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Crazys!  作者: ノンアルコール
C,5 The Noisy Lullaby.
36/65

 *


 不格好な鉄の塊が、色気の無い赤い荒野を疾走する事数十分。唐突に停車した飛行ロボットは、濃い灰色の煙を至る所から噴出させながら、緩やかに高度を下げて地上に着陸した。

 着陸する際は、半球体の底面から二本のブリキの『足』が飛び出し、大きな揺れと共に乾いた地面に不安定に降り立つ。地面に落ちた羽毛の様に柔らかく着地、などと言う高等技術などあるわけないので、ロボットは弾かれたビー玉のように勢い良く地面に着陸した。

 猫にしては軽い俺の身体が、タツミの膝の上で大きくバウンドする。

「着いた! ……けど」

 コックピットの上で、ゴーグルを外したタツミが元気よく言った後、怪訝そうに語尾を濁して、フロントガラス越しに広がる建物を見つめた。

 それは『廃墟』と呼ぶに相応しい建物だった。

 確かに警備員の言った通り、メトロの街では見られない様な巨大な施設ではあるが、壁は荒野の乾いた風を遮る機能を無くし、窓はどれもガラスが外されている。建物全体のひび割れも酷く、建物を囲う石の塀は、崩れて意味を成していない。今にも全体が崩れ落ちそうな不安を掻き立てられる。

 そしてどう見ても、その光景は異様だった。

 なんの変哲もない荒野の真ん中に、巨大な老朽化した建物が建っている。シュールで、不気味な光景だ。

 なんというか、とても気持ち悪い感じがした。ここだけ、どうも異質と言うか。目の前の建物が、余りに古すぎるせいかもしれない。俺の知っているメトロと、次元が異なってしまっている様な、変な眩暈に襲われるのだ。

「荒野でたまにみかけるヤツとにてるね。こんなにちゃんと形が残ってるのははじめてみた!」

 タツミは、いつものレンチや玩具の様な見た目の銃の入った斜め掛けのバックを肩に掛けると、俺を抱えてコックピットから飛び降りた。

 荒野でよく見かけるのか。知らなかった。飛行中は、ずっとタツミの膝の上で目を瞑っていたから気が付かなかったのだ。

 しかも、この目の前の建物は、他の物に比べてよく形が残っているらしい。荒野に点在する物は、もはや建物と言うよりは石の塊の様な感じなのかもしれない。

「でも、なんでこんな荒野に建物があるのかな。もしかして、うしなわれたブンメイのナゴリとか! オーパーツ的ななにかがあるのかも!」

 最近読んだ本の内容だろうか。タツミは楽しそうに両目を輝かせると、朽ち果てた建物を見上げて火が付いた様に勢い良く走りだした。

 あんな、今にも崩れ落ちそうな建物の中にスキップしながら入って行くタツミの行動力は、やはり理解し難いものだ。

 俺は、タツミの腕の中でじんわりとした不安を抱えながら、彼女と共に廃墟の中へと入った。



 *


「はー…、ボロボロだぁ…」

 建物は、いくつかの棟に分かれており、どれも二階か三階建てくらいの高さだった。

 タツミと俺は、とりあえず目に付いた一番大きな建物の中に侵入し、中を探索することにした。

 入り口のドアは、既に朽ちており、錆びた鉄の取っ手に触れずとも、容易に侵入できるくらいの穴が開いていた。外の砂が屋内にも満遍なく広がっていて、タツミの腕から抜け出して床を歩くと、ザラリとする。

 石で出来ているのだろうか。砂を被った冷たい灰色の床は、子供のタツミが踏み込むだけで踏み抜いてしまいそうになるほど不安定だった。上を見上げてみれば、所々天井に穴があいていて、建物を支える鉄骨がむき出しになっており、その上の階の様子が覗える。ここから見た限りだと、二階も、一階と景観は変わらない様だ。

 当然、人気などあるはずもなく、荒野の乾いた風が吹き抜ける屋内は、実に不気味なほどの静寂に包まれていた。こんな所に鉱石泥棒がいるとは到底思えない。

「やっぱりここ、アタリみたい」

 俺が数秒前に頭の中に描いた可能性を、一瞬にして亡きものとしてくれた少女は、小さく呟くと途端に走り出した。

 踏み過ぎると床が抜けるかもしれない、という恐怖を感じているのは俺だけだった様だ。危険を顧みずに走り出したタツミは、ズンズンと建物の奥へと足を踏み入れる。エントランスを抜け、通路を走り、今にも落ちてきそうなヒビだらけの天井などにはわき目も振らず、まるで何かの確信があるかのように真っ直ぐ進む。

 非力な子猫の俺と言えば、彼女を見失わない様に必死で追いかけるのに精一杯だ。子猫だからしょうがない。

「あった! 明らかに怪しい階段!」

 タツミが立ち止まったのは、廃墟の最奥にあった地下へと続く階段の前だった。

 通路から出て少し開けた場所に備え付けられた階段は、エントランス付近と比べてもまだ風化しておらず、壁はヒビだらけであるものの、窓が無いので荒野の乾いた風にも晒されていない。しかし、入口や通路の窓から入った砂が薄っすらと床を覆っていて、歩くと目立って足跡が付いた。

 と、そこで。俺は足元の異変に気が付いた。

 足元の砂で覆われた床に、何か重い荷物を引っ張った様な、明らかに人為的に付けられたと思われる痕が付いている。それは、今俺たちが入って来た、エントランスへと向かう通路から、目の前の地下へ繋がる階段へと伸びている。

 なるほど、タツミはどうやら、エントランスでこの痕を見つけて、それを辿ってここまで来たようだ。

「これは……、地下室の壁に沿って階段が取り付けられてるみたい。けっこう深いよ」

 光の当たらない、階段の下を、手すりから身を乗り出してじっと目を凝らして見つめるタツミの肩の上から、俺も目を凝らして良く見てみる。

 階段の全体像は、地下深くに掘られた穴を囲う壁に沿って、緩やかな螺旋階段が設置されている物だった。さっき、外で見た炭鉱現場の作りと同じである。尤も、この建物の階段に限っては、底が深すぎて何があるのかわからないが。

 眩暈でも起こしそうなほど深く暗い地下の様子に、俺はブルブルと首を振ると慌てて床に飛び降りた。

「よーし! それじゃぁ早速行ってみよう!」

「!」

 先程の、俺の些細なアピールは、全く彼女には伝わらなかったようだ。

 どう見ても、良い物が待っているとは思えないおぞましい闇の地下室になど、行って何をするつもりだろう。いや、わかっている。鉱石泥棒がいるかもしれない、という可能性の下、タツミが行動しているのはわかるが、何が起こるかわからない未知の領域へ、何の恐れも無く突き進もうとするタツミは、ただの恐れ知らずのアホなのか、それとも何か考えがあっての行動なのか。

 後者はあり得ないようにも感じるが、天真爛漫な子供に見えて、しっかりとした考えを持っている子供だ。呆れるのはまだ早い…のかもしれない。

 手すりから顔をひっこめると、タツミは軽い足取りで鼻歌交じりに階段を下り始めた。その背中を見て、反射的に俺もタツミの背中を追う。

 嫌だ嫌だ、とは思いつつも、その意思に反して俺の身体は、いつもメトロを駆けだすタツミの背中を追う様に走り出した。

 呆れるべきは、自分自身なのかもしれない。このタツミにしろツキシマにしろ、彼らが挑む危険が一体どんなものであるか理解する以前に、恐怖や怯えと言った感情を介する以前に、感覚が、勝手に彼らに着いて行く事を許可しているのだ。

 結局、意思と言うのはその程度も物なのだ。身体が覚えた感覚には、決して勝てない。

 前を行くタツミの背を追いながら、俺は溜息交じりにそう思うのだった。

「んっんー、下にはなにがあるのかなー? 封印された巨大ロボットとか? ああ、もしかしたら、クリーチャーの大ボスみたいなお化けがいたりして! よーし、何が出てもタツミがぶっ飛ばしてやるっ!」

「……」

 前言撤回だ。

 どうやらタツミは、何も考えていないし、鉱石泥棒の事など綺麗に失念しているようだった。



 しばらく階段を下りていくと、ようやくゴールが見え始めた。

 と言うのも、地上の明かりが届かなくなってきた所で、地下を照らす白い光が、ぼんやりと進行方向に浮かび上がって来たのである。当然、人の居ない所に明かりが燈るわけがない。階段の先の地下室には、何者かがいるという事なのだろう。

 階段の底までたどり着くと、その光の正体がようやく明らかになった。

 それは、壁に取り付けられた電灯の明かりだった。正方形の階段部屋の、二面の壁に取り付けられた細長い電灯は、チカチカと点滅しながらも人工的な光を放って室内を照らし出している。

「……これ…」

 タツミが驚いた様に呟いた。それも当然である。近場に炭鉱も無い様な荒野の真ん中の地下に、電気が通っているのだ。どう考えても可笑しい。

「自家発電施設でもあるのかな? でもこんな荒野のど真ん中に? へんなのー」

 そうは言うも、タツミはさして気にも留めていないようで。小さく首を傾げると、今度は階段部屋の出口とも言える通路に向かって走り出した。

 どこに繋がっているかもわからない謎の通路に、勢い良く飛びこむのは、危機感が無いとしか言いようがない。しかし、放っておくわけにもいかないので、俺もその後に続いて通路に足を踏み入れた。


 階段部屋から伸びる通路にも、点燈する電灯が暗闇を照らしていた。 

 広めの通路で、壁や天井にヒビは入っているものの、地上の建物の内装よりは崩壊していない。いつ崩れるかわからない、という心配はなさそうだが、安心して進めるかと言われればそうも言えない。

 タツミの数歩後ろを歩きながら、俺は灰色の壁に囲まれた長い通路に、奇妙な違和感を感じていた。

 それは、既視感だった。どこかでこの通路に似た場所を見た事があるのだが、はて、何処だろう。つい最近見た気がするのだが、食事と睡眠が脳内の八割を占める猫の脳味噌では、中々思い出せない。

 もどかしさに苛まれていると、俺とタツミは、いつの間にやら通路の最奥まで辿り着いていた。目の前には、錆びた銀色の取っ手の付いた大きな扉があり、壁と同じ材質の灰色の扉は、とても重そうに見える。

「開くかなー? ……あっ!」

 タツミが、扉を開けようと取っ手を握って引っ張ると、錆ついていた取っ手は、バキンと音を立てて扉から外れてしまった。

「わー、こわしちゃった。しょうがないなー」

 反省の色も、困惑の表情も一切見せず、タツミは錆びだらけの取っ手を見て首を傾げて言うと、扉に身体を向けたまま後ろに下がった。

 先に進めなければ、このまま引き返すだろうか、と、俺は視界の端で数歩後ろに下がったタツミの足を見て安堵するものの、残念ながらその心の余裕は、鼓膜をつんざく爆音によって木っ端微塵に砕かれた。

 俺の鼻先で、突如として轟音と共に大きな扉が砕け散ったのである。ビリビリと震える空気にクチの毛が痙攣するように揺れ、俺は思わず総毛を逆立てて硬直した。

 轟音の犯人は、当然の様にしてタツミだった。彼女が両手に構える、子供の玩具の様な見た目の銃から放たれたエネルギー弾が、目の前の扉を破壊したのだ。

 当然、メトロで普通に売っている銃にこんな威力は無く、銃とはエネルギー弾などでは無く火薬の詰まった弾丸が飛び出す物だ。なので、タツミが『趣味』で改造したものだろう。もはや見慣れた芸当であるとはいえ、こうも眼前でその破壊力を披露されると、驚きは隠せない。

「開いたー! いきどまりにあったら壁をこわしてすすむのがキホンだよね!」

 人の、いや猫の気持ちなど露知らず、タツミは愉快そうに笑いながら言うと、スキップしながら扉に開いた穴をくぐって、その向こう側に侵入した。

 今の衝撃で、中にいるかもしれない犯人に気付かれた、とか、唯でさえ脆いこの地下室が、一気に崩壊してしまったらどうしようだとか、そんな心配は全くしていない様である。

 破天荒な少女に嘆息をつきつつ、俺は再び、彼女の背中を追った。



 扉の穴をくぐると、俺はそれまで感じていた既視感の正体にようやく気が付いた。

 薄暗い電灯に照らされた、灰色の通路を何処かで見た事のある光景だと思っていれば、先日、ノアメトロで起こった一件で、タツミと共に上空から見下ろした、警察署の地下に造られた研究施設に似ているのだ。

 その地下研究施設と言うのは、俺は詳しい事は良く知らないのだが、警察署のお偉いさんだか何だかが、良からぬ研究をしたとかで、秘密裏に造られた施設であったらしい。結局すべてはタツミ達によって明らかにされ、施設も半壊させられてしまったのである。

 それはともかくとして、先程タツミが破壊した扉の向こう側には、俺がノアメトロで見たのと酷似した光景が広がっていた。

 円状の広い部屋の至る所に、埃まみれの重そうな箱がたくさん置いてある。良く見ると、それは機械なのだ。埃まみれで、メトロでは見た事の無い様な、使い道の良くわからない機械が置いてある。高い天井の電灯に照らされているが、どれもこれも動きそうにない。

 部屋の真ん中には、真っ黒で巨大な物体が置いてある。形は、まるで銃の弾丸のようで、細くなった先端には三角形の羽の様な物が付いている。鉄でできているのか、見た目は重々しく、埃を被ってはいるものの圧倒的な重量感で俺とタツミの前に立ちはだかっている。

 なんだか、見ているだけで気圧されてしまいそうな、不思議な恐怖感のある物体だ。何だかわからないその物体を見上げ、俺はブルリと身体を振るわせることしか出来ない。

「り、り……リトル……、んー? 削れててよめないや」

 恐怖と言う感情に疎いタツミは、その物体の横から回り込むと、その表面に掘られた文字を睨みつけて首を傾げていた。

 この物体の名前だろうか。こんなに馬鹿でかいくせに、リトル《Little》だなんて皮肉としか思えない。

 俺がしかめ面でそれを見上げていると、タツミが走り出した。巨大な黒い物体から伸びる、これはまた太くて、何重にも重なる配線コードに繋がった箱型の機械の前に移動して、臆すること無くそれをいじりはじめたのだ。

「おー、おおー! ハイ…テク?」

 電気は通っているのだ。あとは機械が動けば中身を見ることができるのだろう。

 謎の物体に繋がれたそれは、弱々しい光を放ちながら、変な音を立てて動き出した。

 どうやら、機械の外部にスイッチやレバーの類は無いらしい。タツミが造ったロボットの様に、外部からの入力装置が無いのである。あるのは、機械の上面に埋め込むようにして取り付けられたモニターだけである。タツミは、その上で何か操作をしているのか、モニターを触りながら険しい顔をしていた。

「うーん、ちょっとわかんないなぁ」

 操作開始後数分、早々に根を挙げると、タツミは腕を組んでその機械から離れた。機械に強いタツミでもわからない事がるらしい。正直俺は驚いた。

「でも、なーんかイヤなかんじする! かたちもミサイルっぽいし、コードがつながってるのもなーんか変!」

 わからなかったのが悔しいのか、地団太を踏みながら頬を膨らませて癇癪を起したタツミは、ハッと気が付いた様に顔を挙げて、ひらめいた、と言わんばかりにポンと手を打った。

「もしかして、これがタイリョウサツリクヘイキってやつかな!? だとしたらまずい! ぶっ壊さないと!」

 顔を青くしてタツミは叫ぶとコードを跨ぎながらその物体の横面に移動して、何を思ったか、先程扉を破壊したエネルギーガンの銃口を例の謎の物体に向けて、躊躇うことなくその引き金を引いた。

 本日二度目、眩い光と脳味噌を揺らされるような爆音を聞いて、俺は唯でさえ短い寿命が更に減った様な気がした。

「って…あれぇ? ダメだ。全然効かないや」

 タツミの放ったエネルギー弾は、謎の物体の表面で勢い良く炸裂するも、その表面の埃を振り払うだけの威力しか無かった。

 白い煙が辺りに広がり、傷一つない真っ黒な表面を目にし、タツミは残念そうに首を傾げた。

「電磁砲でも持ってくればよかったかな。あー、でも、これが爆弾だったら、へんに攻撃して爆発させちゃうのはマズイよねぇ」

 すでに一発撃っておきながら、よくもまあ淡々と可能性を語れるものである。

 俺の身体の中の小さな心臓が、さっきから鼓動のペースが嫌に早いのは、全部この少女のせいだ。

「むぅ……。とりあえずこれはここにおいとこ! タツミのモクテキは、鉱石泥棒を捕まえることです! よくわかんないモノにかまってる暇はないんです!」

 何やら再び一人で癇癪を起すと、タツミは当初の目的を思い出してそう叫び、先程入って来た扉の対面にあった、恐らく地下室への奥へと続く扉に向かって走り出した。

 タツミの行動は、いつも突発的で先読みができない。謎の物体は傷付かなかったが、その下の床を抉り取るほどの威力を備えたタツミのエネルギーガンの恐ろしさを再びその目に焼き付けていた俺は、数秒遅れて彼女を追って扉に向かった。


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