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「ったく、あんなに怒鳴んなくてもいいじゃねーか。これだから年寄りは嫌だね」
空き地から追い出され『Arms』の露店へと向かう道中、ツキシマの隣で頭の後ろに両腕を回しながら、ヨツヤがぼやく様に言った。それを聞いて、ひょっこりとカナメが顔を出して答える。
「大事な物だったのかな。後で使う予定だったのかも。おじいさんっていうのは、怒るとあんなに怖いんだね」
カナメが、先程のトウジョウの剣幕を思い出して縮みあがった。ツキシマが思うに、トウジョウが怒ったのは花火を全部やってしまったからではなくて、昼間から無駄に遊んでしまったからの様に思う。職人として、無駄に花火を消費するのは我慢ならなかったとか。しかし、それを言ったところで、職人魂がなんたるかわからないヨツヤやカナメにとっては理不尽極まりない怒りにしか聞こえないだろう。
「そんなら先に言っとけっつーの。ちゃんと喋んねぇからわかんねぇんだよ」
「でもでもでも、タツミはすっごーく楽しかったよ!」
ヨツヤとカナメの憂鬱などには、微塵も影響される事なく、屈託なく笑ってタツミが言った。それを聞くと、ヨツヤはにんまりと機嫌良く笑う。
「だろ。夜にはもっと派手なの打ち上げるらしいから、期待しとけってじーさんが言ってた」
それは、ツキシマも期待している事である。あの空地にもかなりの量の花火玉があったのに、トウジョウの話によれば、花火玉はまだ追加される様である。
エクスプレス完成二十周年と言うめでたい日に、祭りの主催者であるエクスプレス管理局は普段以上に力を入れているようだ。
「あ、『Arms』の露店、あそこじゃないか? カグラがいる!」
街道を歩きながら、カナメが林立する露店の間に見知った顔を見つけて、指をさしてそれをツキシマ達に伝えた。
カナメの声に、ヨツヤとタツミも彼が示す方向に視線を向ける。と、ここで。ツキシマは嫌なことを思い出した。
そういえば、先程些細なことでカグラを怒らせてしまい、逃げる様にして露店から立ち去ったのであった。花火の事ですっかりそれを失念していた為に、ツキシマは視界にウェイトレス姿のカグラが移ると、びくりと身体を強張らせて立ち止まった。
「あ! カグりんだ!」
パティと同じウェイトレス姿のカグラが見えたのは、タツミやカナメも同様だったようで、いつもと違う服装のカグラを見ると、タツミは颯爽と駆け出して仏頂面で店番をしているカグラに走り寄り、カナメも小走りでその後を追った。
「あら、何よアンタ達、来てたの」
「みんなでハナビしてた! ヒラヒラカグりん! いつもと違う! かわいい!」
「ほんとだ! 意外と似合ってるよ!」
タツミとカナメの率直な意見を聞いて、仏頂面だったカグラは驚いた様に目を丸くして、しかし満更でもなさそうにニヤケ笑いを浮かべると、フフンと得意げに鼻を鳴らした。
「わかってんじゃないのアンタ達。カナメは一言多いけど、大目に見て後でケーキ奢ってあげるわ」
「ケーキ!? やった! タツミいちごのね!」
タツミとカナメの気の利いたコメントにより、カグラの機嫌は直ったかと、ツキシマがホッと胸をなでおろした瞬間、そんな彼の心内を見透かしたかのようにカグラの鋭い眼光が、街道で立ちすくんでいるツキシマを貫いた。
「子供は素直でよろしいわ。誰かさんと違ってね」
「…………!」
刺のある声が、ツキシマの心に突き刺さる。ツキシマは、カグラの鋭い視線から逃れるために、慌てて隣に突っ立っていたヨツヤの後ろに隠れた。
するとカグラの視線は、虚を突かれた様に目を丸くして、沈黙したままカグラを見つめているヨツヤへと移る。
「…………」
「……? なぁに、押し黙っちゃって。あ、私のウェイトレス姿があんまりにも似合ってて、言葉も出ないってわけ?」
タツミ達に持ちあげられてか、若干調子に乗ったカグラが腕を組んで得意げに言った。
それを聞くと、ヨツヤは不愉快そうに眉を寄せて、品定めする様な目でじろりとカグラを見る。
「なぁんかな……」
「な、なによ」
「がっかり感すさまじいな」
「なっ…なんですってええええ!!」
ヘラリ、と笑って言い放ったヨツヤに、カグラは思わず露店から飛び出して、ヨツヤの胸倉を掴みにかかった。
「なんでアンタ達二人は素直に人を褒めらんないのよ! これだから男は! これだからああああ!!」
「…………!」
「別にいいじゃねぇか。満更でもねぇのに」
「私だって好きでこんなカッコウしてるわけじゃないわよおおお!!」
怒りと、今更になって自覚し始めた恥ずかしさからか、カグラは顔を真っ赤にして涙目になりながら声を上げた。割りと乗り気だと思ったが、着慣れないフリルまみれの『Arms』の制服は恥ずかしかったようである。
「まったく、ヨツヤとツキシマは、女心ってもんがわかってないな!」
「テメェにだけは言われたくねぇよ」
胸倉を掴まれているヨツヤを見ながら、能天気な笑い声を上げて言うカナメに、ヨツヤは苛立った声を上げた。
ツキシマはと言えば、奇声を上げているカグラを宥めるのに必死である。
そんなやたらとやかましい露店のテントの中に、のっそりとした大きな影が入ってきた。
「なんだぁうるせーな。営業妨害だぞテメェら」
のっそりと入ってきた男は、疲れ切った様な溜息をついて呆れた様に言った。可愛らしいエプロンをつけた巨漢は『Arms』のマスターである。その大きな背中から、ひょこりとパティも顔を出した。
「あやや、皆さんお揃いで」
そう挨拶するパティも、どこか困った様に表情をひきつらせている。何か遭ったのだろうか、と不思議に思うツキシマの心を代弁するかのように、カグラに胸倉を掴まれながらヨツヤが問いかけた。
「随分景気悪そーな面してんじゃねぇか。やっぱり冴えない喫茶店の露店なんざ誰も見ねえってか?」
「馬鹿言うんじゃねぇよ。喫茶店自体は大繁盛よ。バイト雇わねぇといけねぇくらいにな。ただ、裏手の発電機の方がな……」
そう言いながら、マスターはテントの中のパイプ椅子に腰かける。何やら、ただならぬ様子である。怪訝そうに顔をしかめる一同に、マスターに代わってパティが答えた。
「いやぁ……、露店に電気を送る発電機がですね……、あ、そこの路地に待機してたんですけど、壊れちゃったみたいでウンともスンとも言わないんですよぉ……」
パティが、本日は祭典の為にシャッターを下ろしている商店と商店の間の、細い路地を指差して困った様な笑みを浮かべて言った。
パティの指先には、鉄板製の重そうな発電機が路地から顔を出していた。所々錆ついており、エネルギーを作りだすモーターが剥き出しになっている。レトロ品が並ぶメトロでも、一見しただけで年期が入っているとよくわかる品だ。これでは、ウンともスンとも言わなくなったのも頷ける。
「新しいの買った方が良いんじゃないの? 劣化した電化製品は危険よ」
カグラが、顔をしかめながら発電機をまじまじと見て言った。
路上で店を出している祭事に関しては、発電機による電気が無くては露店の照明すら点けられない。露店の営業存続にかかわるのである。カグラにとっては、バイト代が出るかどうかの問題となる。
「今更それを言ってもなぁ……。せめて照明分の電源でもありゃ良いんだが……」
「発電機こわれちゃったの?」
頭を抱えて唸るマスターの隣で、彼と同じくパイプ椅子に座りながらタツミが声を上げた。その声に、マスターは溜息交じりに答える。
「ああそうだよ。せっかく寂れた店に客を呼ぶいい機会だと思ったんだがなぁ……、ってタツミ、お前もしかして、アレ直せたりするか?」
落胆していた顔に、僅かに希望の光を宿してマスターが問いかける。すると、タツミは驚くほどにっぱりと明るく笑った。
「朝めしまえ! 超よゆー! まかされよ!」
そう言ってタツミは、跳ねる様に椅子から飛び降りると壊れた発電機に走り寄った。
そして、直方体の側面についている取っ手を握って持ちあげようと踏ん張るも、ものの二秒で諦める。
「カグりん持って! そこの路地の中に持ってって!」
「……? はいはい」
タツミの傍に立って、彼女の行動を棒立ちで見つめていたカグラに、タツミが急かす様に言った。それにカグラは、面倒くさそうに返事をして両手で発電機を持ちあげる。
思いの外それは重くて、漸くの思いでカグラ発電機を路地の中に運んだ。表通りにいるツキシマ達からは、路地を覗きこまないと発電機が見えない様になった。
そんな路地の陰から、タツミはカグラを追い出し、キッと一同を睨みつける。
「タツミがいいよって言うまでこっち見ちゃだめね!」
意味不明なタツミの言葉に、一同は顔を見わせて首を傾げた。その隙にタツミは、路地の中に引っ込んでしまう。引っ込んだタツミを見て、ヨツヤがにんまりと笑ってマスターを見た。
「どうすんだマスター。変な兵器にでも変えられたら」
「それはねえだろ。ただの発電機だぞ?」
「この前タツミは、懐中電灯からミニガンを練成してたよ!」
「私の目覚まし時計も機関銃になって帰って来たわ」
「……使えないままにしておくよかマシだろ」
まず、その二つが持つ質量からして全く異なるのだが、と、突っ込みながらもマスターはカナメとカグラの言葉に不安を掻き立てられた。そこら辺で露店を開いているジャンク屋にでも修理を頼めば良かったかも知れない。
しかし、今更どうあがいても遅い。マスターが胸の内にそんな覚悟を決めると、再び路地の陰からタツミがひょっこりと顔を出した。
「出来た! これでどう!?」
ものの数分、多少雑談を挟んだだけの時間で出来あがったらしい『発電機』に、一同は表情を曇らせながら胸を張るタツミの立つ路地を覗きこんだ。
「……? これは?」
「人力発電機!」
自信満々でタツミが答える。そんな彼女の後ろには、先程の重々しい発電機はどこへやら、一台の古ぼけた自転車が置いてあった。しかし好く見てみると、自転車の前輪部分が改造され、ゴテゴテとした鉄パイプが取り付けられている。そのパイプからは数本に枝分かれして、いくつかのコンセントが差し込めるプラグが取り付けられていた。
「あら、ちゃんと発電機じゃない」
「でもなんか、退化してね?」
ヨツヤが自転車を見て首を傾げる。それがタツミは不満だったようで、頬を膨らませてヨツヤを睨んだ。
「してない! これは、ペダルを漕げば漕いだだけ電気が作れるんだよ! 限度が無いの! すごいの!」
「フーン」
「ぼ……凡人にはこのすごさがわからんのだぁ……」
まるで興味が無い、と言わんばかりの視線を送ってくるカグラとヨツヤに、タツミは落胆した様に溜息をついた。そんな二人に代わって、マスターが両目を輝かせる。
「いいや、使える様になっただけでもありがてぇさ。んで、どうやって使うんだ?」
「ペダルを漕ぐだけー」
「誰が漕ぐんだ?」
「タツミじゃ足が届かないなぁ」
困った様に首を傾げながら、タツミはチラリと一同の方を見た。その視線の意図に気付いたパティが、最初に慌てて首を横に振る。
「わ、私はダメですよぉ! バイトの仕事がありますしぃ……」
「同じ理由で私もダメね。っていうか、肉体労働は男の仕事でしょ。マスター自分でやりなさいよ」
「何言ってんだ。俺は人手が足んねぇから、ここで商品を作り続けないとなんねぇんだよ」
人力発電などは、体力を使う仕事である。早々自分からやりたいなどと言う、ボランティア精神豊富な人間が、この露店に居合わせるはずも無かった。そのようなわけで、カグラやマスターの視線は自然とツキシマ達に向けられた。
「……」
「……おい、知ってるか」
カグラ達の視線を受けたツキシマとヨツヤは、そのじっとりとした空気にただならぬ予感を察する。カグラ達は理由を付けながらも、発電係と言う面倒事を押しつけようと言う魂胆であろう。それに気付いたヨツヤは、僅かの沈黙の後に呟いた。
「大昔から、肉体労働ってのは若い奴の仕事なんだぜ」
「……」
ヨツヤが無意味に尤もらしく言って、ポンと傍にいたカナメの肩を叩いた。そしてツキシマも何度か縦に頷いて、まるで打ち合わせでもしていたかのようにカナメの肩を叩く。
マスター達の期待のこもった視線が、今度はカナメに向けられたのであった。
「え?」
「ぬぅぅあああああああ!!!」
『Arms』の露店の裏から、腹の底から噴き出す様な声が響いた。と同時に、ギコギコと錆ついたペダルを回す音が聞こえてくる。
人力発電機にまたがって、気合いを入れつつ発電作業を行うカナメの声だ。発電自転車から伸びたプラグに繋がれたコンセントから、パチパチと軽く火花が上がって露店の上部に繋がれた照明に明かりが燈る。
「どう? 良い感じでしょ!」
「おお! こりゃありがてぇ!」
「ペダルが重い!」
「うん、頑張れ!」
得意げなタツミの声に、マスターが嬉しそうに言って、明かりの燈ったライトを見上げた。まだ昼間で外は明るいが、きちんと発電機が作用した事に安心したようだ。
喜んでいるマスターを見て、満足げにパイプ椅子に踏ん反り返るタツミは、後ろから聞こえてくるカナメの声に短く返した。
「九死に一生だぜ……。助かったよタツミ。お前なら好きなだけここの商品食っていいぞ」
「ほんと!? やったー!」
気前好く言うマスターに、タツミが両手を上げて喜ぶ。
しっかりと作用している発電機を見て、カグラとツキシマが感心した様に頷いた。
「あんなガラクタでもちゃんと動くもんねぇ……」
「……」
「テメーら大人勢よりガキ共のがよっぽど役に立つわ。おいカグラ、俺とパティは店に料理器具と材料取りに行ってくっから、店番頼むぞ」
「はいはい」
どうやらマスターは、露店の中で発電できる様になったので、テントの中で商品を量産する気らしい。確かに、電気の使用量が制限されないのであれば、その方が効率的だろう。今日のマスターは一段とやる気である。これも祭りの空気のせいか、とツキシマは思う。
そんな事で納得して、一人頷いているツキシマの視界の端で、ヨツヤがいそいそと露店の中に入り、パイプ椅子を広げてそこに腰かけた。
「アンタ、ここに居座る気?」
「おう。街中ぐるぐる回って疲れたしな。それに、ここにいりゃ面白いモンも見れるし」
椅子の背もたれに寄りかかったヨツヤは、ニタリと意味ありげに笑ってカグラに視線をやった。それに、カグラは酷く不愉快そうに顔をしかめる。
「アンタらときたらホントにろくでもないわ」
ギロリ、ととばっちりでヨツヤと一緒にツキシマも睨まれた。自分はその話題に触れたわけではないのに、理不尽に怒りを向けられてツキシマはびくりと肩を竦める。ツキシマの思っている以上に、カグラは先程の二人の反応について根に持っているようである。
しかし、どうやら今回の所は、これで一旦解散となるようだ。
カナメは人力発電に忙しく、タツミは露店のパイを齧りながらまどろんでいる。ヨツヤも露店に居座るらしく、カグラは引き続きアルバイトだ。
唐突に自由の身となったツキシマは、これからどうしようか、と脳内で自分に問いかける。一通り付近の露店は見回ったし、駅前広場のイベントは想像以上に面白くなかったのでもう行く事は無いだろう。
そんなことをぼんやりと考えていたツキシマの脳裏に、一人の花火職人の顔が浮かんだ。街の喧騒から外れて、一人黙々と作業を行っている老人である。
先程は、老人の怒鳴り声に逃げ出す様にして空き地を飛び出してきてしまったが、彼は、まだあの空地で仕事をしているのだろうか。
そう考え始めると、ツキシマは酷くあの老人が気になってしまった。もう一度、会って話を聞いてみたいと思ったのである。




