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どんなに騒がしい街中と言えど、深夜ともなれば人気は自然と薄れる。そんな街中よりもずっと人気の薄れた街外れの工場地帯は、何の個性も無いコンクリート製の工場や、パイプや鉄筋が剥き出しになったコンビナートが広い敷地を有しながら、土地の境界線などまるで知らぬようにひしめき合っている。
はたから見ては何の工場だかわからないが、街中よりも空気が淀み、埃っぽい場所であるからには、自然環境のことなど微塵も考えない、生産効率大前提の工場なのだろう。そのコンクリートや鉄筋の塊が吐き出すのは、夢でも希望でも無く、大気を焦がす黒煙のみだ。
しかし、メトロの人間からしてみれば、その黒煙こそが希望の象徴である。生活を豊かにする道具や、命を守る武器防具がが生み出されるその工場地帯は、何も知らない民衆にとっては魔法の世界の様なものだ。工場の煙突から登る黒煙も、エクスプレスや鉄道が放つ黒煙も、それらは人々にとって技術が発展する何よりもの証であった。
そんな、荒廃的な雰囲気の漂うとある工場の窓の縁に、ロープ付きのフックが引っかかった。
頑丈そうな鉄製のそれは、安定性を確かめるようにロープと共に何度か地上から引っ張られた後、ぴたりと窓の縁に爪を立てる形で固定される。
ロープを飛ばした本人は、フックが安定したのを確認すると、麻縄をしっかりと掴んで工場の壁を登った。両足で壁を踏みながら、懐から片手で握れる程度の大きさのレーザーマーカーを取り出し、腕を伸ばしてそれをガラス戸に向けた。
スイッチを押すと、目に痛いオレンジ色の光が一直線上に放たれ、バチバチガリガリゴリゴリ、と騒がしい音と眩い光を放ちながら、薄汚れたガラス戸をくり抜いて行く。音こそは煩いが、レーザーの切れ味は中々に鋭い。
「おい、うるせーよ」
地上から苛立ったような声が届く。カグラは、その声に顔をしかめて地上を見下ろすと、怪訝そうな顔をしたヨツヤがこちらを見上げているのが見えた。
「私のせいじゃないわよ。ったくタツミの玩具は、出来は良いけど荒削りだわ」
カグラは、上手い具合に小さな円形にガラスをくり抜くと、その園の中心を僅かに押して侵入経路を作り、その隙間から腕を忍ばせて窓の鍵を開けた。
カチリ、と音がした後、固い窓が開く音がして、ヨツヤはやっとか、と思うと同時にロープを握って再度上を見上げる。
カグラは既に中に侵入したようで、空いた窓から暗い工場の天井が見えている。
「ふぅむ、中にも警備はいないわね。まぁ、やってる事は犯罪なわけだし、マトモな警備なんて雇えるわけないか」
ヨツヤが工場の内側に降り立った時、余裕そうな笑みを浮かべてカグラが呟いた。
工場の中は、外よりは幾分騒がしげだった。湿度を保つ為のスチームが動いているようで、天井の方からは低い機械音が響いてくる。しかし、当の印刷機自体は全て沈黙しており、黙り込んだ巨大な鉄の塊が規則正しく並んでいるのが見える。それらは、業務用の巨大な印刷機であったり、制御機械であったりするが、カグラとヨツヤにはどれも同じに見えた。
ただ、鼻を突く様な塗料の臭いが非常に気にかかるだけだ。
「人がいなきゃ、脅してブツ造らせらんねぇだろ」
「ばっかねー。ここは印刷工場よ。折り紙くらい造ってるに決まってるでしょ。倉庫から盗んだ方が早いわ」
「ただの泥棒じゃねぇか」
だが確かに、ギャングをボコして『折り紙造れ』と脅すなど、間抜けすぎて萎える、とヨツヤは納得する。不本意ながらも、ヨツヤはカグラの提案に納得した。
「しっかし、どれも偽札ばっかだな。世の中にはこんなに偽札が出回ってんのか」
機械の傍のワゴンに掛けられた薄いビニールシートをつまみ上げて中を覗きながら、ヨツヤはほとほと呆れた様に言った。
こんなにも大量の紙きれが出回っていたら、通貨は価値を失ってしまいそうにも思える。
「実際出回るのはこの中の一部でしょ。一気に偽物が流出したら不自然だからね。徐々に浸透させて行くわけ。まぁ実際そうなったら大問題だから、警察も血眼になって通貨規制するのよ。だからすぐにバレるわ」
カグラが肩を竦めて説明した。すぐバレる、と言う事を知ってからなのか、彼女自身は偽札にまるで興味が無いようである。キョロキョロと辺りを見渡しながら、工場内の地形を把握しているようだ。
「ああ、だからお前もここを仕切ってるギャングに目を着けてたわけだな。賞金が高額だから」
「まあ……そういうこと」
「なのに盗むだけでいいのかよ」
「…………。……良いのよ。今日は下見を兼ねてるんだから!」
しばらくの間をおいて、暗がりの中から荒れた声が飛んできた。どうやら、すっかりその事を失念していたらしい。何故忘れていたのかは、察するに難くないが、ヨツヤは何も言わずに苦笑いで肩を竦めるだけにした。
「ま、どうでもいいけど。さっさと用事済ませて帰りてぇとこだな。ここは臭いがきつすぎる」
ツンと、鼻の奥を刺激する塗料の臭いに顔を歪ませたヨツヤが、印刷機に寄りかかりながらため息をついて言った。
「それは同感。あ、ちょっと、あんまり機械に触んないでよ。誤作動でも起こしたら面倒だから」
「あ? あぁ」
カグラに声をかけられ、分かったような分かっていないような中途半端な相槌を打ったヨツヤは、寄りかかっていた機械から背中を離して、代わりに手元の台に手を着いた。その瞬間、ヨツヤの手元で『カチリ』と軽快な音が鳴った。
怪訝そうに顔をしかめて、二人の視線はヨツヤの手元に向けられる。印刷機に繋がった、制御装置のスイッチである。カグラの指摘は、見事に滑稽なまでに空中を滑った。
「うわぁー……」
「この馬鹿!」
ゴウンと、モーターが勢いよく回りだす音が印刷機の中から聞こえて、それに続いて地響きを鳴らす様に機械が上下左右に揺れ始める。閉鎖的な印刷工場では、油断していれば肝を抜かれるほどの騒音だ。一体、どんな機能のあるスイッチを押せばこんなに騒がしくなるのか、と問いただしたくなるような騒音で、印刷機は工場への侵入者を知らせる警報機となった。
「なんだなんだ!」
「何者だァ!?」
「侵入者か!」
バツン、と室内に白い明かりがともった後、であえ、であえとばかりに、奥の通路から、または二階のラウンジから、低い怒声が飛び交ってきた。カグラの睨んでいた通り、工場ではまともな警備は雇わず、仕事も機械任せだったようで、武器を手に施設の奥から飛び出してきたのは見た目からして工場勤務がお似合いなギャング達だった。
「おーおー、虫むてぇにわんさか湧いてきやがる」
喉の奥でククッと笑いながら、ヨツヤが楽しげに呟く。そんな彼の反応を、カグラは見逃さず、片目を吊り上げてギロリとヨツヤを睨みつけた。
「アンタ…、まさかわざと?」
「さぁ? どーだかねぇ」
憎らしい返しだ、と、カグラは鼻歌交じりで答えるヨツヤに舌打ちをして思った。
これでは、騒ぎを起こさず事を片づけるカグラの作戦は失敗だ。この地味な策は、ヨツヤには退屈だったらしい。それにしても、彼の勝手な行動で計画が狂ったのには、カグラも憤りを感じざるを得なかった。
「なんだァ、テメーら! 盗人か!?」
二階のラウンジから飛び出してきたギャングが、通路の手すりから身を乗り出しながら怒鳴った。他のギャング達も、銃口をカグラとヨツヤに向けながら緊張する。
ギャングの問いかけを聞いて、ヨツヤはカチンと頭にきて苛立ち交じりに半歩前へ進み、声を張り上げた。
「盗人じゃねぇよ。何だと思う? 知りたきゃテメーの胸にでも聞いてみな!」
「……! 賞金稼ぎか!」
どこかから聞こえてきた正解答に、ざわり、とギャング達の間に動揺が走る。その動揺を肌で感じ取ると、ヨツヤは一際愉快そうにニタリと笑い、その場の床を強く踏みしめた。
「正解」
ヨツヤが、勢いよく床を蹴る。一瞬で、目の前でヨツヤが飛び出すと同時にカタナを抜いたのを見て、カグラは慌てたように声を上げた。
「ちょ、まっ!」
「撃て撃てぇ! 撃ち殺せ!!」
怒号と共に、銃弾の嵐が降り注ぐ。発砲音が幾重にも重なり、黄土色の銃弾が顔の真横を通り過ぎる中、ヨツヤは構わずギャング達との距離を詰め、カグラは慌ただしく機械の物陰に身を隠した。
「じょ、冗談じゃないわ! 最悪のパターンよ! こんな銃撃戦の中を掻い潜って倉庫まで行くなんて出来っこないじゃない! ほんと、バッカじゃないのアイツ!」
毒つきながらも、カグラは背負っていたライフルに銃弾を込める。ギャングを蹴散らすのはヨツヤに任せてもいいのだが、今回は二階の通路から狙撃される可能性がある。銃弾の嵐の中、アレがどれだけ耐えられるかはわからない。
「ったく、アンタが突破されたら私一人じゃどうにもなんないんだからね!」
ボヤキながら、カグラは機械の陰からライフルを構えて、銃口を二階のギャング達に向ける。
二階の通路から銃を撃つ男たちは、避けられるか、あるいは外すためだけに一心不乱にヨツヤに向けて発砲している。その中の一人に、ゆっくりと静かに狙いを定め、カグラはまるで息をするように引き金を引いた。
「ぎゃあ!」
真横で、頭から血を吹き出して倒れる仲間を見て、銃を乱射していたギャングは叫び声を上げる。そしてすぐさまそのギャングも、鼻先に銃弾を喰らい、顔面を真っ赤に染めながら倒れた。
「スナイパーがいるぞ! 退ける奴は退け!」
意外にも、状況判断に優れたリーダーがいたようで、ヨツヤと応戦していたギャング達も発砲の手を緩めながら、慌てて奥の通路へと逃げ込んだ。
果敢にも、ナイフを構えて挑んできたギャングの太腿にカタナを突き刺したヨツヤは、撤退していくギャング達を見ながら頬を掠め掛けた銃弾を首を捻って避けながら、詰まらなそうに言った。
「なんだぁ腰抜けかよ。詰まんねぇな、工場ごとふっ飛ばしちまうぞ!?」
「そんなことはしなくていい!」
冗談半分で言ったつもりのヨツヤだったが、カグラに空かさず後ろから怒鳴られた。しかしヨツヤは素知らぬふりで、ギャング達が消えて行った暗い通路を睨む。
いくつもの気配を感じた。空気を揺らすざわめきは、獣のような鳴き声や唸り声と共に、その醜悪な形相を光の下に浮かび上がらせる。
「化け物か。久しぶりだな」
通路の奥から放たれたのは、凶悪な牙の生えたクチから、獣のような荒い息で、どろりとした粘り気のある唾液を零し、鋭い爪の四足で、警戒するようにじりじりとヨツヤににじり寄りながら様子をうかがう数十匹のクリーチャーであった。
「ギィィィィィ……」
「ググ……」
血に飢えた獣たちは、ニタリと不敵に笑うヨツヤの様子を覗いながら、低いうなり声をあげて彼を囲み始める。
鋭く銀色に光るカタナを片手にぶら下げたヨツヤは、焦ることも無く、クリーチャー達が包囲網を完成させるのを眺めていた。
獣が飛び出してきた瞬間、すぐさま武器を振るって獣を殺す事は、臆病者のする事である。相手は、ただでさえ頭の足りない、人間に使役されるだけの『動物』なのだ。こちらに照準を合わせ、意気込みをするくらいのハンデを与えてやるのが丁度良い。いや、それも安すぎるというものである。
クリーチャーがヨツヤを取り囲み、その強靭な肉体に力を溜めるかのように殺気を放つ。辺りで一気に膨れ上がった殺気に、ヨツヤは愉快そうに笑った。
「くく…ははは! 化け物は嫌いだね! 下品な食欲の塊だ! 『理性』ってもんが見当たらねぇ! やっぱ無我夢中の生存意識ってのは人間特有だな! 人間相手にした方がおもしれぇわ!」
そうは言いつつも、ヨツヤは実に愉快そうな声をあげて携えたカタナを一閃、真横に振って空を切った。それが合図となり、力を溜めていたクリーチャー達は一気にヨツヤに牙を向く。
一匹目のクリーチャーの爪が、ヨツヤの頬をかすめた。目にも留まらぬ素早い攻撃を難なく避けたヨツヤは、携えていたカタナの切っ先を、眼前に飛び込んできたクリーチャーの喉元に狙いを定め、躊躇い無くそれを突きあげる。顎下の死角からの攻撃に、クリーチャーは避ける暇も無く喉を串刺しにされた。
「グゲゲッ!」
苦しげな化け物の呻きと、派手な血柱が目の前であがるのを見て愉快そうに笑みを浮かべるヨツヤに、次は背後から、横からとクリーチャーが襲いかかる。
考え無しに飛びかかってくるクリーチャーを、身を屈めて避け、横から飛んできた化け物の頭を、空いている片手で掴んで握りつぶす。パキュッ、と卵が割れる様な音がして、クリーチャーのクチや鼻から血液が噴き出した。
「汚いのよねー、全体的に」
機械の陰に隠れ、ライフルを抱えていたカグラは、ヨツヤの戦いぶりを見て顔を歪めながら呟いた。
とはいえ、さすがは化け物の仲間である。大勢のクリーチャーを相手にしても怯む様子は全く見られない。しかし、ギャングたちにしてみれば、これもまた時間稼ぎの一つなのだろう。今は反撃の準備か、逃げる算段を立てているに違いない。こういうのがあるから、無駄な戦闘は避けて行きたいのがカグラの考えなのだが。
「ま、全部殺せばいいのよね。脳筋な考えだけど」
ぼやく様に言って、カグラはライフルのスコープを覗きこむ。奥の通路からは、続々とクリーチャーが流れ込んで来る。本格的に時間稼ぎをしているようだ。
カグラは、冷静にクリーチャーの眉間を打ち抜いた。好く動くヨツヤは邪魔であるが、しかしカグラのスキルを以てすれば許容範囲内である。
ヨツヤの周囲の他に、眉間に銃弾を喰らってひっくり返るクリーチャーが出始めた。この調子で行けば、ギャングたちが逃げ出す前に片づけられるだろう。そう、安易に考え始めたその時。
「んん?」
工場内の二階の通路に、何やら人影が現れた。カグラが、スコープから目を離してみると、ヨツヤが戦う真上に、重そうな樽を持ちあげた二人のギャングの姿が見えた。
何をするつもりか、と怪訝そうに首を傾げてみると、男たちはその樽をヨツヤに向かって投げつける。
「まさか……」
頭上から投げつけられた樽に、当然ヨツヤもすぐに気付いた。ヨツヤは怯むことなく、その樽に向かってカタナを向け、一瞬で真っ二つにしてその攻撃を防いだ、つもりだった。
「なっ!」
動揺は、その後に起こった。ヨツヤが破壊した樽の中から、どろりとした黒い透明の液体が飛び出し、ツンと鼻を突く様な臭いを放ちながら、ヨツヤとその周囲に降り注いだのである。
黒い水たまりを踏みながら、ヨツヤは頭から垂れるその液体を手でぬぐって顔をしかめた。
「チッ…。なんだ油かよ」
黒い液体は、オイルであった。ヨツヤにとっては、足元が多少不安定になるのと、臭いがうっとおしいくらいの要因であったが、カグラにとっては大きな障害物となった。
「オイルか……。下手に撃ったら火の海になるわね。あいつらそれが狙いか」
しかも、この場所には大事な商売道具である製紙機が多くあるというのに。下手に小火でも起きれば、機械や作った偽札も使えなくなってしまうだろう。それを承知でオイルを投げて来たのだとしたら、奴らはどうやらこの工場を廃棄してでも逃げたいらしい。
そう推理して、カグラはニタリと不敵に笑った。
「ま、私の武器がライフルだけと思われちゃ困るわね。こんなこともあろうかとイイ物持ってきてんのよ」
そう言いながら、カグラは懐からセミオートマチックピストルを取り出してにんまりと笑う。
これは、火薬を使わず空気砲で発砲できる麻酔銃である。殺せるわけではないが、倒すのには十分だ。前に、ケイナに麻酔銃を買ってやってから少し気になっていたので、自分も新調してみたのであった。
「これなら問題なし! 甘かったわねぇギャング共!」
楽しげに言って、カグラはクリーチャー達に銃口を向ける。受ければ、全身の筋肉が弛緩する麻痺薬が装填されており、人間クリーチャ共々に有効である。
だが、カグラが標的に狙いを定め、引き金に掛けた指に力を入れた瞬間に、事件は起こった。
「うおっ!」
「あっ!」
声は、半歩遅れてカグラの方が遅く上がった。一瞬の出来事だった。引き金を引いたカグラの指は、事態を把握する前に発砲を許可してしまったのである。
結論から言って、カグラの放った麻酔弾は、ヨツヤの効き腕に着弾した。というのも、油で不安定に滑る足元や、スコープが無いせいで確実に標的を捕えられなかったという諸々の原因があるが、簡単な原因は『ヨツヤがカグラの銃の軌道上に飛び出して来たから』である。
「っ……!」
どすり、という針の鋭い痛みを受けて、ヨツヤは身体を逸らして息を呑みこむ。そして足を踏み込んで耐え凌ぐと、背後から受けた攻撃が、カグラから放たれた物だと悟って勢い良く後ろに振り返った。
「テ、テッメェクソ女ァ!! どこ狙ってやがる下手クソ!」
「なっ! こ、こっち向かないでよ! 場所が割れるじゃない!」
ヨツヤに怒鳴られ、カグラは慌てて身を隠しながら声をあげる。しかし、その声が更に居場所を特定させている事に、彼女は気付かない。それどころか、聞き捨てならないヨツヤの発言に、更に機械の陰から身を乗り出して言い返す。
「っていうか下手クソって何よ! 下手クソって! アンタがいきなり飛び出してくるのが悪いんじゃないの!」
「足元不安定なんだよ! ンなこともわかんねーのか!? だからテメーは気が利かねえって言われんだよ!」
「い、一度だってそんな事言われた事無いわよ! っていうかアンタ、麻酔は……」
「あ?」
罵り合いの最中、そういえば、と思いだしたように言うカグラの言葉を聞いた瞬間、ヨツヤは腕に、電撃を受けた様な痺れが走るのを感じた。
ビリビリと、カグラの銃弾を受けた方の腕が震え、力が入らなくなり、思わず床にカタナを落としてしまう。丸っきり麻痺してしまった腕を押さえながら、ヨツヤは僅かに額に汗を浮かべて、ふらりとよろけた後その場に膝をついた。
「っ……、ぐ…、てめ……なにしやがっ……、っ!」
「グルァッ!」
奥歯を噛みしめながら、苦しげに顔を上げたヨツヤの肩を、クリーチャーの牙が襲った。鋭い牙が食い込む痛みに、ヨツヤは思わず顔をしかめて倒れ込む。
「ぐっ…!」
呻き声を上げられたのもつかの間、彼の異常を察して、様子を覗っていたクリーチャー達も、倒れ込んだヨツヤの背中に次々と圧し掛かった。まるで一匹のスズメバチを圧殺するミツバチの大群の様に、クリーチャーはヨツヤの動きを封じんと彼の上に幾重にも重なる。
全身の上に、重石を乗せられたようになり、さすがのヨツヤも、クリーチャーの重石の間から、動ける方の腕を伸ばして、文字通り、潰れそうな声で呻いた。
「テ……メェら…ただじゃ……おか…」
クリーチャーの中から絞り出すような捨て台詞を吐いて、小さく痙攣していたヨツヤの腕はぱったりと床に倒れてしまった。
それを見ていたカグラは顔を青くして慌てて手元のライフルを取る。
「やば……」
とりあえず、ここは逃げなくては。接近戦であんな大量の化け物を相手にできるわけがない。
瞬時にそう判断し、カグラは素早く逃げ道を確認しようと、工場に侵入した時に使った窓を見上げる。
が、カグラの視界に映ったのは、メトロの錆びた夜空を移す小窓では無く、眼を合わせたら思わず視線を逸らしてしまいたくなるような、毛むくじゃらの山の様な体格のギャングたちであった。
「逃げられると思ってんのか? あぁ?」
「あ、あははー……」
凶悪で愉快そうな笑みを浮かべるギャングたちに、愛想笑いを返したカグラであったが、その視界がブラックアウトするまで一秒とかからなかった。




