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「ハロー、リーシャ! 今日もメトロは平和かい?」
日も傾き始めた、スラム街の外れにあるスクラップ場の隅で、ひっそりと玩具屋兼修理屋を営んでいるエンジニアの少女リーシャは、機材が無造作に散らかった車庫に響いた声を聞いて、疲れた様に溜息をついて顔をあげた。
「……カナメか。何だ、まーた何か壊したのか?」
壊れかけのバンが駐車してある、トタンで囲まれた車庫の中で溜息交じりに声が上がった。
オイルの臭いが染み付いた、ブルーのツナギを着た背の高い少女のエンジニアは、億劫そうに立ち上がると額の汗を拭って声のあがった方を見る。
いつもの無駄に楽しげな笑みを浮かべたヘルメットの少年が、両手を腰に当てて仁王立ちしていた。
「はは、リーシャは相変わらず冗談が上手い。面白いよ」
皮肉が通じないカナメに、リーシャと呼ばれたエンジニアの少女は、短い前髪を掻きあげて苦笑する。
「何言ってんだ。毎日ボカボカ壊してるじゃないか」
「平和に犠牲は付き物だからな」
「とんでもない事言うね、このエゴイストが」
唾でも吐く様にリーシャは言うと、ツナギの袖をまくって車庫の外に立つカナメの傍に歩み寄った。
この少年が、自らこの車庫を訪れるだなんて珍しい。リーシャは細い眉を額に寄せてカナメを見る。
「で、何の用だい? お前が自分からアタシの前に現れるなんて、珍しい」
普段は、どこに住んでいるのだ、というほど神出鬼没で、メトロの街の陰に潜んでいるというのに。今回も、風聞以外で彼の姿を見たのは数か月ぶりである。
リーシャが問うと、カナメは懐かしくも忌々しいくらい変わらない笑顔で、勢い良く車庫の外のスクラップ山を指差した。
「何の事はない。少し、スクラップ場を見せて欲しいんだ。良いものがあったら、その部品も貰っても良いかな?」
車庫の外は、スクラップ場をなっている。今はもう使えなくなった機械の部品、車やラジオ、テレビ等が、クラッシュされて山積みにされているのだ。
「構わないけど。ガラクタしかないぞ。しかもお前、機械なんてわかるのか?」
怪訝そうに顔をしかめるリーシャに、カナメは何故かにんまりと得意げに笑って、再びビシッとスクラップ山を指差した。
「使うのは僕じゃない。彼女だ」
カナメの指差した方向を見てみると、スクラップ山の麓に小さな少女が立っているのが見えた。少女はぼろ布切れのような服を着ており、キラキラと大きな両目を輝かせながら、裸足でスクラップ山の周りをか駆け回っている。
「なんだぁ? あの子は」
「タツミ! ちょっとこっちに来てくれ!」
カナメが声をあげて少女を呼ぶと、その小さな少女は嬉しそうに両目を輝かせたままこちらに向かって走って来た。
タツミと呼ばれた少女は、リーシャの前で立ち止まると、ニッコリと人懐こい笑みを浮かべて彼女を見上げる。
「こんにちは! タツミです! ガラクタください!」
「え? え? はぁ?」
行儀よく、深くお辞儀をして自己紹介と共に図々しいお願いをするタツミに、リーシャはわけがわからず目を点にして首を傾げる。尽かさずカナメが割って入った。
「まぁ待ってくれ、タツミ。彼女はリーシャ。僕の良き理解者でここでブリキの玩具屋兼修理屋を営んでいるんだ」
「理解者ではないけどな。ええと、まぁ、そんなとこ」
覚えの無い紹介に、リーシャは間髪いれず否定する。カナメの紹介を、一生懸命頷きながら聞いていたタツミは、ニッコリと笑ってリーシャを見上げた。
「タツミ! よろしくあくしゅ!」
笑顔と共に差し出された、厚手のグローブを嵌めた手に、リーシャは僅かに驚くも、少し気恥ずかしげに笑ってその手を握った。
最初こそは可笑しな子だとは思ったが、礼儀正しいいい子の様だ、とリーシャは思う。
「で、なんでガラクタ? 持って行くのは構わないけど、使い物になるやつなんかないぞ」
タツミの手を離して、リーシャは怪訝そうに言った。それに、タツミは勢い良く首を横に振る。
「そんなことないよ! ここには、ポットくんを直せる部品がいっぱいあるよ!」
「ポット君?」
「あのロボットの事さ!」
そう言って、カナメが指差したガラクタ山の影に、大きな鉄の球体が転がっているのをリーシャは見た。
それが何であるかを理解するよりも先に、ツギハギのブリキ板や、大量のジャンク品でできた鉄球の武骨さとデザイン性の無さに、リーシャはポカンとクチを開けてそれを見上げた。
「なんだこりゃ。これがロボット?」
にわかには信じられず、リーシャは腕を組んで首を傾げる。
「そうさ。空を飛ぶんだ! すごいんだぞ!」
「はぁ、なるほど。これもまた、お前のヒーロー活動のお供なのね」
息を巻いて言うカナメに、リーシャは呆れたように溜息をついた。
リーシャがカナメに作ってやった、小型火炎放射機付きグローブと一緒で、このロボットも、彼のヒーロー活動を盛り上げる要因の一部であるらしい。恐らく、カナメが空飛ぶロボットに憧れて製作しているのだろうと、彼女は思う。
きっと、子供の遊びの延長線だろう。リーシャが与えてやったグローブならともかく、ブリキのガラクタで空飛ぶロボットなど作れるわけがない。というか、飛行機械などメトロには存在しない。夢半ばで諦めて、現実の世知辛さに落胆すると良い、と、リーシャは意地悪くにやつく。
「まぁ、好きにしな。ここにあるのは、玩具の部品にすらなれないガラクタの山さ。何を取っても誰も文句は言わないよ」
「やった! ありがとリっちゃん!」
リーシャの言葉に、タツミは飛び跳ねて喜ぶと、颯爽とスクラップ山に飛びついてソレを掘り起こした。
リっちゃんとは誰の事だ、と、リーシャは顔を引き攣らせる。しかし、嬉しそうに笑みを浮かべながら、球体の鉄の塊を見上げるカナメを見ると、リーシャの表情は無表情のそれに変わってしまった。
空飛ぶブリキロボットの完成が、さぞ楽しみなのだろう。子供らしいカナメの高揚に、リーシャは複雑そうに顔をしかめる。
「カナメ、お前、いつまでヒーローごっこを続けるつもりだ?」
投げられたリーシャの問いは、不意に強く吹いたメトロの風に乗ってカナメの耳に届いた。
「ごっこ?」
カナメは、彼女の声を聞いて困った様に首を傾げる。
その反応に、リーシャは奥歯を噛みしめて彼を睨んだ。
「ヒーローごっこだよ。いい加減、お前も気付いているんだろ。街の人間は、もうお前を必要としていないよ」
「……」
カナメは、訳がわからないとでもいう様にキョトンとした顔でリーシャを見つめた。
「ウチに来る街の客が、お前が出る度に何て言ってるか知ってるか? 『破壊屋が出た』ってさ。人が住めるくらいに平和になったこの街じゃ、今やお前はただのトラブルメーカーでしかない。昨日も店を壊して、今日は警察署だって? 悪い事は言わない。警察が動き出す前に、お前は普通の子供に戻るべきだ」
度を超えた力を持つ者の懲悪行為は、人々を恐怖させ、憤らせる。
その行為が、どんなに善意から行われるものであろうとも、受け取る側がそれを悪だというのなら、その行為は悪になる。カナメの行動は、街の住民にとって悪になりつつあるのだ。
「金にもならない慈善活動で、お前はとうとう悪党扱いだ。お前は正義を語りながら、悪党になるのか? お前が最も嫌う悪党だよ」
リーシャは、カナメがノアメトロの悪党共を倒し始めるずっと前から、彼の事を知っている。
だからこそ、何の利益も産まない彼の行動を咎める。一人の住民として、カナメの噂を聞く事の出来る彼女だからこそ、もう街に彼は必要ないとわかるのだ。
「街は、平和だよ。身勝手だと思うかもしれないが、この街にヒーローはもう必要ないんだ」
当然、カナメに救われたと感謝する人もいる。でもそれ以上に、彼をうっとおしがっている住民がいる事も確かだ。
リーシャは、カナメに普通に生きて欲しかった。人に恨まれるような危険な人生などでなく、自分の様に、街外れでひっそりと暮らす様な、一メトロの住民として暮らしてほしいのだ。
しかし、そんな彼女の願いは、彼の人懐こい笑みによって打ち砕かれた。
「僕がヒーローをやめても『悪』は残るよ」
ああ、と、リーシャは諦めた様に溜息をついた。
「僕は、誰かに必要とされているからヒーローをしているわけじゃない。悪党が許せないから戦うんだ。僕がヒーローをやめて、メトロ中の悪党が消えて無くなるなら、喜んでヒーローをやめるよ」
彼の笑みは、年相応の無邪気な物でもあり、同時に『悪』に対する恐ろしいまでの潔癖さを孕んだ、狂気的な物でもあった。
「どこかで、リーシャみたいに正しく生きている人が、悪党に殺されているかもしれない。何の罪もない子供たちが、悪い大人に玩具の様に扱われているかもしれない。それは、とても可笑しなことだ」
だから、悪党を殺すんだ、と、カナメはニッコリと笑って言った。
カナメの言葉は、正しく正論だった。正直者が馬鹿を見る、そんな世の中は可笑しい。でも、それが世の中ってものだから、リーシャはその理に準じて生きている。仕方がない、そう割り切って生きている。
しかし、カナメは違う。それに抗って、正直者は得をすべきだという。
「無理だよ。それは正しいけど、人の世から、心から完全に悪を取り去るのなんて無理だ。泡のように湧いてくる」
「でも、誰かがやらなきゃ始まらないだろう」
「それをカナメがやる必要があるのか?」
「僕は『やらされている』と思ったことは一度もない」
人にどう思われるか、などという事は、カナメにとって意味が無い事だった。
どう思われようと、彼がする事は一つ。悪党を殺す事。それ以外の感情や要素は、彼にとって何の意味もないのである。
「たとえ、破壊屋と言われても犯罪者と言われても、悪を駆逐するんだ。僕は、悪を決して許しはしない。それが、僕の正義だからね」
腰に手を当てて、自信満々に言い放ったカナメの瞳は、力強い光を放ってリーシャを見つめる。それを見て、彼女は観念したように溜息をついた。
「頑固だな。お前、ちゃんと金はあるのか? 無一文で野垂れ死んでも知らないぞ」
「心配ないよ。それにボランティアが慈善活動だって言うなら、君だってそうじゃないか」
ニコリと笑われ、リーシャはうっと息詰まる。
「ブリキの玩具作っては、スラム街の子供たちに配っているんだろう。それも立派な慈善活動だよ」
「うっさいな。お前のよりマシさ」
顔をしかめて照れたように言うリーシャに、カナメは声をあげて笑った。
「結局のところ、僕らはそういう人間なんだろうね」
仕方ないな、と、可笑しそうに笑うカナメを見て、リーシャは諦めた様に笑って肩を落とした。
やはり、こいつをどうにか言いくるめようとするのが無理だったのだ。幼馴染で、やはりどこか彼と似通っている自分には、この少年を止めることなど不可能なのだとリーシャは思う。
と、その時。不意に車庫の方から人の話し声が聞こえて来た。大きな声の男が数人、西日に照らされて長く伸びた影が、何やら文句を言いながら近づいてくる。
「あ、まずい!」
カナメは、男たちの声を聞くと、酷く焦った様に言って走り出した。スクラップ山を漁るタツミの横を過ぎ去り、軽やかに球体ロボットの装甲に足をかけて登り、コックピットの中に素早く身をひそめる。
「う? どうしたのー? カナメちゃーん」
コックピットに身を隠したカナメを見て、スクラップ山を漁っていたタツミは不思議そうに首を傾げた。タツミの声を聞いて、こっそりと頭を出したカナメが、クチ元に人差し指を当てて静かにするようにタツミにジェスチャーする。
すると、リーシャの傍から低い声が響いた。
「どうも、車の修理は終わったかい?」
スクラップ山の影から、数人の男が現れてリーシャに声をかけた瞬間、カナメは素早くコックピットの中に頭を引っ込めた。それを横目で確認しつつ、リーシャは男たちの方を向く。
しわくちゃの制服と、色あせた制帽に身を包んだ数人の警察官が、ニヒルな笑みを浮かべて立っていた。
「ああ。バンパーが陥没したバンなら、部品を変えて車庫に停まってるよ」
「いつも悪いね」
警察官たちは、幸いにもカナメの存在に気づいていないようである。警察とリーシャの他愛のない世間話を聞いて、カナメは球体ロボットのコックピットの中でほっと胸をなでおろした。
「で、なんでタツミまで一緒に隠れているんだ?」
カナメが頭を引っ込めた瞬間に、軽やかにコックピットに乗り込んで、彼を真似て一緒に身を隠す少女を横目で見て、カナメは顔をしかめて問いかけた。
少女は、キョトンとした顔で首を傾げた後、にっこりと楽しげに笑う。
「カナメちゃんがかくれたから! かくれんぼする?」
「しないよ」
状況は分からずとも、大きな声を出してはいけないというのはわかるようで、タツミは声を殺しながら言った。
かくれんぼはなし、と聞いて、タツミは不思議そうに首をかしげる。
「じゃあなんでかくれたの?」
タツミにしてみれば、隠れるなんて行為を遊びの場以外で使うなんてわからなかった。彼女の問いかけを聞きながら、カナメはそっと外の様子をうかがった。
「ヒーローは、特定の市民と仲良くしているところを見られてはいけないんだ。ヒーローは平等に、困っている人を助ける存在でなくちゃいけないからね」
カナメ的ヒーロー論からすれば、ヒーローは孤高でなくてはならない。ヒーローにとっての友人や家族というものは、ヒーローの弱点そのものになるからだ。そして、神出鬼没で、常にメトロで起きた事件を把握していなくてはならない。メトロの悪のある場所に、正義がなくてはいけないからだ。
そんなわけでカナメは、常にメトロの陰で生活している。今日のように、リーシャの前に自分から現れることは極稀である。
「えー、それじゃあカナメちゃん、お友達いないの?」
年端のいかない少女の無邪気な一言は、育ち盛りの少年の心にぐさりと突き刺さった。
「友達よりも、悪党をやっつけることの方が大事さ」
苦し紛れに笑いながら、カナメは答えた。しかしそれは本心でもある。悪が栄えるくらいなら、何を投げ打ってでもそれを阻止したい。
「でも、それってそれって、さびしくない?」
「さびしい?」
タツミの問いかけに、カナメは不思議そうに首をかしげた。その言葉の意味自体がわからない、とでも言うような顔である。
「タツミは、いっしょに遊べるお友達がいなかったら、さびしくて嫌になっちゃうなー」
膝を抱え、鉄板でできたコックピットの足元を見つめながら、タツミは悲しげに眉を寄せてゆらゆらと体を揺らして続ける。
「あのねタツミもねー、前はねー、お人形のロイド君と一緒にばっかり遊んでたけど、やっぱりみんなで一緒に遊んだほうが楽しいと思うよ」
少女の言葉は、正しいことだとカナメは思った。
一人より、たくさんの方がいい。静かなのより、賑やかな方が当然いい。確かにそれは正しいことだと思うが、カナメにとっては、それが『さびしい』には繋がらない。友達は、いないよりもいた方がいいに決まっているのだが、一人でいることが苦だとカナメは思ったことがなかった。
だから、タツミの言っていることの意味が分からず、見当違いの言葉を返した。
「タツミには、友達がいっぱいいるんだな。人と仲良くすることはいいことだ!」
それを言うと、タツミは少しさびしそうに伏せていた顔をあげて、にっこりと眩いばかりの笑みを浮かべてカナメを見上げる。
「いるよ! ツッキーとババ抜きするのたのしい! ツッキーなんも言わないけどきっと楽しんでる! カグりんも、しょうがないなあって遊んでくれるよ! やさしいけど…怒るとすっごく怖い! あ、でもヨツヤはー、ダメ! 鬼だから! トイレついてきてくんないしー、アイス食べるしー、今日もタツミを助けてくんなかったし! あとあと、ヨツヤのでこぴんすっごく痛いよ!」
キィキィと高い声を上げながら、タツミは歯ぎしりをしてヨツヤの嫌なところを指折り数えて挙げはじめる。一度挙げはじめたら、些細なことまで憎らしくなってきたのか、最後には両手の指では数え切れなくなり、困ったように首を傾げながらタツミは自分の小さな手とにらめっこをする。
その光景を、なんだか微笑ましく感じてしまい、カナメは僅かに嬉しそうに口角を上げた。
「友達か、なるほど、友達っていうのはそういうものか」
友達とは、苦楽を共にし、時には助け合い慰め合うための存在であると、カナメは思っていたが、タツミを見ていると、そういう次元の存在ではないように思える。
彼女にとっては、一緒にいることが大事なのだ。それだけで、タツミは十分に楽しい。
「……ん? あれ」
頬を膨らませて激昂しながら話すタツミを横目に、カナメはコックピットからこっそり顔を出すと、ちょうど去って行く警察官の後ろ姿が見えた。
世間話は終わったらしい。修理の済んだバンに乗り込んで、リーシャの修理屋を後にする男たちを見ると、カナメは勢いよくコックピットから降りて警察官たちを見送るリーシャに近寄った。
「話はすんだのかい。けっこう長話だったね」
一人用のコックピットは中々に狭い。軽く身体の筋を伸ばして問いかけるカナメに、リーシャは頷いて向き直った。
「ああ、なんか研究用の器材?とかを売ってくれって言われてさ。でもうちにはそんなの置いてないから、他の店を紹介してやったところだ」
「研究?」
治安改善を職務とする警察官には、およそ縁の薄そうな単語に、カナメは首を傾げた。
「知らないのか。最近じゃ有名だよ。ノアメトロじゃ警察署が、クリーチャーから市民を守るための防衛策を研究してるって噂だ。化け物からの被害はそう多いわけじゃないけど、化け物を利用した人間の犯罪は多い。それを無くすための研究をしてるそうだ」
「犯罪を無くすための研究ってこと?」
「アタシが知るわけないだろ」
答えるリーシャの声音はそっけない。得意ではない接客業をしたために、疲れてしまった様である。
彼女の話を聞いて、カナメは一人考えた。最近働かない警察、クリーチャーを利用した犯罪、そしてそれを無くすための研究。噂話程度の少ない情報であるが、それらの単語が導き出す答えは、カナメにとってはたった一つの、しかも実にたまらなく面白い物となった。
「怪しい」
「は?」
「それはきっと、警察署の地下に秘密組織の研究施設があるに違いない!」
ひらめいた! と言わんばかりの明るい顔で宣言され、リーシャは思わず顔をしかめた。それに構わずカナメは続ける。
「どこぞの悪の組織が、クリーチャーの生態を解明せんと警察署を乗っ取って研究施設を作っているのさ! 街中で署長が無能だと呟かれているのもそのせいだ。署長は、悪の組織に殺されてしまったんだ。だから、実質警察署はその組織に乗っ取られたといえる。奴ら、クリーチャーの研究をして世界征服しようとしてるんだ。きっとそうに違いない!」
カナメの最大にして最悪の能力といえば、完全なる『決めつけ』であるとリーシャは知っている。一人こぶしを強く握りしめて、正義の闘志を燃やすカナメに、リーシャは呆れたようにクチを開いた。
「そんな馬鹿な話が……」
「タツミ! そのロボットの修理はあとどれくらいかかる!?」
リーシャの突込みなど聞く耳持たず、カナメはぐるりと反転すると静止したままのロボットに向けて声を上げた。彼の声を聞くと、ニッコリと嬉しそうに笑った少女がコックピットの中から顔を出した。
「もう行ける! エンジンオッケー、コントロールパネルオッケー、武器もいろいろオッケー! それじゃぁゴーゴー!」
一体何を積んだというのか、見た目こそは変わらないが、ジャンク品を調達して強化されたのであろう半球体ロボットは、タツミの掛け声とともにエンジンレバーを引かれ、爆発的なエンジン音を轟かせてガタガタと動き出した。いや、動き出したというよりも、痙攣している、と言った方がいいかもしれない。
「おおお! 動いてる動いてる! すごいぞ!」
両目を輝かせて絶賛するカナメは、そう言って痙攣する半球体ロボットに飛び乗った。コックピットは狭くて二人も乗り込めないため、カナメはロボットの側面に張り付いて、コックピットの縁に掴まって乗車している形となる。
「な、な、動くのかそれ!」
今にも大破しそうな揺れを起こしている半球体ロボットに、リーシャは震える声を上げた。それに、タツミはにっこりと笑って答える。
「飛ぶよ!」
タツミは楽しげに言うと、コックピットに取り付けられた青いボタンを強く押した。小さい指が、丸いボタンを押しこむと、球体は一層大きく揺れ始め、途端にタツミから向って左右の面から、ブリキの装甲を突き破って二枚の大きな羽が現れた。
金属製の重そうな羽は、上下左右に不安定に揺れながらブリキの破片をパラパラと落とす。タツミはさっき、ロボットの修理は終わったといっていたが、それは冗談に違いない。今のロボットの状態の方が、スクラップ場に運ばれてくる時よりもずっと損傷が激しいように見える。
「イイ! イイです! その調子だがんばれ!」
「それっていい調子なのか!?」
今にも爆発でもしてしまいそうなロボットに、エンジン音に紛れてリーシャの突っ込みが刺さる。そんな彼女の心配もなんのその。タツミは再び、エンジンレバーに手をかけた。
「よーし! 飛べえええ!!」
ガション、と軽快な音がして、機体は焦げるようなエンジンの臭いを放出してがさらに稼働し始める。
球体の下部に設置されていたジェットエンジンに赤い火が灯り、轟音と共に球体は僅かに浮上した。
「んな……なななななな!」
昼間の、バザールでの露店主人のような顔をして、リーシャは驚きのために言葉すら出ず不安定に浮遊する鉄の塊を見上げた。あんぐりとクチを開けて呆けているリーシャを見つけて、球体ロボットにしがみついているカナメはどこか得意げに笑う。
「ほら! 飛んだだろう! 変形もした! すごいんだタツミは!」
そりゃぁ、すごいと思う。しかしそれ以上に、驚きの方が大きい。リーシャにしてみれば、目の前で起こっている出来事が、空に鉄の塊が浮かんでいる事実が理解できない。ありえないことだし、彼女はこんな光景、ブラウン管テレビ越しでしか見たことがなかった。
「へへへ、リっちゃんが部品分けてくれたおかげだよ! ありがとー!」
少女の無邪気な声が、リーシャの頭上から降ってくる。コックピットから顔をのぞかせたタツミは、嬉しげに笑いながら片手を振っていた。その声にハッとして、リーシャは顔を上げる。
「タ、タツミ! その、その飛行技術って……一体……」
「よーし! 目指すは悪の研究所!」
リーシャの声は、機体の稼働音に溶けて消え、勢いよく叫んだタツミの声だけが夕焼けに染まりつつある空に大きく響く。タツミが叫んで操作レバーを引くと、球体は熱風を巻き上げてゆっくりと翼を動かし旋回した。方向転換すると、球体はジェットエンジンをさらに稼働させて、高く浮上しメトロの空に舞う。地上を舞う砂埃が視界を遮り、リーシャは思わず片腕で顔を覆った。
「……そんな馬鹿な」
空高く舞い上がり、轟音と共にあっという間に去って行った鉄球を見つめながら呟いたリーシャの呟きは、砂煙とともに掻き消えてしまい、その場には、ぼんやりと佇む彼女の姿だけが残されていた。
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「署長、クライン氏が到着いたしました」
薄暗くなりかけた警察署の署長室に、震えるような若い声が響いた。新人だが、出世欲に長けた強欲な青年であった。今回の取引を補助することで、署長に恩を売っておこうという魂胆の様である。ノアメトロの警察署署長、マーティン・ノールズ署長は、ドア付近に立つ青年を一瞥すると、無言のまま頷いた。
「ありがとう。大事なお客様だ。彼は応接室に通して差し上げてくれ」
「了解しました。……例の物は」
「残っている署員に見られては敵わないからな。施設内の小部屋にでも運んでもらえ」
新人警官は承知すると、一度敬礼をして外に出た。初々しくも卒のない青年の態度に、マーティンは感心すると共に呆れてため息をつく。
マーティンは、青年の思惑を知っていた。彼が燃え上がるような野心を持って、警察のする取引では決してないであろう今回の件に首を突っ込んだことを、彼はよく知っていた。果ては、己が出世欲のためだけに、ノアメトロの署長の座を奪おうとしているであろうことも、重々承知の上である。
それを承知で、マーティンは取引の伝令役に選んだ。いつか、若い青年が自分に対して牙を剥くとき、その武器として今回の取引の件を利用する恐れがあると知って。
にもかかわらず、何故マーティンは青年を署内の協力者として選んだのか。それは、偏にマーティン自身が、権力に固執した青年の憐れを思ったからに他ならない。
「権力とは、なんともおぞましい」
薄暗闇の中で、マーティンは笑みを浮かべながら言った。
あんなにも若い青年が、既に遠い未来を見据えて、いかにしたら高い位置まで上り詰めることができるのか。人よりも、どんな人よりも上に立って、いずれ多くの人間を使う存在へと成りたいと、善悪の区別すらつかなくなるほどに熱心に考えている。どこから湧いてくるのかもわからない、その絶大な野心の根源は、心の底に巣食う支配欲ではないだろうか。他人を支配し、組織を、そして果ては社会すら支配したいと思う欲求は、歳を追うごとに肥大し、留まることを知らない。
マーティンは思う。彼もまた、権力という悪魔に取りつかれた憐れな人間の一人であった。
しかし、そんな悪魔に取りつかれてからでも、彼は警察官としての職務を忘れない。
街に平和を。人々に安全を。それを成す為には何が必要なのだろうか。長年、頭を抱えて考え悩んだ末、彼は一つの結論に至った。
「権力と力は比例する。力あるものが権力者になればいい。だから、誰にも真似ることのできない、絶大なる力を」
彼は欲した。己が、メトロ最大の権力者となるために。誰も得られぬような、絶大な力を得ることで、混沌としたこの世界に秩序をもたらすために。そのために、彼には人外の力が必要だった。
不意にマーティンは、机の上に置かれた署内通信機の子機を手に取り、適当な番号を入力して耳にあてた。
「……私だ。ああ、サンプル体の選別試験に入れ」
短い会話を交わすと、マーティンは静かに子機を置いた。机に肘を付き、不敵ににたりと笑う。
もう少し、もう少しで、権力が手に入る。今回の取引で、大きく前進することができた。スケープ・ゴートとして、クライン氏には、感謝してもしきれないくらいである。
「すべては、メトロの安全のために」
男の憑りつかれた様な不気味な笑みが、薄暗い部屋の中にポッカリと浮かんでいた。
to be contenued…




