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「わははははは!! いいかんじ! ぶっ壊せー!」
酷く愉快そうなタツミの声は、空を飛ぶブリキの半球体ロボットの起こす破壊音にも負けずに空高く轟いた。
地下室から独り脱出したタツミは、外に停めておいた半球体ロボットに乗り込むと、早速と言わんばかりに建物の床を壊し始めた。
備え付けのロケットランチャーで床に穴を開け、機体の中からアームを出して乱暴に掘り進む。地上の建物の天井は、既にロボットが室内に入り込むために取っ払われていて、厚い雲に覆われた空から鈍い日光の光が降り注ぎ、キラキラと辺りに舞う埃を照らし出している。
ズシンズシンとロボットが建物を揺らすせいで、崩壊寸前の建物の壁はパラパラと砕けて欠片を零し、俺はコックピットの中で丸くなりながら、今にも建物が全崩壊しやしないかと怯えていた。
「おっと! 地下の屋根見えた! おじさんもいるから、しんちょーに、しんちょーにね!」
とは言いつつも、タツミはコックピットのスイッチを押して、ロボットの機体の下部から出した実弾砲を下方に伸ばして、躊躇うことなく地下室の屋根に砲弾を打ちこんだ。
彼女は、本当に慎重にやる気があるのだろうか。一歩間違ったら、あの男が瓦礫の下敷きになるという事がわかっていない様に思える。
「よーし、いたいた! ばんじおっけー!」
地下の屋根に穴が開いて、運よく潰されなかった男の姿を見つけた様だ。嬉しげなタツミの声を聞いて、俺はホッとして顔を上げ、彼女の肩に乗る。大きなアームで鉱石ごと鷲掴みにされた男は、幸か不幸か、まだがっくりと気絶したままだった。
「よっしゃ! それじゃぁメトロにかえりま……う?」
元気よく声を上げて、タツミがロボットの高度を上げるレバーを掴んだ瞬間、何やら地響きのような音が聞こえて来た。
ゴゴゴゴゴ、と鼓膜を震わす音は地中から怪獣でも出てくるのではないかと思うほど不穏で、視界に映る建物の壁が上下に揺れる。しかし、不思議と揺れはない。当然だ。俺とタツミは、今、空飛ぶロボットに乗っていて、地に足が付いていないのだから。
けれども、視界のブレと不穏な地響きのせいで、コックピットから見下ろせる地上が揺れているのは間違いないらしい。
「緊急避難! くずれるくずれる! うわわわわっ!」
タツミが慌てて握っていたレバーを引くと、ロボットは勢い良く空に舞い上がり、先に取り除いておいた建物の天井を抜けて、敷地内が見渡せるほど高く飛び上がった。
ロボットが上空に脱出すると同時に、地鳴りはさらに大きくなって、眼下に広がる崩壊しかけた建物は、地下に沈む様にして崩落して行った。
丁度タツミが穴を開けた辺り、そして、地下の通路を通って大きなホール部屋に繋がる辺りまでの地上の建物が一気に崩壊して、ついで誘爆でも受けたかのように、その周りの建物も地下に沈んでいく。その情景を見る限りでも、地下室は広く、そして建物の老朽化は末期まで進んでいたのだろう。タツミの破壊活動が、完全崩壊の引き金となった様だ。
地面に沈んだ建物は、荒野の赤い砂と混じって蟻地獄に沈んだクッキーの様に広大な大地の一部となった。これでは、もう二度と地下には入れないだろうし、建物内にあったのであろう書物も家具も、全て砂の中に埋まってしまった。
「…こわしちゃった…。やばー…」
建物を全壊してしまったタツミは、ここまでやるつもりはなかったのか、顔を青くして赤い大地を見下ろした。
そして、すぐに頭をコックピットの中にひっこめて、ごくりと唾を呑んで両目にゴーグルをかける。小さな手は、しっかりと起動コントロールレバーを握っていた。
「ば、ばれなきゃいいのよ! 逃げろ!」
焦った様に言うと同時にレバーを引くと、上空で不安定に浮いていたロボットは火が付いた様に全速力で空に飛び出した。
振り落とされそうになる揺れと吹きつける風に、俺はきつく眼を閉じながら、タツミの肩の上で必死に踏ん張っていた。
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「まさか本当に犯人を捕まえてくるとはねー。意外とやるわねー」
「えへへへー」
ここは喫茶店『Arms』
いつもの窓際の席に座ったカグラは、珈琲を啜りながら新聞を開いて、その三面記事を読みながら感心した様に息を着いた。テーブルのお誕生日席にくっつけた、子供用椅子に座ったタツミが、ヘラリと照れた様な笑みを浮かべながらカグラを見る。
「新聞に載るなんてすごいよ! お手柄だな! で、結局『陰険卑屈最低が馬』って何なんだ?」
「カナメちゃん、もうその話はしてないよ」
俺は、カグラの腕の横から顔を出して新聞を眺める。三面記事の最後の方、小さな記事が載っている。
あの後、鉱石泥棒と盗まれた鉱石をメトロの警察署に届けたタツミは、そのまま日刊メトロの取材を受けることになったのだ。『小さな賞金稼ぎの勝利!? 犯罪者の蔓延るメトロで産まれる小さな光』タツミの幼さが、僅かに話題を呼んだようだ。
「いやぁ、でもほんとにすごいですよぉ! 私なんかびっくりしてマスターに『新聞記事店に飾りましょう!』って言ったんですけど、ダメって怒られちゃいました」
「そりゃはしゃぎすぎでしょ」
苦笑いを浮かべるパティに、カグラが呆れた様な半眼で返した。
小さな記事とは言え、カグラ達に感心されて、当のタツミもご満悦である。
「おーおーどれどれ? どーこにガキの記事が載ってるって?」
「あっ!」
カグラが持っていた新聞が、唐突に彼女の背後から奪われた。遅れて喫茶店にやって来たヨツヤの手によるものである。
立ったまま新聞を広げて視線を走らせるヨツヤの隣で、彼と同じく遅れて喫茶店に入ったツキシマも一緒に新聞を覗きこんだ。
「ここ! こっちの端っこ! タツミの写真あるでしょ!」
「あー? 見えねぇなぁちっさくて。どこだって?」
「だーかーらー! こっちの…あーもう! ヨツヤが屈まないとタツミが指差せないでしょ!」
椅子から飛び降りたタツミが、ツキシマを挟んで精一杯背伸びしながら、ヨツヤの持つ新聞の記事を指差そうとするも、新聞に指が届かずに苛立った声を上げた。
わざとらしく首を傾げて新聞を睨むヨツヤの隣で、ツキシマがタツミの写真を見つけて驚いた様に無言のまま記事の端を指差した。
「……!」
「それそれ! ツッキーさすが! ヨツヤ目わるい! メガネかければ!」
「うっせーな。ちゃんと見てるよ。すごいすごい」
面倒くさそうなヨツヤの感嘆に、タツミは自慢げににんまりと笑って胸を張る。
じっと新聞を見つめていたツキシマは、記事をしっかりと読み切ると、顔を上げて隣のタツミを見下ろし、そして何度か彼女の頭を撫でた。
彼なりの、お祝いと褒めの言葉なのだろう。頭に手を乗せられて一瞬驚いたタツミは、目を細めてツキシマを見上げると、一瞬で顔に満面の笑みを浮かべて彼を見上げた。
「やったやった! ツッキーに撫で撫でしてもらっちゃった! やったぁ! パテちゃんクッキー五皿ついか!」
「わわっ、五皿ですか!? 在庫あったかなぁ…、見てきまーす」
慌ただしくカウンターに掛け込んでいくパティを見送って、俺は定席に着いたツキシマの膝の上に飛び乗って、不貞寝を決め込んだ。
「!」
いきなり飛び乗って来た俺に、ツキシマが驚いた様に動いたが、気にしない。
新聞記者もパティ達も、タツミばかり褒めているが、俺だって色々と大変な目に遭ったのだ。まぁ、ほとんど彼女の後ろを着いて行っただけだが。それでも何となく腑に落ちない事もある。タツミの活躍を間近で見届けた俺にも、クッキーの一枚や二枚の恩賞があっても良いんじゃないか。
と、不貞腐れる俺の頭に、唐突に何か柔らかいものが覆いかぶさった。
いや、決して柔らかくはないのだが、それに頭をわしゃわしゃとやられると酷く落ち着いて。さっきまで感じていた不満も全て解消される様な気がする。温かくはないが、その掌の冷たさが逆に心地よい。
しばらくしてそれが俺の頭を離れると、俺は名残惜しそうに首を持ち上げて目を開けた。
「……」
まさかとは思うが、俺の心中を悟ってか、それともいつもの日課なのか。厳つい防毒マスクが俺を見下ろしながら再び指先で俺の頭を撫でた。
俺の不満に気付いたのか、反射行動なのか。そんな事はどうでもよくなる様な心地よさだ。メトロで一番心地のいい場所に、再び帰って来る事ができた。それだけでいい。恩賞などどうでもいいじゃないか。なんだか、とても眠くなってきたし。
こそばゆい様な感じがして、もぞもぞとやると、途端に眠気に襲われて、俺は自分の前足の中に顔を埋めて更に小さく丸まった。
そばで再びギャァギャァと騒ぐ彼らの話声を子守唄に、俺はゆっくりと眠りに落ちていく。
騒がしい子守唄も、慣れてくればけっこう心地いいものだと感じた。
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