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Crazys!  作者: ノンアルコール
C,4-2 Every Metro For Your Safety.
26/65

 *


 ツキシマは、朦朧とした意識をしっかりと持ち直して、目の前で起こっている状況を含め、今自分が置かれている状況を冷静に考え直してみる事にした。

 その結果、幸運の女神というのは、実に気まぐれであるという結論にたどり着いた。

 謎の少年に追いかけ回されたその後、ツキシマはこの上なく乱暴な運転に目を回しながらも『幸運にも』五体満足で警察署の壁に激突したライトバンから抜けだした。こんな所で『幸運』が作用するなら、もっと早い段階で面倒事を回避するために作用してほしかったところである。

 そして、フラフラとした足取りで金の入ったボストンバックを抱えていたところ、騒ぎを聞きつけて警察署の付近まで駆けつけていた強盗団の仲間に連れられて、彼は今、スラム街のとある廃ビルの一室に押し込められていた。

 しかも目の前には、厳つい顔の男たちに囲まれた、スラム街の埃っぽい背景には浮き出てしまう様な、糊の張られたスーツを着た五十代ほどの小男が、見るからに高級そうな葉巻をくわえてじっとりとした視線をツキシマに向けている。

 どう見ても、ギャングのアジトである。どうしてこうなったのか。恐らくひとえに、運が悪かったのだろう。ツキシマは、運悪く強盗団に仲間と勘違いされ、運悪く謎の少年に追いかけ回され、運悪くその少年の傍にタツミがいた事で戦意喪失し、運悪くツキシマが乗り込んだライトバンが警察署の壁に激突し、運悪くその強盗団は実はギャングで、運悪くそのギャング団のボスと対面しているわけだ。

 ああこれは、どう考えてもツキシマの運気が最低なのだ。それが悪い。

 ツキシマの背後にも、数人の体格の良い男たちが控えており、部屋のドアを開けて紳士的に逃げる、などという事ができそうな穏やかな状況では無かった。

「ったく、なんでテメェらは俺の言う事が聞けないのかねぇ。若気の至りってんじゃ誤魔化せねぇぞ、全く……」

 葉巻をくわえた男は、溜息と共に紫煙を吐くと呆れたように頭を抱えて言った。

 当然のことながら、全く身に覚えの無い小言に、ツキシマは無言のままに首を傾げる。

「まぁ、わかるけどな。アレだろ? 昨日のリベンジって奴だろ。街道の家具屋を襲ったの邪魔されたとか。確かに俺達グリッドブレイクの名前に泥を塗ったあのガキは許せねぇ。だけどなぁ、俺はその前にテメェらに言ったはずだぜ。おい、何て言ったか覚えてるか?」

 肉厚の瞼の乗った半眼で睨まれるも、ツキシマは答える術も言葉も持ち合わせていないので、無言を貫くしか出来ない。しかし、非常に相手が怒っているのは理解できたので、困った様に首を振って辺りに視線を彷徨わせた。

「申し訳ありませんボス。どうやら、事故のせいで喉が潰れちまったらしく、コイツ声が出せないみたいなんですよ」

 ボスを含め、ギャング団のメンバーたちは、未だにツキシマを自分の組織の一員だと勘違いしているらしい。廃ビルに連れられて来る道中も、ツキシマは無言を通していたのだが、それが彼らギャングの中ではそのように結論付けられていたようだ。

 案外、世の中というのは都合よく回るものである、とツキシマは呑気に感心する。

「何ィ? チッ、本当にロクでもねぇなテメェらは! 人の言うことすらマトモに聞けねぇクズ共め! いいか? 俺はこう言ったんだ。近々でかい取引があるから、下手に暴れて人員を減らすんじゃねぇってな」

 ボスは、葉巻をくわえてギロリと室内に居るギャングたちを睨みつけた。彼の幾度もの修羅場を掻い潜った冷徹で鋭い眼光に当てられて、大の男たちはビクリと震えあがって黙りこむ。

「なのになんだこのザマは! 二日で六人も殺られやがって……。本当ならなァ、テメェらで起こした不始末にケジメをつけて貰うところだが、テメェは運がいい。今はそれどころじゃねぇ。夜の取引に向けて、これ以上人は減らせねぇからな」

 ボスは、ツキシマの目の前まで歩み寄ると、銃口の代わりに人差し指を彼の胸に突き付けて、脅す様に言った。

 どうやら、この男のクチ振りからするに、この場でツキシマは運良く命拾いしたようだ。本当に、どうでもいいところで『運が良い』とツキシマは落胆する。

「わかったか? わかったなら返事しろ木偶の棒が!」

「……!」

 唾を吐きながらボスがツキシマを怒鳴りつける。相手がどんな人間であれ、目の前で大声を出されるのは怖いものだ。ツキシマは、オロオロと慌てて近くのギャングたちに助けを求める様に顔を向けた。

「ボ、ボス……、ですから声が……」

「わーってるわい! チッ! 俺は先に先方の所へ行く。テメェらはブツを車に積んで持ってこい! 遅れたらタダじゃおかねぇからな」

「は、はい……」

 自分を囲んでいたギャングを引き連れ、ボスは怒鳴り声をあげると乱暴に部屋の扉を開けて出て行った。彼が出て行った後も、しばらくは足音と共にボスの小言が室内にまで聞こえて来た。それが聞こえなくなると、ようやく部屋のギャングたちは肩の荷が下りた様にホッとして溜息をつき、緊張を緩める。

「ったく、ボスもピリピリしてんなぁ」

「まあ、そりゃそうだろ。何せ今回の取引相手がなぁ」

 壁際で、ギャングたちが囁くのをツキシマは静かに聞いていた。

 先程のボスの話からもわかったが、このギャング団『グリッドブレイク』は、今日の夜何やら大きな取引を行うらしい。それも相手は、一組織の長が目に見えて緊張するほどの大きな組織だと言う事だ。

 ギャングたちの目を盗んで、この場所から颯爽と逃げ出す事は可能だが、そんな、どう考えてもロクでもなさそうな取引の存在を知ってしまっては、ツキシマも面倒事に巻き込まれたとはいえ、看過する事は出来ない。

 しばらく情報収集をしながら様子見をするかと、部屋から出て行くギャングたちの後に続いて退室しようとしたツキシマの肩が、不意に背後から掴まれた。

「おいおいどこ行くんだ。お前の仕事は、俺たちとブツの輸送だよ」

「……」

 いきなり肩を掴まれたので、正体がバレたのかと不安に思うも、それは一瞬の杞憂であった。

 肩を掴んだ明るい長髪の男と、その舎弟の様な背は低いがガタイの良い男に止められ、ツキシマは大人しく首を縦に振ると彼らの先導の元部屋を出る。

 どうやら、役割分担が決められていたようだ。抗議の声も挙げられない以上、大人しく従っておくのが吉だろう。

「それにしても、お前見ねぇ顔だな。新入りか?」

 髪の長い方の男に問われ、ツキシマはとりあえず適当に頷いておいた。すると、舎弟の男が怪訝そうに顔をしかめた後、ツキシマを小馬鹿にする様に笑った。

「今の、潰れかけのウチに入って来るなんざ、お前も馬鹿か物好きだね。まさか、ウチの現状を知らねぇってわけじゃあるまいよ」

「……」

 男の言わんとしている事が良くわからないので、ツキシマは肯定もせず否定もせずに沈黙する。

 すると、廃ビルの亀裂の入った階段を下りながら、舎弟を長髪の男が睨みつけた。

「やめねぇか。ボスの耳に入ったら、お前ぶっ殺されるぜ。一刻も早くこの状況から抜け出すために、今日の取引があるんだからよ」

 無駄な言葉を発さないと言う事は、相手に話をさせたい時に便利だ。

 視界の端で相槌さえ打っていれば、下手な質問も、否定もしないため、相手は自分のペースだけで好きなだけ喋る事ができる。聞いていない事、どうでもいい事、ツルツルと面白いくらいにクチを滑らせて男たちは語る。

「でも俺は、サツと取引きだなんて絶対嫌ですよ。あんな税金泥棒どもに、なんでアレを無償でくれてやらなきゃいけねーんだ。大損ですよこっちは」

「無償ってわけではないだろ。向こうは、アレを渡す代わりに、この前あのガキに捕まった仲間を解放してくれるって言うんだ。今の俺たちに必要なのは、人員よ。人さえいれば、アレはまだまだいくらでも手に入る」

 小さく、フツリと震える様に身体を強張らせて緊張したツキシマに、ギャングの二人は気付く様子も見せず文句を言いながら階段を下り続けた。

 どうやら、彼らの今夜の取引き相手と言うのは、どうにもノアメトロの警察であるらしい。果たしてその相手と言うのが、警察という組織全体なのか、それとも一部の汚職警官なのか。捕らわれているギャングの構成員を釈放する、という約束が取り付けられている辺り、警察署内でも高い地位の人間が取引相手と言う事だろう。

 先日のケイナの件で、ツキシマはカグラから、メトロには汚職警官が跋扈しているとは聞いている。

 エストメトロで麻薬を売りさばいていたギャング団の取引き相手に、警察が含まれていたからだ。他の街でも、警察とギャングが裏で繋がっていると言う可能性も無くはない。

 ならば、今夜のその取引き道具に使われる物とは何なのか。考え込まずとも、ツキシマの前を歩くギャングたちは、彼をソレの元へと先導してくれた。

「よーし、コレだ。外にトラックが停めてある。人目に注意して、全部荷台に運べ」

 ビルのエントランスに、両手で抱えられそうな大きさの木箱が、山の様に積まれていた。

 狭いエントランスに、足の踏み場も無くなってしまうほど積まれた木箱の蓋を、ツキシマは開けて中身を確認する。

 例え、どんな馬鹿がソレを見ようとも、決してソレを小麦粉か何かと間違えはしないだろう。透明の小袋に包まれた白い粉。人に、有らぬ甘い幻覚を見せ、心も身体も蝕んでいく悪魔の薬。

 木箱の中には、麻薬ネイロイがぎっしりと詰まっていたのである。

「おい、何ぼさっとしてんだ。さっさと運べ」

 長髪の男が、木箱の中を覗きながら立ち止まっているツキシマの背中をどついた。

 男は、ツキシマが無言のまま小さく頷いたのを見ると、満足げに息をついて、木箱を運び出す作業に戻った。


 捕えた犯罪者を釈放するという事は、メトロの治安を更に悪化させると言う事である。

 メトロの警察は、住民の安全を売ってまで、この粉が欲しいというのだろうか。それほどまでに、シティの存在がメトロを蝕んでいるというのだろうか。

 人は、どこまで腐り落ちることができるのだろう、とツキシマは思う。

 ケイナや『Arms』のマスターの様に、人間らしく輝いて生きている人たちはたくさんいる。彼らは生きている。一生懸命で、ひたむきに、ただ生きている。

 同じ人間なのに、何故こうも違うのだろうか。何故人は、欲に塗れた瞬間にこうも腐る事ができるのだろうか。

 ならば、その腐敗を止めねばならない。ツキシマは、生きている人たちが、いつかのケイナの様に悲しい涙を流すのを見るのは、もう二度と、絶対に御免なのである。



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