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Crazys!  作者: ノンアルコール
C,8-A-2 Declare War.
56/65

 *


 ツキシマがコックピットのレバーを奥に倒すと、ブリキのロボットは驚くほどぎこちなく、鋼鉄製の足の裏で大地を踏みしめて歩き出した。

 タツミの言葉を疑うわけでは無いが、この危なっかしさには、コックピットに立って慣れない手つきでレバーを操作するツキシマは不安を感じざるを得ない。

 鉄の巨体は、発電機に繋がったケーブルを引きずりながら、徐々に地面の歩き方を思い出すかのように歩き出した。線路の中に入り、がしゃんがしゃんと上下に揺れながら、ロボットは、クレーン型の両手を広げて迫り来る貨物列車を待ち構える。

 車体から漏れる黒色の煙が、禍々しくツキシマの視界の中で揺れていた。このロボットの大きさは、精々貨物列車の先端部分を両手で抱えられる程度しかない。真正面から貨物列車に激突すれば、ロボットは一瞬で粉々になってしまうかもしれないのである。そうしたら、何もかもが終わりなのだ。

 ツキシマは、ロボットの左右の腕を操作するレバーを確認すると、その下に取り付けられたエンジンレバーを勢いよく引く。ワイヤーに繋がれた赤色のそれを引くと、ツキシマの足下、ロボットの機体の中で勢いよくエンジンが回る音がした。ビリビリとした振動がツキシマの足に伝わり、上手くエンジンが掛かったことにホッとひとまず安心する。

「……」

 ツキシマが顔を上げると、どす黒い煙を噴き上げる貨物列車が、耳をつんざくような轟音のうなり声を上げながら突進してくるのが見えた。黒い鉄製の車両は、火室で燃える燃料により起こった蒸気から、燃えるような熱量を発しており、煙突から昇る黒煙以外にも車体の各所から白い煙が立ち上がっている。それだけで、貨物列車が暴走していることがよくわかった。

 突進してくる貨物列車を、ツキシマはじっと睨むと、機敏な動作で操作レバーを引いた。がしゃん、とレバーが手前に動き、ロボットは線路を跨いで両腕を広げ、貨物列車を待ち構える。

 トウジョウが、好きだと言ったメトロを壊すわけにはいかない。それから、まあカグラ達が頑張っているのだから、自分もちゃんと仕事をしないといけない。

 汽笛の音が耳の鼓膜を突き破ろうと躍起になっている中、ツキシマがそう思って、ごくりと息をのんだ。

「!!」

 そして終に次の瞬間、黒煙をまき散らす貨物列車と、白い蒸気を噴き出すブリキのロボットが衝突した。

 耳を塞ぎたくなるような破壊音をメトロの空に響かせて、二つの鉄の塊は、線路の上で正面から衝突する。ツキシマの立つコックピットが大きく揺れ、ツキシマは車にはねられたようにコックピットの中でひっくり返った。

 勢いのある貨物列車を受けて、ロボットは後ろ向きのまま鉄の足で砂の大地を滑る。砂煙が舞い、茶色い砂の霧が二つの鉄の塊を覆い隠すも、その中から聞こえる地面を滑走しながら鉄と鉄がぶつかり合う音は、それら二つの力比べが続いていることの証拠となった。

 コックピットの中でひっくり返ったツキシマは、なんとか自分の身体が五体満足であることを確認すると、座席の角にぶつけた頭をさすりながらむくりと起き上がった。

 奇跡的に、ロボットは大破していないらしい。ギチギチと鳴る足下のブリキ板が非常に恐ろしいが、どうにか列車を押さえるのは成功したようである。

 ツキシマは、ちらりと視線を車両の中へと投げてみた。人の気配は無い。火室に燃料を送り込む自動及炭装置が故障して、それが原因で貨物車は暴走しているのかもしれない、とツキシマは思った。

 列車の勢いも落ちてはいるが、止まったわけでは無い。まだ終わっていない。ツキシマはロボットの操作レバーを奥へと倒した。

 すると、ロボットの両手が先頭列車の下部へと回り、貨物列車をしたから持ち上げる形になった。ツキシマは、今度はレバーを引き、貨物列車の先頭を持ち上げ、レールから車体を浮かせようと試みた。

 ロボットの腕が軽油臭い煙を吐いて、ガタガタと、痙攣するように震えながら、沸騰するヤカンの様に熱を発して列車を持ち上げる。

 タツミが自称しただけある。確かに、ロボットの馬力は人知を越える代物であり、その馬力を発するヤカンのような様相自体も、なんだかおぞましく感じてしまうほどだ。ただ、パワーだけは本物で 、ロボットから煙が吹き出す度に列車の車体がレールの上から浮く。

 力ずくでレールから剥がされそうになった貨物列車は、さらに不安定に揺れ、同時に勢いも沈み始める。このまま上手くいけば、カナメ達が電力供給している位置に到達する前に列車を止めることができるかもしれない。

 だが、ツキシマの頭の中に一筋の光が射した瞬間。まるでツキシマの安堵を先読みしていたかのように、唐突に、ロボットの電源がダウンし始めた。

「!?」

 ツキシマは、レバーを握ったまま驚愕して手元の操縦席を見る。よくわからない、様々な色に点滅していたランプが、一斉に色を失って黒色に染まった、それと同時に、貨物列車を持ち上げていたロボットの腕が、力を失ったようにダラリと垂れた。ツキシマが、焦ってとりあえず目に付いたスイッチやレバーをいじくり回して見るも、一向に再稼働する兆しは見えない。電源が落ちてしまったようだ。駆動力がゼロになり、ロボットは、ツキシマの操作を受け付けなくなったのである。

 完全にただの鉄の塊と貸したロボットは、列車を押さえ込む力がなくなり、滑稽なほどガクリと地面に腰を落として、困惑するツキシマを乗せながら貨物列車に押されるようにして線路の上を滑り始めた。

「…………」

 このままではまずい。ツキシマは無言のまま焦り、じっと目の前の暴走列車を睨み付ける。先頭車両に連結している後ろの車両は、屋根の無いコンテナが続いており、麻布に包まれた荷物が積まれているのが見える。トウジョウの弟子である、カスガの情報が正しければ、あれは全て火薬なのだろう。見ただけでも尋常じゃ無いほどの量である。その後ろの車両にも積まれているのだとしたら、ざっと、コンテナ五つ分くらいの量だ。あんなものが街の中で爆発したら、サースメトロの中心が火の海と化してしまうだろう。市民の暴徒化や、クリーチャーで混乱した多くの街の人々が被害に遭うのは目に見えている。

 ツキシマは、ふと足下を見た。薄い紙で何十にも巻かれた球体が、その存在を主張するかのようにごろりと転がったのである。

 トウジョウがくれた、特大の花火玉だ。これを今コンテナに投げ入れて、中の火薬の上で炸裂させたら、火薬に引火し地面のレールごと貨物列車を吹き飛ばすことが出来るだろう。

 しかし、これは恐らく、トウジョウにとって最期の作品となる花火である。トウジョウは、貨物列車を吹き飛ばすのに役立てろ、とは言ったが、本当にそれでいいのだろうか。

 妻を亡くし、息子を失った彼にとって、花火は彼の支えであったはずなのだ。目を患い、その支えさえ失うと言う矢先に作り上げた、人生を掛けた一作のはずだ。

 シティアベンジャーなどというふざけた連中が用意した、臭い火薬の中に放り込んでもいいのだろうか。

 ツキシマは迷う。しかし、すぐに決断した。そんな暇は無いのだ。ここで列車を止められなければ、トウジョウが好きだと言ったメトロごと吹き飛んでしまうのだ。きっとあの老人は、それが嫌で花火をツキシマに託したのだろう。ならば、守るべきはトウジョウの花火では無く、メトロだ。

「……」

 ツキシマは、コクリと頷いて足下の花火を拾った。そしてコックピットの縁に乗り上げる。

 目指すは、火薬が積まれた貨物コンテナの上だ。ツキシマは、手にしっかりと花火を握ると、ロボットの装甲を蹴って貨物列車の先頭車両へと飛び移った。




「やった!」

 一瞬、砂の霧の向こう側でロボットが貨物列車を押さえるのを見ると、カグラは嬉しそうに声を上げた。しかし次の瞬間、茶色の霧が晴れてその奥から、脱力したロボットが列車に押されてこちらに向かってくるのを見て、カグラは驚愕に目を見開く。

「なんで!? この一瞬で何があったのよ!」

 いくら勢いが収まったとはいえ、ブレーキの効かない列車がこちらへ突進してくるのに変わりは無い。迫り来る鉄の塊に、カグラはパニックになりながら辺りを見渡す。見たところ、ロボットは駆動力を失っているようだ。駆動力は、何で補われているとタツミが言っていただろう。

「あ!」

 カグラは、カナメの漕ぐ発電機に目を止めて驚きの声を上げる。

 すっかり疲れ果てて真っ白になったカナメが、ペダルを漕ぐのをやめてぐったりと自転車式発電機のハンドル部分にもたれかかっていたのだ。

「何やってんのよアンタ! サボってんじゃ無いわよ!」

「も、もうだめだ……。もう漕げない……。死ぬ……」

 飛びかかってきたクリーチャーを撃ち殺しながら声を上げるカグラに、カナメは震える声で答えた。

 クチから魂が抜けるような声を聞いて、カグラはさらに声を張り上げる。

「何弱気になってんの!? メトロの街と私の命を救うんでしょ! シャンとしなさいよ!」

「む、無茶だ……。昼間、必死にマスターの露店に電気送った時点でヘロヘロなのに……。僕は持久力が無いんだよ」

「ポジティブだけが取り柄だってのに!」

 苛立ちから舌打ちをこぼしながらカグラは言い、それと同時に三体のクリーチャーの頭を吹っ飛ばした。カナメに代わってペダルを漕ごうにも、こう敵の数が多くてはその余裕も無い。

 しかし、列車は着々と近づいてくるのでモタモタもしていられないのである。

「おい姉ちゃん! どうするつもりじゃ!? こっちも手は回らんぞ!」

 迫り来るクリーチャーを、錆びた鉄パイプで殴りつけながらトウジョウが叫ぶ。思っていたよりもタフな老人だとカグラは感心するが、そんな流暢なことを言っている場合でも無い。

「そんなこと言ったって……」

「あ! カグラさーん! やっと見つけました!」

「えっ?」

 街のある方角から、唐突に高い少女の声が聞こえてきた。聞き覚えはある声に、カグラは驚いて顔を上げる。すると、街の方から一人の少女が、周りに蔓延るクリーチャーなどには脇目も振らずに、ニコニコと笑顔を浮かべて走ってくるのが見えた。

「なっ! ミ、ミコトちゃん!?」

 突然、何の前触れも無く荒野に現れたミコトの姿を見て、カグラは驚くと同時に慌てて銃を構える。何を思ってか、クリーチャーの姿などまるで見えていないかのように、化け物共の間を走り抜けるミコトを狙ってクリーチャーが彼女に飛びかかったのだ。カグラは、ミコトの背中から彼女に飛びかかろうとするクリーチャーを的確に撃ち殺し、息を切らしながら走ってきたミコトと合流する。

「はぁ、はぁ……。久しぶりに走ったので疲れてしまいました。でも、走るのってとても楽しいですね」

「そんな呑気なこと言ってる場合!? アンタ、今クリーチャーに殺されかけたのよ!?」

「まぁ、じゃああのピンク色の獣さんが、噂のクリーチャーなんですね。私、初めて見ました」

「あ、あ……。ああ、そう」

 嬉しげに両手を叩いてはしゃぐ少女に、カグラはぐったりと肩を落とした。

 少女の名前はミコト。カナメが好意を寄せる、世間知らずな少女であるが、とある事件を通してカグラやヨツヤとも顔見知りになったのである。長い間床に伏せっていた彼女が、荒野に出てはしゃいでしまうのも無理は無いが、無邪気な危機感の無さにカグラは調子を狂わされてしまう一方だ。

「ところで、なんでアンタがここに? というか、よく一人でここまでたどり着いたわね」

 先程のように、クリーチャーの群れの間を走ってきたのなら、ミコトが無傷でたどり着いたのは奇跡と言っても過言では無い。怪訝そうに眉を寄せて問いかけるカグラに、ミコトは笑顔で答えた。

「街の方は、もう大分落ち着きました。もうクリーチャーも人も暴れていません。落ち着いたので、私は病院から出てカナメさん達を探していたのですが、喫茶店のマスターさんが多分街の外にいるだろうと教えてくださったので」

「なるほど、街は大丈夫なのね。とはいってもこっちがなぁ……」

 ちらと、カグラはぐったりとしているカナメに視線を向ける、と同時に、何か思いついたように目を丸くすると、途端ににんまりと邪悪な笑みを浮かべた。

「ミコトちゃん、カナメならあそこにいるわ」

「あ、本当です! あれ、でもとても元気が無いように見えますが……」

「そーなのよ。実はね、今メトロの街を守るために、私達ただ働きで奮闘してるんだけど、カナメがバテちゃってね。アイツの力が無いと、メトロは大変なことになっちゃうのよ。困ってるの」

「大変なこと……?」

「ええ。大爆発するのよ」

「そ、そんな! それは大変です!」

 早口で、しかもざっくりとしたカグラの話も、世間知らずの少女はすっかり信じ込んで顔を青くした。そして慌てて、発電機にもたれかかるカナメの元へと走り寄る。

「カナメさん!」

「……う…あ、え!? ミ、ミコトさんなんでこんな所に!?」

 か細い声を張り上げて自分の名前を呼ぶ声を聞いて、カナメが僅かに顔を上げた。そして、目の前に現れた少女を見て驚愕して飛び上がる。

「そんなことはどうでもいいんです! カナメさんは、メトロを守るヒーローなんですよね!? こんなところでぐったりしていてはいけません! 街の皆さんが、カナメさんの助けを待っているはずです!」

「そ、そうは言ってもミコトさん……。僕はもう足が……」

「足が何ですかっ! 私は……街の皆のために頑張ってるカナメさんが(お友達として)好きなんですよ!!」

「す…………き……?」

 力強く力説するミコトの言葉を聞いて、カナメは目を丸くしてキョトンとした顔を上げた。先程まで走っていたミコトの顔は、蒸気と共に紅潮していて、真剣な眼差しでカナメを見つめている。

 まぁ、照れていると見られなくも無いかもしれない。

「や……やる気!! 出てきたァァ――――ッ!!」

 跳ね起きるように勢いよく上体を起こしたカナメは、両腕の拳を空高くに突き上げて叫ぶと、発電機のハンドルを握り、眩しいほど爛々と輝く瞳を前方へと向けながら、目にも止まらぬ早さでペダルを漕ぎ始めた。ギチギチと不安をかき立てられるような音を発しながら、カナメの漕ぐ発電機はロボットに繋がったケーブルから火花を散らして再び電気を生み出し始める。

「わぁ! すごいですカナメさん! なんだか凄く焦げ臭くてバチバチしてますけど、とても綺麗ですね!」

「えっ! そ、そうかな? ミコトさんが喜んでくれるならもっと頑張るよ!」

「ちょ、ちょ、ちょっと待てぇぇぇ!!」

 感嘆の声を上げるミコトと、照れ笑いを浮かべながら更に速くペダルを漕ぎ始めたカナメの会話を聞いて、少し離れた場所でクリーチャーの片付けに勤しんでいたカグラが慌てて声を上げた。

 瞬間、バチン、と爆発音にも似た破裂音が、大きな火花と共にカナメの漕ぐ発電機の足下で起こった。

 あれ、と思い、カナメとミコトは音の鳴った箇所を見下ろす。黒色のゴムで巻かれていたケーブルが、焦げて煙の立ち上がる導線を露わにさせて焼き切れていたのである。ロボットに電気を供給するケーブルが、カナメの産み出す電気量に耐えきれずに焼かれてしまったのだ。

「あれ、切れてる。なんで?」

「アンタねえエエエエ!!」

 不思議そうに首を傾げるカナメに、カグラが再度怒鳴り声を上げた。

 これではロボットが再稼働できない。モタモタしていたせいで、貨物列車はもう目と鼻の先まで迫っていた。逃げ出したいのは山々のカグラだったが、今更逃げても間に合わないだろう。

 クリーチャーは大方片付けたのだが、どうにかして他に貨物列車を止める方法を考えなくてはならない。何か手はないものか、とカグラが険しい顔をして舌打ちをする。

 すると、視界の端で、むくりと砂の地面から起き上がる小さな影が見えた。

「うー、うーん? ぴりぴりするぅ……。アタマの回路がショートしてー、タツミはえれくとりく……」

 起き上がったのは、ロボットにアダプタを繋げた際に感電したまま、気絶して地面に転がされていたタツミだった。焦点の合わない両目をぐるぐるとさせながら、小さな両手で頭を抱えて目を瞬かせるタツミを見て、カナメが明るい声を上げる。

「タツミ! 目が覚め……」

「タツミィィィィ!!」

 カナメの声を遮って、カグラがタツミの傍に走り寄り、目を回すタツミの胸ぐらを掴んで声を張り上げた。

「うあわわわわっ」

「タツミ! 作戦は失敗よ! 馬鹿が発電機壊しやがったわ! アンタあのポンコツ以外に貨物車止める手段は無いの!? 速くしないと私達まで挽き肉にいいい!!」

「あばばばば」

 冷や汗を流しながら狼狽するカグラにがくんがくんと振り回され、タツミは更に目を回す。壊れたロボットのように意味不明な音を吐きながら、タツミは力が抜けた手を懐に突っ込んだ。

「あ、あるある。列車とめる、サイシュウシュダン……」

「何よそれは! はやくしなさい!」

 カグラが怒鳴ると、タツミは懐から、赤いボタンの付いた細長いスイッチを取り出した。タツミの手にも収まるほどの小さなソレを見て、カグラが怪訝そうに顔をしかめる。

「何よそれ」

「スイッチ。ロボの自爆スイッチ」

 短く答えて、目を回したタツミががっくりとうなだれる。

 自爆スイッチだと? それが果たして一体何の役に立つというのか。いや、もしかして。

 カグラが一瞬で思考を巡らせた瞬間、タツミの背中から小さな影が現れた。小さな黒猫のコルトである。黒く、すばしっこいその影は、タツミの肩を伝って腕に跨がると、その小さな肉球でタツミが持っていたスイッチをたしっと押した。

「え」

 カチッと軽快な音がして、赤いボタンが深く押し込まれた。

 僅か一瞬、思考する間に何が起きたのかわからないカグラが、間の抜けたような声を上げた瞬間。カッと音がして、鼓膜を突き破らんばかりの巨大な爆発音が、荒野の空に轟いた。



 *


闇の色が深くなった裏路地で、金属と金属が互いの身を削り合う甲高い音と共に、オレンジ色の火花を散らして二つの影がぶつかり合っていた。

 一つは、闇夜と同色の無表情な黒目を冷たく光らせながら、一つは、狂気の宿った禍々しい赤目を愉快そうに揺らしながら、二つの影は渾身の力を込めて互いの獲物を振るい、ギィンと金属を振るわせて、何度も何度も刃をぶつけ合った。

 声すら無く、更には呼吸音さえ振るった刃が風を切る音にかき消され、闘争心の赴くまま交わされる二つの刃は、常に相手の命を刈り取ろうと凶悪に光る。

 ヨツヤの刀の切っ先が、空間を突くように女の首元に向けられれば、女のトマホークが、弾くように刀の刃を撥ね除ける。

 跳ね上がった刃の下から、女がぬるりとヨツヤの間合いに踏み込んで、斧の刃の対面に取り付けられたハンマーを振り下ろせば、ヨツヤは足を振り上げて女の腹部へ爪先をたたき込む。

 一瞬、女の瞳孔が大きく見開き、息が詰まる音が女ののどの奥から聞こえたが、女はうめき声すら漏らさずに、身体が宙に浮く前にすかさず地面を蹴ると、数メートルほど後方に飛んだ。砂埃を巻き上げながら腹を抱えるように身体をくの字に曲げて着地した女は、相変わらずの無表情な顔でじっとヨツヤを見据えていた。

 もうどれくらいの時間、この女と刃を交えていたのだろうか。愉しくて愉しくて、ヨツヤは思わず喉の奥から笑い声を漏らしてしまう。笑い声は大きく路地の中で反響し、ゲタゲタと唐突に笑いだしたヨツヤに、女は無表情のまま姿勢を正して再度対峙した。

「……貴方は、何故そんなにも笑うのでしょう?」

 無機質な声音に、僅かに疑問符を添えて、女はヨツヤに問いかけた。傷の入ったレコードの様に、不安定なテンポで笑い声を上げていたヨツヤは、にんまりと笑みを浮かべて、これはまた可笑しそうに答える。

「なんで笑うかって? 面白ぇからに決まってんだろ? くっ……うくくくくくっ……。こんなに愉しい気分は久しぶりだ…くく…これだよこれ! 長らく忘れてた気がするが、これが俺が求めてた『殺し合い』なんだよ。化け物みてえに強い奴と、命賭けで殺し合う。賭けるモンはテメェの命、それだけだ。ああ! なんてシンプルな話だろーなぁ……。イイねぇこの単純明快さ!そんでもって人間らしさ! そうさ、殺し合いこそ人間の本能だ。食欲と性欲と睡眠欲で命を育んでおきながら、その反面で人間は、同じ人間を蹴落として踏みにじって殺さないと気が済まねえ。人間の三大欲求だと? そこは『闘争欲』を入れて四大欲求にすべきだぜ!」

「…………」

 ヨツヤの言葉を聞いて、じっと視線をヨツヤに向けたまま女は黙り込む。そんな女の視線に気づかないヨツヤは、再び肩を揺らして笑った。

「……貴方は、強いと思います。私は今まで貴方ほど、狂気的で、扇情的で、背徳的な人間を見たことがございません。ただ、それだけに、酷く哀れで、滑稽に思います」

 思いの外、水滴がしたたり落ちるような物静かな声音で、女は無表情のままに言い放った。

 これまで、必要最低限の言葉しか放たなかった女が流暢に話すのを聞いて、ヨツヤは表情を凍らせてイラだったように顔を上げる。

「……なんだと?」

「哀れだ、と申し上げたのでございます。貴方の振るう剣からは、底の見えない『欲』しか感じられません。貴方は、己の欲を満たすためだけに、私と戦っているのです」

 続いて紡がれた女の言葉に、ヨツヤは虚を突かれたように目を丸くした。

 何を、言っているのだろうこの女は。何を今更、そんなことを。自分の欲を満たすために行動するのは、人として当然のことでは無いか。面白可笑しく、たった一度の人生を最高に愉快に生きるためには、欲を満たす事が条件である。それを全うして、何が悪いのだろう。人生を全うすることに、何か問題でもあるのだろうか。

 枯渇した欲を満たす、それ以外の理由で、人間が行動を起こす事などあるわけない。

「当然だろ。俺は、俺を満足させてくれる奴と戦いたいから戦う。殺し合いたいから殺し合う。俺が満足したいからさ。つまりは自分のためだ。テメェの為に行動することの何が問題だって?」

 ケラケラとヨツヤは笑いながら答えた。女の質問が、馬鹿馬鹿しいほど当然のことで、ヨツヤにしてみればそっちの方が滑稽で仕方が無い。

 女は、ヨツヤの言葉を聞いて僅かに目を細めた。

「自分のためだけにしか戦えない貴方が、私にしてみれば、哀れで滑稽で仕方が無いのでございます」

「……はぁ?」

 己の理解の範疇外から、一方的な同情の言葉を投げかけられて、ヨツヤは再度イラだったような声を上げて女を睨んだ。ヨツヤの眼光などまるで気にせず、女は続ける。

「結局、貴方は自己完結しているだけ。閉じているのです。どんなに人間の本質を語っても、貴方は、貴方の中で終わっている。だから、貴方は無知なのです。貴方は、貴方が面白いと思う物しか見ようとしない。だから、貴方の語ることは全て『上っ面』なのです。取るに足らないことなのです。貴方は、そういう人間です」

「……何を言ってるのか、わからねぇな。つまりアレか。テメェは、自分の為にだけ生きてる俺を侮蔑しているわけだ。自己満足の人生がくだらない物だと蔑視してるんだろ? はは、めでてぇアタマの持ち主らしいな。じゃあ逆に聞くけどな、テメェは何の為に生きてるんだよ。どうしてテメェはここにいる? 自分の為に生きるのがくだらねぇと思うなら、相応の崇高な『生きる目的』っての持っているんだろうよ」

 嘲るように笑って、ヨツヤは女に問いかけた。

 生きる目的など、ヨツヤにすれば『楽しい』ということだけで十分だ。自己満足だろうが何だろうが、面白けりゃ好いに決まっている。人間は、そうやって他人を犠牲にしながら、自分のみを可愛がって生きているのだ。

 そもそも、この明日の命も保証されない陰惨な世界では、生きる意味を問う、などすることの方が、愚かで無意味で馬鹿馬鹿しい。そんなことを考えるより、明日をどう生きのびるかを考える方が賢明であろう。

 そう、腕を組んで考えているヨツヤに、女は静かにクチを開いた。

「私の生きる目的……、それは『愛故に』でございます」

「…………。……はぁ?」

 ヨツヤは、思わず我が耳を疑った。

 今、なんと言ったのだこの女は。ついつい、間の抜けた声を上げてしまったが、自分の聞き間違いで無ければ、多分、女は、愛だとかなんだとか、薄ら寒い言葉を呟いたような気がする。

「愛、でございます。私は、私が愛する人の為に生き、そして戦うのです。大切な人の目的の為に、私は命を賭けるのでございます」

 無表情で、女が言った。揺れもしない漆黒の瞳が、常に虚空を見つめながら淡々とした声を響かせる。

 僅かの間が空いた。ヨツヤが、女の言葉をきちんと理解するまでに、少々時間が掛かったのである。

「ブッ……フ…くく…ヒャハハハハハ!! な、なぁに言ってんだお前! ふくくくくっ……あ、あ、愛だってぇ!? そんな一時だけの感情の為に命をかけるだと!? しかも人の為だってよ! クッ……ハハハハハ! くっだらねぇ! アホくさくて逆に笑えるぜ!」

 数秒の後、ヨツヤが吹き出すように笑い出した。想像していたよりも斜め上の女の解答に、ゲラゲラと腹を抱えながら、薄く涙を浮かべてまでヨツヤは爆笑する。

 今にも、地面に転がって這いずり回って笑い転げてしまうのでは無いかと思うほどのヨツヤの反応に、女は不思議そうに小首を傾げた。

「私は、そんなに面白いことを申したのでございましょうか」

「くひひひひっ! 面白いね! 散々偉そうにほざくもんだから、一体どんな答えが返ってくるかと思いきや……。まさか愛とはな。薄ら寒いったらありゃしねえ!」

「……」

 痙攣するように震える指先で女を指差しながら、嘲笑の笑い声を高く上げるヨツヤに、女は特別癪に障った様子も見せずに、ただ無感動なその相貌で首を傾げていた。

「そうは、おっしゃいましても。私はその方を慕っており、その方の力となりたくて剣を取っていることは、紛う事なき事実でございますので」

「愛する人間の為なら命でも人生でも賭けられるってかぁ? おうおう、泣かせるじゃねーの。健気で一途な生娘の恋ってワケだ。ハッ、他人の為にテロリスト……犯罪者にまで墜ちるなんて、どこまでもめでてぇ女だぜ」

 一頻り笑い終えた後、ヨツヤは鼻を鳴らして肩を竦めた。

「いいか? 女。愛だの恋だの絆だのってのはな、なっがい人生の中でほんの短い間の、瞬間的な感情にしか過ぎねぇんだよ。そいつらの為に尽くして、身を削って、一体何を得られるんだ? 大切な人間の力になれるっつー満足感か? それとも見返りの愛か? それって結局自分の為じゃねぇか。自分が好い気持ちになりてぇから戦うわけだ。他人の為、なんてヘドが出るような綺麗事を使うんじゃねーよ」

 ヨツヤが、ギロリと女を睨み付け、どこかイラだったような声で言った。ヨツヤは気に入らなかった。

 この乾いた荒野の真ん中で、誰かの為に、人の為にと宣う人間が嫌いだった。特に、こっちが面白くなってしまうほど強い人間ほど、不意にそんな甘っちょろい言葉を呟くのが、嫌で仕方が無かった。

 決まって、そういう甘い言葉を吐く人間は、自分の強さは誰かの為、何かの為に得た物なのだ、と語る。ヨツヤにしてみれば、それは純然たる人間の闘争心であり、本能なのである。つまり、個人の力なのだ。個人以外の要素が関わって強くなったとしても、それは純粋な力では無い。不純物の溶け込んだ、汚水のような物だ。

 だから、ヨツヤは気に入らない。誰かの為に強くなるなど、それは本当の強さでは無い。

「見返りなど、求めません。自己満足だとも、思いません。私はただひとえに、その方に尽くしたいと思うだけ。私は、その方の為ならば、決して負けることは無いのです。私が、その方の為と言って戦うならば、私は負けることなどあり得ないのです」

 女が、顔を僅かに上げ、じろりとヨツヤを睨んだ。冷え切った黒の相貌には、どこか燃え上がる闘志が映し出されているようにも見え、ヨツヤは不愉快そうに歪めていた顔をフッと崩すと、今度は愉快そうに口角をつり上げてニタリと笑った。

「なら……、勝負と行こうじゃねぇか。死なないと思えば死ぬことはねぇ。負けないと思えば負けることはねぇ。さぁて、どっちが本当の思い込みだろうな」

「……望むところ」

 肩に背負っていた刀を降ろし、手首をくるりと回して構えるヨツヤに、女は、持っていたトマホークを手の甲で弄びながら半歩片足を踏み出して斧の柄を強く握った。

 ザリ、と砂を踏む音がして、僅かとも、延々ともとれる沈黙の時が流れる。静止した時の中で、メトロの乾いた風だけが砂の大地を荒らしていた。

 先に動いたのは、どちらが先だったか。それともほぼ同時にか、地面を蹴ったヨツヤと女は、互いの獲物を煌めかせながら衝突した。

 刃が舞い、火花が散り、幾度目かわからぬ斬撃が、互いの武器の刃を削いだ。

 ガキン、と一際大きな金属音がして、二つの獲物は二人の眼前で交差する。ギリギリと力任せの鍔迫り合いが続き、女の黒く沈んだ瞳が、ヨツヤを映して呟いた。

「……かわいそうな人」

「あぁ?」

 呟かれた言葉に、ヨツヤは刀の柄を握る力を緩めること無く苛立った声で反応する。

 まだ言うか、と思う。意味不明で見当違いな女の同情は、純粋にこの戦いを楽しみたかったヨツヤを苛立たせた。

「貴方の生き方は、常に誰かを必要としているにもかかわらず、その反面で、貴方は悉く人を排除しなくては生きて行かれない。そして貴方は、この矛盾に気づくこと無く、ここで私に殺されるのでございます」

 矛盾、という言葉が、ヨツヤの頭に引っかかった。

 言うじゃねぇか、と女の言葉を鼻で笑って一蹴することも出来た。

そして、ニタリとした笑みを浮かべながら、女を押し返し、その小綺麗なエプロンドレスを切り刻んでやることも可能だった。しかし、ヨツヤは問うた。頭に引っかかる、その二文字に気を取られて。

「何が言いたい?」

 顔をしかめて、ヨツヤが問う。

 瞬間、女が笑った。貼り付けたような無表情を崩し、口角を僅かに上げて、嘲笑するような、見下すような、勝ち誇ったような笑みを浮かべてヨツヤを見上げたのである。

 ヨツヤは、無意識のうちにゾッとした。今の今まで保たれてきた女の無表情を崩した、嘲りの笑みが恐ろしかったわけでは無い。とてつもなく嫌な予感が、背筋を凍らせるような悪寒が、不意にヨツヤの全身を駆け巡ったのである。

「孤独な人。貴方は、今までもこれからも、そして今、死ぬときも。ずっとずっと、独りぼっちなのでございましょう」

 どくりと、心臓が大きく脈打ったのを感じた。よくわからないが、女の声が耳鳴りのように頭の中で反響した。

 頭を金属バットで殴られたような感覚に、ヨツヤの神経は一瞬麻痺する。その感覚が何故起こったのかもわからずに、ヨツヤは、致命的な隙を女に与えた。

 一瞬、ほんの一瞬だけヨツヤの神経が麻痺した瞬間、女はそれを見逃さず、トマホークの刃で刀の峰を押さえつけた。刀の切っ先が地面へと突き刺さり、女は斧で刀を押さえたまま、勢いよく己のスカートを翻す。バサリ、と舞い上がったスカートの布地の奥から、キラリと凶悪な光が見えた。女は、その光る獲物を左手で素早く抜き放つと、高くそれを振り上げる。

 二本目のトマホークだった。恐ろしくも、しかし強い輝きを放つ斧は、まるで闇の中で淡く光る希望の光のようだった。

「さようなら。哀れな狂戦士様」

 斧が、絶望を映す断頭台の刃の如く振り下ろされた。

 鈍色の刃が、ヨツヤ色あせたマントを裂き、鎖骨を砕き、胸へと食い込んだ。ヨツヤは、燃え上がるような熱を右半身に感じると、火柱のように吹き上がる己の血液に視界を遮断され、バタバタと降り注ぐ赤い雨の向こう側に女の無表情な顔を見つけながら、糸の切れた人形のように、がくりとその場に膝をついた。



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