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ノアメトロの警察署には、それに併設される様にして留置所が建てられている。
賞金稼ぎ達や警察が捕えたギャングや犯罪者を、一時留保するための施設は、少し広いくらいでは間々ならない。特にこのノアメトロでは、とある『ヒーロー』の働きによって、一日に何人もの犯罪者が連行されてくるのである。それも、彼に出会って運良く生き延びた者だけであるが。
昼であるにもかかわらず、窓の無い留置所内はまるで刑務所である。冷たいコンクリートの壁に囲まれて、ギャングと刑務官の罵り合いを聞きながら、並大抵の犯罪者は『刑務所』に連れて行かれる前に憔悴しきってしまう事も多々あるらしい。
そんな暗い留置所の中で、憔悴等とは無縁とも言える様なある意味で溌剌とした声が響き渡った。
「ほんっっと! 本当にアンタといるとロクな事がないわ!なんで私がこんな辛気臭い場所に閉じ込められなきゃなんないのよ! 冗談じゃない!」
「はぁ? そりゃこっちの台詞だっつの。テメェの下手な運転のせいでこうなったんだろーが! 何で俺が悪い様に言われなきゃなんねーんだよ!」
通路を挟んで向かい合った狭い独房で、血の滲んだ包帯を頭に巻いたカグラとヨツヤが、鉄格子をガタガタと揺らしながら怒鳴り合っていた。
「そもそもアンタがバイク奪って追いかけるだなんていうのがいけなかったんでしょ! 私は巻き込まれただけ!」
「はいはい、すいませんでした。まさか俺もお前も、奪ったバイクが白バイだった事に気付けない間抜けだとは思わなくてなぁ」
「誰が間抜けですって? アンタみたいな直情馬鹿に言われたくないわよ!」
「テメェの他に誰がいんだよ。キーキー喚いてんじゃねーよばーか!」
堅牢な鉄格子で閉ざされた独房が並ぶ、コンクリート製の留置所内は、よく声が響く。隣り合った独房の囚人たちは、周りの迷惑など顧みない彼女らの罵り合いに互いに顔を見合わせて肩を竦めた。
少し前、街道に停められていたバイクを堂々と奪い、法定速度を越えた速さで街道を爆走し、挙句に商店の入口に突っ込んだカグラとヨツヤは、当然と言えば当然、窃盗器物破損等々の容疑で逮捕されることになった。と言っても、商店にバイクごと突っ込んで気絶していた二人を、警察が渋々連行したに過ぎない。
「家具屋は燃えてるしツキシマとははぐれるしバイクは店に突っ込むし、挙句の果てに犯罪者扱い……。酷い話よ」
「火事場泥棒した奴が何言ってんだ」
ハァ、と大きなため息をついて、絶望したように床にぺたりと座りこんで言うカグラに、ヨツヤは先日のカグラの行動を思い出して吐き捨てる様に言った。
「アンタみたいな、犯罪者予備軍と一緒にしないで」
カグラが、キッと鋭い視線でヨツヤを見る。自分が火事場泥棒なら、ヨツヤなどは、一歩間違えれば快楽殺人犯である。とんでもない。カグラなんかより、よっぽどこの留置所が似合うだろう。
しかしヨツヤは彼女の言葉が気に食わなかったようで、ムッと額に眉を寄せると苛立ったように返した。
「言っとくが、俺は人の法は犯さねぇぞ。……バイクは奪ったが、不可抗力だったんだ。お前といいあのヒーローってガキと言い、なんでそう俺を犯罪者扱いしたがるんだよ」
「……ヒーロー…。今、ヒーローと言ったか?」
ヨツヤの声が冷たい留置所内に響き渡ると、ヨツヤの隣の牢に捕らわれている男の囚人が、ふと顔を上げて問いかけた。
「ん? ああ。なんだ、アンタ知ってんのか?」
耳に入った囚人の声に、ヨツヤは顔をしかめて問い返す。すると、男はどこか可笑しそうに笑って答えた。
「当然知ってるさ。この街の住民なら誰もが知ってるね。知らねぇ奴はよそ者だ」
そうだそうだ、と、周りの囚人たちも笑いだす。カグラが顔をしかめた。
「……それ、私も街で聞いたわ。何なのヒーローって。全くわかんない」
「何って言われてもなぁ。そのままの意味だぜ」
男が、困った様な声で答えると、今度はカグラの隣の牢から声が響いた。
「街の平和を守る者。そして俺たちギャングの最大の敵さ。まあ、アイツに遭遇した悪人は八割方殺されるからな。逃げるか、生きて留置所に連れてこられるのは運がいい奴だけだ」
「ああ、そういえばバザールでのひったくり犯もぶっ殺されてたなぁ」
ヨツヤが、ぼんやりとした声で言った。生死を確認したわけではないが、顔が歪むほどに殴られて生きているというのも辛いものだろう。
「何それ。余計わからない。指名手配犯を殺したら、払われる報奨金は定額の三分の一。殺したら損じゃない。賞金稼ぎってわけじゃないの?」
だからこそ、賞金稼ぎで生計を立てるのは難しい。対象を生かして捕えると言うのは、手加減をして相手をしなくてはならないと言う事だからだ。
「いやだから、ヒーローだって」
「なんつーかな、そういう次元の存在じゃねぇわな。アレは」
「とりあえず、常識が通用しない相手、っていう事でいいのね」
カグラにしてみれば、指名手配犯を殺す事は何の意味もない。寧ろ、デメリットの方が大きい。かといって、悪人に生存権があるとは微塵も思っていないので、悪人を殺す事を咎めるわけではないが、ヒーローとやらの行動は理解に苦しむ。
「まあとにかく、アンタらはヒーローに出くわして生き残ったんだろ? 運がいいことだ。それに、今夜『搬出』があるからな。上手くやれば、その隙に脱獄できるかもしれねぇぜ」
「……搬出?」
留置所などと言う、非生産的な場所には酷く不自然な単語に、カグラは顔をしかめた。その声に、男の声が答える。
「おいおい、ここは留置所だぜ。刑が決まれば刑務所に連れて行かれる。当然だろ」
留置所の牢の数も、無限では無い。犯罪者の多いノアメトロでは、あっと言う間に独房が埋まってしまうのだ。
「それはわかるけど。でも、搬出って何よ? まるでこぞって囚人たちが連れていかれるみたい」
まるで、荷物か何かの様に。そんな風に言われている気がして、カグラは気分悪く言う。
「そうなんだよ。皆、一斉に連れて行かれるらしいんだ。荷物みたいに、トラックの荷台に乗せられてな」
「……何それ」
カグラは、怪訝そうに顔をしかめた。犯罪者が刑務所に移動するのはわかるが、こぞって連れて行かれるとはどういうことだろう。
しかしよくよく思い返してみれば、カグラは犯罪者が捕まった後、どうなるのか全く知らなかった。だが、それもそのはずである。賞金稼ぎ達は、捕えた犯罪者を警察署に引き渡すまでが仕事だ。その先、犯罪者がどうなるかなど知るはずがない。知る意味もない。
というかそもそも、刑務所なんてメトロにあったのだろうか。犯罪者の街の犯罪者を、更に集める様な施設が。
カグラは、意見を求める様に向かいの牢の中に居るヨツヤに視線を向けるが、ヨツヤは興味あるんだかないのだかわからない半眼を宙に漂わせるだけで、カグラに視線を合わせようとしなかった。
「まあ、噂なんだけどな。俺もここに入ってから初めて聞いた話だし、本当かどうかもわからねえ。でも実際外に居た時はサツに捕まった後どうなるかなんて知る由もなかったからな」
確かにカグラも、ここに入るまで犯罪者共を警察に突き出した後、彼らがどうなるかだなんて知らなかった。考えた事もなかった。というよりも、興味がなかった。
漠然と、捕まった犯罪者は、刑が決まり次第どこかで罪滅ぼしをするのだろうな、という程度の認識である。
それは、目の前のヨツヤも同じだろう。メトロの人間は、他人の事を気にしている余裕などない。
「でも、刑務所って……。一体何処にあるのよ。聞いた事もない」
少なくとも、カグラのよく知るサースメトロには、そのような施設は無かった。ノアメトロにあるとしても、南から北まで犯罪者達を搬送するのは大変な労力である。エクスプレスを使って犯罪者を運ぶのだとしたら、それなりに大きな仕事になるだろうし、住民がそのことを知らないはずが無いはずだ。
首を傾げるカグラに、更に男の囚人の声が答えた。
「噂によれば、シティに連れて行かれるらしい。あくまでも噂だけどな」
男の答えを聞いて、カグラが驚きに目を丸くした。こんな、犯罪者との会話の中で、シティの名前を聞くとは思わなかったのである。
「……ばっかばかしい。なんでここでシティの名前が出てくるのよ」
一瞬だけ驚いてしまったが、冷静になって考えてみればそんなことはあり得ないと言うのがわかる。シティは、中で発生したゴミを、メトロに放出するだけの場所だ。少なくとも、メトロからシティに何かが流れ込むなどあり得ない。色褪せた高い壁でかこまれた向こう側に入る術すら、メトロには無いのだから。
メトロとシティは、大地から空気まで断絶されているのである。
しかし、カグラがそれをクチにして反論するより先に、今まで黙りこんで話を聞くだけだったヨツヤが、突如愉快そうな声で笑い出した。
「は、ははは! なるほど、シティか! そうか、それなら納得がいく!」
「な、何よ。何笑ってんのよ気持ち悪いわね」
吹き出す様に笑いだしたヨツヤに、カグラが顔をしかめた。それを聞いて、ヨツヤは飛び上がる様に身を乗り出して鉄格子の向こう側に居るカグラを見る。
「この前、あの嬢ちゃんが言ってただろ。ナントカって麻薬をやると、シティの幻覚が見えるって」
「ああ、ケイナの事。麻薬は……確かネイロイ、だっけ」
カグラが、頭の中の記憶を手繰り寄せる様に言う。
先日エストメトロで再会したケイナが、ひとつ残らずふっ飛ばしたいと言っていたのが、ネイロイという麻薬であった。それは、人の理想を幻覚として見せる効果があるらしい。常時、シティに幻想の様な理想を抱いてもがき苦しんでいる、シティコンプレックス持ちの人間には依存度の高い麻薬であり、堪らなく甘い効果を発揮する非合法の薬である。
「それを聞いてから、ずっと可笑しいと思ってたんだ。メトロの人間は、シティの中を見た事がない。なのに、なんであの壁の向こうに『素晴らしい世界』が広がってると思うんだ?」
「……そりゃぁ、昔から言われ続けてる事だから。メトロとシティが隔絶されるより前に、富裕層が貧民層を追い払うために作られたのが、あの『壁』じゃない」
それは、メトロの人間ならば誰しもが知っている常識だった。
金持ちに見捨てられた貧乏人。それが、現在のメトロの住民の昔の姿である。だから当然、あの壁の向こうには金持ちの住む素晴らしい世界が広がっているのだ。
カグラの言葉を聞いて、ヨツヤは意地悪くニヤリと笑った。
「『昔の話』だろ。俺が言ってるのは『今』の話だ。昔はどうだったかは知らねぇ。でも、今は? 今のシティは、本当に『素晴らしい』場所なのか? 誰かが見たか? 誰かがあの壁の中に入ったのか? 今もあの中じゃ、金持ち共が毎日楽しくめでたく生活してると、本当に言えるのか?」
「……それは」
ヨツヤの言葉は、今までのカグラのメトロの常識に異を唱える物であった。
メトロで言えばシティとは、当然秩序の保たれた素晴らしい理想の世界の代名詞である。しかし、メトロとシティは巨大な壁によって断絶されている。そんなシティを誰も見た事がないのだ。
シティは素晴らしい、しかし、どこが? 問われて返せるメトロの住民が、一体どれくらいいるのだろうか。
「メトロ……、トラッシュシティ、見捨てられた街、誰がそう呼んだ? 一方的に『中』のゴミを吐き出すだけのシティを、どうして素晴らしい世界だと思える? ゴミや汚染物質を排出するだけの壁の『中』は、メトロなんかよりよっぽど汚い、ゴミの街だと思うのが普通じゃねぇか」
「……何よ、つまりアンタ、何が言いたいわけ?」
問うも、カグラは何となくヨツヤが言わんとする事が理解できた。
メトロの住民にとって、いつしか常識となってしまった、シティは、メトロと違って秩序の保たれた、素晴らしい街であるという事。何故そのような常識が広まっているのか。
メトロの空気が淀むほどに、ゴミを吐きだすシティを見ていれば、あの中はきっとゴミを産出するばかりの汚い世界なのだ、と考えるのが普通である。
なのに、どうしてメトロの人々は、口々に『シティは素晴らしい』と言うのだろう。
「メトロとシティは繋がってる。メトロの住民が、シティを『素晴らしい場所』だと言うのは、何処からかシティの中の情報が漏れてるからだ。シティの中を知る誰かが、メトロの人間に『そう』思わせてるに違いない」
「まるで陰謀論ね。火の無いところに煙は立たない、ってわけ? ラジオがたまに拾うシティの電波から、人々がシティを想像したって言う可能性は?」
「あんなノイズ混じりで、ごく稀にしか得られない情報で何を想像できるっていうんだ。だったら、シティとメトロはどこかで繋がってる、って考えた方が自然だろ」
ヨツヤが、馬鹿にする様に鼻で笑って答えた。それに、カグラは不機嫌そうに顔をしかめて黙り込む。
確かに、そう考えるのが自然だ。カグラにとってシティは、虚ろな存在だった。実際には有るのだが、カグラはその存在をハッキリと見る事ができなかった。気にするほどの、興味が無いのである。
そんな彼女だからこそわかる。あの『壁』の中を、メトロの人々は誰一人として見た事がないはずなのに、シティコンプレックスとなどというシティに実際以上の理想や期待を抱いてしまう病気が、メトロには蔓延している。
その病は、人が犯罪を犯してしまうほどに重く、正常な判断が出来なくなってしまうほどに心に深く根付く恐ろしいものである。
それに加えて、シティとメトロの歴史は長い。その中で、メトロは相も変わらずシティを羨んでいる。大昔と少しも変わらず、延々と、その羨望は月日が経つにつれ重くなっている。
それは、異常だった。単に、メトロとシティの貧富の差が大きすぎるせいでそのような病や羨望が発生したように思えるが、実際は、その貧富の差が目に見えてハッキリしているわけではないのだ。目の前で金持ちが安全な暮らしを送っているわけでも、消費しきれない食料を弄んでいるわけでもない。
ならば、何故人々は心を病むのか。断絶された壁の向こうを、当然の様に『素晴らしい』と言えるのか。
どこかで、シティとメトロが繋がっているからである。市民の知らない場所で、シティを知り、中の状況を噂として流している存在がいるからこそ、人々はシティを実感し、盲目的に崇拝するのだ。
「……なーんてな。ま、そうだったら面白れぇとは思ったが、ただの噂だしな。本気で考えるのもアホらしいわ」
腕を組んで、半ば本気で考え込んでいたカグラに、ヨツヤは話題を放り投げる様に言ってごろんと寝転がった。ひんやりとしたコンクリートの床が地味に気持ちがいい。
「なっ! アンタねぇ、本気っぽく言うからちょっと考えちゃったじゃない」
なんだか、真面目にシティとメトロの陰謀論について考え込んでしまった自分を馬鹿にされている様な気がして、カグラは寝転がったヨツヤを睨んで言った。
ヨツヤは、カグラの怒りなど素知らぬふりで、寝転んだまま両腕を枕にし、足を組んで眠そうに答える。
「知らねぇよ。そんな事もあるかもな、と思っただけ。つかシティとか興味ねぇし、どうでもいい」
「あ、アンタねぇ…!」
完全に睡眠の態勢に入ったヨツヤのぼんやりとした声に、カグラは拳を握りしめてワナワナと震えた。
熱しやすく冷めやすいと言うか、論議していたら勝手に相手が冷静になって『何熱くなってんの?』と馬鹿にされた時の言い知れぬ苛立ちというか、言葉にできぬ怒りを抱いて、カグラはヨツヤを睨んだ。
カグラが、ぶつけ所のない怒りを抱えていると、牢に挟まれた通路の奥の方から、コツコツと鋭い足音が響いた。
「おい、何を騒いでいる。静かにしていろ」
看守の厳しい声が留置所内に響き渡り、他で騒いでいた囚人たちも文句を言いながら静まり始めた。独房を見回りに来た二人の看守は、ぶつくさ文句を言う囚人をうっとおしそうに睨むと、見回りを続ける。
「ちょっと看守さん。私たちの調査は終わった? アレは事故だったのよ。だから冤罪、冤罪!」
看守たちが目の前まで来ると、カグラは鉄格子を握って訴える様に言った。それを聞いて、看守は疲れたような溜息をついて立ち止まる。
「お前らの調査は後回しだ。それよりも先に片付けないといけない事件があるからな。だから黙ってここにいろ」
「はぁ? 昨今の警察は、罪の無い一般市民を拘束できるほど偉くなったわけ? ちゃんと仕事しなさいよこの税金泥棒!」
カグラは、看守たちに八つ当たりするように声を大にして言った。彼女の言葉が癇に障った看守は、苛立った視線をカグラに向ける。
「この女……。というかお前の罪は窃盗罪だぞ。器物破損じゃないからな」
「えっ。ちょっと待ってよ、私言ったじゃない。私にバイクを盗ませたのはアイツだって! だから私は無実なの!」
向かいの牢の中で寝転んでいるヨツヤを指差して、カグラが訴える。それを聞いて看守はとぼけた様に首を傾げた。
「調書によれば、女は男が盗んだと言う。男は女が運転したと言う。バイクは運転しなきゃ盗めない。つまり盗んだのは女だと言う事だ。二人の供述が食い違ってちゃあマトモに捜査もできんわなぁ」
「なっ…なななな!!」
ニヤニヤと意地汚く笑う看守の顔を見て、カグラはキッとヨツヤを睨みつけた。
「アンタ! 嘘ついてんじゃないわよ! 盗んだのはアンタでしょ! 正直に言いなさい!」
「俺は本当の事しか言ってねぇよ。テメェが運転したのは事実だろーが。そいつらが勝手に事実を曲解してんだろ」
「ほ、ほら! こいつも罪認めてるし、私は釈放でもいいんじゃ…」
「今のは別に、罪を認めたわけじゃないだろう?」
「ですねぇ」
ニヤニヤと笑って顔を見合わせる看守たちに、カグラは怒りを通り越して絶望を感じ、驚愕して半歩後ろによろめくと、しゃがみこんでがくりと項垂れた。
「……これは、陰謀だわ。誰かが私を貶めようとしてるのよ。無実の罪でブタ箱行きだなんて……、笑えない……」
「誰が得すんだよその陰謀で」
膝を抱えて落ち込むカグラに、ヨツヤは呆れたように言った。
留置所には、看守たちの勝ち誇った様な歪な笑い声が響く。
「そりゃ当然、この前ケイナとギャング潰して儲けた私の金を……」
青くなった顔でヨツヤに答えながら、不意にカグラが顔をあげると、彼女の眼にとんでもない物が飛び込んできた。
笑みを浮かべながら、通路に立つ看守の胸ポケットに見覚えのある紙切れが、無造作に突っ込まれていたのである。
見紛うはずもない、アレは、先日エストメトロで儲けた金を、金券所で建て替えたカグラの金券である。留置所に連行された際に押収されていたのだ。
「そ、それ! それ、私の金じゃない! なんでアンタが持ってんの!?」
「あ? なんだ、これか?」
飛び起きる様にして鉄格子にしがみ付いて声をあげるカグラに、看守はポケットの金券を取り出してこれ見よがしにカグラに見せつけた。
「押収品を調べてた時に、たまたま俺のポケットに入っちまったらしい。いやー、困ったな。今からでも戻せるかねぇ?」
「なぁに、そんな紙切れ一枚誰も気づきゃしねぇよ。後でゴミ箱にでも捨てときな」
「ま、待て待て待て!」
金券をヒラヒラと風にはためかせて、看守たちは談笑しながら通路を再び歩き出した。
カグラの静止の声など聞かず、彼女の悲痛な叫びは看守たちの背中に向かって留置所内に虚しく響く。
鉄格子の間から伸ばされたカグラの手は、驚愕と絶望と怒りでワナワナと震えた。
「わ、私の金……。 私の金がぁ……」
今にも泣き出しそうな声でへたり込むカグラは、力の抜けた様に肩を落としてフラフラと独房の奥へと這うと、部屋の隅で壁に向かってしゃがみこみ、何やらブツブツと念仏の様な物を唱え始めた。
「殺してやる……殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺して」
眠そうな顔で寝転んでいたヨツヤも、カグラの怨念すら籠っていそうな独り言を聞いて苦い顔をすると、そっと起き上って部屋の隅で小さくなっているカグラの背中を見た。
「……大丈夫か? アイツ」
ヨツヤの呟きは、看守がいなくなって再び騒がしくなった留置所の喧騒の中に消えて行った。




