

 頬杖をつきながら、マスターは呟くように言った。

 昼の陽気が心地よく、今にもまどろんで睡魔の海に落ちてしまいそうな危うさの中、マスターは静かに目を閉じた。


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