4
*
正直のところ、何が何だかわからない。そんな状態でも身体は動くもので、ライトバンの傍まで走って来たツキシマは息を整える暇も無く、ボストンバックを抱えながら他の防毒マスクの男たちに、バンの中に押し込まれた。
「よし、アイツは諦めたみてぇだな。すぐに出せ!」
リーダー格の防毒マスクが言うと、ライトバンの運転手はコクリと頷いてアクセルを踏んだ。乱暴な発進に、ツキシマは思わず前のめりになる。
バンに乗り込んだのは五人。助手席にリーダー格の男が乗り込み、運転席に一人と後部座席にツキシマを挟むようにして二人が乗り込んだ。
「いやー、それにしても見張りを置いとくなんて聞いて無かったぜ」
「まあ、確かに『アイツ』の事を考えたら、見張りを置いとくのが正解だよな。なあ、リーダー」
ツキシマを挟んだ男たちが、各々の防毒マスクを外しながら愉快そうに笑って言う。
「あ? 見張りを置いたのは、テメェらが勝手にやった事じゃねぇのか?」
助手席に座った男が、防毒マスクを外して怪訝そうに顔をしかめて言った。そして、ここでやっと、彼らの不思議そうな視線がライトバンの真ん中の席に座ったツキシマに注がれる。
ここに来てようやく、自分の置かれた状況をすっきりと理解したツキシマは、黙ったまま膝に乗せたボストンバックに頭を埋めて、ただひたすらに『サースメトロに帰りたい』と考えていた。
「は? じゃあこいつは……」
「おいお前ら! 後ろ見ろ!」
不審な声を上げる強盗たちの声を遮り、運転手の男がバックミラーを見ながら驚愕の声をあげた。
その声を聞いて、強盗たちは一斉にバンの汚れたリアウィンドウから後ろを見た。すると、彼らの目に先程までとは比べ物にならないほどのスピードで走って来るヘルメットの少年の姿が見えた。
「なっ何ぃぃ!?」
「お、追いつくのか!? 追いつかれるのか!?」
強盗たちが狼狽する。彼らの不安通り、少年はどんどんバンとの距離を詰めて来た。
運転手は、焦りで両手を震わせながらも、アクセルを更に踏み込んで長い街道を爆走した。
「う、撃て! とにかく撃ち殺せ!」
リーダーの男が言う。後部座席に乗っていた男たちは、拳銃を構えると窓から身を乗り出して背後から迫る少年へ向けて発砲した。
街道に響く銃声を聞きながら、ツキシマは、もうどうにでもなれと思っていたが、このままだと本当に少年は、足だけで車の速度に追いつきそうである。追いつかれたら、恐らくツキシマは強盗団の仲間だと勘違いされたまま、警察署へ連行されることだろう。もっと酷い目に遭うかもしれない。ここまで来たら、違うと言っても聞き入れてもらえるかわからない。散々揉め事に巻き込まれた経験はある。この流れだと、そうなるのは確実だろう。
ならば、強盗団の肩を持つ気はないが、ここは一度逃げて、安全に停車した後に車に乗っている強盗団を改めて捕まえる。そうだ、それがいい。そうすれば、ツキシマは痛い思いをしなくて済む。
ライトバンの天井は、幸いな事に人一人ならば外に身を乗り出せそうな、開閉式の窓の付いた作りになっている。ツキシマは数秒それを見上げた後、ホルスターからハンドガンを抜いてその窓に向かって銃口を向けた。
「おいテメェ! なにしてやが……」
助手席のリーダー格の男が言い終える前に、バンの中で数発の発砲音がして、強盗たちは震えあがった。そんなことはお構いなしに、ツキシマは硝子の破片を浴びながら拳で天井の窓を突き破って、そこから身を乗り出した。
かなりスピードが出ているのか、風がツキシマのフードを揺らす。
ツキシマは、抜いたハンドガンを後方に向けた。狙いは、バンを追ってくる少年。殺す事は無い。ただ、足を撃たせてもらうだけである。
しかし、追いかけてくる少年を見て、驚きのあまりトリガーに掛けるツキシマの指は、それを引くことなく硬直してしまった。
「あ! ツッキー! ツッキーだ! おーい!」
「……!?」
追いかけてくる少年のその後ろから、いつぞやの半球体のブリキロボットに乗ったタツミが楽しそうに手を振って追いかけてくる。
少年も、ツキシマの視線からタツミの存在に気付き、走りながら後方を向いて驚いたように目を丸くした。
「君は! な、なんだそれは! すごいかっこいいじゃないか!」
「えへへー、今度ヒーローも乗せてあげるね!」
目を輝かせて言う少年と、タツミが乗ったロボットが並んだ。
壮観である。そんなことより、何故ここにタツミがいるのか、保護者はどこに行った、保護者は、と混乱するツキシマの銃を構える手は、いつの間にかどんどん重くなる彼の頭を抱えていた。
「よし、それじゃあ、さっさと奴らを倒さないとな!」
タツミのロボットを目の当たりにした事によって、俄然やる気を出した少年は、ぎらりと両目を光らせると助走をつけたまま地面を蹴り、ライトバンに向かって跳躍した。
ドカン、と鈍い音がして、少年は見事バンのトランクの上に着地する。首元にベルトで固定する事も無く、ただ頭に乗っているだけの少年のヘルメットは、これだけの風を浴びても彼の頭から外れることなくメトロに降り注ぐ陽光を反射していた。
終に、車の揺れと共にバンに乗り込んできた少年に、強盗団たちは顔を蒼白とさせて言葉も無く拳銃を構える。
「……」
そしてツキシマは、こっそりとハンドガンをホルスターにしまい、諦めたように車内に身体を引っ込めると、先程と同じように膝に抱えたボストンバックに頭を埋めて『サースメトロに帰りたい』と切に願った。
*
「あー、もう。あー、もう。なんなのよアレ。アレ、人なの?」
ツキシマの乗り込んだライトバンを追う赤いマントのヘルメット少年を、更に追うカグラとヨツヤは、先程勝手に拝借した人様のバイクのアクセルを回しながら、驚きを通り越して呆れたような声をあげた。
「おいおい、メトロは広いんだぜ。中にはそりゃぁ、バイクで追いつけない速度で走る人間もいるさ」
「いてたまるか…、と言いたいところだけど。何でかな、私の周りの人間を見てると、どうもその言葉にも納得がいくわ」
人間ではない、化け物だ、とカグラは心の中で付け足す。類は友を呼ぶ、とはよく言ったものだ。ツキシマの周りには、見事そういう類の人間が集まる。
「んん? あれは……」
ゴーグルを装着した両目で、カグラは前方の街道のど真ん中にぽつんと佇む小さな人影を見た。見覚えのあるボロ布服のシルエット。白い髪のサイドテールを揺らす、タツミの姿である。
「あ、あの子! 何であんなところに!」
「あ? なんであのガキあんなとこにいんだ?」
カグラの背中から顔を覗かせて、ヨツヤが怪訝そうに言った。こういう訳のわからない事にならない様に、ヨツヤを保護者につけたのに。全く役割を果たしていない彼に、カグラはげんなりとして肩を落とす。
「なんでって、アンタねえ……」
カグラが呆れたように言いかけた時、不意に遠くから爆音がしたかと思うと、二人の頭上の陽光を黒い濃い影が遮った。
突然辺りが暗くなり、カグラとヨツヤは怪訝そうな顔をして同時に頭上を見上げる。するとそこには、カグラの乗るバイクの爆音に負けないくらいに騒々しいエンジン音を鳴り響かせながら飛行する鉄の塊が浮いていた。
「な、な……」
「……なんだこれ?」
驚きにクチをあんぐりと開けたまま、頭上の鉄の塊を見上げるカグラと、理解の範疇外であるが、頭上のコレはとりあえず訳のわからない物であると理解したヨツヤが、抑揚の無い声で言った。
その驚くべき飛行能力を兼ね備えた鉄の塊は、カグラのバイクを追いぬいてタツミの傍まで寄ると、不安定に宙に浮きながら急停止する。
街道に佇んでいた小さなタツミの姿がそれに乗り込むのを見て、更にカグラは驚きあまりの現実感の無さにいっそ気絶してしまいたくなった。
「百歩譲って、バイクで追いつけない人間がいたとするわ。でも、鉄の塊が空を飛ぶのって、どうなの?」
「……知らん」
さすがのヨツヤも考えたくなかったようだ。カグラの背中から、ムスっとした答えが返って来る。
前方の球体にタツミが乗り込むと、その鉄の塊は更にエンジンを稼働させて、勢い良く発進した。生ぬるい風と共に、鼻を覆いたくなるような排気ガスがカグラ達を包み込む。
「うわっ、ケホッ…ちょっと! ポンコツじゃないの!」
カグラの怒鳴り声は、重なるバイクと鉄球のエンジン音で掻き消された。
しかし、タツミが乗り込んだ鉄の塊が放つのは、排気ガスや漏れるオイルだけでは無かった。強力なジェットエンジンによって加速されたスピードに球体の装甲が耐えきれず、ボディに張り付けられているブリキの板が見る見るうちに剥がれて、その後ろを追うカグラ達のバイクに向かって飛んでくる。
「うわ! うわわわわっ!」
かなりの速度を出していたため、下手にハンドルを切る事が出来ず、前方から飛んでくるブリキ板に、カグラは思わずブレーキを踏んだ。
間にあわない。バイクと鉄板が衝突する瞬間、カグラは肩を竦めて首をすぼめた。
しかし、カグラ目の前に迫っていたブリキ板は、バイクと衝突する寸前に綺麗に縦真っ二つに斬られ、光の差し込んだその隙間から、バイクは更に滑走する。
「馬鹿お前、ちゃんと真っ直ぐ走れよ」
バイクの荷台に片足を立てて立ち上がり、刀を携えたヨツヤがよろめいた車体の上で焦った様に言った。視界の端で煌めくカタナの切っ先を見て、カグラは自分の頭上でそれが振り回された事を悟り、ゾッとする。
「アンタねえ…、人の頭の上でそんな危ないもの…!」
「前みろ、前」
「っ!」
今度は、大きなネジが飛んでくる。ヨツヤはそれを、まるで銃弾でも弾き返すかのように刀を振って地面にたたき落とし、風に乗って向かってくるブリキ板を次々と両断していく。
カグラは、耳元で響く風を斬る音に身を震わせながら、出来るだけ身を縮めて運転に集中した。
「……なんで私がこんな事を…」
苦い顔をして、ハンドルを握るカグラが呟いた。すると次の瞬間、二人を乗せたバイクはガクンと大きく揺れると、前輪からギュルギュルと嫌な音を立てて蛇行し始めた。
「こ、今度は何!?」
効かなくなったハンドルを握りながら、カグラが叫ぶ。バイクは、速度を保ちながらも乾いた地面を左右に蛇行して、商店前に出ている簡易露店に突っ込みそれを破壊しながら進む。
「なっ! 何やってんだよ! 真っ直ぐも走れねぇのか!?」
「タイヤがパンクした! ネジでも踏んだのよきっと!」
突如不安定になった運転に、地面に放り出されそうになったヨツヤが慌てて荷台に腰をおろして叫んだので、カグラも同様に叫んで答える。
バイクが突っ込んだ露店の商品が、無惨にも吹き飛ばされて宙を舞う。しかしバイクは、そんな事はお構いなしに砂埃を巻き上げて不安定に街道を走る。
「まずいまずいまずい、このままじゃまずい」
「何、何がまずいんだよ」
「ブレーキ効かないし、このままじゃどこかの店に突っ込むかも」
引き攣り笑いを浮かべたカグラが、肩越しにヨツヤに顔を向けて言った。
絶望的なまでの知らせに、ヨツヤはたらりと冷や汗を流して半眼で困った様にカグラを見る。
「そりゃぁ…、冗談だろ?」
エンジン音と重なって、乾いた笑いがあがる。
数秒後、街道に耳を塞ぎたくなるようなタイヤの擦れる音が響いた後、凶悪な破壊音が轟いて、一台のツアラーバイクがとある商店の入口に突っ込んだ。
*
キキィと、高い音を立ててライトバンが蛇行する。
その後ろで起こった大惨事など気に留める余裕も無く、トランクの上に乗った少年を振り落とさんと、バンの運転手は乱暴にハンドルを回した。
「クソ! クソ! 振り落としてやる! チクショウ!」
運転手は、少年が車の屋根に跳び移って来たと知るや否や、顔色を蒼白とさせ力任せにハンドルを切って車体を揺らした。
車内では、他の強盗たちが窓縁や手すりにしがみ付いて、身動きがまともにとれないほどの激しい揺れに耐えている。
「おい落ちつけ! 窓からガキを撃った方が早い! 落ち着いてちゃんと走れ!」
「落ち着いてられるかよ! チクショウチクショウ! 昨日も今日も邪魔されて! また失敗したら、ボスに殺される! 今度こそだ! 俺は死にたくねえ!」
運転手は気が狂ったように叫んでハンドルを切る。彼のその行動自体が、着実に彼が恐れる破滅の方向へと進んでいる事に彼自身が気付いていないようである。
助手席に乗ったリーダー格の男は、イラついたように舌打ちをすると、とにかく状況を確認するために前方のフロントガラスに視線を向けた。すると、車の天井に乗ったヘルメットの少年が、フロントガラスを挟んだ外側でニッコリと屈託の無い笑みを浮かべて男を見ていた。
「なっ…!」
男が声を上げる前に、少年は拳を勢いよくフロントガラスに叩きつける。
車自体が珍しいメトロである。強化ガラスなどあるわけも無く、少年の拳は見事にガラスに亀裂を走らせ車内に侵入した。
「つかまえた」
「ぎっ…!」
少年は車内に侵入した手で助手席の男の胸倉を掴むと、にんまりと狂気的な笑みを浮かべて外に引っ張り出した。
胸倉を勢い良く引かれ、男の顔面は割れ残ったフロントガラスをぶち破り、身体は前のめりになる形で車のボンネットの上に投げ出された。
「あああああ、あ、あががが」
ガラスの破片が顔に突き刺さり、男は鋭い痛みに悲鳴を上げる。
「腐れギャングめ。くたばれ」
ヘルメットの少年は、くるりと軽やかにボンネットの上に降りると、顔を血まみれにして奇声を上げている男の後頭部を掴みあげ拳を握りしめた。そして、ガラスの破片が刺さった顔を正面から殴りつける。
グシャッ、と砕け滴る様な音がして、奇声を発していた男はピタリと声を上げるのをやめ、ひっくり返る様にして再び助手席に収まった。
血に塗れ、もはや人間の顔とは思えないほどにおぞましい形となった仲間の頭部を見て、運転手の正気は更に下がる。
「う、うわああああああ!!」
「うおっと!」
言葉にできないほどの恐怖を絶叫に変え、運転手はアクセルを一気に踏み込んだ。急激なアクセルの踏みこみにより、車体は一度大きく揺れると更に加速する。
さすがの少年も、突然の加速の揺れによろめいて、ボンネットの上でフロントガラスの縁にしがみ付いた。
「こら待て! 街道の制限速度は六十キロだぞ! 規則違反だ!」
強盗団相手に血まみれの凄惨な死体を一つ作り上げておいて、少年は実にくだらない事に腹を立てる。そもそも、車に追いつくほどのスピードで街道を疾走していた少年が言っても、説得力の欠片も無い。まあ彼は、徒歩だったので例外なのかもしれないが。
少年の忠告など当然運転手の耳に届いてはおらず、運転手は混乱と恐怖でとにかくアクセルを踏み、ハンドルを握る。
「死んでたまるか死んでたまるか死んでたまるかあああああ!」
運転手は絶叫する。街道は、すでに露店の並ぶ商店街を通り過ぎ、ギャングやホームレスたちの蔓延るスラム街を抜けた。その先には大きな留置所が併設された警察署しかない。
正常なコントロールを失ったライトバンは、高い壁に囲まれた警察署に向かって、転がりそうになりながら砂の道を走り抜ける。
「ふ、ふ、ははははは! あははっははは、はははは!」
狂った様な笑い声を上げ、運転手はアクセルを踏み続ける。更に深く、更に深く。もう全てをこのライトバンという機械仕掛けの狂った暴君に任せるかのように。
後部座席から、運転手の暴走を止めようとする声が上がる。しかし彼には、もはや仲間の声など届かない。彼の耳に届くのは、自分自身の狂った笑い声と、今にも爆発しそうなエンジン音。彼が思うのは、目の前の憎たらしいヘルメット少年を、警察署の壁に叩きつけて汚らしい肉塊へと変えてやると言う事。
この暴走車ごと、あの邪魔なことこの上ないクソガキをぶち殺してやるのだ。
「あはははは、あ、あ? ああああ?」
不気味な笑い声を上げながらハンドルを握っていた運転手が、僅かにも正気を取り戻した時。彼の目の前には、冷たい灰色の煉瓦を組んだ高い警察署の壁が、目前まで迫っていた。
to be contenued...




