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しかし次の瞬間、何やら遠くから、泣きわめく様な叫び声と、騒がしい足音が、こちらに向かって近付いてくるのが聞こえた。
「ぁぁぁああああ!! ひどい! 酷い酷い酷い! こんなのあんまりだああああああ!!」
叫びながら、その声の主は砂埃を嵐の如く巻き上げて、逃げ惑う人も銃を構える人も、更にはクリーチャーをも平等にふっ飛ばしながら、街道を爆走してきた。
見なくてもわかる。カナメである。泣きながら街道を走り抜けるカナメは、ツキシマやヨツヤの姿にはまるで気が付かずにこちらに向かって突進してくるのだ。
「な、なんだ?」
「何か向かってくるぞ!」
砂埃を勢いよく巻き上げて、わき目も振らずに爆走しているカナメの姿を見て、銃を構えていた人々もカナメへと視線を向ける。当然、ツキシマとヨツヤもそれを見て、驚愕と焦りの冷や汗を流して顔をしかめた。
「な、何じゃあれは……」
「やべぇ! 避けろ!」
「!!」
向かってくるカナメを見て、不思議そうに首を傾げるトウジョウの襟首を引っ張り、ツキシマとヨツヤは構えを解いて呆けている街人を突き飛ばし、路地の中へと逃げ込んだ。
その直後、ツキシマ達の背後をドドドドという地響きと共に強烈な風が過ぎ去る。巻き上がった砂が表通りを茶色に濁らせ、風と地響きに紛れていくつかのか細い悲鳴が上がったのを背中で聞き、ツキシマは心の中で小さく謝った。
「……行ったか」
「す、砂嵐でも通ったんか?」
「……」
当たらずとも遠からずなトウジョウの問いかけに、ツキシマは無言のまま他の二人と共にコッソリと路地から顔を出してみる。
先程、カナメが道で逃げ惑う人々など気にもせず、全力疾走で通りを駆け抜けた事により、カナメに轢かれ……もとい吹き飛ばされた人々が、目を回しながら地面に横たわっていた。中には、先程ツキシマ達に銃を向けていた人々もいて、謀らずともツキシマ達は危機を乗り越えた様である。しかし、結局市民を傷つける結果となってしまったわけだが。
「ま、まぁ、伸びる程度で済んだんだからいいだろ」
「……」
先程まではからっていた配慮は何だったのだろう、と肩を落とすツキシマを見て、ヨツヤが苦笑いを浮かべて言った。それを言えば、そうである。トウジョウも無事の様だし、結果オーライと捉えて良いのかもしれない。
と、無理矢理考えを前向きにしつつ、路地から表通りに出たツキシマ達の頭上に、今度は壊れかけのバンのエンジンを空ぶかしする様な騒音が鳴り響いた。
「ツッキー! ヨツヤー! おじちゃーん! やぁっとみつけた!」
嬉しそうな高い声が降って来たかと思いきや、ツキシマ達の眼前に、ブリキ板を貼り合わせた様な全長約二メートルほどの鉄の塊が、白い煙を吐き出して、ゴウゴウと唸るジェットエンジンから熱を放出させて降り立った。
その鉄の塊の上部から、ゴーグルをつけたタツミがひょこりと顔を出す。鉄の塊は地面に着陸すると、まるで糸が切れた様にエンジンの音が止んで、上部のコックピットからタツミが降りて来た。
「タイヘンなことになってきた! 街中おおさわぎ! カナメちゃんは泣くし! もーたいへん!」
「なんでカナメの奴は泣いてんだよ」
「知らん! ヒーロー業廃業だって! 文無しなるって! いつものことなのにね!」
あはは、と可笑しそうに声を上げて笑いながらタツミが説明するも、情報量の少ないタツミの説明ではツキシマ達にはサッパリである。顔を見合わせて肩を竦めるツキシマとヨツヤの隣で、呆けた顔をしたトウジョウが、あんぐりとクチを開けてタツミが乗って来た鉄の塊を見上げた。
「こりゃぁ……一体なんじゃね?」
「ロボだよ! 名付けてパワー型ポッド君バージョンβ! べーたはねー、テスト中って意味なんだよ!」
「……最近の若いモンは、撃たれても平気だったり、人力で竜巻を起こしたり、空飛ぶ鉄を乗りまわしたりできんのかね……。ワシはどうやら、若者を甘く見ていた様じゃな……」
冗談とも本気ともとれない呟きを放ちながら、老人は震える足腰でなんとか地面を踏みしめて、引き攣った笑みを浮かべていた。
こんな、極一部の特異能力者を見ただけで、メトロの若者が全てこうだと思ってはいけない、とツキシマは心の中で叫んだが、当然伝わるはずも無かった。
「で、店の方はどうなったんだよ。マスター達は生きてんのか?」
ヨツヤが腕を組みながらタツミに問いかける。するとタツミは、不機嫌そうに頬を膨らませてヨツヤを見上げた。
「それをおまえが言うか! 一番先にとびだしてったくせに! 露店のまわりでさわいでた人は、みーんなカナメちゃんがふっとばしちゃったよ!」
「……見境ねぇなぁ、ツキシマに乗せられて気ィ遣ってたのがアホらしいぜ」
タツミの報告を聞いて、ヨツヤががっくりと肩を落とした。人間暴走車のカナメは一体何処まで行ったのか。彼が走りまわる事で騒ぎが収まるならばそれはそれで好い事の様にもツキシマは思った。
どんな境遇に陥っても、メトロではポジティブな思考が大事だと、彼は最近気付いたのである。
「んでねー、タツミもポッド君でクリーチャー踏んでやっつけた! タツミも働いた!」
「お前は踏むの好きだな」
「たかいとこからむしけらをふみつぶすのは、きぶんがいいです」
「何処で覚えてくんだそんな言葉」
タツミの子供らしからぬ物騒な物言いに、ヨツヤは以前タツミに踏みつぶされそうになった事を思い出して顔をしかめてタツミを見下ろした。
と、そこへ。ツキシマ達の耳に何やら徐々にこちらへと近づいてくる足音が、肺に取り込んだ空気を全て吐き出す様な荒い息遣いと共に聞こえて来た。
「ぜぇ……はぁ……た、タツミィ! そ、そんな乗り物があるなら……私も乗せなさいよね!」
荒い息と共に疲れ切った声でそう叫んだのは、ツキシマ達の立つ場所へと駆けよって来たカグラであった。姿は相変わらず『Arms』のウェイトレス制服であるものの、戦闘用に背中に大きなライフルを背負っている。
走りながら講義の声を上げるカグラを見つめながら、タツミが申し訳なさそうに眉を寄せて答えた。
「ごめんねカグりん。これ一人用だから」
「カナメのことは乗せてたじゃないの!」
「カグりんはカナメちゃんより重いから」
「肉付きがいいからな」
「おい…こら……! 失礼……しちゃうわ……」
重い足取りで漸くこちらへと辿り着いたカグラは、両膝に手を着いて大きく息を吸いながら言った。ヘラヘラと笑いながら横からクチを挟んだヨツヤに言い返す気力すら湧かず、カグラは上体を起こすと、額の汗を拭って辺りを見渡す。
「あらら、派手に轢き逃げたものね。まぁ静かになったからいいんじゃないの」
腰に手をやりながら、カグラは呆れた様な感心した様な声で言った。砂埃も収まり、目を回して伸びきった人々が転がる表通りは中々の壮観である。
「で、こりゃ一体どういう事なんだ?」
カグラが息を整えたのを見て、ヨツヤが腕を組んで一同に問いかける。ツキシマとタツミは同時に首を傾げ、カグラは顎に手を当てながら考え込む様に呻いた。
「まぁ、シティアベンジャーのテロと考えて好さそうよね。何が目的かはわからないけど……」
「何言ってんだ。目的なら、さっきでかい声で喋ってたじゃねーか」
嘲笑するように鼻で笑いながら、ヨツヤが答えるのを聞いてカグラは怪訝そうに顔をしかめた。
「まさか、戦争を起こすとか言う話? 馬鹿馬鹿しい。そんなこと出来るわけないじゃないの。マガジンの装填の仕方もわからない様な一般市民に銃を持たせて、それで戦争ってわけ? 何と戦うつもりかは知らないけど、雑兵を量産して屍の山をつくるだけだわ」
「俺だってマトモに話を聞いてたわけじゃねーけどな。でも現に、さっきの放送に煽られた奴らは銃を持ってそれを警察やギャングに向けてんだ。俺たちからすりゃあ、馬鹿馬鹿しいの一言だが、その馬鹿馬鹿しい話を本気にして人殺しになろうって連中がいるのは確かだぜ」
ヨツヤが反論し、カグラが不満そうに顔をしかめた。
自ら進んで犯罪者になろうだなんて、愚かな狂信者か本当の馬鹿しか考えないだろう。
「待て待て小僧。お前さん、本当にあの放送のせいで人々の気が狂ったと思っとるのか? さっきまで祭りを楽しんでいた人間が、突然銃を構えたと? その、シティアベンジャーとかいう奴らの仕業と違うんか。暴れまわっとる奴らは、全部そのテロリスト集団の一員じゃあ……」
トウジョウが、慌てた様にヨツヤとカグラの話に割って入った。
初めて見る老人の顔に、カグラは首を傾げて紹介をヨツヤに求めるが、ヨツヤは話の腰が折られるのを危惧して知らない振りをした。
「トウジョウのじーさん、そうは言うけどな。ちょっと前に、俺はエクスプレスでシティアベンジャーの構成員と殺りあったけど、その時の奴らはまだ訓練されてた。なのに今回は、完全にシロートだ。多分、今まで人殺しなんてしたこと無い様な、そこら辺の商店の店員とかだよ」
「じゃが……、そんな人間がアサルトライフルなんて一体何処から……」
「テロリストのサクラがいたのは事実だろうな。そいつらが武器の供給をしたのかも知れねぇ。そこらの露店からかっぱらった可能性もあるが……騒ぎの発端を起こしたのは、きっとテロリストの一員だ。その騒ぎに乗せられて変な気を起こした人間がいるのも、また事実だろうな」
「……そこまで、何故シティに拘るんだかなぁ……」
落胆した様に、トウジョウが呟いた。
ツキシマは、先程騒ぎが起こる前、空き地でトウジョウと話した事を思い出す。唯一無二の故郷であるメトロが好きだ、と言ったトウジョウにとって、そこまでシティに劣等感と憎悪を抱き、シティを壊す為と言いながら、同じメトロの住民に銃を向ける人々の気持ちが、彼には全く理解できないのだろう。
それ程までに、メトロ市民の心はシティに食われているのかと思うと、憂いを感じざるを得ないのである。
「というか、祭りの放送局が乗っ取られたわけでしょ? これを言ったらアレかもしれないけど、警察は何をやってんのよ」
「……この前、汚職と麻薬所持と非合法人体実験がバレてメトロの警察機関は完全にガタついてるみてーだからな。統率がとれてねーのはガキでもわかる」
「はいはい! それタツミたちが暴いたやつ! メトロ警察のしられざる真実! 一面記事参照!」
「好い事したんだか、結局街を混乱させただけなんだか……。世の中知らなくていい事があるって本当ね」
カグラがガックリと溜息をついて言った。
そう言われると、確かに街の治安を更に悪化させただけの様にも思える。だからと言って、ノアメトロの署長が行っていた行為が正当化されるわけでもないが。
そんな、どうしようもない矛盾を考えて一人ツキシマがナイーブになっていると、通りの彼方から再び砂埃を巻き上げながらカナメが走って来た。今度はきちんと周りが見えているようで、ツキシマ達の目の前で地面を滑りながら急ブレーキを掛けると、彼らを少し追い抜いたところで停止し、カナメは訴える様に眉を下げながら一同の元へ駆け寄った。
「みんな何処に行ってたんだ! 探したじゃないか!」
「アンタ、人に土煙り浴びせておいて他に言うことないわけ」
爆走してきたカナメが起こした埃の砂嵐に包まれながら、カグラが顔をしかめて苛立ったように言った。ヨツヤも顔をしかめ、タツミとトウジョウに至っては噎せている。
「ああごめん! というかそれどころじゃないよ! 何なんだこの騒ぎは! 街中でクリーチャーと人が暴れ回ってるよ! しかも普通の人だ! どういうことなんだ!!」
「街中? やっぱり、クリーチャーも街中に放たれてんのか」
怪訝そうに眉を寄せながら、ヨツヤが激昂するカナメに問いかける。カナメは、地団太を踏みながら酷く苛立ったように答えた。
「街中も街中、何処行ってもクリーチャーと銃声だらけさ! 普通の人が何故かギャングと戦ってるんだ! ギャングや悪と戦うのは僕の仕事なのにさぁ! これじゃヒーロー業はリストラだよ! 明日からどうやって食べて行けばいいんだ!」
「その日暮らしなのは何時もの事じゃないの」
カグラの冷静な突っ込みもまるで耳に入らないようで、カナメはぐるぐると目を回しながら頭を抱えて唸る。
「しかも、一般市民が警察に銃を向けたりしてるし……、僕が守らなきゃいけないのは一般市民なのにその一般市民が警察の敵になって、でも警察は市民を守るのが役目だから悪じゃないからぶっ殺すのは可笑しくて、そしたら警察の敵の市民が悪ってことになるけどでもそれは可笑しくてあわわわわわわ」
頭を抱えながらブツブツと呟くカナメを横目に、一同は再び腕を組んで首を傾げた。
「街全体でクリーチャーが暴れてるってことは、テロリスト共もかなり本気ってことかしらね。ただの麻薬常習犯かと思ってたけど、これじゃ実質クーデターじゃない」
先程まで、半信半疑でシティアベンジャーの宣戦布告説を聞いていたカグラも、呆れた様に頭を抱えた。
「その割には、あっさりと片付いちまったけどな。クリーチャーが暴れてるつっても、見たとこエリアごとに数匹って感じみてーだし、武器を持って暴れてんのはただの民間人だ。この騒ぎが、サースだけじゃなくてメトロの街全体で起こってることだとしても、随分とお粗末な宣戦布告じゃねぇか」
ヨツヤが肩を竦めてやれやれと言わんばかりに首を振るのを見て、ツキシマはふと疑問に思った。
本当に、シティアベンジャーの目的は街の中で暴動を起こすことだけなのだろうか。ヨツヤの言うとおり、これではあまりにお粗末すぎる。武器を手に取った民間人は僅かであるし、放たれたクリーチャーもメトロ全域にまんべんなく分散したのであれば、しばらくすれば警察やギャングの手によって鎮圧されるのがオチだろう。大げさな演説を、拡声器を通して行った割りにはあっけない。そして、人の正気を狂わせるほどの演説力を持った人間がやる事にしては、実に中途半端だ。
なんとなく、ツキシマは嫌な予感がした。もしかして、もっと大きな騒ぎが起こるのではないだろうか。シティアベンジャーの本当の狙いは、実はそっちなのではないだろうか。
「し、師匠おおお! 大変です! 大変ですよ!」
そんな目に見えない不気味な不穏に、ツキシマが人知れず寒気を感じていると、不意に若い声が上がった。
慌てた様な騒々しい足音と共に近付いてくる声音は、荒い息を交えながら一同のいる場所へと向かってくる。ツキシマ達は、その声に反応するように顔を上げた。
「なんじゃ弟子か。無事だったのか」
駆けよってくる若者の顔を見て、トウジョウが、ああ、とつい今しがた思い出したように言った。そっけない老人の言葉を聞いて、青年はショックを受けた様に顔を青くしてトウジョウを見た。
「無事ですよ! 師匠も無事で何よりです。とまあ安心したところで、た、大変な事件がおきまして……」
トウジョウと同じ白い作業着に、頭に手拭いを巻いた青年は、ツキシマ達を気に掛ける余裕も無く、慌てふためいて早口で言った。それを聞いて、トウジョウは怪訝そうに首を傾げる。
「何事じゃ。お前さんは、確か今日打ち上げる花火をステーションまで受け取りにいっとったはずじゃな。どうじゃった? やっぱりエクスプレスも運行停止か?」
トウジョウが言うと、青年はコクコクと何度も頷きながら、額から汗を流して慌てて続けた。
「そうなんです! 貨物列車ですよ! あ、ええと、パニックになるのでまだ街の人には言えないんですけど、火薬を積んだ貨物車が暴走して、制御不能のままサースメトロのステーションに向かってるそうなんです! さっきエストメトロから連絡があって……、下手したら市内で脱線して大事故に繋がる可能性も……」
「な、なんじゃと!?」
青年の報告に、トウジョウが目を丸くして驚愕する。思いもよらぬ青年の言葉に、カグラがトウジョウを押しのけて青年に詰め寄った。
「ちょっとそれどういうこと!? 制御不能って…そんな暴走列車が突っ込んできたら、ステーションが粉々になっちゃうじゃない!」
「わ、わわっ! い、一般の方ですか!? ご、ご安心ください! 最悪の事態にならないよう、エクスプレス管理局が総力を上げて対策に取りかかっていると言う連絡も……」
「今更安心できるか!」
青年の胸倉を掴みながら声を張り上げるカグラに、青年は焦りと恐怖で半泣きになりながらしどろもどろに説明する。
シティアベンジャーが、祭りの主宰であるエクスプレス管理局の放送部を乗っ取って先程の演説を行ったのだとしたら、青年の説明は余りにも説得力が無い。
そんな二人の後ろで、トウジョウが冷や汗を流しながら言った。
「カスガ、構わん。一応は、信頼できる奴らじゃ」
「し、師匠……」
今にも泣き出しそうに顔を歪めながら、カグラに胸倉を掴まれたカスガと言う青年は、トウジョウに視線を向けながら震える声で言った。
カスガの話を聞いて、ヨツヤが納得した様に頷く。
「なるほどな、だからこそのお粗末なクーデターか……。街の暴動はただの陽動。本当の狙いはエクスプレスの機能停止ってわけかよ」
「どれくらいの火薬が乗ってるかわかんないけど、量によっちゃステーションだけじゃなくて街が火の海なっちゃうかも!」
青ざめてタツミが不安げに声を上げる。ここまで来たら、その貨物列車を暴走させているのもシティアベンジャーだろう。こんなにもタイミング良く、天下のエクスプレスの車両が暴走するわけがない。
「まさか、奴ら、前に言ってた『エクスプレスを運営しているのはシティ』とか言う話を信じてるってわけ? だからエクスプレスを破壊しようと……」
「イカれたテロリスト共の考えてる事なんかわかるかよ。問題は、どうやってそれを止めるかだ」
ヨツヤの言葉に、カグラは考え込む様に腕を組んだ。ツキシマとタツミも一緒に首を傾げる。それを見て、カスガが驚いて目を丸くした。
「な、何言ってるんですか! どう止めるかって……、暴走列車ですよ!? さっさと警察に連絡して、僕らは逃げるべきじゃないんですか!」
汗を流しながら、慌てて早口で訴えるカスガに、ヨツヤとカグラは怪訝そうに顔をしかめ、そして呆れたように溜息をついた。
「あのねアンタ、この状況でよく警察を頼ろうだなんて考え着くわね。警察なんてまんまと敵の陽動に引っ掛かって、銃構えた市民と無意味な撃ち合いしてるに決まってるじゃない」
「ま、そうなってるだろうな。警察の怠慢と無能が露呈したからこそ、テロリスト共が動いたんだ。そんな奴らに命預けられるか。俺は、まだ死にたくないんでね」
苛立ったようにカグラが説明し、皮肉な笑みを浮かべてヨツヤが続いた。そんな二人の言葉を聞いて、カスガは信じられないものを見る様な目をして声を上げる。
「た、確かにそうかもしれないですけど、逃げなくて好いんですか!? そんなことして死んじゃうかもしれませんよ!?」
「逃げてる中で爆発に巻き込まれたら死んじゃうじゃない。それに、もしエクスプレスを止められたら管理局から報奨金が貰えるかもしれないし」
「暴走列車なんかそうそう見れねーぞ。面白そうじゃねーか」
「それにそれに、街の人を危険から助けるんだもんね! 上手くしたら有名な賞金稼ぎになれるよね! ね!」
「き、き、危険!? 街の人が危険なのか!? ななななら僕も行くぞ! ヒーローの仕事だからそれは!」
「…………」
「そ、そんなぁ……!」
カグラ達の言葉に、カスガはがっくりと肩を落として青ざめる。それを見て、トウジョウが何故か愉快そうに笑ってカスガの背中を叩いた。
「くっ……ははは、カスガ、これがメトロの賞金稼ぎって人間どもじゃ。ワシら一般市民とは、考え方や生き方が違うのさ。だから言うだけ無駄よ」
「いっ……! し、師匠まで……!」
勢い良く背中を叩かれ、カスガは身を逸らして情けない声を上げる。にんまりとした笑みを浮かべたトウジョウは、腰の後ろに手をやって一同を見上げた。
「お前さんら、本気でエクスプレスを止めたいって言うんなら、ワシの話を聞け。なに、難しい話じゃあないさ」
何かを企む様に、喉の奥でククッと笑いながら人差し指を立てるトウジョウに、一同は怪訝そうに顔をしかめて首を傾げた。
「要は、列車が街に入る前に止まればいいわけじゃろう」
「まぁ、そうなるわね。都市と都市の間の荒野でなら、場所も広いし人もいないわ」
「なら、一思いに車両を線路から脱線させたらどうじゃ?」
「脱線?」
トウジョウの思い切った提案に、一同は目を丸くして驚いた。そんな彼らに、トウジョウは深く頷く。
「うむ。エクスプレスの貨物線……、特に荒野に野晒にされている個所は、街中のと比べて大分脆くなっていると聞いた事がある。それを利用して脱線させればいいさ」
「脆くなってるって……、管理局は整備してないわけ?」
「荒野の線路は、普通の市民には目の届かん所にあるからの。貨物線だから一般人が乗っているわけでもなし。何の障害も無く動いていれば、管理局としては事故が起きない限りそのままにしておきたい様じゃ。整備もタダではないからの」
「……私、もうエクスプレスに乗るのやめるわ」
想像以上に杜撰なエクスプレスの管理状況に、カグラは顔を青くして苦い顔をした。
カグラの言うとおり、貨物線とはいえエクスプレス管理局の職務怠慢が存在するのだとしたら、一般路線でも整備の届いていない個所があるのかもしれない。そう考えると、いくら便利な交通手段とはいえ乗る気も失せると言うものだ。
「本当に哀れなのは管理局の下っ端作業員よ。本人の知らんうちに命の綱渡りをしてるのかも知れんのだからな。まぁ、あくまでも噂じゃが……」
トウジョウが顔をしかめて言った。知らなきゃ幸せ、という事もあるのかもしれないが、知った瞬間には既にこの世の人間ではないかもしれないと言う事を考えると恐ろしい。情報は、何時のよも隠ぺいされ、そして下々の人間の命をいとも容易く刈り取るのだ。
「でも、噂ってことは信憑性は低いわけだ。他に方法が無いとすれば、脱線させるしか無いんだろーけど。じーさん、そこんとこどうなんだよ」
「その点については心配ないわい。機関車が暴走しとるっちゅーことは、車両自体も相当不安定になってる筈じゃ。その上レールが錆びてりゃ脱線させやすいってことじゃ」
「なるほど。伊達に長生きしてねーな」
トウジョウの言葉に、ヨツヤがヘラリと笑って茶化す様に言う。
トウジョウの言うとおり、蒸気機関車であるエクスプレスの貨物列車が蒸気の炊きすぎで暴走しているのであれば、レールから車体が浮き、非常に不安定な状態になっているだろう。そこに何らかの力を加えれば、脱線する可能性がある。だからこそ彼らは、街中まで到達した時の被害を危惧しているのである。
「しかし、問題はどうやって脱線させるか、じゃな。何か大きな力が加えられるようなものがあればいいんじゃが……。爆弾なんて準備してる場合じゃないしのう」
「ああ、そんな事なら問題ないわ」
困った様に腕を組んで考え込むトウジョウに、カグラがあっさりとした軽い声音で答え、クイッと親指を後ろに向けた。
トウジョウが、カグラの示す指先に目をやると、そこには今にも崩れ落ちそうな、ブリキをツギハギに繋げた巨大な鉄の塊が鎮座していた。
「これで押し倒せばいいわよ。ね、タツミ」
「うん! いけるいける! ポッド君つよーく改造したし! よゆー!」
「そ、そんなんで大丈夫なのか? 今にも壊れそうじゃが……」
「タツミのロボットは、みため以上に丈夫だよ!」
元気よく答えるタツミを見て、トウジョウが不安げに表情を陰らせた。そうなるのも無理は無い。先程、タツミを乗せて飛んできたこの鉄の塊は、今にもそこかしこからネジが飛び出さんばかりのハリボテ具合で、漸く飛行していた様なものなのだから。
しかし、彼らには考えている暇は無いのである。与えられた状況のみの中で、最悪の事態を回避しなくてはならないのだ。
「わ、わかった。やってみるしかないのう。ここまで来たら半分以上は運任せじゃて」
祈る様な気持ちで、トウジョウが言った。メトロの住民は、何時もバクチで生きている様なものだ。祈る神も、縋る宗教もありはしないが、そんな場所でも、何かしらに祈ると言う行為は存在する。その祈りの対象は、神でも無ければ宗教でも無く、恐らくは、己の運その物なのだろう。
「時間が無いわ。とにかく、街外れに急ぎましょ。こんなとこで屯してる内に貨物車が来ちゃったら、間抜けもいいとこだわ」
「おう! 力を合わせてノアメトロの人々の平和を守るんだな! なんか熱い展開になって来たよ!」
「そーそ! みんなでがんばりましょー!」
「……そういう言い方はなぁんか癪なんだけどねぇ」
「…………」
頭を使う話し合いには、全くと言っていいほど参加してこなかったカナメがやたらと張り切り、はしゃぐタツミと頷くツキシマを見て、カグラが面白く無さそうに言った。
あくまでも、自分の命の為である。そうでなければ、カグラがタダ働きなんて臭い事をするわけが無いのだ。
そんな事を思いながらカグラは、このような甘じょっぱい雰囲気を自分と同様に嫌うはずの同業者が、皮肉の一つも飛ばさない事に違和感を覚えてふと視線を彼の方へと向けた。
「ちょっと。話聞いてた? 時間が無いからさっさと行くわよ」
カグラは、一同に背を向けて、彼女らとは半歩離れた場所で棒立ちになって、閑散とした表通りの一点を見つめているヨツヤの肩を叩いて声を掛けた。するとヨツヤは、視線を逸らさずに生返事を返した。
「あ? ああ。聞いてた。そのブリキを使うんだろ?」
「そうだけど……。何よボーっとしちゃって。誰かいた?」
怪訝そうに顔をしかめて、カグラはヨツヤが見ていた方向を見る。相変わらず、カナメに轢かれた人々が地面に伏していて、哀愁漂う乾いた風が、露店のテントを揺らしているだけだ。カグラには、特に人影は見えない。
「いや、なんでもねーよ。気にすんな。つかお前、そのカッコウで行くのかよ」
くるりと踵を返したヨツヤが、額に眉を寄せてカグラに言った。相変わらず『Arms』の制服を着たカグラは、背中にライフルを背負っていても何だか緊張感が無い。
今更、再びその話題を蒸し返されて、カグラが不機嫌そうに声を荒らげた。
「なっ……! しょうが無いじゃないの! 着替えてる暇なかったんだから!」
「ふーん。どうでもいいけど、何か馬鹿っぽい」
「アンタにバカとか言われる筋合い無いわ!」
言い合いながら、二人は先に走り出したツキシマ達の後を追って駆け出した。
これからメトロの街を救うなどと、大それた目的があるとは思えないほど、彼らは何時もと変わらない調子で街を駆ける。恐らく、彼らにとっては今回の事件も、普段ギャングたちを相手に武器を振るっているのと同じような感覚なのだろう。あくまでも、彼らにとっては。
走り出した彼らの後ろで、林立する商店の建物の間から、黒い影が僅かに顔を出した。
黒と白を基調としたドレスワンピースとエプロンを身につけたその影は、褐色の肌に無機質で人形の様な無表情を張り付けたまま、スゥっと路地の闇の中へと消えて行った。




