5
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どうにも、ここ最近調子が悪い。
思った事が上手くいかないのである。些細な事で激昂してしまうし、ツキシマは怒らせるし、子供たちには説教されるし、高額賞金首の事をすっかり忘れてしまうし。思い返せば、少し前から調子が悪いのだ。賞金首を取逃がしたり、命がけで炎上するホテルから大金抱えて逃げてきたり、その大金を換金した金券を無くしそうになったり、警察につかまったり。思い返せば、本当にロクな事になってないではないか。
今まで、自分がやる事が上手くいかないなんて事、無かったはずなのだ。なんでも卒なくこなして、効率的に金稼ぎが出来ていたはずなのだが。
何故最近は上手くいかないのか、なんて、まぁ問わなくても原因は既に分かっている。
人が、いるせいなのだ。周りに、誰かがいるせいだ。前と変わった事といえば、それだけ。それだけで、大分調子が狂う。
お金は、定期的に集めたい。できるだけ効率的に、常に集め続けていたい。金稼ぎをしている間だけ、安心できるのだ。だから、収入が無い状態などと言うのは死んでも御免である。
けれど、だからと言って、今までの『調子の悪い期間』が、ずっと苦痛だったわけではない。それはそれで面白いこともあったし、何より嫌だったら、とうの昔にあんな場所捨てている。
嫌いじゃないのだ。この調子の悪さが。絶対にクチにはしたくないのだが、この雰囲気は、割と気に入っているのだと、思う。
「……い……おい…起きろよ守銭奴」
「う……うーん……?」
肩が揺れ、背後からの苛立ったような声を聞いて、カグラは夢現ながらもうっすらと目を開けた。
頭の左上の方が、ズキズキと金物で殴られ続けている様な痛みを発している。その鈍い痛みに、なんとか自分は生きているのだと実感しながら、再度何度か両目を瞬かせ、カグラはぐるりと辺りを見渡した。
何が入っているのか知れぬ木箱が、大量に山積みにされている。暗い倉庫の様な場所で、鼻を突くオイルの臭いが充満している。立ち上がってみようとすると、手元で縄の擦れる音がした。倉庫を支える大きな柱を背にして、カグラは自分の両手が拘束されているのがわかった。
更に、カグラの両手を絞める縄は、柱を挟んだ向こう側に、もう一人の囚人の腕を拘束しているのである。確認しなくても、もう一人の囚人が誰であるかは、自分を覚醒させた声を思い出して、すぐにわかった。
「なぁーんか、夢見てた気がするわ。何だったか忘れたけど」
「平和な脳ミソだなテメーはよ」
「あら、生きてたの」
「テメェより先に死んでたまるか」
目を覚まして早々、元気そうな憎まれ口を聞いて、カグラは苦笑した。
クリーチャーの餌になってしまったかと思っていたが、どうやら元気らしい。柱を背中合わせで囲う様に拘束されたカグラとヨツヤは、互いの生存を確認して深々と溜息をついた。
「で、ギャングたちは?」
「もう逃げた。いや、外にいるかもなぁ。この工場を吹っ飛ばすのを見物するとか言ってたからな」
「はー…、やっぱりそうなるわよね。まぁすぐ殺されなかっただけマシってとこか」
カグラは視線を辺りに走らせる。山積みにされた木箱の上に、チカチカと赤いランプが点滅しているのが見えた。爆薬だろう。この、室内に充満した鼻を突く臭いも、破壊力を高める為にギャングたちが撒いたオイルに違いない。
「すぐ殺さねーのは、ギャング共いわく『教えてくれたお礼』らしいぜ。俺ら賞金稼ぎに偽札製造の情報が漏れてちゃ、もう商売になんねーんだと。だから工場ごと俺たちともども証拠隠滅ってわけだ」
茶化して言いながら、愉快そうな笑い声を上げるヨツヤに、カグラはがっくりと息をついた。
「で、あと時間どれくらいあんの?」
「さぁな。あいつらが勝手にセットして出てっただけだからな。十五分か三十分か、もしかしたら次の瞬間! ……ってことも」
「冗談じゃないわ!」
こんな場所で、こんな男と心中だなんて御免である。しかも、こうなった原因が『折り紙を盗む為』だったなんて、間抜けもいいところだ。
そう思い、カグラは拘束された両腕を乱暴に動かしてみる。ギシリと乾いた音が鳴るも、縄は手首に食い込むばかりで解けそうもない。代わりに、ゴキンという軽快な音がカグラの耳に届いた。
「おい」
「えっ」
「今ので脱臼したぞ」
「はぁっ!?」
冷静なヨツヤの声に、カグラは素っ頓狂な声を上げる。軽快な、骨の鳴る音がした方のヨツヤの腕を見てみると、それは先程よりも力無く、肩にぶら下がってだらりと柱に寄りかかっていた。
「なななっ! 脱臼ってなんで……!」
「テメーの麻酔が抜けてねぇから、力はいんねーんだよ。まあそのお陰で痛みもねぇけどな」
皮肉にヨツヤが笑う。それほどまでに麻酔の効力が高かった事に、カグラは僅かに罪悪感を覚えるも、笑っている余裕があるという事は、ヨツヤは現状を楽観的に見ているという事なのだろうか、と思いなおす。カグラは、何か言いたげに唇を噛みしめながら背後のヨツヤを睨むも、今はどうしようもできなそうだ、と悟り大人しくその場に腰を下ろした。
「……なんか、ゴメン」
「あ?」
「そ、その、腕の、誤射、とか……。私が外した、弾、だったし……」
首に巻いたマフラーに顎を沈ませ、カグラは曲げていた両膝を顔の方へと近づけて、小さくなりながらごにょごにょと酷く言いにくそうに言った。
「っていうか考えてみれば、そもそも事の発端は私が言い出した事だったし……。ツルを台無しにしたのも、私がくだらないことで怒ったせいで……、巻き込んだって言うか…、その、……ゴメン」
大人げなかったと、自分でも思っている。子供の様にはしゃいで、癇癪を起して、計画性が大事とか言いながらも、誇れるほど大した計画など立てられるわけでも無くて。
けれど、そんな風に騒いでいた時も、実際はそれなりに楽しかった事実があって、それにヨツヤを巻き込んでいたことも、憎らしながら事実なわけである。
どんなに子供たちの前で大人ぶってみても、自分は全然なりきれていない、と、カグラは思う。それは、現在の状況が証明している様なもので、それが、カグラにとっては腹立たしくて仕方が無いのだ。
それが、嫌で嫌でたまらなくて、物凄く屈辱的なことではあると思うが、考え直して見てもやっぱり自分が悪いので、カグラはヨツヤに謝罪をする事にする。
「……今言う事か? それ」
「今しか言う気になんないから言ってんの。いいから聞きなさいよ」
無意識のうちに、カグラは早口で捲し立てる。それにヨツヤは無言で柱に寄りかかった。
「投げ飛ばしたりして、悪かったと思ってる。でも私にとっては、お金稼ぎはすごい大事で…、精神安定剤みたいな物で……その、詰まんないとか普通とか、なんていうか、その……えーと…」
「わーった。わかったから、ゆっくり喋れよ」
早口で喋っていた焦りか、思う事を上手くクチに出来ずにクチごもるカグラに、ヨツヤは呆れた様に息をついて先を流した。
聞く側のゆとりか、冷静なヨツヤに宥められて悔しげに歯を噛みしめるも、カグラは気を取り直して続ける。
「……昔、貧乏だったばっかりに、大事なものをなくした事があるのよ。その、今日気付いたんだけど、そのせいか、お金を稼いでない事に強迫観念みたいなのを感じるようになって。だから、安心するって言うか。アンタに言わせれば、女々しい事かも知れないけど、私にとっては重要な事なのよ。えーと、わかるでしょ?」
「さっぱりわからん」
「あ、アンタねェ……」
人が真剣に話しているというのに、とカグラは拳を握りしめて背後を睨みつける。しかしすぐに、ヨツヤの声が上がったので、カグラの文句は寸でのところで飲みこまれた。
「お前の言い分なんざ、俺にしちゃお前の思ってる通り、女々しい以外に思う事はねぇ。けど、お前がそういう人間なんだってことはわかった。そう言う人間もいるってことはな。だから、もう詰まんねえとは言わねぇよ」
「……」
ヨツヤの、思いもよらぬ物分かりの良さに、カグラは驚いて言葉を失う。
押し黙ったカグラに、やり難そうな視線をチラリと向けながら、ヨツヤが問いかけた。
「……これで満足か?」
「別に、私はそんなに念を押すほど女々しくないけど……」
「安心しろ。男を背負い投げできる様な女を、本当に女々しいなんて思ってねぇから」
「アンタ、根に持つわね……」
カグラは、ギクリとして顔をしかめるも、ヨツヤに自分の言いたい事がきちんと伝わった様な気がしたので、少しだけ安心した。
別に、心の底から理解してもらおうとは思わない。それはそれで気持ちが悪いし、ただ、知っていれさえすればいいのだ。何となく、心の隅に留めておくだけで良い。あれ、これってもしかして『あのこと』と同じなんじゃないだろうか。
カグラが、ピンと思いついた様に顔を上げた瞬間、何やら不吉な物が目に留まった。
「あ」
山積みにされた木箱の上の、爆弾に取り付けられた赤い電子ランプが、さっき見た時よりも点滅速度が幾分早くなっている気がした。
何の信号だろうか。まぁ、どう考えても『もうそろそろ爆発しますよー』の警告以外の何物にも捉えられないのだが。
「ヤバイ」
「あ?」
「そろそろ時間が……、駄弁ってないで脱出法を探さないと!」
カグラは、慌てて辺りを見渡しながら手首の縄を動かしてみる。しかし、最初と同様に、縄は解ける気配が無く、二人が持参していた武器は倉庫の遥か彼方に放り投げられている。辺りには、武器になりそうな物など無いし、倉庫内は木箱の山以外はがらんとしている。
あれっ、これってもしかして物凄くアレな状況なのではないか、そんな言葉が脳裏に浮かび、カグラの背中に悪寒が走った。瞬間、再び後ろで声が上がった。
「よし、俺に考えがある」
「えっ、本当? 何よ早く言いなさいよ!」
焦りの無いヨツヤの声に、カグラは不安げに顔をしかめるも、藁にもすがる思いで早口で先を促す。それに、ヨツヤは深く頷いてチラリとカグラを横目で見た。
「まずは立ち上がる」
「よ、よし。同時にね。オーケー」
よろよろと不安定によろけながらも、カグラとヨツヤは柱を背にして、手首を繋がれたまま立ち上がる。
それで、この後どうしようというのか。とにかく、自分では妙案が思いつかない以上、ヨツヤの案に乗るしかない。視界の端で徐々に点滅速度が速くなる爆弾が、カグラと焦らせた。
「で、次は?」
「時計回りに百八十度回る」
「アンタから見て時計回り?」
「どっちにしろ一緒だ」
そう言われてみれば、そうである。慌て過ぎて気が動転しているようだった。
ヨツヤの言うとおり、二人は合わない息を無理矢理合わせながら、なんとか柱の周りを背中合わせに半周する。カグラの視界が、山積みにされた木箱から、倉庫の出口側へと移動した。どうやらこちら側は、木箱側よりもオイルの撒かれた面積が少ないようだ。心なしか、鼻を突くオイルの臭いも薄らいでいる。
そんなことに気を取られていると、背後から満足げなヨツヤの声が聞こえて来た。
「よし」
「よ、よし。で、この後どうするの?」
「座る」
「オーケー、同時にね。引っ張られると痛いから」
カグラが念を押して、二人は縄に繋がれたまま、同時にその場に腰を下ろした。腰を下ろすだけの作業は、立ち上がるよりは楽で、なんとかスムーズにこなす事が出来た。
そしてカグラは、次の指示は何かとヨツヤの反応を待った。しかし、暫く経っても背後から声が上がる事は無く、不安げなカグラの視線がチラリとヨツヤの後頭部に刺さる。
「……で、次は?」
「終わり」
「…はぁ?」
「はぁ? じゃねーよ。これくらいしか出来る事なんかねーんだよ」
カグラが想像していた的確な指示に代わって、そんなこともわからないのか、と言わんばかりの呆れた様な声音が飛んできて、カグラは絶望に顔を青くする。
良い考え、とは何だったのか。問い質したくなる様な諦めた物言いに、カグラは向けるだけ顔をヨツヤに向けて声を荒らげた。
「アンタ良い考えがあるって言ったじゃない! どーすんのよ無駄なことに時間使っちゃって! あー、もうどーすんのよほんとに!」
「っせーな。いざ吹っ飛んでも、そっちなら油もすくねーし、柱が壁になるだろうからなんとかなんじゃねぇの?」
「……、…え?」
うっとおしそうに溜息交じりで答えるヨツヤに、カグラは目を丸くした。そしてハッとして顔を上げ、額に眉を寄せる。
「アンタ、それどういう……」
「火が回れば縄もほどけんだろ。一か八かだなぁ…でも、可能性があるに越したこたねーよ」
「そうじゃなくて! アンタはどうするつもりかって聞いてんの!」
この状況を、本当に理解しているのかわからない、愉快そうな笑みが背後からあがるのを聞いて、カグラは声を荒らげた。
それにヨツヤは、ハァ、と面倒くさそうな溜息をつくと、心底だるそうに肩を竦める。
「片腕が使い物になんなきゃ、どうしようもねーよ。運を天に任せるか、まぁ、成る様に成るってことだな」
「何…言ってんのよ…。アンタ、さっき油浴びてたじゃない。火なんか回ろうもんなら、一気に火ダルマになるわよ。そしたら、さすがのアンタも……」
「死ぬかなぁ? いや、死なねぇだろ、きっと」
「死ぬわよ!」
どこまで自分の生命力を信じているんだと、カグラはヨツヤのマイペースな意見を一瞬で両断した。
死ぬ、と宣言されてもなお、ヨツヤは余裕があるかのようにクク、と喉奥で笑う。
「死ぬ気がしねぇから、多分死なねぇだろ。そういうもんだし」
「だから…っ! そうじゃなくて……! なんで…いきなり……」
死ぬ気がしない、などと言う言葉は、カグラには信じられなかった。
人は、思っているよりもとても簡単に死ぬのだ。必ずいつかは死ぬのだ。どんなに強くて頑丈でも、ヨツヤだって、死ぬ時は死ぬ。死と隣り合わせのこの場所だからこそ、この『死』は、いつもよりも色濃くカグラの目の前に現れている。
カグラにとっての『死』は、失うことだ。ケラケラ笑って迎える物では無い。だから、余裕かまして笑っているヨツヤがわからない。しかも、毎日罵詈雑言で罵り合っている自分を相手に、こんな形で失うだなんて、ヨツヤが何を考えているのか全く分からなかった。
唇を噛みしめながら、怒った様な、困惑した様な面持ちで自分を睨みつけてくるカグラを見て、ヨツヤは笑うのをやめると、バツが悪そうに顔を背けて、息を吐く様に呟いた。
「……ったよ」
「えっ?」
「………悪かったよ」
「……は?」
「悪かったっつってんだろ! 一回で聞き取れねーのかこの年増!」
笑っていたかと思えば、今度は怒鳴られ、カグラは自分への悪態も聞き流して、目を丸くして様子を覗う様にこっそりとヨツヤに視線を送った。
「つーか、実際ツキシマの事は、悪ノリした俺も悪いし、知らなかったとはいえお前の地雷踏んだのは事実だし、油で滑ってコケたのは俺だし。別にお前が一から百まで悪いなんて思ってねぇっつーか、てかいっつも人のせいにするクセに、ここぞとばかりに自分が悪い自分が悪いってネガってんじゃねぇよ! 気っ色悪ぃ!」
「んなっ! き、気色悪いって何よ! 人がせっかく反省してるのに!」
理不尽なことで罵倒され、カグラはハッとして慌てて声を上げる。それをヨツヤは鼻で笑い飛ばし、続けた。
「んなガラじゃねぇだろ。そんな事言わなくったって、最初から『どっちもどっち』だってわかってんだよ。なのにいきなり語りだしやがって。これだから女はめんどくせぇ」
「な、な、何よ人が真剣に話してるのに! アンタ今の状況が分かって……」
カグラは困惑する。正直、状況が分かっていないのはカグラ自身であった。
一体何を思ってヨツヤがこんな事を言うのか、まるで理解ができないのである。そんな彼女の声を遮って、ヨツヤが仕切り直す様に言った。
「いいか? これはな、お前の為じゃねぇ。俺も色々情けない事しちまったから、そのツケなんだよ。俺が満足する為だけの事なんだから、テメェは、それで運よく助かっとけ」
「何……よそれ…、全然わかんないんだけど! 自己満足で死ぬって言うの!? 私の代わりに!?」
「き、気持ち悪い事言うんじゃねぇよ! 勘違いすんな、テメェの為じゃねぇ! このままじゃ俺が面白くねぇからだよ。俺の為!」
「何なのよその超理論……。ほんと、わけわかんないわ。アンタ馬鹿なの? それとも男が馬鹿なの?」
「両方じゃねーの」
ヨツヤが、馬鹿にしたようにククと笑った。
カグラは脱力にがっくりと項垂れる。いつもそうだ。この男は、いつも突拍子の無いことをいきなりしはじめる。理屈じゃ到底理解できない様な事を言い始めるのだ。ああ、そう考えると、今のこの行動も、とてもコイツらしい行動なのではないだろうか。こういう奴だ、コイツは。理屈じゃ動かない。行き当たりばったりで、やることなす事運任せだ。その場しのぎで、一番カグラが嫌いなパターンだ。ああ、確かに『らしい』。
カグラも、なんとなくヨツヤが『わかった』気がした。理解はしていないが。
「ほんと、アンタって全然わかんないわ」
「わかって欲しいと思ってねーよ」
リズムの様に、カグラが予想していた軽口が飛んでくる。反応が予想出来てしまったのが、何故か異様に腹立たしかった。
「アンタが死んだら、棺桶に鉛玉ぶち込んでやる」
「嬉しいね。あの世にも硝煙を持っていけるなんてな」
「本気で言ってんじゃないでしょうね」
「まさか」
ニタリ、とヨツヤは深く笑み、顔を上げて木箱の山を見上げた。赤いランプは、カグラと会話している間も、点滅速度が上がっている。
さて、どうなることやら、とヨツヤは息を吐いて柱に寄りかかった。付けてない決着もあることだし、こんな場所で死ぬ気などさらさらないが、どうなるか、は実際わからない。爆弾のランプの点灯速度から見て、もう残された時間は三分と無いのだろう。こんな時は、運を天に任せるか、神に祈るか、どちらも、本当は反吐が出るくらいくだらない行為であると、ヨツヤは心の中で笑った。
でもまぁ、言いたい事も言ってやったし、とにかく、どんなことになろうとも、最期まであがくだけである。メトロの人間が、簡単に死んでたまるものか。
そう思い、ヨツヤが再び木箱の上の爆弾を見上げた時、視界に、チラリと動く不審な影を見た。
「……んん?」
その影は、倉庫から、恐らく工場内の通路に続いているのであろう扉の小窓に映っていた。フラフラと、まるで中の様子を覗う様に揺れる影に、ヨツヤは顔をしかめる。
ギャング共が戻ってきた…、はずはない。爆発までもう数分と無いのだ。こんな時に、一体誰が。
顔をしかめながら、ヨツヤが小窓を凝視していると、次の瞬間勢い良くその扉が開いた。
「なっ……!?」
扉が大きく開かれ、その先から倉庫の中に入ってきた、この場所にいるはずの無いあり得ない人物を見て、ヨツヤは驚きのあまり目を丸くして声を上げた。
「……」
扉から姿を現したのは、見慣れたフードの防毒マスクだった。防毒マスクの男は、倉庫の中に足を踏み入れて、辺りを確認する様にキョロキョロと見回すと、無言のまま棒立ちになって、柱に拘束されているヨツヤとカグラを見止め、ヒラヒラと片手を振った。
「な、な、な、なんで……ここにツキシマが!?」
「え!? えっ!? ツキシマ? ツキシマが助けに来たの!?」
ヨツヤの背後に拘束されているカグラの視界からは、ツキシマの姿が見えないらしく、驚き慌てた様な声がヨツヤの耳に響いた。
そんな彼らの動揺もお構いなしに、ツキシマは今度は木箱の上の爆発物を見つけると、平均的な速度でそれに歩み寄った。
「うわっ、おい馬鹿! 助けに来たんならそっちじゃなくてこっちだろーが! 爆発する前に逃げんだろ!」
「な、何! 何なのよちょっと! 何が起きてるか説明しなさいよ!」
ヨツヤは、一瞬生還パターンを思い浮かべて安堵したが、肝心のツキシマが爆弾を爆発させては意味が無い。
慌ててツキシマを呼ぶヨツヤだったが、当の本人は、ヨツヤの声など聞こえていないかのように、鼻歌混じりかと思うほどサクサクとした動作で爆弾を解体し始める。
ツキシマは、懐からソーイング用の鋏を取りだし、迷い無く爆弾の導線を切っていく。まるで裁縫でもする様な、チョキチョキと小気味良い鋏の音を聞きながら、ヨツヤの焦りは徐々に困惑へと変わっていった。
「いや……その…爆発……、あれ?」
僅かの後、突然の出来事に茫然としているヨツヤに答えるように、ツキシマはタイマーの止まった爆弾を抱えどこか得意げにそれをヨツヤに向けた。
ああ、そういえば、以前エストメトロで遭ったケイナが、爆薬の作り方をツキシマに教えて貰ったとか何とか言っていた様な…。なんだ、なんだかよくわからないが、助かったと言う事だろうか。
早まる鼓動に、そんな実感がじわりと感じられて、ヨツヤはカグラの高い声をバックコーラスに、安堵した様にずるずると柱を背に沈んで行った。
「い、一体何がどうなって……。えっ? あれ、ツ、ツキシマ!?」
早々に爆弾を解体したツキシマは、ヨツヤとカグラの拘束を解こうと二人の傍まで歩み寄り、その場にしゃがみこんで懐のジャックナイフで縄を断ち切った。
ここに来て、ようやくツキシマの姿を見たカグラは、驚いて目を白黒させ、ツキシマの手を掴みながら立ち上がった。
「……」
「お前…、なんでここに……いっ!?」
ツキシマは、カグラの次にヨツヤを立たせ、脱臼していた肩を無理矢理関節に嵌めこんだ。麻酔が切れてきていたのか、ゴキン、という軽快な音と共に、ヨツヤの肩に鋭い痛みが走る。
とりあえず、二人とも体勢が立ち直ったのを見て、ツキシマは満足そうに頷くと、次は怒った様に肩を上げながら、腕を組んでジッとカグラとヨツヤを見つめた。
「あ、あー…、えーと……」
「その、助けてくれて、ありがとう」
「お、おう。助かった…ぜ」
視線を辺りに彷徨わせながら、カグラとヨツヤは言い難そうに言った。
別れた時がアレだったので、どうにも、軽く冗談を言える様な状況では無かったのである。
二人の言葉を聞いて、ツキシマは再度深く頷くも、やはり未だに怒った様に腕を組んだまま、肩を上げて二人を見つめている。やはり、昼間の事をまだ怒っているのだ、とカグラとヨツヤは汗をかいた。
「ええと、ツキシマ、悪かった…よ。その、ツルとか、だめにして」
「無理矢理マスクを外そうとしたのも、ごめん。その、そんなにツキシマが嫌がるとは思わなくて……」
「…………?」
酷く言い難そうに、謝罪の言葉を述べるカグラとヨツヤの声を聞いて、ツキシマは腕を組んだまま『何それ?』と言わんばかりに首を傾げた。
「いやだって、お前怒ってんだろ?」
「……」
ツキシマは縦に頷く。
「私たちが、ツキシマを化け物扱いしたり、マスク取ろうとしたりしたから……」
しかし今度は、ツキシマは首を横に振った。
その反応に、カグラとヨツヤは目を丸くして顔を見合わせる。
そのことで、ツキシマは怒っているんじゃないのか。いや、確かに怒っていたのだ。舌打ちが零れるくらいに怒っていたのである。
ならば、今はどうして怒っているのだろう。怒っているのに、わざわざ自分達を助けに来たのは何故だろう。
カグラとヨツヤは考えて、そして、ハッと気付いた様に同時に顔を上げた。
「……まさか」
「心配した……とか?」
「…………」
無言のまま、ツキシマは大きく頷いた。そして同時に、大きなため息をついた。
ツキシマの心境に気付いて、カグラとヨツヤは虚を突かれた様な顔をしながら、同時に、なんとも言えないこそばゆい感覚を感じた。
心配される、という状況が、なんだか生温くて気持ち悪い。けれど、そうだ、そういう奴だ。ツキシマは。
頼んでもいないのに人の心配をして、うっとおしいくらい面倒見が良いのである。喜怒哀楽が激しくて、小さな事で一喜一憂して、見た目に反してお人好しな、そんな奴だ。
そんな生温さが、割と嫌いじゃなくて、まぁ一緒にいてやってもいいかな、ってくらい心地よいモノだったりして。ああ、そうか。思いの外、自分たちはツキシマの事を、良く知っていた。正体云々は置いておいて、ツキシマは『こういう奴』なのだ。
それがわかっているなら、それでいいのだ。
「ク、クク……」
「ふっ…ふふふ……。なんだ、バッカみたい」
「………?」
何やら楽しそうに笑いだしたカグラとヨツヤを見て、ツキシマは不思議そうに首を傾げた。それでもなお、笑うのをやめない二人に、ツキシマは両肩を下げて再度小首を傾げる。
「そうだな、そういうヤツだよ、お前」
「そうそう、そういうヤツ、よね」
なにやら意味深に呟かれ、いよいよツキシマがわからなくなったところで、カグラとヨツヤはその真意をツキシマに説明せずに、倉庫の隅に転がった各々の武器を拾うと、にんまりと不敵に笑って、どこか吹っ切れた様な顔を倉庫の出口に向けた。
「さーて、お礼参りだ」
「倍返し、ね」
本来ならば、肩を落として吐かれるべき安堵の言葉は、カグラとヨツヤにとっては凶悪なまでの眼光と笑みを携えて紡がれた。散々、醜態を晒させてくれたお礼である。半分以上は八つ当たりなのかもしれないが。
外で、倉庫が燃えあがるのを、今か今かとアホ面下げて待っているのであろうギャングたちに向かって、ドス黒い声は禍々しい足音と重なった。
そんな、殺意に満ち溢れた二人の声を聞いて、ツキシマは『飽きないな』と呆れた様に肩を落として、仕方無しにホルスターのハンドガンを抜いたのである。
**
「よ、よし。できた。これで、後何羽作ればいいの?」
「四百八十七羽」
「……さっきから五羽しか進んでないじゃない」
翌日の喫茶店『Arms』。窓から、さんさんと鈍い太陽の光が降り注ぐ店内では、疲労困憊しきった二つの声が交互にあがった。
何時もの窓際の四人席。テーブルの上に、大量の折り紙を散らかしたカグラトヨツヤは、それを囲んで、眼の下に隈の出来た顔で鶴を折り続けていた。
「ちょっと、これで私、さっきのカウントから四羽目よ。アンタもっと早く折れないの? 私にばっかりやらせんじゃないわよ」
「知るかよ。ペースってもんがあんだろ。細けぇ事言うなよめんどくさい」
半眼でカグラを睨みながら、ヨツヤは折り終わったツルを斜め向かいに座るツキシマに渡す。
ツキシマは、機嫌良くそれを受け取ると、糸の通った針で他のツルと繋ぎ合せた。
それを横目で見つつ、カグラはヨツヤを睨む。
「ツキシマもなんか言ってやってよ。コイツのせいで作業が遅れてるんだからね。さっさとこんなの終わらせたいのにさぁ」
「作業がお早い割には、随分粗末な出来栄えですがねぇ」
「何よ文句あんの?」
「もっと丁寧に作れねえのかよガサツ女」
最早恒例行事となった口喧嘩が窓際で起こったのを見て、カウンター席に座っていたタツミとカナメは、困った様に顔をしかめた。
「まぁたケンカだよー」
「懲りないなぁ二人とも」
肩を竦める子供たちに、新聞を広げていたマスターが苦笑いを浮かべて返す。
「ありゃなぁ『似た者同士』ってヤツなんだよ。ま、しょうがねぇ事よ」
「ニタモノドウシ? ニてたら、なかよしになれるんじゃないの」
「それが中々上手くいかないのが、世の中ってものなのさ」
訳知り気に頷くカナメに、タツミは不思議そうに首を傾げた。
「ダンジョのナカはわからんのだなぁー」
「ほんとになぁ」
しみじみとしたタツミの呟きに、マスターもうんうんと頷いて珈琲を啜った。
カナメはそれに苦笑して、ふと窓際を見ている。喧嘩の声は相変わらず上がっていたが、なんとなく、それが日常風景の一コマに見えて、酷くしっくりくるような感じがして、クスリと軽快に笑った。
「でも、二人らしい」
ホッと、安心した様なカナメの言葉に、タツミとマスターも肩を竦めて頷いた。
to be contenued...




