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「えーと、いいですかみなさん。ちゃんと聞いてください。これから、ポッド君の性能について説明します」
ワー、と、やる気の無い歓声と拍手が、黄土色の荒野の上で上がった。
メトロには、シティを中心として四つの都市がある。その都市が存在する方角を、そのままに名付けられた四都市は、互いに人が住めないほどに荒んだ荒野を挟みながら、恨めしげな視線をシティへと向けている。
一同がいるのは、サースメトロの玄関口であり、エストメトロへと続く線路が引かれた荒野の上である。三〇〇メートルほどの距離を開けた背中にサースメトロの街並みを背負い、一同は、コンコンと得意げにブリキ板を叩きながら、説明口調で語りだしたタツミを前にして地面に腰をおろしていた。
「まずは、今回の計画のダンドリをせつめいしてもらいます。ではカグりん!」
「えっ、私?」
「おねがいします」
壇上で教鞭を取る教師の真似事をしながら、タツミは勢い良くカグラを指差した。何の打ち合わせも無しに指名され、カグラは戸惑いながらも仕方なさそうに答える。
「計画と言っても、要はエクスプレスを脱線させるわけでしょ。タツミのその機械で。得意のロケット砲でも何でも撃ち込めば良いじゃない」
脱線とは言わず、いっそのこと貨物車ごと吹き飛ばしてしまえば下手に暴走列車に近付かずとも解決できるのである。そもそも、カグラがタツミの機械を使おうと提案したのも、それを狙っての事であった。
しかし、カグラの軽い提案にタツミは首を傾げる。
「それがー、実はこのポッド君、馬力上げておっきいエンジン入れる為に、武器はとりはずしてしまったのでー。ロケットもはいっていないのだ」
「えっ、聞いてないわよそんな話」
残念そうに眉を寄せて首を傾げるタツミに、カグラは顔をしかめた。
カグラが機械を使っての脱線を提案した時、タツミは余裕だと言ったのだ。だから、凶悪な武器を何時もの様に山ほど装備している物だと思ったが……。ではタツミは何を以て余裕だとほざいたのだ。
「だからだからだからー、その分馬力を上げてるんだって! ディーゼルエンジンぐるんぐるん回るの! 超強いの! 駆動力は電気モーターに任せるから、エンジンの力全部馬力に回せるから、百万馬力! これぞハイブリッド!」
「よぉわからんが、つまり電気が要るってことかい? やい娘っ子、こんな荒野のど真ん中で、どっから電気なんぞ引っ張ってくるつもりじゃ?」
弟子のカスガを、念のため警察への報告に出したトウジョウは、護身用の鉄パイプを抱えて首を捻った。街からこうも離れてしまっては、電力供給などできはしまい。トウジョウの胸中を悟って、タツミが得意げに胸を張った。
「それにかんしてももんだいなーし! マスターの喫茶店の為に作った人力発電機がここに!」
パッとタツミが飛び退くと、その後ろからブリキの飛行機械の隣にペダル付きの発電機が姿を現した。それを見てカナメが、ああ、と頷く。
「こんな所で役に立つとはなぁ」
「ふふふ、タツミの発明、今日は大活躍!」
「それで、どうやって貨物列車を止めるのよ」
タツミの説明を聞いて言葉にならない不安を感じたカグラは、なんとなくタツミの言わんとする事を想像しながらも、胡乱げに目を細めて問いかけた。
「えーと、こう……ぶつける」
「何を何に?」
「列車にポッド君を」
「やっぱり力ずくって事か……」
はぁ、とカグラが呆れてため息をついた。計画だなんて大層なことを言ってくれるので、何か賢い案があるのかと思ったが、結局はゴリ押しとなるらしい。火薬がないのなら、そうせざるを得ないのかもしれないが。
「力ずくといえばそーなんだけど、このポッド君、実は充電可能なバッテリーを積み込んでいないのでー、ディーゼルとのダブルエンジンで動かす場合、エイゾクテキに電気を供給しないと駆動しないのだ」
「んん? さっきそれに乗って来たときは、電気なんぞ使ってなかったじゃろ」
「さっきまでは軽油で動いてたからねー」
「よぉわからんが……」
タツミの説明に、トウジョウが顔をしかめて首を傾げた。カグラもカナメも、いまいち理解できなかった様で、難しい顔をして黙り込む。
「つまり、列車にポッド君をぶつけるなら、発電機に、発電機にポッド君を繋げて、誰かが発電機をこぎつづけないとイカンのです」
「あー…なるほど」
そこでようやく、合点がいったようにカグラが頷く。
「要は、こういうことでしょ? そのポンコツを動かす人、発電機を動かす人、そして発電機を動かすのを護衛する人、が必要なワケね」
「そゆこと。ここは荒野で、もうすぐ暗くなるから、いつクリーチャーがおそってくるかわかんない。列車を止めようとしてるときに電力供給が止まったら、たいへんなことになっちゃう!」
「どっかでしくじれば、皆であの世逝きってワケか」
ふぅむ、と一同は頷いた。これは確かに、未だかつてない協力ミッションとなりそうだ。協調性などは欠片も持ち合わせていない彼らだが、死にたくないという想いは一丸である。話が一段落ついて、声を上げる機会を伺っていたカナメが片手を挙げて興奮したように言った。
「はいはい! じゃあ僕がロボットの操縦係やるぞ! なんか一番ヒーローっぽいし!」
「何言ってんのよ。アンタは発電機係に決まってるでしょ」
カグラにあっさりと提案を却下され、カナメはもの申したげに顔をしかめた。
「ええ!? またぁ? 僕は今日、一日車輪漕ぐだけで終わっちゃうじゃないか!」
「だってアンタが乗ったって、操縦の仕方わかんないでしょ。操縦席には、操縦用にタツミと、何かあったときの肉壁用にツキシマを乗せるわ」
「!!?」
「ツッキー乗れるかなぁ? 重量オーバーかも……」
「えええ……、でも……」
「どうでもいいからさっさと準備せんか! 時間が無いんじゃろうが!」
と、ぐだぐだと蜷局を巻くように進展しない話し合いに呆れたトウジョウが怒鳴ったところで、彼らの耳に遙か遠くから汽笛の音が響いてくるのが聞こえた。
共に聞こえるのはひび割れた大地を揺るがす地響きの音だ。金属の擦れる車輪の音とボイラーから勢いよく吹き出す煙の音と混じって、漆黒の貨物列車が濁った荒野の砂塵の向こうからこちらに向かって突進してくる。
「ほら言わんこっちゃ無い! さっさとせんと、あっという間にこっちに着いてしまうぞ!」
「ひゃあ! はやーい! いつものエクスプレスなんかめじゃないね!」
トウジョウの言うとおり、貨物列車は砂塵の中から現れたかと思うと、あっという間に目の前に迫ってきても可笑しくない速度で荒れた大地を滑走していた。積み荷を積んだ車両を牽引して、正気を失った、凶悪な形相の貨物列車を見ると、想像以上の暴走具合にカグラは顔を青くして慌てたように動き出す。
「あんなのに轢かれたら挽肉どころの騒ぎじゃ無いわ! ほら! さっさと配置につくのよ!」
「えー、でもどうせ僕はペダル漕ぎだろ? やる気なくすなぁ」
「この期に及んで何言ってんのよ! いいこと? 電力供給は今回の作戦で最重要ポジションなんだからね!」
「……最重要…?」
カグラの言葉を聞いて、不満そうにしていたカナメの表情が僅かに明るくなる。
「そうよ。あのポンコツは、電力供給がないと動かないの。ね? タツミ?」
「ん? そーだよ! 電気が無いと駆動できないからね! すごい大事!」
「ね? つまり、サースメトロ……と私達の命は、アンタの両足にかかってると言っても過言では無いわけ!」
「な、なんだと!!」
単純思考のカナメは、カグラの力強い説得の言葉に、雷に打たれたような衝撃を受けて仰け反った。
メトロの街を引き合いに出されては、やる気云々言っている場合では無い。確かに、電力供給のペダル漕ぎはヒーローの仕事とは思えないほど地味な作業ではあるが、寧ろそういう地味な仕事の積み重ねが、平和へとつながっているのである。
そう思うと、先程までの怠惰はどこへ行ったのか、俄然やる気が出てきたカナメは、勢いよく発電機へと飛び乗った。
「わかった! 準備はオーケーだ! いつでも行けるぞ!」
「チョロいわ」
「……」
そう言って、気合いと勢いだけでペダルを漕ぎ始めたカナメの後ろ姿を見て、カグラはニタリとあくどい笑みを浮かべた。隣で一連の流れを見ていたツキシマは知っている。カグラは、自分が最も楽かつ安全で、いつでも逃げ出せる役割になるよう仕向けていると言うことを。出てくるかどうかわからないクリーチャーを警戒しての発電機の護衛など、他の二つの役割に比べたら大分楽である。
そう思っていた矢先、ツキシマとカグラの背後で唐突に凶悪な獣の鳴き声が上がった。
「ギシャアアッ!」
「!!」
「なっ!?」
何の前触れも無く上がったその声に、ツキシマとカグラは反射的に銃を抜きながら、慌てて振り返った。その瞬間、二人の視界に凶悪な爪が光るのが見えた。クリーチャーである。素早くツキシマが腕を上げ、クリーチャーに銃口を向けたところで、また唐突にその横から、持参した鉄パイプを振り上げるトウジョウが飛び込んできた。
「こんの…化け物めが!」
ゴシャア、と景気の好い音がして、トウジョウが振り上げた鉄パイプは深くクリーチャーの頭部を陥没させる。
真横から攻撃を受けたクリーチャーは、折れた牙と血を吐きながら大地に転がり、二転三転して動かなくなった。
「な、なんでいきなりクリーチャーが!?」
慌ててライフルの弾薬を確認しながら、カグラは辺りを見渡して叫んだ。薄暗くなりつつあった荒野の大地に、獰猛なクリーチャーの群れが現れたのである。先程までは静かだったにもかかわらず、いつしか辺りには彼らを取り囲むように獣の臭いが充満していた。
「いきなり沸いて出てきたような現われ方じゃの」
「せ、せっかく一番楽な仕事に就けたと思ったのに……」
「世の中、そう上手い具合には動かんもんじゃて」
ツキシマとカグラと背中を合わせながら、トウジョウが快活に笑った。
厄介なことになっても、悲観せずに愉快そうに笑い飛ばせる神経は、やはりメトロに生まれた者独特のモノなのだろうか。かといってツキシマもカグラも、面倒が増えたからと言って歓迎するつもりは無いが。
「しょうが無いわね……。働けばいいんでしょ。全くただ働きはイヤだって言ってんのに!」
ボヤきながらも、カグラはライフルのトリガーを引いた。
ズドン、と思い音がして、ライフルの銃口から高速のライフル弾が飛び出し、ジリジリとにじり寄ってきたクリーチャーの眉間を突き破る。パワーライフルとしてカスタマイズされたカグラのマグナムライフルは、放った弾丸をクリーチャーの脳内で炸裂させ、獣の頭部を悉く破壊し対象を死へと至らしめた。
「数が多いのぅ。捌き切れるんか?」
「やるっきゃ無いでしょうよ。っていうかヨツヤの馬鹿はどこ行ったのよ! この忙しいときに!」
「……」
ライフルをぶっ放しながら、カグラが喚く。ツキシマはふと気づいて辺りを見渡してみると、確かにヨツヤの姿が無かった。何処に行ったのだろう。はぐれた、というわけでも無いだろうに、と、ツキシマは首を傾げる。
「準備できたよ! ツッキー早く!」
ロボットの整備確認をしていたタツミが、声を上げて手を振った。それを聞くと、ツキシマは飛びかかってきたクリーチャーを銃のバレルで殴りつけた後、タツミに視線を送ってロボットのそばまで駆け寄る。錆びたブリキ板で固められたそのロボットは、遠目から見るよりもずっと頼りなさげだった。
「先乗って! この超長いケーブル繋ぐから! すぐ出れるよ!」
そう言って、タツミはカナメの漕ぐ発電機に繋がったケーブルの、電源アダプタを両手で抱えながら言った。さすがにロボットを動かすとなると、巨大なアダプタが必要のようである。
ツキシマはタツミの言葉に頷くと、すぐさま操縦席に乗り込んだ。
「よーっし! 接続します! プラグ・イ……ぴぎっ!!」
楽しそうな声を上げて、タツミがロボットにケーブルを接続したかと思えば、バチンと電気がはじける音と共に、まるで小鳥が壁にぶつかって鳴いたような声を上げて、タツミはびくんと痙攣した。
そしてそのまま、目をぐるぐると回しながら、ばったりと仰向けに倒れてしまう。
「タ、タツミ!?」
「えっ、ま、まさか、死んだの!?」
不安げなカナメの声の後に、カグラが焦ったような声音で物騒なことを言う。
タツミの悲鳴を聞きつけると、ツキシマは慌てて操縦席から飛び降りてタツミに駆け寄った。両目の焦点は合っていないものの、どうやら気絶しているだけらしい。ケーブルを接続した際に感電したようだ。気絶だけで済んで好かったものである。
ツキシマは、不安げにこちらを見ているカグラ達に、手を振ってタツミの無事を告げた。すると彼らは、気が抜けたように安心して息をつく。
「おいおい、気を抜いてる場合じゃ無いぞ! 見てみろ、貨物車はもうすぐそこじゃ!」
トウジョウが、線路の先を指さして叫んだ。先程まで、地平線の彼方で揺れていた貨物車の陰が、今やその形がはっきりと肉眼で見えるほどに近づいてきている。モタモタしている場合では無い。ツキシマは、慌てて操縦席へと駆け上がろうとロボットの側面に足をかける。
「あ、ま、待て! 兄ちゃん、コレを持っていきな!」
「!」
背後から慌てたトウジョウの声が聞こえ、振り返ってみると、ツキシマの手に重い球体が投げられた。ツキシマの両手にすっぽりを入り込んだその球体はずしりと掌に沈んだので、それなりの重量感がある様である。
「念のためじゃ。持っとけ。爆薬には劣るだろうが、ワシが作った中で一番派手なヤツじゃ。何かの役に立つかもしれん」
「……!」
トウジョウがツキシマに投げたのは、大きな打ち上げ花火だった。トウジョウのクチ振りからするに、彼が今日の祭りのために作った中でも一番のものなのだろう。トウジョウは、目を患っている。今回の祭りでの花火が、自分の目で見られる最後のモノとなるかもしれないと言っていた。ソレを承知で、トウジョウはツキシマにその花火を託すというのである。
それほどまでに、トウジョウはメトロを守りたいのだ。メトロを救いたいと思っているのである。ならば、その思いを知りながら、見す見すシティアベンジャーの思い通りにはさせたくない。
「…………」
ツキシマが、コクリと深く頷いた。それを見て、トウジョウがにんまりと笑う。そして、ツキシマは再びロボットの操縦席へと乗り込んだ。
タツミがケーブルを接続したことにより、操縦席は様々なランプの光で明るく照らされていた。電力供給は、無事に行われたようだ。
しかし問題は、ツキシマがこれを動かせるどうかである。
「…………」
しかし、そんな弱音を吐いてもいられない。出来ないなどと抜かせば、ここにいる者全員が挽肉と化してしまうのだ。もちろん、街も大惨事となってしまう。
見様見真似ではあるが、やるしか無いだろう。そう決意し、ツキシマは操縦レバーを握った。
*
「騒がしく、なってまいりました」
女が言った。漆黒のスカートと、純白のエプロンをはためかせながら。
傾いた太陽の光はその路地裏を照らすことは無く、徐々に暗闇が浸食していた。黒い女の服はその闇に溶け、白いエプロンが空間に浮き出ており、それはなんとも、夕闇の中に亡霊を見たような不気味さだった。
この路地を抜ければ、問題となっている荒野はすぐそことなる。しかし女の眼前には、その路地の先には行かすまいとするように、一人の男が立ちはだかっていた。
薄暗い路地裏に、ぽっかりと三日月型のクチが浮かぶ。にんまりと笑い、大きく見開かれた両眼は愉しげに揺れ、無表情で呟いた女を映していた。
「そうだな。街中も酷い有様だろ。計画通りってわけか? いや、そうだったら、こんなとこにゃいねえよなぁ」
男が、ヨツヤが愉しげに笑って言った。対する女は、あくまでも無表情で短く答える。
「何を言っているのか、わかりかねます」
「おいおいここまで来てしらばっくれんのかよ。まぁ、給仕のカッコウしたテロリストってのも新しいけどな。ま、見た目なんかどーでもいいか」
「……私は、ただここに、清掃に来ただけでございます」
肩をすくめるヨツヤに、女は馬鹿に丁寧な口調で答えた。その丁寧さが、女の清潔な給仕服と相まって、メトロの背景には浮いて見える。
そんな違和感に気づいているのか、それともどうでもいいと思っているのか。ヨツヤは、女の言葉を鼻で笑い飛ばした。
「掃除だと? こんな、誰も通らないような路地裏を掃除してどうしようって言うんだ? 言い訳するにももっとマシなネタがあんだろ」
「……と、おっしゃいましても」
酷く、抑揚の無い声で女が言った。次の瞬間、女は、持っていたアタッシュケースから両手を離した。がちゃん、と音がして、銀色のアタッシュケースが地面に落ちる。
足下に転がったケースを足で路傍に蹴り飛ばし、女は半歩前に歩み出た。手に嵌めた白手袋が、音も無く空中で小さな弧を描き、スゥと、女は膝より幾分長いスカートの裾を、僅かにたくし上げた。
ゆっくりと、スカートの裾が持ち上がり、白いハイソックスとスカートの裾についた白いレースの隙間から、女の褐色の膝が見える。と同時に、酷く鈍く光る、銀色の光がちらついた。
「目の前のゴミを、無視するわけにもいきませんので」
「!!」
ヨツヤの視界で、光が奔った。
女のスカートの中から除いた銀色の光が、暗闇の中を疾走するようにヨツヤに向かって真っ直ぐ奔ったのである。反射的にヨツヤは刀を抜き、防御の体制をとってその光を防いだ。
金属と金属がぶつかり合う音が路地裏に響き、ヨツヤの目の前に、女の無表情が薄暗がり浮き出るように現れる。女のスカートの中から現れた光の正体は、木製の柄に重量のある鉄の刃を携えた、小型のトマホークだった。
「へえ、面白いモン持ってんじゃねーか」
小振りの斧の姿を目に止めると、ヨツヤは愉快そうに口角を釣り上げて笑った。しかし、対する女はやはり無機質な表情のまま、光の無い無感動な瞳でヨツヤの剣先を睨んでいる。
「……」
「っと!」
ヨツヤと言葉を交えることも無く、女は刀を握るヨツヤの手首目がけてつま先を振り上げた。視界の先で空を斬る女のつま先に、人間離れした反射神経で反応したヨツヤは、すぐさま刀を握る手に力を込めて女を押しのけた。
女のつま先が虚空に上がり、幾重にもレースが重なったスカートが大きく舞う。一瞬、ヨツヤの視界がその布に阻まれ、女の姿を見失った。ヨツヤがそれに気づいたと同時に、右方から鋭い殺気が生まれる。その殺気の正体を視覚で確認できぬまま、ヨツヤは素早く後方へと飛び退いた。その瞬間、ヨツヤの視界を遮断していた黒と白のエプロンドレスの奥から、銀色に光る刃が一閃、真横に凪いだ。
短剣である。もう少し飛び退くのが遅かったら、その鋭利な刃にヨツヤは喉元を切り裂かれていたことだろう。
「は、ははっ。容赦ねえなぁ。いきなり首狙ってくるなんて。もっと楽しもうと思わねぇのか?」
「……」
砂の大地を滑りながら、一度女と距離を置いたヨツヤは、腹の底から沸き上がってくる興奮をじわりと感じて軽口をたたく。
ヨツヤを取り逃がしてしまったことに、女はさしたる感慨も浮かべず、スクリと背筋を伸ばすと左手に携えたトマホークを手の甲でクルクルと弄びながら、短剣を構えてヨツヤを見た。
「戦闘に於いて、楽しむ要素などは存在いたしません。私にとっての戦闘は、いかに迅速に対象を排除できるか、ただそれだけですので」
「……真面目だねぇ。まるで殺し屋みたいだ」
「近からずも、遠からず」
「アンタ何者だ?」
「ただの、女中でございます」
無表情の女が言って、砂を蹴った。砂塵が舞い、胸の前に短剣を構えた女がヨツヤとの間合いを一気に詰める。
一段目の攻撃は短剣か、女の胸の前で光る刃が、凶悪な光を放つ。しかし、次の瞬間にヨツヤの視界が陰った。すぐさま視線を挙げる。すると女はトマホークを高々と振り上げており、ゾッとするような冷淡な瞳でソレを振り下ろした。
「ッ!?」
身を翻して、ヨツヤは右方に回避する。と同時に、空いた女の脇腹目がけてつま先を放った。しかし、埃まみれの黒革のブーツが女の脇腹にめり込む前に、ナイフを持った女の肘がそれを阻む。ヒュ、と風を切る音がした。今度は左だ。一瞬前、虚しく空を斬った女のトマホークが、今度は刃の対面に取り付けられたハンマーでヨツヤのコメカミを狙う。
こんな強靱なハンマーを刀で防いだりしようものなら、刃は悉く欠けてしまうことだろう。ヨツヤは瞬時に判断すると、身を屈めてハンマーをやり過ごす。小型とて、トマホークも斧の一種だ。勢いよく振り切れば、重心が傾いて女はバランスを崩すはずである。しかも、女の視線よりも下方という死角に入り込んでいるので、攻撃を繰り出すには絶好のチャンスだ。と、ヨツヤは考えるよりも先に本能的に身体が動き、女の鳩尾に向けて拳を繰り出そうと両足で大地を踏みしめた。
しかし、拳を繰り出そうとしたヨツヤの目に飛び込んできたのは、女のパンプスの底である。スカートの中から、伸びるように飛び出したそのピンヒールは、身を屈めたヨツヤのマント越しの肩に深く食い込んだ。
「ぐっ……」
痛みは、言うほど無い。ただ、しゃがみ込んだ不安定な体勢では、肩を踏まれるように押されてしまえば簡単に後ろに倒れてしまう。
乾いた砂が舞い上がり、ヨツヤの背中が地面に着いた。視界には、無表情の女を挟んでメトロの薄暗い曇り空。女の足が、ヨツヤを地面に縫い付けるように彼の肩を踏む。眼前の女の頭上で、キラリと何かが光った。短剣である。高く振り上げられた短剣が、無慈悲にヨツヤの頭部に目がけて振り下ろされた。
「!!」
ガキン、と耳を塞ぎたくなるようなイヤな音がすると同時に、ここに来て初めて、女の表情が強ばった。驚愕の表情である。女が振り下ろし、ヨツヤの顔面に突き刺さるかと思われた短剣は、獣のものと区別のつかない彼の強靱な歯によって、ガッチリと捕らえられていたのである。
女の驚愕の表情を見て、ヨツヤがにんまりと笑う。挑発するようなその笑みを見ると、女はスゥと目を細めた。再び無表情へと戻った女は、今度はトマホークを高く振り上げる。
「ぃっ!?」
振り上げられたトマホークを見て、ヨツヤは短剣を噛んだまま滑稽な声を上げた。斧の刃が、重力と女の握力に従って振り下ろされる。
凶悪な音がヨツヤの耳元でして、女の放ったトマホークは直径三十センチばかりのクレーターを作り、地面に突き刺さった。間一髪で首を捻って斧を回避したヨツヤの頬に、ビリビリと僅かな衝撃波が届く。あんな物が頭に振り下ろされた日には、頭蓋骨がかち割られる所では済まされまい。
ヨツヤは、じんわりと冷や汗を流しながら、女の真下から刀の刃を直角に振り上げた。殺気を感じ取った女は、ヨツヤに噛まれた短剣をあきらめ、彼の上から飛び退いた。刀の切っ先が、女のエプロンの裾を僅かに斬る。刃に手応えを感じなかったヨツヤは、残念そうに、しかし愉快そうにニタリと笑いながら、飛び跳ねるように身を起こした。
「プッ……ククク……。イイね、イイ反応だ。相手を殺すことに何の抵抗も感じず、それでいて、いつでも殺される覚悟が出来てる反応だ。ふは、ははは。後をつけて来てるへっぴり腰のテロリスト共をボコすつもりだったのに、こりゃとんでもない大物に出くわしたみてぇだな」
「……」
立ち上がり、咥えていた短剣を地面に吐き捨てたヨツヤは、酷く愉快そうに笑いながら大きく目を見開いて言った。その、尋常ならざる狂気を映したヨツヤの目に、女は怯むこと無く黙り込んだままじっとヨツヤを見ると、何を思ってか姿勢を整えて両手を前にやり、ぺこりとお辞儀をした。
「……お褒めにあずかり、光栄でございます」
「……」
ヨツヤの言葉を、ただの褒め言葉として取り、そのうえ殺そうと、殺し合おうという相手に対して、馬鹿が付くほど丁寧に頭を下げる女に、ヨツヤは虚を突かれたように言葉を失い、目を丸くした。
しかし次の瞬間には、そんな女の態度が可笑しくて、思わず吹き出して笑い声を上げる。
「くっ……あはははは!! 面白え、面白えじゃねーか。そうさ、いい子ちゃんお仲間ごっこには飽き飽きしてたとこだ。ふはは、メトロの人間らしく、命でも道徳でもプライドでも、かなぐり捨てて殺し合おうぜ」
まるで燃え上がるように、ヨツヤの狂気がふくれあがった。ヨツヤの握る刀の刃が、おぞましいばかりの鈍い光を放つのを見て、対峙する女はただ無表情に、冷え切った瞳でトマホークの柄を握りしめた。




