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俺が喫茶店のドアを器用に開けて外に出ると、相変わらずの曇天が俺を出迎えてくれた。メトロの空は、シティから排出されるスモッグや排気ガスのせいでいつも曇っているのだ。
比較的人通りの多い街道に面した『Arms』の入口の前に、成人男性を基準として一.五倍くらいの大きさの半球体のブリキロボットが停まっていた。街裏のゴミの山から発掘してきたかのような、今にも剥がれおちそうなブリキ板がツギハギに張り付けられ、後部に取り付けられた剥き出しのエンジンが、凶悪で真っ黒な煙を吐き出している。ドルドルと化け物が息まく様なエンジン音を鳴らしながら停車するそれを、道行く人々は奇特な物を見る様な目で見つめながら、決して近寄らない様に街道を歩いていた。
これでは確かに、喫茶店の客足は減る一方だろう。
「ん? あ、コルトだー。こっちにおいで!」
半球体のロボットの上から、エンジン音に重なって少女の声が落ちて来た。
タツミが、俺を見つけてニッコリと爛漫な笑顔で手を振っている。基より、そのつもりである。俺は身軽にロボットに登ると、タツミがいるコックピットに乗り込んだ。
半球体の上部分に取り付けられたコックピットは、壊れたバンのシートとフロントガラスが設置されていて、タツミの座るシートの傍には、俺には良くわからないレバーやボタン等がたくさん取り付けられている。それから、サースメトロに来てから改良したのか、コックピットの頭上には、背後から上部を覆う様にしてブリキ製の屋根が取り付けられていた。なるほど、これなら雨の日も安全だ。
「まったっく、皆はわかってない! タツミは、今回の事件はけっこう大変な事件だと思うんだけどなあ」
そう言いながら、コックピットに腰かけたタツミは、一枚の大きな紙を広げた。サースメトロ地区の地図である。色褪せた大きめの用紙に書きこまれた地図の中には、赤いペンで数か所、バツ印が付けられていた。
「このバツがー、今まで泥棒に襲われた発掘所。一年に何か所もやられた時もあれば、数年置きにやられた時もある」
タツミが、バツ印の書かれた箇所を指差しながら眉をひそめて独り言のように俺に説明した。
「カグりんが言ってたみたいに、ギャングが嫌いでやったんだとしても、発掘場ばっかりねらうのはおかしいよね。わざわざ郊外にでて発掘場をねらうくらいなら、街中のギャングぶっ飛ばした方が早いもん」
言われてみれば、確かにそうだ。
妬ましい、という理由だけで、クリーチャーの生息する荒野に出る様な人間がいるだろうか。しかも、大量の鉱石を盗んで。
「鉱石は、郊外の発掘場でしか手に入らないんだよ。危ないのにわざわざ荒野に行ってまで泥棒したってことは、つまり、その、やっぱり犯人は、鉱石そのものが欲しかったんだと思うなぁ」
タツミは言いながら、うんうんと自分で頷いて事実を確認する。そこで、少し困った様に小さな手を顎にやり、首を傾げた。
「でもでも、盗んだ鉱石はどうしたのかなぁ。わざわざ盗んだものを、荒野に捨てる様な事はしないだろうし。鉱石を精製するのにも場所とお金がかかるよね。でもそんな大きな施設はメトロには製鉄所以外に無いし。そんな大量の鉱石を街中に持ちこんだり、売ったりしたら、すぐに足が付いちゃうし…、そしたら、犯人像が全然割れてないのはおかしいし…」
うーん、と唸りながらタツミは推理を続けた。
確かに、彼女の言うことはかなり的を射ている。喫茶店内の窓際で、突然元気よくわけのわからないことを言って店を飛び出したかと思えば、思いの外、彼女には彼女なりの考えがあったらしい。
子供とは、何を考えているかわからないと思われつつも、実は大人よりも冷静に物事を見て考えている。だから、子供の言うことを無視してはいけないのだ。そんなことを思わされたような気がした。
「考えられるとすれば、やっぱり郊外かな。サースメトロの荒野のどこかに、鉱石を持ちこめる施設があるのかも。多分、街からそう離れてない。でも、人が寄り付かない様な場所…」
呟きながら、タツミは地図を見つめた。荒野の事は、街に住む住民にはあまり知識が無い。荒野に関する事は、荒野に住む人に聞けばいいのだ。
幸い被害に遭った発掘場の中には、致命的なダメージを免れて、今も元気に経営している場所もある。地図上には、今も動いている発掘場の情報が、小さな字で既に書きこまれていた。
「蛇の道は蛇ってね。発掘現場の人にきいてみよう! 名探偵タツミ、発進しまーす!」
タツミはにんまりと笑って地図をくしゃりと畳むと、楽しげな声を上げて手元のレバーを大きく引いた。
すると、獣の唸り声の様に鳴っていたエンジン音が一際大きく吠えて、半球体の下部からブリキ板が開いて、ロケットエンジンが飛び出した。
外に出たロケットエンジンは、真っ赤な炎と真っ黒な煙を焚きあげて、不安定にロボットを揺らしながらそれを浮上させる。最初こそ不安定に揺れていたものの、機体はすぐに安定し、高度を上げて高くメトロの空に飛び上がった。
「ではでは! 近くの発掘場に向けてしゅっぱーつ!」
タツミがレバーを引く。満面の笑みを浮かべながら、高らかに言ったタツミの声は、加速する空飛ぶ鉄の塊に乗りながら、メトロの乾いた空に響き渡った。
*
タツミのロボットが向かったのは、街よりもやや南に下った荒野にある発掘場だった。
そこは、少し前に鉱石泥棒の被害に一度遭ったものの、盗まれたのがウラン鉱石だった為にあまり経営に打撃を受けなかった運の良い発掘場である。
銃弾が日常的に目の前を飛び交うメトロでは、鉄が最も貴重な資源となる。他には硫黄や火薬など。ウラン等を主として発掘している場所など、殆どないだろう。
発掘は、乾いた赤い大地を大きく円形に掘った地下で行われていた。平らな円柱状にくりぬかれた大地の崖には、至る所に穴開いており、木の板と鉄で編まれた路線に沿ってトロッコが横行している。穴の先では、屈強な男たちが働く発掘現場へと繋がっているであろうことが覗い知れた。
大穴の底へは、地上から崖に沿って螺旋状の坂道が伸びていて、黄色のヘルメットを被った炭鉱夫たちがツルハシを担いで歩いているのがちらほらと見える。
何の色気も無い荒野で働く彼らにしてみれば、楽しみなど昼時に配給される安価な弁当と温くなった水くらいな物なのだろう。炭鉱夫の作業現場は、警察並みに厳しい環境であると聞く。それ故に、自分から仕事を辞めていく人間もチラホラいるらしい。
その些細な楽しみに向けて、せっせと掘り出した鉱石を外に運び出している彼らの頭上に、迷惑極まりないエンジン音を轟かせながら、謎の鉄の飛行物体が現れたものだから、炭鉱は僅かにパニックに陥った。
「こらー! そこの…ええと、丸い鉄の塊! こっちに降りてきなさーい! そっちは一般人は立ち入り禁止ですよー!」
地上で、警察官の様な制服を着て、背中にライフルを背負った男が、炭鉱の真上に浮かんでいるタツミのロボットに向けて叫んだ。クリーチャー避けの警備員だろう。
実際は、エンジン音に掻き消されて何を言っているかわからなかったが、恐らくそんな事を言っていたのだと思う。こっちに来い、とジェスチャーしていたから多分そうだ。
仮にも、一度鉱石を盗まれた炭鉱であるにもかかわらず、少し無防備すぎるようにも思える。
だって、こんな鉄の塊が突如上空に現れたら、驚いてライフルの十発や二十発撃ってきても可笑しくない。
とにかく、男の呼び掛けに気付いたタツミは、大人しく男の居る方向に向かってホバリングして、ゆっくりと地上に着陸した。
「すいません警備さん。何分、炭鉱ははじめてなもので!」
「えっ…、ああ、そう。って子供!?」
着陸した半球体のロボットから飛び降りて来たタツミの元気の良い声に一瞬呑まれた警備員は、怪訝そうに頷いた後タツミの姿をもう一度見て驚いたように目を丸くした。
そりゃそうだろう。こんな厳つい鉄の塊から、年端もいかぬ少女が降りてきたら、猫でも驚く。
「はい! こんにちは! 今日は、鉱石泥棒のちょうさにきました。奴を捕まえるために、ちょうさに協力していただけませんか!」
ビシッと、無意味に敬礼をして、タツミは勇ましい表情で警備員を見上げる。黒いヘルメット被った警備員は、未だに虚を突かれて呆気にとられていた。
「鉱石泥棒を捕まえるって…、君は一体何者だい?」
「いえっさー! 賞金稼ぎのタツミであります!」
兵士の様な警備員の格好に流されて、タツミはまるで軍隊の様な返事をして背筋をピンと伸ばした。
そして警備員は、そのタツミのその一言で何かを悟ったらしい。ははあ、と顎に手をやって意味深に頷くと、どこか哀愁を漂わせる視線をタツミに向けて呟いた。
「なるほど、もう君みたいな子供が賞金稼ぎをやる時代になったんだな。世知辛い世の中だ。ううん、時代はいつでも、弱者には底辺の仕事しか任されないのさ」
何か悟ったらしい警備員は、何度か納得したような、しかし侘しげに頷く。対するタツミは、何もわかっていないのか、笑顔のまま不思議そうに首を傾げた。
「それで、上官殿! 鉱石泥棒事件について詳しくお聞きしたいのですが!」
元気よく尋ねるタツミに、警備員はああ、と頷いて、警戒心から両手に構えていたライフルを肩に担いでタツミを見下ろした。
「事件と言ってもね。私がここに配属されたのは、その盗難事件があった後の事だから。そんなに詳しくはないよ」
「いいよいいよ! カンタンなことだけでいいの!」
自分の持つ微々たる情報量に、申し訳なさそうに薄い髭の生えた顎をさする警備員に、タツミは明るい笑顔を向けて言った。
小さな情報でもありがたいとするタツミに、警備員は表情を綻ばせて答える。
「まぁそう言うなら。なんでも質問してくれ。答えられる範囲でなら答えるよ」
「…! ありがとおじさん!」
ニッコリと笑みを浮かべてタツミはお礼を言うと、さっき広げていたメトロの地図を取り出して警備員に見せた。
「あのね、サースメトロの荒野のどこかに、その盗んだ鉱石を運びこめる場所とかってあるかなぁ? おっきい建物とかでもいいし、じゃなければ、洞窟とかでもいいかも」
「建物ねぇ……」
しばし、警備員は考え込む様に視線を虚空へと向けた後、ふと思い出したようにポンと手を打った。
「そういえば、ここから少し北東に行った所に、もう風化した大きな建物があったと思うけど…、でもあれ、人住めるかな。壁には穴があいてて、窓なんか全部割れてたし…。崩れ落ちるのも時間の問題だったと思うんだよね」
「荒野のはいきょ……」
「ほら、この地図のここら辺だよ」
警備員の言葉を脳裏に焼き付ける様に、タツミは一瞬真顔になって、ポツリと深くその言葉を呟く。すると、警備員はタツミが持っている地図を覗きこんで一点を指差した。
この炭鉱より北東だ。地図上では何も無いが、実際はそうではないのだろう。
荒野には、メトロの住民が知らない遺跡や廃墟などがたくさんあるらしい。
「崩壊寸前だから、人も寄り付かないからね。隠れるなら持ってこいの場所なんじゃないかな」
「なるほどー」
警備員の言葉に、タツミは納得した様に頷いて顔を上げる。
「盗まれたのって、やっぱり夜?」
「ああ。盗まれたのは夜中だって聞いてるよ。当時は、夜中まで警備を立てていなかったから、簡単に侵入されてもおかしくなかったんだ。人件費をケチった代償ってとこだな」
「それって、他の炭鉱もそんな感じだったのかなぁ?」
「らしいね。このご時世だ、費用は出来るだけケチりたいのが経営者の本音さ。人件費は最低限にまで減らしていたらしい。割に合わない薄給で、仕事をやめていくやつらも多いとさ」
「ほぉ~…」
人間は、金持ちになればなるほどケチになる。だからこそ、金持ちのギャングが取り仕切っている炭鉱で働く彼らの賃金は、実質の作業量に見合っていないらしい。
しかし、夜の警備を怠りたくなるのもわかる。メトロの人間が、好き好んで危険な荒野に出てくるなんて考えにくいし、荒野の最大の脅威であるクリーチャーも、夜は昼ほど活発でない。警備費が無駄になることは殆どだろう。
頭の中の情報を思い出す様に言う警備員に、タツミは聞いているのかいないのか判断に困る相槌を打った。
「まぁ、私は自分の身の丈に合った仕事だと思うけどね。取り得なんてない普通の人間だし。お嬢ちゃんみたいに機械を乗りまわせるわけでもない。ただ、辞めた奴らがその後どうなったかは気になるけどね」
現在自分が置かれた状況に満足していない人間は、きっと多くいるだろう。そんな彼らが自ら名乗りを挙げてこの場所を出て行ったのを何度か目にした事があるのか、警備員は何処か寂しそうに呟いた。
「まぁ、俺が気にしてもどうしようもないな。鉄が盗まれて経営破綻した炭鉱もあるっていうし、その分、うちが盗まれたのは大した金にもならないウランだけだったから、メトロが回る様にせっせと働くだけさ」
「うん! 鉄が無くなったら、皆すごく困るもんね!」
「ああ。ま、廃鉱になったとこの奴らは運が良かったうちを恨んでるかもしれないけどね。ウランだけに」
「……」
厚い雲が太陽を覆い隠すメトロの荒野に、一際冷たい風が吹き荒れた様な気がした。
酷く残念そうに顔をしかめて首を傾げるタツミを見て、警備員は照れたように一度咳をすると、何事も無かったかのように話を続ける。
「そ、それから…ええと、他に何か聞きたいことはあるかい?」
「ううん。何も無いよ」
残念そうに首を横に振るタツミ。
何事も無かったかのように話を逸らそうとする警備員だが、そうはさせない。さっき彼がぽつりと呟いては誤魔化す様に咳払いをして無かったことにしたのは、俗に言う『親父ギャグ』というやつだろうか。驚くほど盛大に残念に滑った瞬間を、俺は初めて見た。
これは後学になりそうだ。
「うんうん…なるほど。 ありがとうおじさん! 大体わかったかも!」
地図上の、廃墟があるという場所に赤い丸印を付けて、タツミが嬉しそうな笑顔をあげて警備員に言った。
その笑顔を見て、警備員は再び顔を綻ばせて頷く。
「お、そうかい? お仕事の手助けになれて何よりだよ」
微笑ましげに笑う警備員の言い回しを聞いて、どうやら彼は、タツミが賞金稼ぎを名乗った事をどうやら子供の遊びだと勘違いしているように俺は思えた。
まぁ、タツミ自身にとってみれば、多少真面目な気持ちはある、かもしれないが、遊びと仕事の区別がついていないと思われる。
「ねぇねぇ、最後にもう一つ! おじさんは、犯人は盗んだウラン鉱石を何に使ったんだと思う?」
警備員の勘違いなど露知らず、タツミは顔を上げると唐突に片手を高く上げて男に問いかけた。
「おお、謎解きの手伝いかい? うーん、鉄やら石炭やらまで盗まれてるのを見ると、犯人は何か武器でも造ろうとしているのかもね」
「やっぱり?」
「お、お嬢ちゃんもそう思うかい?」
首を縦に振って同意するタツミに、警備員は気を良くしたようににんまりとして顎をさすった。
「でも、ウランなんて使うかね? 普通は着色料として使われるものだろう。しかも大量に。一体どんな武器を造るんだか……」
「ゲンバクだよ! おじさん!」
ニッコリと、屈託の無い笑顔を浮かべて言うタツミを見て、警備員は怪訝そうに顔をしかめて首を傾げた。
「ゲンバク? なんだいそりゃ。新型の爆弾かい?」
「うん! すっごい爆弾! メトロもシティも、ぜーんぶ吹っ飛んじゃうよ!」
タツミが両手を大きく広げ、無邪気に飛び跳ねながら言うと、警備員は思わず堪え切れなくなった様に吹き出した。
「あはは、そりゃすごい。そんな物があった日には、メトロのギャング達が黙っちゃいないね。その武器を取り合って、組織総出の抗争で、メトロは戦争時代に突入だな。いやぁ、未だかつてないほどメトロは荒れるんじゃないかな」
「えっ! せ、せんそう…?」
ケラケラと陽気な笑い声を上げる警備員の言葉を聞いて、それまで爛々と両目を輝かせていたタツミが、まるで夜中のトイレで幽霊でも見たかのように真っ青になって、びくりと肩を震わせた。
「せ、せんそうって、あれだよね? 空から爆弾降らせたり、爆弾背負って敵の陣地に突っ込んだりするんだよね? ご飯も食べられなくて、こどもは農家にうられちゃうんでしょ?」
「おお、良く知ってるねお嬢ちゃん。でもそれは本の中の話だろう。フィクションだから、現実とはまた違うよ。ギャングの抗争が激化したら、メトロはどうなるかなぁ。少なくとも、今より治安が悪くなって、食べ物も減るのは間違いないだろうね」
「ごはんがなくなる!」
今度こそ、世界の終わりだとでも叫び出しそうなほどに顔を青くしたタツミは、小さな両手を自分の頬に当て、悲痛な声を上げて愕然とした。
タツミの豹変に、警備員は驚いた様に目を丸くする。
「こうしちゃいれない! 早く犯人を捕まえないと!」
驚いた警備員が彼女に声をかける暇も無く、タツミは慌てて身を翻すと、背後に停めていた鉄球のコックピットに飛び乗った。反射的に、俺も慌てて彼女を追う。
「もう行くのかい!? 賞金稼ぎは忙しいね!」
再び、迷惑なエンジン音を吹かせながら息を吹き返した鉄の塊に向けて、警備員は声を張り上げた。
それに気付いたタツミは、両目をオレンジ色のゴーグルで覆いながら、コックピットの縁から顔を出して警備員を見る。
「おはなし聞かせてくれてありがとう! メトロの平和はタツミが守ります! 炭鉱の平和はおじさんに任せた!」
自分を見上げる警備員に、ビシリ、と敬礼を向けるタツミを乗せた半球体ロボットは、埃を巻き上げて僅かに浮上する。
俺はタツミの服にしがみ付きながら、地上の警備員を見下ろした。やはり、このロボットの起動時の揺れは、慣れない。
「おうおう、お嬢ちゃんも気をつけな。そのよくわからん機械なら大丈夫そうだけどなー!」
警備員は、快活に笑って手を振る。それにタツミは笑顔で返すと、一気にエンジンを回して高度を上げた。酷く揺れる鉄の塊は、不安定に宙に浮きながらも徐々に安定し、スピードを上げながら荒野の大地の上を滑る様に動き出した。
改造によって後から取り付けられた、背面から頭上を覆う屋根のせいで、警備員の姿は直ぐに見えなくなった。
相変わらずの曇天から覗く鈍い太陽の光と、荒野の乾いた風。そして、ロボットから排出される咽かえる様な灰色の煙の臭いを五感で感じながら、俺はどうにか感じる揺れを最小限に抑えようと、タツミの膝の上で丸くなる。
「……ごはんがなくなったら、たいへんだよね。いっつもお金がなくてお腹すかせてるカナメちゃんは、ついに死んじゃうかも…!」
緊迫した声音でタツミが呟いた。
確かに、警備員が言った様に、食料の入手が今より難しくなれば、万年金欠借金病のあの少年は、飢えてのたれ死んでしまうかもしれない。
「マスター、クッキーも作れなくなっちゃうよね。そしたらそしたら、ツッキーがかわいそう。ツッキーはあれしかたのしみがないのに!」
それは酷い決めつけだと思うが、タツミがそう思うのであれば、それでもいいだろう。
実際、クッキーが無くなったら、ツキシマがあの喫茶店に入り浸る意味も無くなってしまう…かもしれない。
「あとあと、コルトのごはんもなくなっちゃう……」
タツミが、悲しそうに小さく呟く。
警備員の話を聞いて、表情を一変させたのは、どうやらこれらの事が原因であるらしい。
戦争が起きる事で、最も危機すべきことが『食料問題』であることは、間違っちゃいないのだが彼女らしいといえばらしい。ちゃんと、俺の心配をしてくれることも。
「戦争なんてだめだよね! 武器をとりあうのなんか絶対だめ! 怖い武器は、やっぱり壊しちゃうのが一番いいよ!」
確かに、何かを奪い合うことで殺し合いをするくらいならば、その原因自体を亡きものとしてしまう事が、争いを無くすための最大の近道かもしれない。
力強くタツミは言うと、ロボットのエンジンをフル稼働させて更に飛行スピードを上げた。
全身の毛を撫ぜる風が、更に強まる。埃が目に入らない様に、俺は強く眼を閉じながら、飛ばされない様にタツミの膝の上で踏ん張った。




