6
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不愉快なアピールの一つに、不幸自慢というのがある。何についてもツイてないツイてないと悲壮感をアピールし、同情を引くための苛立たしいネガティブな主張だ。そういう人間ほど、実際そんなに不幸でも無かったりする。
ネガティブは嫌いである。くだらない事でウジウジと悩んでる様がどうしても気にくわない。
だが、そうは思うが、流石に今回ばかりはこれを言ってもいいだろう。今回これを言わずして、一体何処で言うというのだろう。これ以上にツイていない時など無いはずだ。言って良い。というか、これはアピールではなく状況説明なのだから、言っても問題ないはずだ。
「……最悪だ」
呟いてヨツヤは、留置所の、見る影も無くなった瓦礫の山から這い出た。
外は既に暗く、横を見ると留置所ほどではないが崩壊している警察署が見えた。動いている人間の気配は無い。皆、脱出したかこの瓦礫の下敷きになっているのだろう。とは言っても、何やら不遜な輩と手を組んでいた警察共である。ヨツヤの良心は微塵も痛まない。
辺りを見渡してみると、うつ伏せになって伸びているカグラの姿を見つけた。生きているのか死んでいるのか定かではないが、両手にアサルトライフルを持ってぶっ放していた女がこれくらいの事で死ぬとも思えなかった。
カグラは留置所内で、最悪だ、ロクなことが無い、とぼやいていたが、ヨツヤからすれば、こっちの台詞である。これ以上の不幸は向こう一年無いのではないか、と思うほどロクでも無い日であった。
「おおおおおおっと手がすべったああああああああ!!」
ふとそこへ。ヨツヤの上空に巨大な影が現れたかと思うと、あからさまに白々しい愉快そうな叫び声と共に平たい鉄の塊がヨツヤの頭上から降って来た。
タツミが操作する、球体ロボットの足である。ヨツヤを踏みつぶさんと降ろされたその足の裏は、周りの瓦礫もろとも更に破壊して地面に沈む。
「うわー、しまったー! ヨツヤがいるの気付かずに踏みつぶしてしまったー、かなしーなあ、かなしー事故だ! タツミは泣く! うわーん」
棒読みで、更に大げさなまでのタツミの泣き声が夜空に響く。
球体ロボットのコックピットに乗っていたタツミは、手元のレバーから手を離してわんわんと泣いた。
「何が……事故だこのクソガキ!」
「あれっ?」
振り下ろした足の下から怒りに震える声が聞こえ、ぐらりと機体が揺れたかと思うと、タツミの乗ったロボットはグラリとバランスを崩して片足で全体を支えながら斜めになった。
踏みつぶされて堪るか、と怒ったヨツヤが、ロボットの足の裏を持ちあげて瓦礫の山から復活したのである。
「う、うわーい、ヨツヤ生きてたー、ヨカッター」
「白々しいんだよ! 棒読みだバカ!」
頭上のコックピットを睨んで叫ぶと、ヨツヤは勢い良くロボットの足を放り投げた。
支えをなくした機体は、大きくバランスを崩してゆっくり横に倒れる。
「おっとと!」
地面に転倒する前に、タツミはロボットの両足を機体の中にしまいこみ、ジェットエンジンを稼働させ飛行モードに移った。
大分飛行にも慣れて来たのか、白い蒸気を吹き出しながらも機体はユラユラと揺れて空中に浮かぶ。
「……便利な玩具だぜ」
ヨツヤは宙に浮かぶ鉄の塊を見上げて呆れた様な、疲れた様な溜息をついて言った。
心なしか、昼間街道で見かけたよりもごっつくて装甲も安定している様に見える。どこかで改良したのかもしれない、とヨツヤは思った。
「う…、うん……? いたた、何? 何があったの?」
ヨツヤの背後で、物音と共に弱々しい声がした。カグラが目を覚ましたようで、頭をおさえて上体を起こした彼女がヨツヤを見つけて怪訝そうに顔をしかめた。
「……何でアンタがここに」
「何でって、お前、よーく頭振って周り見てみろ」
呆れたようにヨツヤに言われ、カグラはどこか釈然としないまま辺りを見渡す。
見覚えのある警察署が、まるで爆撃でも食らったかのように崩壊しており、彼女自身の周りも瓦礫の山と化しているのを見て、カグラは驚愕に目を丸くした。
「なっ…なななっ……! 何よこれ!」
「全部コイツがやった」
「ってえええ!?」
ヨツヤの後ろでユラユラと揺れながら浮遊する球体ロボットと、そのコックピットから手を振るタツミの姿を見て、納得した様な、やはり釈然としない様な気持になり、カグラは引き攣り笑いを浮かべた。
「はっ! 私の金は!?」
ハッと顔を上げて、カグラは我に返った様にキョロキョロと辺りを見渡す。
この状況になっても金のことが頭から抜けない彼女の執着心に、ヨツヤは溜息をついた。
「知るか。その瓦礫の下にでも埋もれてんじゃねえの」
「いやあああああああ! じょ、冗談じゃない!」
頭を抱えて、カグラは絶望した様に言うと、慌てて傍の瓦礫を掘り返し始めた。
もうこの女には何を言ってもだめらしい。ヨツヤは心中で溜息をつく。
「そうそうヨツヤ、あのね、タツミがぶっ壊した留置所の下にね、でっかい穴が開いたんだけど」
「……はあ?」
頭上から落ちて来たタツミの声に、ヨツヤは怪訝そうに顔をしかめてコックピットを見上げる。
「その下に部屋があってね、ツッキーいたんだけど。引き上げるの手伝ってくれない?」
「……」
「カグリンはそれどころじゃないみたいだから」
なんでツキシマまでもがここに居るのだ、と問いかけたいところではあったが、タツミから詳しい事情など聞けるとも思えないので、ヨツヤは苦い顔をしながら面倒くさそうに頷いた。
*
崩壊した留置所の瓦礫の陰から、白い影が警察署の駐車場に向かって走った。
白衣を着た女だった。背は低く、サイズの合っていないダボダボのズボンにをはいて、白衣の下に薄いグレイのシャツを着た女だ。クリーム色の長髪は好き放題に伸びていて、まとめることは不可能の様に見える。深い青色の両目には、小顔には大きすぎるくらいの分厚い眼鏡をかけていて、不機嫌そうな半眼は駐車場に停まるジープを映している。
「首尾はどうだった」
ジープの運転席に座っていた、カーキ色のロングコートのフードを深く被った人物が、低いハスキーな声で問いかけた。低いのは低い声なのだが、節々は高い様にも聞こえ、性別の判断が付きにくい。
クチ元には厳つい防毒マスクのフィルターが月明かりを反射しており、フィルター越しのせいで、その声がさらに性別判断しにくくなっている。
「もー、最悪デス。留置所共々研究施設は完全崩壊。更に小火まで起こってもう戻れまセン。署長も殺されマシタし、ここはもう使い物になりまセンね」
白衣の女が助手席に乗り込むのを見ると、フードを目深に被った人物はアクセルを踏んでUターンし、砂埃を巻き上げて駐車場を抜けた。
メトロのデコボコの大地を走ってジープは大きく揺れる。最悪な乗り心地にか、それとも研究施設と署長の末路にか、白衣の女は不満そうに顔をしかめる。
「いやあ、貴方方から『ノアメトロの署長は使える』ってステキな情報を頂いたのに、上手く使えずに申し訳ない限りデ、資金施設提供共々最高な環境だったんデスけどねえ。そう思うでショウ、ジンさん」
白衣の女が運転手に問いかける。ジンと呼ばれた人物は、防毒マスクのフィルター越しにフンと笑った。
「さあな。シイナ達の基準はアタシらにはわからん。こっちは面白そうだと思って情報を売っただけさ」
ジンは含み笑いを交えて言った。シイナと呼ばれた白衣の女は、どこかジンに探りを入れる様に目を細めて笑う。
「ホントに面白そうだった、てだけの理由ならいいんデスけどねえ……」
「何?」
「イエイエ、こっちの話」
シイナがにんまりと笑って答える。
「まあ、データのバックアップは持ち出せマシたし、署長とも縁が切れたのでヨシとしまショウ。彼は、ワレワレの思想とは少々ズレがあったノデ。早々に縁を切りたいトコだったのデス」
「バックアップは持ち出せてたのか。じゃあアンタ、なんで施設に戻ったんだ?」
ジンが視線を僅かにシイナに投げて問いかける。するとシイナは、忌々しげに顔を歪めてシートの背もたれに深く背中を預けた。
「今回研究の邪魔をしてくれた奴らの顔を覚えておいてやろうと思いまシテね。全く腹立たしいデスよあの二人組。変な赤マントとガスマスクの奴。ブラックリストに乗せておかナイと……」
「ガスマスク?」
ジンが怪訝そうな声を上げる。それに、シイナは、ああ、と思いだしたように言った。
「そう言えば、ジンさんもマスクしてマシタね。あ、いやヤツは顔全体を覆うマスクだったんデスけど、流行ってるんデス?」
「知らん」
「そういえばソイツもカーキのロングコート着てたんデスよ。ちょうど、ジンさんみたいにフードも被って……ハ! まさかジンさん、ヤツらの仲間デハ……」
「……」
ジト目で不審げな視線を送って来るシイナを無視して、ジンは無言のままハンドルを握って強くアクセルを踏む。
荒野を走るジープの速度が加速して、シイナの呼吸を圧迫した。天井の無いオープンカーの古ぼけたジープは、更に強く風を切ってジンが被っていたフードをバサリと飛ばした。
「…おいシイナ。ソイツはもしかして、ごっついガスマスクをしてバカに身長がでかくて……どっかビビリで、人に流されやすくて自分の意見を全く持っていないで、すぐに諦めがちで無防備なくせに中途半端に人がよくて、しかも小動物が好きで見てるとなんか滅茶苦茶イライラしてくるような奴か?」
「は? え? ジンさん、一体何を言ってるんデスか? わかりませんよそんなコト、対峙したわけじゃありまセンし……」
ジンの問いに、シイナは首を傾げて答える。遠目に見ただけなのだから、そんな細かな人物像までわかるわけがない。
「……そうか、それじゃあ、ソイツはもしかして、一言も喋らない、不死身の二丁拳銃使いか?」
ぐるりと、ジンはシイナに顔を向けて問いかける。
フードの中に隠されていたセミロングの金髪は、メトロの乾いた風に軋んで後ろに靡いており、髪の色と同色の金色の左目は、大きく見開かれてシイナを映してギロリと光る。対して右目は長い前髪に隠されていて、その下からのぞく機械的な赤い光が目に毒々しい。
「……わ、わかりませんってそんなコト。遠目から見ただけデスし…。第一、不死身な人間なんているわけないデショ」
どこかただ事ではない様子のジンに、シイナは若干声を震わせて答えた。
「……それも、そうだな」
僅かに間をおいて、納得した様に頷いたジンは再び視線を前方に向けた。
厚い雲に覆われたメトロの空では星一つ見えず、乾いた空気は肌を痛ませる。
シイナは、クチ元を厳つい防毒マスクで覆われ心情の全く読みとれないジンの横顔を見つめながら、困った様に溜息をついて目を細めた。
「トニカク、今回の件をボスに報告しナイと……。エストメトロまでどれくらいかかりマス?」
「車だからな。順調に走って丸二日」
「……エクスプレスの切符買いまショウヨ」
シイナのあからさまに嫌そう声が、エンジン音と共にメトロの風に乗って響いたが、ジンは聞こえない振りをしてアクセルをさらに強く踏んだ。
**
警察署での騒ぎが明るみになった後のノアメトロは大忙しであった。
警察署内の半数以上が、地下での研究やギャングと署長が手を組んでいた事を知っており、そのうえで署長に協力していた事、その見返りが『ネイロイ』という非合法麻薬であった事。更に、ノアメトロの汚職が発覚したことにより、他の街の警察署内でも芋づる式に警察官の麻薬の所持が発覚した。同様に、メトロ内でネイロイの売買を行っていたギャングたちも逮捕されることとなった。
警察署内のテコ入れは数日にわたって大規模に行われ、メトロ全土において人員の総入れ替えと、警察官としての意識向上運動が行われることになった。それらは、市民に不安を与えないため、という名目で警察管内で秘密裏に行われたが、実際の理由は粗方予想がつくだろう。ノアメトロ警察署の崩壊は、テロリスト達の報復ということで報道された。それによって、人々は、更に警察署から遠ざかる様になった。
かくして、警察管内での『悪』は一掃された様に見えた。事実はそうではないかもしれないが、取りこぼしはあるにしても以前よりも大分『マシ』になったには違いない。
そして、そんな大きな変化が起こった事を、事の発端である彼らは全く知る由もなかった。
彼らは、大きく分類すれば間違いなく『一般市民』であり、警察管内での出来事が耳に入る事は無かったのである。
なんとか合流を果たした彼らは、留置所の瓦礫の山の中で奇跡的に金券を掘り起こした事で狂喜していたカグラを引きずって、そっと警察署を後にしたのであった。
その後数日間。表では車両メンテナンスとセキュリティ強化、裏では警察官の大規模な人事異動を理由にエクスプレスが運行中止となった。再度街に足止めを食らった彼らは、そもそもの目的であった『お使い』の品を、家具店を襲ったギャング団『グリッドブレイク』から取り返し、適当に宿をとって呑気にノアメトロ観光を行うことにした。
以前、街中で争った二人は、一発触発のただならぬ雰囲気ではあったが、金券を再び手にして陽気で金払いの良くなったカグラの手によって、その場はバイキング形式の食事店の多大な犠牲によって丸くおさまった。その光景を見て、一人安堵の息を漏らしたツキシマがいた事は、恐らくその横に居たタツミしか知らないだろう。
何やら色々あったが、奇妙に円満としてノアメトロ観光を終えた彼らは、その日の昼、エクスプレス運行再開と共に列車に乗ってノアメトロを後にした。
「それで、リーシャは知ってるかい? ガスマスクには、ストローを差し込むチューブがあったんだ! ツキシマはずっとそれでジュースを飲んでたよ」
ノアメトロのスラム街の外れで、小さな修理屋兼玩具屋を営む少女、リーシャの車庫の中で愉快そうな声を上げて話す少年がいた。
赤いマントをクルクルとはためかせて話すカナメは、とても楽しそうで、窓から除く太陽の光を浴びてさらに明るく光る。
「へえ、そりゃ知らなかった。今度マスクを造る時は取り付け得てみようかな」
「それがいい。あれは便利そうだ!」
腕を組んで言うカナメの顔を見て、リーシャはクスリと笑う。いつもカナメは無駄に楽しそうで明るいが、今日はそれが飛びぬけている様に見える。
「そんなに楽しかったなら、その人たちについて行けばよかったのに。タツミも一緒なんだろ? お前に懐いてたみたいだし、良いと思うけどな」
リーシャが言うと、カナメは驚いたように目を丸くして首を傾げた。
まるでリーシャの言葉に疑問を抱くかのような表情に、思わずリーシャも首を傾げてしまう。
「何言ってるんだ。僕はヒーローだよ? ノアメトロの平和を守らなきゃいけないじゃないか」
「……お前は、どこまでもズレてるな。珍しく連日ウチに顔を出したから、お前、皆と別れてさびしがってるのかと思ったのに」
「さびしい?」
タツミと話をした時の様に、カナメはカクンと首を傾げた。その言葉の意味すら、まるでわからないかのように顔をしかめる。
「街の外に出るのは良い事だと思うけどな。視野が広がる。何より、平和を守るヒーローが、ノアメトロばっかり贔屓するっていうのも可笑しな話だしね」
「……そうかな」
リーシャの言葉に、カナメは目を細めて不意に窓の外を見た。
白い雲が空を覆い、薄い日光が雲と雲の間から差し込んでいる。この空の下に、このノアメトロの他にも広いメトロが存在するかと思うと、確かに言い知れぬ孤独感を感じる。それが『さびしい』というものなのかどうかと言ったら、まだカナメには理解できないが。
「メトロは、広いんだな」
ぼんやりと空を見つめながら呟くカナメに、リーシャは、今さらか、と笑いながら答えた。
*
「なんでだ。なんで勝てない」
エクスプレスの娯楽室の中で、ソファに腰掛けて腕を組みながら、じっと目の前のチェス盤を睨みつけるヨツヤが実に不満そうに言った。
完全に詰みの状態にあるチェス盤を睨むヨツヤの向かい側に座るのは、無言のままノアメトロの古書店で買った文庫本のページをめくるツキシマの姿である。
ツキシマは、ヨツヤの声に答えることなく本の文面に目を走らせている。まるでチェス盤を見ていない。
「……」
対局中もそうだった。ツキシマはまったく盤面を見ず、本ばかり目で追ってヨツヤの相手をしていた。実際は見ていたのかもしれないが、本のページをめくるスピードが変わらなかったので見たとしても一瞬だっただろう。
完璧に舐められていると知って、どうにか打ち負かしてやろうと意気込んだものの、結果はヨツヤの完敗である。
少なくとも、暇つぶしにチェスでもしようと持ちかけたのはヨツヤだ。腕にはそれなりの自信があるのだ。
しかし、必死で敗因を探ろうとする自分に目もくれないツキシマに、ヨツヤは徐々に苛立ってくる。
「ーーーーっああああ! やってられっか! こんな頭ばっか使うゲームの何が楽しいんだよ! ツキシマァ! 殺し合いだ殺し合い! もう欲求不満でしょーがねえんだよ…! こんな列車降りて外で……」
「負けて逆切れとか、アンタ心の底からバカね」
チェス盤をひっくり返して今にもカタナを抜きそうになったヨツヤの横で、観戦していたカグラが呆れた様にせせら笑った。
すぐ傍であがった嘲りに、ヨツヤは舌打ちをしてカグラを睨む。
「はぁ? 誰がバカだって? え?」
「アンタしかいないじゃない。頭で勝てないから実力行使だなんて、典型的なバカのすることでしょ」
「俺がバカなんじゃねえよ。ツキシマがつええんだよ。ルールも知らねえバカ女は黙ってろ」
「結局勝てないから力に頼るんでしょ。脳筋の鑑ね、あーすごいすごい」
睨み合うカグラとヨツヤを横に、ツキシマは素知らぬ顔で本を読み続けた。もはやこのクチ喧嘩は日常茶飯事と化している。
すると、視界の端からどこか気落ちした面持ちで、青いスティックアイスキャンディを咥えながらタツミが歩み寄って来た。いつものニッコリとした元気な笑みはどこへ行ったのか、しょぼくれた様に俯いて、のろのろと歩きながらツキシマの膝の上に座る。
「ツッキーはこれから南の街に行くんだよね。カナメちゃんがいる北の街は、ちょっと遠いなあ」
「……」
背中を丸めてさびしそうにアイスをかじるタツミは、視線を落として足を揺らした。
タツミとカナメは歳も近いせいか、目立って仲が良かったようにツキシマも思う。友人との別れは、確かにとても辛いものだ。
ツキシマは、タツミを元気づける様にぽんと彼女の頭に手を置いた。旅には、出遭いもあれば別れもあるということを、タツミはこの歳で学んだのである。
「なぁに。北から南へなんて、線路沿いを走り続ければそのうち着くさ。言うほど遠くないよ」
「……そうかなあ」
「……」
突如横からあがった溌剌とした少年の声に、ツキシマは同意する様に数回頷くも、冷静にその聞き覚えのある声を記憶から呼び起こしてみて、恐る恐る顔を上げた。
「ハロー、短くも濃い日々を共に過ごした仲間たちよ! メトロのヒーローここに見参!」
「あ! カナメちゃんだ!」
「はあ?」
ビシィ! と決めポーズをとって、娯楽室の人々の視線を集める赤マントを羽織ったカナメの姿に、タツミは驚きと共に嬉しそうな声を上げ、カグラとヨツヤは共に怪訝そうに顔をしかめ、ツキシマは頭を抱えた。
「は、ハローじゃないわよ! アンタなんでここに!?」
突如現れたカナメに、カグラは目を白黒させつつも声を上げて突っ込んだ。
「そんなに驚く事でもないだろうカグラさん。ひとえにアレさ! ひとえに平和を守るためさ!」
カグラにとっては、すでにわけがわからなかった。カグラの突っ込みをヨツヤが繋ぐ。
「わけわからんけど。つーかお前、ノアメトロの平和を守るって言ってたんだろ。それはどうしたんだよ」
ヨツヤが半眼で問いかけると、カナメはなぜか胸を張って自信満々に答える。
「視野の狭い事を言うなあヨツヤは! ノアメトロだけを見ててもだめだと気付いたんだ! メトロは広い。メトロ全体の平和を守ることが、ヒーローとしてすべきことなんだ」
「よくわかんねえけどお前が俺をバカにしてるってのは良くわかった」
苛立ったようにヨツヤが吐き捨てる。つまりはアレである。ヨツヤにもカナメはよくわからない。
「つまり、僕は気が付いたんだよ。僕にはまだまだ修行が必要なんだ。世の中の悪を滅ぼすために、学ばなきゃいけないことがたくさんある。その一つが、ツキシマの様な丈夫な身体だ!」
「……」
突然話を振られ、ツキシマは文庫本を片手に石化したように固まった。
「僕はどんな攻撃にも屈しない、強い肉体が欲しいんだ。だからツキシマ! 僕に不死身を教える師匠になってくれ!」
おおよそ、人にものを頼む態度とは思えないような態度で、カナメはビシリとツキシマを指さして言った。
いったい何を言っているんだろうこの子は。ツキシマはカナメの言葉がうまく理解できないまま、ゆっくりとそう考えた。大体、不死身を教えろとはまるで意味が分からない。
「じゃあじゃあ、えっと、そういうことは…カナメちゃんもサースメトロ行く? タツミ達と一緒に行く?」
大きな目を見開いて、驚くタツミは両手を上げながら小さな体躯をアピールし、カナメを見上げて早口で問いかけた。その問いに、カナメはにんまりと笑う。
「そうだな。とりあえずは、サースメトロをパトロールするところから始めようか!」
ビシッと、高く天井を指差して言うカナメに、タツミは一瞬にして両目をキラキラと輝かせると、満面の笑みを浮かべて彼を見上げた。
「やった! やったー!!」
両手を上げながら、溶けだしたアイスの事も忘れて喜ぶタツミを横に、もうどうにでもなれと意気消沈したヨツヤとカグラを見て、ツキシマはタツミが元気になって安心した様な、またわけのわからないのが増えたな、と肩が重くなった様な、複雑な心境の中でふとある事に気付いた。
「……」
「ん?」
ツキシマは無言のまま、仁王立ちして笑みを浮かべているカナメに購入時の時刻が刻まれた切符を見せる。ツキシマとしては、出発の時はいなかったけど、いつの間に乗り込んだのだ、という意味で見せたのだが、カナメはよくわからない、と言った風に首を傾げた。
「何それ?」
「切符だよー。カナメちゃん、どうやって列車に乗って来たの?」
タツミが首を傾げて問いかける。ちゃんと改札をくぐって来たのなら、切符に見覚えが無いのは可笑しな話だ。
ツキシマが、何となく嫌な予感を感じた時、自信満々に笑うカナメが更に深く微笑んで、当然のことのようにグッと親指を立てて言い放った。
「もちろん、列車を追いかけて飛び乗った」
「駅員さん、ここに無賃乗車がいます」
カグラの呆れた様な突っ込みの後、駆け付けた駅員にカナメが連れて行かれることになったのは言うまでもない。
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