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コツ、コツ、と、乾いた砂の大地に細いヒールの音が鳴った。
真っ黒な艶のあるパンプスである。色褪せた大地には不釣り合いなほど、潤いのある黒を履いたその足は、清潔感のある白いストッキングを履いているものの、レースのついた、靴と同色の黒いスカートから伸びる脹脛は、女性にしては少しばかり筋肉質だ。その足音はゆっくりと、しかし確かにその大地を踏みしめてメトロの街道を歩いていた。
足音の主は、一人の女だった。水飴を焦がした様な褐色の肌が特徴的な女で、うなじで綺麗に切り揃えられた黒髪は、女が地面を歩くたびに前後に揺れる。女は、その肌の色によってメトロの街道では酷く浮いていたが、彼女の服装が更にその異様さを際立たせていた。
女の服装は、首元からつま先まで黒と白で統一されていた。リボン付きの白ブラウスの上に、長袖の黒いドレスワンピースを着ており、腰にはフリルのついた白いエプロンを巻いている。頭には白い布地のカチューシャを付け、白手袋を嵌めた両手を前にして、無骨なアタッシュケースを持つその姿は、エストメトロの富裕層に仕える女中の様なカッコウで、芸術性の無い色褪せた衣服を纏う、一般市民層の多いサースメトロ市民にとっては酷く珍しい物に見えた。
道行く女に、人々は物珍しそうな視線で見送るが、女はそんな視線にはまるで気が付いていない様な無表情で街道の真ん中を歩いている。しかし、いつもよりも何処か騒がしく、そして浮ついている街の様子を見渡して、その街の賑やかさに正に今気付いた様にふと顔を上げると、先程通りのゆっくりとした足取りで、物珍しそうに自分を見つめてくる露店の女店員に歩み寄った。
「もし、少々、お時間よろしいでしょうか」
「ふぇっ!? えっ!? あ、はい……?」
無表情で歩み寄ってくる黒服の女に、若い女店員は眼を丸くしてあたふたと辺りを見渡した。傍に他の店員の姿は無く、女が自分に話しかけている事は明白であった。
馬鹿が付くほど丁寧な口調で問いかける女は、おずおずと頷いてこちらの様子を覗ってくる店員を見ると、流暢な声音で再度問いかけた。
「突然失礼かと存じますが、今日は随分と、街の様子が賑やかの様です。何か行事の類が行われているのでしょうか」
「えっ…?」
女の問いに、店員は肩を竦めて驚くと、困惑した様な表情を浮かべた。女の問いが、余りにも予想外の物だったからである。
今、街道のど真ん中を歩いてきたにも関わらず、今更その質問をするのか、と店員は心の中で呟くも、それ以上に、そんな事も知らないのか、と驚いた。何故なら、メトロに住む人間ならば、今日が一体何の日か、など、日は必ず昇るのと同じくらいに常識的な事なのだから。
「お、お祭りですよ。メトロエクスプレスの、二十周年記念の祭典なんです。だから、今日はどのメトロでも賑やかなんです」
「…………。ああ、そうでございました」
女は、店員の答えを聞くと、少しだけ考える様に黙り込み、ふと思い出した様に頷いた。
女の声を聞いて、店員は納得する。どうやら、女はど忘れしていただけらしい。祭典の存在を知らぬ人間など、店員はこれまで見た事が無かったので、ホッと胸をなでおろして安心した。
「それは、確かに、壊し甲斐がございますね」
「……え?」
女が、ボソリと何かつぶやいたのを聞いて、店員は目を丸くして聞き返した。しかし女は、その無表情の顔を崩さずに真っ直ぐ店員を見つめると、ピンと伸ばした背筋を斜めに傾けて、これはまた馬鹿丁寧にお辞儀をして顔を上げた。
「くだらない事に時間を取らせてしまい、申し訳ございませんでした」
「あ、いえ、そんな……」
「それでは、失礼いたします」
女のへりくだった態度に慌てる店員に、あくまでも事務的な受け答えで短く謝辞を述べると、女はくるりと踵を返して再び街道を歩きだした。
女の漆黒の後姿は、埃っぽい乾いた風に揺れ、色褪せた大地に徐々に馴染みこみながら、街道の人だかりの中へと消えて行った。
<Cookie 8>Do you like Metoro?
四つのメトロを繋ぐ急行鉄道、通称メトロエクスプレスは、今年で完成二十周年を迎える。
メトロエクスプレスは、メトロに住む人間ならば誰もが誇るメトロの技術の結晶である。クリーチャーが出没し、乾いた大地の続く荒野を街と街の間に挟み、都市間の移動が困難であるメトロ市民にとっては、エクスプレスは街の交通を広め、商業を拡大化し、更なる技術発展を齎した未来への希望と称しても過言では無く、それと同時に、シティへの絶大なアピールとなっている、とメトロ市民は信じてやまない。
それと言うのも、メトロ市民がシティに対して、少なからず嫉妬や憎しみの念を持っているから、と言う理由に他ならない。その、都市の技術発展に影響を及ぼすほどの劣等感を、何故市民がシティに抱いているかと言えば、メトロの歴史は、常にシティという比較対象が、分厚い壁として彼らの目の前に聳え立っていたからである。
そもそもメトロは、シティという夢の楽園に入ることのできなかった、貧乏人たちで成り立つ都市である。その昔、溢れんばかりの人口増加と科学発展を理由に、一つの都市国家は、総人口の数割の人間的価値のある人々だけを都市の中心部に集め、その他の人間を荒れた荒野の大地に追い出し、乾いた埃っぽい空気と共にシャットアウトするために、国家の中心に円形の巨大な壁を造った。
メトロとシティを隔絶する巨大な壁には、ネズミ一匹どころか、その空気や空さえも遮断するほどの圧迫感があり、メトロ市民にシティへの干渉を許さない。それでありながら、シティはメトロに対して『ゴミ処理場』という意味で一方的に干渉している。シティ内で出た物質的ゴミはもちろん、進歩する科学技術の成果から排出される汚染物質は、無遠慮にメトロの空を飛び交い、水を汚し、空気を汚した。
シティに住む市民にとって、メトロは『ゴミ箱』という認識しかないのである。自分たちが排出する汚物は、全てメトロに押し付け、彼らは発展する科学技術の恩恵を受けて悠々自適に生活しているのだ。メトロの市民と言えば、今日の命すら保障されない無法地帯で生活していると言うのに、である。
そのようなわけで、メトロの人々にとって、シティは憎らしく、嫉妬と羨望の対象となったのである。メトロ市民にとって、メトロに産まれた段階でシティに対する劣等感は避けられない物となり、昨今では、そんな壁に囲まれた夢の様な世界であるシティに盲目的な憧れを抱く『シティコンプレックス』なる精神病が、若者の間で横行したり、その病をこじらせ、シティだけでなくメトロそのものを恨み、どうにかシティの目をメトロに向けさせてやろうと躍起になるテロリスト集団、俗に言われる『シティアベンジャー』などの団体も現れ、メトロではシティへの問題が蔓延している。
そんな、一般市民でも少なからず、シティへの劣等感を無意識ながらにも抱いているメトロでは、メトロエクスプレスの完成は歴史に残る名誉な出来事であった。
シティの手を借りる事無く、メトロの技術発展のみの力で、今まで疎遠状態であった四つのステーションを繋ぐ線路を造り上げる事が出来たのは、メトロの人間でも科学技術による未来への可能性を掴む事が可能である、と言う事を証明したからである。その事実に、人々は歓喜し、涙を流して歓声を上げた。その時だけは、市民もギャングも犯罪者も、同じ気持ちだったのである。
そして、毎年エクスプレス管理局を主催者として行われるエクスプレス完成記念の祭典は、今年は二十という区切り良い数字となり、メトロの人々を通年以上に浮足立たせていた。
サースメトロのステーションに繋がる大通りを、一人の防毒マスクの男が歩いていた。
男は、カーキ色のフード付きのロングコートを色褪せた黒シャツの上からはおっており、そのコートのフードを、厳ついフォルムのフルフェイスマスクを付けた頭部にすっぽりと被っている。歩くたびに揺れるコートの端からは、ホルスターに納められた二丁の大きなハンドガンがチラリと見え、グレイのパンツに革製の黒色のアーミーブーツを履いた男の足取りは、見る者が見る者ならば、何時もよりも軽い事がわかる。
大通りを歩く防毒マスクの男、ツキシマも、祭典に浮足立っているメトロの市民同様、浮かれた気分で街を歩いていた。
街の大通りは、やはり大通りと言うだけあって人が多く、道の両端に並んでいる露店の数や充実度も高い。道に並ぶ食料品店や飲食店などの商店は、食品をメインとした露店を開き、衣料品店や雑貨店などは、安値で商品を並べたり祭典限定品などと言う商品を作ってみたりして、個々の店の特色を出す様な露店を連ねている。普段は路地に店を構える武器屋や電気屋などのジャンクショップも、ここぞとばかりに各店舗秘蔵の商品を露店に並べて、思わず目を見張ってしまう様な安価で品を売りさばいていた。
そんな、何時もの陰鬱とした空気など忘れてしまうほど賑やかな街の中で、ツキシマが、その空気に汚染されてしまうのはどう考えても不可避の出来事であった。
防毒マスクとフードに遮られたツキシマの表情は、外から見ても簡単にその違いに気がつけるものではないが、彼を知るものなら『足が宙に浮いているんじゃないかと思うほど浮かれてるな』と思うだろう。実際ツキシマは、声があるならば突然鼻歌を歌いだしても可笑しくないほどに浮かれていた。
何時もは、閑散とした大通りが、人で賑わっているという特別感を感じるだけで、何となくワクワクしてしまう。しかも、人々が陽気に愉快に楽しんでいるのを見るだけで、何時もの殺伐とした空気から解放された様な安心感が生まれるのである。ツキシマは、これまで一度もシティへの劣等感など感じた事は無いが、それらの感情を抜きにしても、祭りの雰囲気と言うのは、人の心を浮つかせる魅力があった。それに、実際に祭りの街を歩いて露店を覗き、今まで見た事も無かったような商品を掘り出すのも楽しい。祭典は、そんな『何時もでは見られなかったメトロの一面』を見る絶好の機会でもあるのである。
道の両端に並んだ露店のジャンクショップを眺めながら、ツキシマは何か物珍しいものでも無いかと探す。ジャンクショップには、様々な種類の機械部品やアダプタ、コードの類から、作業用の溶接仮面まで置いてある。雑貨屋には、赤い屋根の鳩時計や、ツバの広い帽子を被った骸骨の珍しい人形なども置いてあり、こんな物が『Arms』にあったら、声の高いウェイトレスの言う「アットホームな空間」が出来あがるのではないかと思い、ツキシマは何の気なしに破格で並べられていたその骸骨の人形を買ってみたりした。
祭りの雰囲気は、ついつい財布の紐を緩ませてくれる。普段は表通りには出ない様な骨董品店や質屋の商品などを見て回りながら、ツキシマはいつになく満ち足りた気持ちで通りを進んでいた。
「あ、ツキシマさーん! こっち! こっちですよーぅ!」
「……!」
不意に、通りの露店から自分の名前が呼ばれるのを聞いて、ツキシマは顔を上げた。
声のする方を見ると、何時ものウェイトレス姿のパティが、錆びれたテントの下でこちらに向かって手を振っているのが見える。手を振るパティの後ろには、小袋詰めになったクッキーや、食べ歩きが出来るサイズに切り分けられたパイやらキッシュの並ぶ横長のテーブルを前に、厳めしい顔をして木の幹の様な太い腕を組んでいるマスターの姿があった。
商品の並ぶ机の足もとには、何時も店の前に置かれている『Arms』と名前の掘られた看板と、パティが買って来た可愛らしい花の咲いた植木鉢がいくつか置かれている。
ツキシマが何時も入り浸る喫茶店『Arms』も、今日は露店を出して祭りに参加しているようだ。
「おー、ツキシマか。丁度良いとこに来たな。まあとりあえずなんか買ってけや」
人を見るなり、にんまりと笑って早速商品を売り付けに掛かるマスターに、ツキシマは困った様に肩を竦めながら露店に歩み寄った。
ツキシマが歩み寄ると、足元に小さな影が擦り寄った。コルトである。黒い子猫は、ツキシマの足もとで一鳴きして存在をアピールした。か細い子猫の鳴き声を聞きとると、ツキシマは片手でその小さな影を抱き上げて、当たり前の様に肩に乗せる。
どうやら、この小さな子猫も今回の祭りの参加者らしい。
「いやはや、想像以上に繁盛しちゃってますよぉ! やっぱりキリの良い数字って言うのは皆さん好きなんですねぇ。二十年前なんて私は知りませんが、エクスプレス様サマってやつですねぇ」
パティが、ニシシと機嫌良く笑いながら言った。どうやら祭り効果で、普段よりも客が入っているらしい。ツキシマが露店の品を見てみると、確かに順調に商品は減っているようだ。
「祭りは人の財布の紐を緩めるからな。普段サボってる分、今日はトコトン売りまくるぞ」
「あいあいさ!」
ビシッと、パティは気合を入れて敬礼をする。
マスターが、普段サボっていると言う自覚があった事にツキシマは驚きだった。
「暗くなったらハナビも上がるみたいですねぇ。私、見た事無いんで楽しみですよ、ハナビ」
「…………」
浮かれたパティの言葉に、ツキシマは驚いた様に、ほぅ、と息をついた。
本当に、メトロはこの祭日を神聖視しているらしい。花火など、貧しいメトロの空に早々上がるものではない。メトロにとっての火薬とは、埃っぽいだけの夜空を彩る花としてよりも、殺人の道具に使われることの方がよっぽど多いからだ。
メトロにとっての特別な日。その日が、例えシティへの劣等感や嫉妬から産まれる物であっても、人々が賑わい、楽しむ祭日である事には変わりない。それは別に、悪い事ではない様にツキシマは思う。
「あ、おいツキシマ。商売道具の隣に変なモン並べんじゃねえ!」
「!!」
ツキシマがぼんやりとそんな事を考えながら、露店のテーブルの上に置いてある簡易レジの隣に、先程ツキシマのサイフの紐が緩んだ結果購入した骸骨の人形を飾っていたら、マスターが顔をしかめて声を上げた。
せっかくクッキーだのパイだの、可愛らしい物を売っているのだから、露店も飾った方が良いのではないか、という親切心からの行動だったのだが、それを咎められてツキシマはショックを受けた様に肩を跳ねあげた。
「えぇー、いいじゃないですかぁ、可愛いですよぉ。テントとテーブルだけじゃ味気ないですし、飾っておきましょうよぉ」
「こんなのが可愛いとか……。最近の若いモンのセンスはわからねぇな……」
パティの応援あって、無事露店に飾られる事になった骸骨の人形を睨みつけながら、マスターは訝しげに唸って言った。露店の質素さにはマスター自身も困っていた様で、渋々ながらに黄色のフリル付きのエプロンを着た巨漢は頷く。それを見て、ツキシマもホッと胸をなでおろした。
「ハッ! やっぱり筋肉ダルマがやってる喫茶店なんてのは、センス無くて嫌だねぇ。やたら男臭くてかなわん!」
安堵するツキシマの背中から、何やら刺のある声が上がった。まるで周りの露店主や街道を通る人々に聞かせる様なその尖った声は、勢い良く鼻を鳴らすと嘲る様に笑いだす。
ツキシマが振り向いてその声の主を確認する前に、マスターが険しい表情で鋭く目を光らせた。
「テメェ、言ってくれんじゃねぇか。ぼったくりレストラン『メルルーサ』のオーナー様よぉ」
ツキシマの背後を睨みつけていたマスターがそう言うのと同時に、ツキシマは振り返って背後で上がった声の主を見た。
そこには、白いコックコートを着た中年の男が立っていた。歳は、マスターと同じくらいの様に見えるが、明るめの髪と長身痩躯は、体格の良いマスターに比べたら人々が馴染みやすい容姿である。
オーナーと呼ばれたその男は、ニタリと意地の悪そうな笑みを浮かべながら、肩目を吊り上げてマスターと睨みあう。
「ぼったくりとは言ってくれるじゃないか。サービスに見合った値段設定をしてるだけなのになぁ。ま、テメェみたいな小汚い貧乏人の喫茶店から見れば、少々敷居の高い店かもしれんな」
「んだとこのエセセレブ野郎! 何がサービスだ。ただのチャラついたレストランじゃねぇか! メトロには似合わねえんだよ!」
「おうおう筋肉ダルマが吠えてくれる。センスの無い蛮族にはウチの良さがわからんのだな。乞食に理解を得たくもないがな」
「言うじゃねぇか優男……。その腕使いモンになんなくしてやろうか?」
「やってみろ。あと似合ってないぞそのエプロン」
ギラギラと火花を散らし合いながら罵り合うマスターとオーナーの後ろで、驚いて困惑した様に二人を見つめているツキシマに、パティが呆れた様に肩を竦めて説明した。
「あの人は、最近ウチの向かいに出来たレストラン『メルルーサ』のオーナーさんです。ウチの店と比べて随分方向性が違うお店なんで、何かとマスターに突っ掛かってくるんですよぉ」
営業妨害になるんでほどほどにしてほしーですよねぇ、とパティは目を細めてやれやれと首を横に振る。
『Arms』の向かいに、レストランなんて物が出来ていただなんて、ツキシマは初めて知った。メトロで、武器商人の次に多い飲食店の経営者は、自店の傍に同ジャンルの店がある事を嫌う。いわば、競争店となる為に客の取り合いになるのである。
だがこの二人の場合は、それだけの理由で無く、もっと根本的な互いの人間性を攻撃し合っている様に見えたので、ツキシマは中年二人の大人げない言い争いを見つめながら、困った様に首を傾げた。
「ちょっとマスター? 店の在庫持って来たわよ、これでいいのよね?」
ボウッと露店の前で立ちすくんでいたツキシマとパティの横から、聞き慣れた声が上がった。息切れをしながら疲れ切った様に声を上げたその人物は、テントに入ると両手に抱えていた大きめのダンボールを露店のテーブルの上に置いて、ふぅ、と大きく息をついた。
ツキシマが声を聞く限り、カグラの様である。疲れきっているのは、マスターに露店の手伝いでも頼まれたのだろう。勿論、バイト代と引き換えに。そんな予想をしながら、ツキシマはくるりと露店のテントの中へと顔を向けた。
と、同時に、硬直した。
「あ、カグラさぁん。おつかれさまでーす。あーこれですよぉこれ! いやぁ地味にパイの方が売れてましてねぇ、助かりました!」
「ま、バイト代に見合った仕事くらいはするわよ。ってあれ、ツキシマじゃない。アンタも来てたの」
硬直するツキシマを見止めて、カグラは僅かに目を丸くして言った。
そんなカグラの服装は、色褪せたゴーグルにマフラーと言った、動きやすさを重視した何時もの服装では無く、カグラの横に立つパティと同じ『Arms』のウェイトレスの制服姿であった。
紺と白を基調とした、フリルのついた丈の短いスカートにコルセット付きのエプロンドレスで、両足には白いニーハイソックスを履き、頭には白い布地のカチューシャを着けている。
普段『Arms』に入り浸っているツキシマにとって、そのマスターの趣味を疑う様な制服は、実に見慣れた物ではあるが、問題は、その制服をカグラが着ているという点である。
ケイナやパティが着ている分には、この制服を採用したマスターに軽蔑の眼差しを送るだけで済むのだが、カグラが着ていると、どうにもそれだけでは済ませられない。
一言で言うと、違和感がある。普段のカグラの性格や意地の汚さを知っていると、そんな清楚で女の子らしい色合いとデザインの制服は、まるで似合っていな……、いや、似合ってはいるのだ。第三者目線からすれば。客観的に、客観的に見れば、カグラは容姿だけなら神の加護を受けているのだから、可愛らしいウェイトレスの制服は似合っているはずなのだ。
しかし、それがわかっていてもツキシマは、素直に『うん』と頷けないのである。
硬直し、何も言えないでいるツキシマに怪訝そうに視線を向けていたカグラだが、徐々に彼が何を言いたいのか雰囲気で理解できたようで、カグラはクチ元に引き攣り笑いを浮かべながら、両目下に暗い影を落として腕を組んでツキシマに歩み寄った。
「何よその顔は。何か言いたそうじゃないの。言ってみなさいよ、ええ?」
「!!」
ギロリと自分を睨み上げて来るカグラに、正気を取り戻したツキシマは慌てて仰け反った。意味も無く、言い訳するかのように何度も首を横に振るツキシマに、カグラは気を取り直してフフンと笑うと、スカートの端をちょっと摘まんでにんまりと笑って見せた。
「ま、言葉を無くすのも無理ないわねぇ。あんまりにも似合いすぎて思わず硬直しちゃったって話でしょ?」
「………………」
「何とか言いなさいって言ってんのよデクの棒がああああ!!」
まるで、ハァ?とでも言いたげに首を傾げたツキシマの首を、カグラが両手で掴んで絞め上げた。容赦無しにツキシマの首を絞め上げるカグラと、苦しさにバタバタと暴れるツキシマを見て、パティがカグラの後ろから慌てて彼女を止めに出た。
「うわぁ! カグラさん!無理言わないでくださいよぉ! ツキシマさんが死んじゃいますよぉ!」
「どーってことないわよ! キィィ!失礼極まりないわこいつ!」
「……!!」
本気で絞殺しに来ている!と、半ばツキシマが諦めかけたところで、パティの頑張りもあって唐突に首の圧迫が解放された。
ハッとして朦朧としかけた意識を取り戻すと、視界に猛獣と化したカグラを押さえこむパティの姿が見えたので、ツキシマはゾッとして脱兎のごとく逃げ出した。
ツキシマは未だに言い争っていたマスター達の横を素通り、祭りで何時もと違う景観が見れるのも、何も言い事ばかりでは無い、と言う事を学んだのである。




