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『Arms』の露店を離れ、ツキシマは足の赴くままにブラブラと街道を徘徊する。
あれだけカグラを怒らせてしまっては、しばらくは『Arms』の露店には帰れそうもない。パティが彼女の機嫌を直してくれるのを祈るばかりである。ともかく、意外と露店が繁盛しているようでツキシマは安心した。普段店内に入り浸っている身としては、あの喫茶店の経済状況は少々気にせざるを得ない所がある。向かいに、ライバル店が出店したとあらばなおさらだ。
そんなお節介染みたことを考えていると、ツキシマの目の前に続く街道の人だかりの中に、見覚えのある人影がチラついた。
「あ! ツッキーだ! ツッキーおーい!」
その小さな人影は、ツキシマと目が合うと元気よくスティックキャンディを持った両手を振って、ぴょんぴょんと跳ねながら人だかりの中から声を上げた。その声を聞くと、小さな影の隣にいた赤いマントの少年も、くるりと振り返って満面の笑みでツキシマに向かって手を振る。
タツミとカナメであった。タツミは、色褪せた茶色の布切れの様な服の裾をはためかせながら、のんべんだらりと歩いて来るツキシマに向かって駆け足で近付く。今にも人にぶつかりそうになりながら走ってくるタツミを危なっかしく思いながら、ツキシマは僅かに歩調を早めてタツミたちに歩み寄った。
「ツッキー見てみて! これすごい! うずまきキャンディとリンゴアメ! すっごいあまいよ! ツッキーにもツッキーにも一個あげるね!」
普段以上に興奮した様子で、タツミは丸い赤色のリンゴアメをツキシマに差し出した。ツキシマはそれを受け取ると、細長い木の棒に刺さったそれを目の前に掲げ、物珍しそうに見た。普段店先で見る様なリンゴとは、二周りも三周りも小さいリンゴにザラメを溶かしたアメが絡められている。こんな小さいうちに収穫したのでは勿体ないだろうに、とツキシマは思った。
「あのねあのね! お店の『くれぇま』とか言う人をぶっ飛ばしたらねーおじさんがくれたんだー! タツミいいこだから二つね、って! やったね! ツッキー、タツミいいこできた!?」
「…………」
ツキシマは、タツミが何を言っているのか半分以上わからなかったが、とりあえずはしゃぐタツミを宥める意味で彼女の頭を撫でてやった。するとタツミは、嬉しそうにニッコリと笑いながらツキシマを見上げた。
「クレーマーだよ。これだけ人が多いと、のぼせた客がお店に迷惑をかけることが多くてさ。僕は何時も通りパトロールだよ! 祭りの日も休めないのがヒーローの辛いとこだよね!」
そう言いながら、タツミに遅れてツキシマの傍に歩み寄ってきたカナメは、やれやれと言った様に肩を竦めた。
そうは言うも、カナメは何時もの裾の短い色褪せたジャージに赤マントをはおり、両手には露店の射的でせしめたのであろうぬいぐるみやらお菓子やらが入った袋を携えており、十分すぎるほど祭りを満喫しているように見えた。
ツキシマの視線が、自分の両手の袋に注がれているのを見ると、カナメは慌てた様に首を横に振って弁解する。
「は、はは。これは……、そう! パトロールのついで! 一回やってみたか…じゃなくて、露店がイカサマしてないかどうか確かめるのに……」
「カナメちゃん、ずっとシャテキやってたよね! 露店のおじさん『もうかんべんして!』て泣いてたよ!」
「…………あ、うん」
どうやら、どちらが『ついで』だかわからないようだ。
ツキシマとしては、素直に祭りを楽しんでいた方が、子供らしくていいように思えるが、タツミに指摘されたカナメががっくりと肩を落として項垂れるので、ツキシマはマスクの下でこっそりと微笑んだ。
「今ねー、ミコちゃんのおべんきょう終わるの待ってるの! お祭りの日にもおべんきょうするのえらいよねー」
タツミがキャンディを齧りながら言った。ミコトの事だろう。看護師見習いの少女は、一日も早く恩人であるエドガー医師の力になれるよう努力しているようだ。勉強しようと言って結局、数日足らずで挫折した自称ヒーロー様に、爪の垢を煎じて飲ませたいところである。
「ミコトさん、エクスプレスの祭典は久々だって言うから、僕らが案内してあげるんだ。今夜の花火はどこで見るのが一番綺麗かな? 場所取りもしなきゃなぁ!」
一人楽しそうにはしゃぐカナメの後ろで、ツキシマとタツミは蚊帳の外に追い出された気分である。楽しそうなのは良い事なのだが、彼の恋への盲目ぶりは、物理的にも傍の人間を見えなくする作用があるようだ。
「それじゃそれじゃ、ツッキーも一緒にお祭りまわろ! ジャンクショップ見よ! コルトの友達のネコメカつくろ!」
タツミはそう言ってツキシマの手を握ると、にんまりと笑った。タツミの言った言葉の意味を知ってか知らずか、ツキシマの肩でコルトが震えあがる。
「それいいね! ジェット機搭載しよう! カメラも付けて空からのメトロを撮影しよう!」
「うー……。カナメちゃんはミコちゃんとデートするんでしょ! しっしっ! 早く花火の場所とりいきなさい!」
「タツミ! なんて寂しい事言うんだ! みんな一緒に回ればいいじゃないか!」
「ぬぅ……。そこまで言うなら回ってやらんことも……ない」
なにやら不機嫌に頬を膨らませたタツミと、困惑するカナメに挟まれて、ツキシマは街道を歩き出した。
刺のある口調で言った割に、すぐに折れたところを見るに、タツミもあまり本気で言ったわけではなさそうだ。しかし当のカナメが、タツミのそんな細かい心情まで察せるはずも無く、タツミが唸りながらそう呟くのを聞くと、能天気な顔をして辺りの露店に視線を向け始めた。
露店に挟まれた街道は、まるで地の果てまで続くかの様に長い。子供たちの好奇心が擽られる露店を見つける度に立ち止まっていては、一日では見回り切れないほどである。
露店を見回ったり、街道から外れた広場で行われるエクスプレスの歴史講座なんかの催し物を見たりしながら、何時も以上にはしゃいでいると、当然疲労もすぐに堪ってくるわけで。露店街の真ん中で、早速タツミが若干眠そうに目を擦り始めたのを見て、カナメが声を上げた。
「タツミ、疲れたのかい? 眠そうだ」
「んー…んんー……。ねむくない。つかれただけー」
「…………」
休みならば休憩所があるのだが、人口が爆発しているメトロではどのベンチも満員の様である。仕方が無いので、ツキシマはタツミをおぶると、気はすすまないが、一度『Arms』の露店に戻ろうか、と来た道を戻るためくるりと方向転換をした。
すると、再びツキシマの視界に、人混みに紛れて見知った顔が入りこんできた。
「お。お前ら、いいとこで会ったな」
何やら、陽気な声音で声をかけて来た男を見て、ツキシマは怪訝そうに首を傾げた。
普段の、眠そうな半眼に何処か愉快そうな光を宿して、色褪せたベージュのマントを乱雑にはおったヨツヤは楽しげに笑いながら、黒のロングアーミーブーツの底で砂の大地を蹴って、ツキシマとカナメに歩み寄る。
「あ、ヨツヤだ。ヨツヤも来てたんだね。なんか意外だ」
「意外って何がだよ。そりゃ街中祭り騒ぎだからな。何処にいても同じだ。そういうお前らは……、はは、なんだガキのお守りか」
ツキシマに背負われてまどろんでいるタツミを見て、ヨツヤが更に愉快そうに笑い声を上げた。その声が、休息の妨げになったのか、それともヨツヤの声に苛立ったのか、タツミがツキシマの肩越しから顔を出してヨツヤを睨んだ。
「おもりじゃない! タツミは疲れてんの! ヨツヤの相手してるヒマ違うの!」
「おうおう、好い子はネンネしてな。せーっかく面白いモン見つけたのになぁ。疲れてんじゃ残念だなぁ」
「面白いモノ? なんだそれ」
ニヤケ笑いを浮かべながら言うヨツヤに、カナメが問いかけた。そう言えば、先程『いいところで会った』などと意味深なことをヨツヤが言っていたのをツキシマは気に掛ける。
心内で疑問符を浮かべるツキシマの横で、カナメの問いかけにヨツヤはにんまりと機嫌良く笑って答えた。
「まあいいから、こっち着いてこいよ。メトロじゃ滅多にお目にかかれない代物だぜ」
「……?」
そう言って、鼻歌交じりに街道を歩きだしたヨツヤの後姿を見つめながら、わけもわからずツキシマとカナメは、怪訝そうに顔を見合わせて首を傾げ、そして仕方無しにヨツヤの後を追う事にした。
*
軽い足取りで街道を抜け、路地に入ったヨツヤが向かったのは、住宅街の間にある小さな空き地であった。
およそ、九坪ほどの狭い空き地で、路地に面した辺以外は隣り合う薄茶色のコンクリート住宅に囲まれている。住宅の陰が日差しを遮る、狭い土地だ。日蔭の為に草も無く、乾いた地面には灰色の土管や鉄パイプが縦横無尽に転がっており、長い事放置された場所である事が覗える。
そんな荒れた土地の真ん中で、低く詰まれたコンクリートブロックの上にぽつんと座る人影が見えた。黒ずんだ白い作業着と、使い古したのであろう汚れた手拭いを頭に巻いたその人物は、路地から空き地に入ってきたツキシマ達に背を向けたまま、まるで彼らの侵入など気付いていないかのように、黙々と手元に並べられたの木箱の上で何か作業をしている。
「おいじーさん。さっきのアレ、もう一回見に来たぜ」
空き地の真ん中で、小さく丸まっていた背中にヨツヤが呼びかけると、その丸はふと頭を持ち上げて、煩わしそうに顔をしかめながらツキシマ達の方を向いた。
七十代後半ほどの老人であった。歳のせいで背中は丸まっているものの、ツキシマたちに向けた顔は、ススのせいかそれとも元からそうなのか、肌の色が濃く、頑固そうに細められた両目とへの字に結んだクチに威嚇されている様な気分になる。
所謂職人顔、と称してもなんら過言ではないその老人は、ヨツヤの声を聞くと、その頑固顔らしい不機嫌な音で鼻を鳴らして、その細い目でツキシマ達を一瞥し、再び彼らに背を向けた。
「なんだ、さっきの小僧か。そっちの木箱にはいっとるから好きにせぇ。ただしワシの仕事の邪魔はするなよ」
「へいへいっと」
老人はつっけんどんに答えると、空き地の隅に置かれた木箱とバケツを指差した。老人の言葉に、ヨツヤは軽い調子で返事をし、足早にその木箱へと歩み寄る。
ヨツヤが何を企んでいるのか、いまいち掴めないツキシマとカナメは、困惑した様に首を傾げて更にヨツヤの後を追った。
「ヨツヤヨツヤ、あの人は?」
「トウジョウのじーさんか? ハナビシってやつらしいな」
「ハナビシ?」
ずれたイントネーションで、カナメが言った。花火師、のことだろう。もしかして、先程の老人はメトロの祭典の最後に打ち上げる花火の作成者なのだろうか、とツキシマは、顔を上げて先程ヨツヤに、トウジョウと呼ばれた老人に視線を向ける。
老人はツキシマの視線に気が付かなかったが、さっきから彼が作業をしている木箱の中には、導線のついた球体がいくつも敷き詰めらているのがチラリと見えた。
ツキシマから見れば、それは爆弾の類にしか見えないのでゾッとするが、彼が花火師と言うのなら、それは花火なのだろう。
「ハナビを作るんだよ。んで、これこれ。良いかテメェら、よく見てろよ」
ヨツヤは木箱の傍にしゃがむと、ニヤニヤと楽しそうに笑って、その中から細長い円形の筒を取り出して、地面に突き立てて見せた。筒の天辺には穴があいていて、筒の内部を覗けるようになっている。
彼が何をしたいのかわからないツキシマとカナメは、その筒を見下ろしながら首を傾げる。
そんな二人の反応を面白そうに見ると、ヨツヤは同じ木箱の中からマッチを取りだし、筒から飛び出した細い導線に火をつけた。
ジリジリと導線が燃えて、火が筒へと達する。
「……? 何も起こらないよ?」
「まぁ見てろっ……!」
不審げに筒を見下ろして言うカナメにヨツヤが答えた瞬間、筒の中で白い光が弾けた。その光は、高温の熱を持ってパイプ製の筒を揺らし、突如筒の中から急上昇したのである。
白い光の玉は、筒の中を覗きこんでいたツキシマとカナメの頭の間を一瞬で駆け上がり、竹笛を鳴らす様な高い音を周囲に響かせながら、勢い良くくるくると回転して、文字通り空高く舞い上がった。
そしてその光球は、とある高さまで達した時、ドン、と腹の中で二台のバンが激突したかのような音を轟かせ、メトロの曇り空にチカチカと色とりどりの眩い火花を散らしたのである。
「うわぁー! 敵襲かー!! 敵襲だ!みんな隠れろ!!」
キラキラと、空から大地に降り注ぐ火花を見つめ、驚きのあまり開いた口が塞がらないカナメとツキシマに代わって、ツキシマの背中でタツミが頭を腕で押さえながら騒ぎ出した。
タツミはまどろんでいたようだが、腹の底に響く様な爆発音を聞いて目を覚ましたようである。タツミの声でハッと我に返ったカナメが、驚きと感嘆に目を輝かせながらヨツヤを見た。
「何だこれ! 爆弾か!? こんな綺麗な爆弾見た事無いぞ!」
「ハナビだって言ってんだろーがっ! まぁ落ち着けよ。他にもこんなのもあるんだぜ」
慌てふためくタツミや、空に上がった火花に茫然と見とれているツキシマとカナメの様子を見て、満足そうにヨツヤは笑うと、更に木箱から細い棒きれのような物を取りだした。
よくわからぬまま、カナメはヨツヤからその棒きれを受け取った。枯れ木の枝の様に細い木の棒の先端に、薄い紙に巻かれた数センチの膨らみがある。ヨツヤは、今度はその膨らんだ先端にマッチで火を燈した。
すると、チリチリと薄紙が燃え、次の瞬間、色とりどりの火花がシャワーの様に棒きれの先から噴き出したのである。
「おおおお!」
「なにそれ! なにそれタツミもやりたい!」
感嘆と驚愕の声を上げるカナメとタツミ。タツミは、カナメの手にあるその眩い火を吹く棒きれを見ると、バタバタと暴れてツキシマの背中から飛び降りた。
手持ち花火に、打ち上げ花火と言うヤツである。なるほど、確かにこの祭典でない限り、メトロでこんなものは早々見られない、とツキシマは腕を組んで頷いた。
「すげぇだろ。全部あのじーさんとその弟子が作ったんだとよ。じーさんが向こうでいじってんのは祭りに上げる花火らしいけど、こっちのは好きにしていいってさ」
「すごいな、これが花火ってヤツか。初めて見た!」
「タツミも! タツミもやりたい! ヨツヤ火つけて!」
地面に飛び降りたタツミは、眠気などすっかり空の彼方に吹っ飛んでしまったらしく、騒ぎ出して木箱を漁り始める。愉快そうに笑うヨツヤも、今回ばかりはツキシマにとっても良い意味で上機嫌らしく。カナメとタツミに花火の遊び方を指南し始めた。
そんな彼らの背中を見つめてツキシマは、はしゃぎ出した子供たちになど目もくれず、一人黙々と作業をしているトウジョウに目を向けた。
騒々しい表の街道から路地に入った空き地で、一人花火の整備をしているトウジョウの姿は、騒々しさから隔離されたこの空き地を好んでいる様に見える。ただ単に人混みが苦手なのか、それとも世捨て人なのか。丸まった背中の老人が気になって、ツキシマはそっとトウジョウに歩み寄った。
しかし、真剣に作業を続けているトウジョウの背後に立ったツキシマは、どうトウジョウに声を掛けたらいいかわからず、しばしの間じっとトウジョウの作業を見つめる事になった。諸事情で声を出せないため、肩を叩いて挨拶してみようにも、トウジョウはまるで背後のツキシマの存在に気づいていないようで、驚かせてしまうのは目に見えている。それは、少々心苦しい。
「…………ぬおっ! なんじゃお前さん、いきなりワシの後ろに立つんじゃないわい! びっくりして腰が抜けるところじゃったわ!」
「…………」
考え込んでいると、土を踏んだ物音に反応して、トウジョウがコンクリートブロックから腰を浮かせるほどに驚いて背後に立っていたツキシマを見た。
ツキシマは、気付いてもらえて良かった半面、結局驚かせてしまった事に無言のまま落胆した。
「ったく、いるなら一声かければ良いものを……。最近の若者は挨拶の一つも出来んのか」
「…………」
「何か言ったらどうなんじゃ。年寄りにばっかり喋らせる気か?」
「…………」
「……なんじゃ、まさか喋れないとでも言うんか」
「…………」
トウジョウの問いに、ツキシマはコクコクと何度か縦に頷いた。
それを見ると、トウジョウは怪訝そうに片眉を吊り上げて、胡散臭そうに目を細めてツキシマを見る。
「なーんか…うっさんくさい奴じゃのう」
「……!!」
顎に生えた薄い白ひげを擦りながら、何の躊躇いも無く言い放たれたトウジョウの言葉に、ツキシマは驚いて肩を跳ねあげて後ずさると、ショックを受けた様にしょんぼりと項垂れた。
怖い、胡散臭いとはよく言われるが、何度言われてもそれらの言葉はツキシマの心には慣れないものである。
「まぁええわ。兄ちゃんはあの小僧の友達か?」
項垂れたツキシマの心情など気にするそぶりも見せず、トウジョウはヨツヤに顔を向けて問いかけた。
その問いに、ツキシマは気を取り直して顔を上げると再び数回縦に頷く。それを見て、トウジョウは納得した様に視線を木箱の中に戻した。
「なるほどな。アレはワシがここで静かに仕事をしてると言うに、ずかずか入りこんで来てワシの商売道具を弄りだしおってな」
トウジョウが呆れた様に溜息をつきながら言った。
確かに、ヨツヤは珍しい物と面白い物に関しては見境が無い。トウジョウの仕事など全く気にしなかった事だろう。それを思って、ツキシマは小さく肩を竦めた。
「物珍しいのはわかるが、下手に弄られちゃ堪らんから、ついでに持ってきてたおもちゃ花火を与えてやったら……、まぁ好く食いつく。お前さんが連れて来た子供らもそうだが、あんなおもちゃが面白いもんかね」
嘲る様にトウジョウが言う。そりゃぁ、専門職であるトウジョウから見れば、手持ち花火などは子供の玩具にしか見えないだろうが、ツキシマ達にしてみれば物珍しい物である。メトロにすむ市民なら、不穏なイメージしか持たない火薬があんなにも安全に、そして綺麗な物に成り得ること自体、驚愕の事実なのだ。
そんな事を思いながら、ツキシマはトウジョウが見ている木箱の傍に膝を抱えてしゃがみこむ。中には、ツキシマから見れば爆弾以外の何物でもない様な球体がたくさん入っていた。しかし、よく見れば爆弾の様な鋼鉄の厳めしさは無く、薄い茶色の紙に包まれた球体であった。
物珍しさにツキシマは、木箱の中の球体を指差し、トウジョウを見て首を傾げた。
「あ? これか? これは打ち上げ花火ってんだ。小僧どもがやってるのより、ずっとでっかくて派手な花火じゃよ。今日の祭りの終りに打ち上げるのよ。寂れたメトロの空も、今日だけは街に負けずに賑わうってもんじゃ」
トウジョウは、その頑固そうな顔つきの中に僅かに楽しげな笑みを浮かべて言った。それは、どこか子供の様な微笑ましい笑みにも見え、ツキシマはそれを見つめながらマスクの下でほんの少しだけはにかんだ。
自分が、ガラにもなく笑みを浮かべているのに気づいたトウジョウは、慌てた様に咳払いをして元の険しい表情に戻って続けた。
「ワシも、この日の為に丹精込めて花火を作って来たからの。打ち上げを見るのは楽しみじゃて。一年分の成果じゃよ」
「…………?」
「ん? ……ああ、これは全部ワシが作ったんじゃよ。去年の祭典で依頼されてから、丸一年掛けてな」
「…………!」
「よせやい! 何十年も仕事でやってきてる事じゃ。弟子にも手伝わせてるしの。お前さんに拍手なんかされる事じゃないわい」
木箱いっぱいの花火が、目の前の老人の手でつくられた事に驚いたツキシマが、感嘆の尊敬の意味を込めてトウジョウに拍手を向けると、トウジョウはうっとおしそうに手を横に振って不機嫌に言った。
素直に、すごいと思った感想なのだが、トウジョウにしてみればうっとおしいだけだったらしい。すごいと言われたら、自分なら嬉しいと思うのに。ツキシマは、険しい表情のままのトウジョウを見て不思議そうに首を傾げた。
「まぁ、打ち上げるのはこれで全部じゃないんじゃが……、他の花火師連中が作った花火玉と機材が、まだ届いてなくての。今日の昼までに届くはずだったんじゃが…全く、遅れるなら連絡くらいよこしたら良いものを……」
「おーい、じーさん」
不安げな声で呟くトウジョウの後ろから、ヨツヤの声が響いた。その声に反応する様に、ツキシマとトウジョウが声の上がった方を見ると、口角を吊り上げて愉快そうに笑っているヨツヤが見え、その後ろには満面の笑みで並ぶタツミとカナメ、そして、花火のゴミでいっぱいになったバケツが見えた。
「花火、他にもねーのか?」
「は? 他に?」
「箱に入ってたのは全部終わっちまったからよ。遊んでいいのはあれで終わりか?」
「なっ……全部…じゃと!?」
ヨツヤの言葉に、トウジョウは細い目を限界まで見開いて、ワナワナと身体を震わせる。それを見て、ヨツヤ達は不思議そうに首を傾げた。
「ば、バッカもん!! 誰が全部やって良いと言った!? しかもこんな真昼間っから……!」
「でもおじちゃん、好きにして良いって言ってたよ」
「言ってた言ってた」
「やかましいわ! 花火は普通夜やるもんじゃ! 昼間っからやる花火なんぞ本来の一割も楽しめんわ!」
「別にいいじゃねぇか。面白かったんだから」
「黙れ! ったくこれだから素人は……! これだから子供は……!」
コンクリートブロックから立ち上がり、顔を真っ赤にして怒鳴り始めたトウジョウを見て、ヨツヤ達はまるでわけがわからない、とでも言いたげに首を傾げる。彼らのそんな反応を見てか聞いてか、トウジョウの怒りは更に燃えあがった。
「もう貴様等全員仕事の邪魔じゃ! さっさと失せんか悪ガキ共が!」
自分としては何も悪い事はしていないはずだが、それでも相手にとっては悪い事で、その悪事の原因がわからないところを頭ごなしに責められた場合、出来る事と言えばその場から逃げだすことくらいである。
唾を飛ばしながら怒鳴り声をあげる老人の迫力に、ヨツヤ達は投げ出される様にして空き地を追い出された。
トウジョウは肩で息をしながら、路地に逃げ込むヨツヤ達を見ると、くるりと振り返ってしゃがんでいたツキシマを見る。怒り狂った自分を、不安げな面持ちで見上げているツキシマを見て、トウジョウは再び声を上げた。
「お前さんもじゃ! さっさと出て行かんかい! ここはワシの仕事場じゃ!」
「……!」
怒鳴りつけられたツキシマは、びくりと震えて慌ててその場から飛び上がると、転がる様にして空き地から飛び出した。




