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目的の家具店を目指して、カグラと共に歩いていたところ、何かを見つけたカグラが小走りで先に行くのを見つめながら、ツキシマは不思議そうに首を傾げた。
何やら、揉め事か何かがあったようで、家具店の前に集まっている人々と会話しているカグラが見える。話し合いは、自分以外の者に任せればいい。ツキシマが出て行ったところで会話に参加する事は出来ないし、身の上を説明する手間も増えるので、ツキシマは少しその場に立ち止まって、様子を見る事にした。
とは言っても、ただ立ち止まっていては通行の邪魔になるだけである。ツキシマは、左右の道の端に立ち並ぶ商店に視線を向けながら、何か面白い店は無いかと探す。
すると、一件の古書店が目に留まった。店先には、ワゴンに積まれた古書が並べられており、どれも埃っぽくページは色褪せている。
そういえば。エストメトロからここまで来る際、タツミと『ジョーカーの在り処がすぐにわかるババ抜き』をしながら暇を潰して来たが、さすがに帰り道にもそれだけを行うのは精神的に辛いものがある。かといって、簡易遊技場で暇をつぶそうにも、興味を惹かれる物は無い。だったら、帰り道の車内では本を読んで過ごすのが無難であろう。
ツキシマは、弾んだ気持ちで古書店に近付いた。メトロでは珍しい、本の古臭い紙の臭いが漂っている。外に置いてあると言う事は、万が一盗られたとしても大した被害にならない程度の価値の本なのかもしれない。
ツキシマが、不意にワゴンに積まれた掌サイズの文庫本を手にとって開くと、店の扉が勢い良く開かれ、中から数人の男たちが勢いよく飛び出して来た。
「よし、大丈夫だ。アイツはまだ来てねえ」
「おう、さっさとずらかろうぜ」
店から出て来た男たちは、皆一様に防毒マスクを装着していた。ツキシマは、店から団体の男たちが、何やら慌ただしい様子で大きめのボストンバックを持って出て来た不信感よりも、その防毒マスクの彼らにふと親近感を覚えた。
「それがいいな。おい、見張り御苦労。お前もコレ持て!」
「……?」
一人、防毒マスクに親近感を覚えて彼らの間に混じっていると、男たちの一人が辺りに視線を配らせながら、抱えていたボストンバックの一つをツキシマに押しつけた。
何やら彼らは、ツキシマを自分達の仲間だと思っているらしいが、当の本人は訳もわからずそれを受け取り、両手で抱えて首を傾げた。
「あ、兄貴! 来ました! 奴が来ましたよ!」
他の防毒マスクが、街道の先を指差して慌てたように叫ぶ。その場にいた全員が、男の指差した方向に視線を向けた。
長く伸びた街道の先から、何者かが走ってくるのが見える。それも、物凄いスピードで走ってくる。それを見て、一同はゾッと背筋を凍らせた。
「に、逃げろォ!」
防毒マスクを付けた男たちはそう言うと、一斉に走り出した。
訳がわからずもたついていたツキシマも、彼らに無理矢理腕を引かれて流される様にして走り出す。
「待てエエエェェ!! 悪党達め! 今日こそ僕が、メトロの平和の為にぶっ殺してやるぞ!」
とんでもなく物騒な事を大声で叫びながら、街道を物凄いスピードで走って来る追跡者の少年は、色褪せた赤いマントをはためかせた。街道に出ていた人々は、その赤マントを見るなり慌てて店をたたんで屋内に逃げ込む。
「……! !?」
最初こそ、訳もわからず防毒マスクの男たちに流されて走り出したツキシマだったが、確実に後ろから距離を詰めて迫りくる少年の声を聞いて、いつしか防衛本能を起動させて本気で逃げ始めた。
捕まった後『あの時何故逃げた』と問われて『やましい事があったから逃げたんだろう』と責め立てられる話は良く聞くが、人間、何もしてなくても、やましい心が無くても、誰かに物凄いスピードで追いかけられたりしたら、嫌でも逃げたくなるものである。
何故自分はこんなに一生懸命逃げているんだろうと疑問を抱きながらも、ツキシマは背後から迫る少年に、獲物を追いかける肉食獣の如き恐怖を抱きながら街道を走り続けた。
*
焼け焦げた家屋の残骸の前に集まった人々の、ヒーロー論議を横耳で聞きながら、カグラは腕を組んで怪訝そうな目で彼らを見ていた。
すると突然、視界の端から端へと騒然と走り抜ける防毒マスクをつけたギャングの集団が見えた。
「え、あ、は?」
訳もわからず目をぱちくりとさせ、カグラは防毒マスク集団が走り去るのをぼんやりと見つめる。
中に、見覚えのあるフードの防毒マスクの男がいた気がしたが、いかんせん、男たちは全員防毒マスクをつけていたのですぐには判別しにくかった。
「ええと、ツキシマがいっぱい?」
頭の上に疑問符を浮かべながら首を傾げるカグラの耳に、更なる騒々しい声が飛び込んできた。
「待て待て待てえええええ! ふはは、追いかけっこか!? いいだろう! この僕から逃げられると思うなよ悪党!」
若い少年の声だった。その声が響き渡るとほぼ同時に、カグラの傍を突風が吹き荒れた。
「うわ!」
舞いあがる埃から両目を守ろうと目を閉じて、それを再び開いた瞬間には、声の主は既に走り去っており、カグラはその姿を見る事は叶わなかった。
「またアイツだ! おい、被害が出る前に店をたたむぞ!」
「お、おう!」
「あ、待ってよ! ちょっと!」
走り去る少年を見てから、商人たちは蜘蛛の子を散らす様に慌ててその場から立ち去り、家具店の店主までもが屋内に避難した。残されたカグラは、ポカンとして街道に一人佇む。
「な、何だって言うのよこれぇ…」
ツキシマは、何かに追われていたのだろうか。だとしても、何でそんな事に。カグラが目を離したほんの僅かな間に一体何が起きたと言うのか。アレは、満足にカグラの後を追ってくる事も出来ないのか。
そんな困惑と苛立ちが募る彼女の背後から、更に慌てた様な足音が近づいて来た。
「あ? なんでテメェがここにいんだよ」
何故か、若干苛立ったような声音で足音の主はカグラの横で立ち止まって言った。
ポカンとした顔で、カグラは相手を見る。怪訝そうな顔をしたヨツヤだった。
「なんでここに…って。そりゃこっちの台詞よ! ていうか、今ツキシマが! いっぱいのツキシマが! なんか変な奴に追われてて…」
「はぁ? わけわかんねぇし。つかなんでツキシマが追われてんだよ」
「私が知りたいわよそんな事!」
声を張り上げて言うカグラを無視して、ヨツヤはキョロキョロと辺りを見渡す。街道の商人たちは屋内から外の様子を恐る恐る覗っているようである。
そんな人気の引いた街道で、ヨツヤの目にある物が留まった。
「お、アレだ!」
「あ、ちょっと待て!」
急に走り出したヨツヤを追って、カグラが慌てて駆けだす。
カグラが追いかけるヨツヤは、何を思ったのか、とある商店の前に停まっていた白いツアラーバイクの荷台に飛び乗った。
「運転」
「は!?」
「運転しろよ。アイツ追っかけんの」
ヨツヤは、長い街道を土煙りを巻き上げながらひた走っている少年の背中を指差して淡々と言った。
カグラは、やはり困惑して声を上げる。
「馬鹿じゃないの!? 何で私が運転しなきゃなんないのよ!」
「俺が運転出来ねぇからに決まってんだろ」
「知るかそんな事!」
カグラが怒鳴りながらツッコミを入れると、話がわからないとでも言う様にヨツヤは面倒くさそうに舌打ちをして顔をしかめた。
「わかんねぇ女だな。早くしないとツキシマがボコられんだぞ」
確かに、ツキシマは追われていた。追われると言う事は、捕まると言う事だ。
どうせツキシマは、何か心当たりの無い事で巻き込まれたのだろうが、このまま放っておいたら面倒な事になりかねない様な気がする。カグラの直感がそう叫んでいる。
「……わかったわよ。ったくどいつもこいつも、誰一人私の思う様に動いてくれないわ!」
悪態をついて、カグラはバイクのグリップを握った。幸いにも、キーが刺さったままである。バイクの持ち主はよほど慌てて逃げ出したのだと見える。
ゴーグルを装着し、カグラがエンジンを回す。
狂った様なモーター音が街道に轟いて、鼻につくオイルと排気ガスの臭いを放ちながら、一台のツアラーバイクは乾いた街道を走り出した。
*
「もう少しで追いつくぞ! ははははは! 観念しろ悪党ども!」
少年は、履き古した便所サンダルを器用に足の裏に貼りつかせながら、色褪せた赤いマントをはためかせ、目の前を逃走する強盗集団を追って乾いた街道を走っていた。
クチでは余裕そうな台詞をかますも、少年はどこか思う様にスピードを出して走れずに、僅かに悶々としていた。
いつもならば、もっと早く走れるのに。ギャング如きの足ならば、あっと言う間に追いついてしまうのに。
なんとなく、身体が重い気がした。先程の戦いで受けた傷は、腕の傷だ。足には関係ないはずなのに。
顔をしかめて考える少年の視界に、不穏な機械が見えた。前方、強盗たちが逃げる先にあるのは、小さなライトバンである。アレに乗って、更に逃走すると言うのか。このままではまずい。
「……くっ」
少年は、踏み込んだ足で地面を強く踏み、摩擦で急ブレーキをかけて停まる事にした。少年の足は、数メートルほど砂の地面を滑り、埃を巻き上げながら急停止する。
「困ったな。今バンなんかに乗られたら逃げられてしまう」
少年は、困った様に顔をしかめて腕を組む。他に、追いかけられる術があればいいのだが。走っても無理なのであれば、それ以上にスピードの出る何か、というのが少年には想像できなかった。
と、そこへ。少年の左肩が一気に重くなった。がくり、と重心が右肩に傾き、少年は驚き目を見開いて僅かによろける。
「はろー? ヒーロー! 悪者たちはやっつけた?」
少年の耳元で、高い声がした。驚いて顔を自分の肩へ向けると、少年の肩を掴んで、マントの裾から小さな少女がにんまりと楽しそうな笑顔を覗かせているのが見えた。
先程、ひったくり犯に捕まっていた少女、タツミである。いつの間にか少年のマントの下にもぐりこみ、彼の背中にひっついて来ていたのであった。
彼女がくっついていたから、思う様にスピードが出せなかったのだ。
それに気付いて、少年は呆れた様な、驚いた様な、目の前の少女に一杯食わされた様な気持ちになって思わず苦笑した。
「あ、あー…、まだなんだ。実はちょっとピンチでね。悪党に逃げられそうになっていたんだ」
少年は困った様に言いながら、タツミを抱えて地面に下ろした。彼女の体重分だけ、身体が軽くなった。
地面に下ろされたタツミは、困った様に言う少年の顔を見て、ショックを受けた様に顔をしかめた。
「ええー! ヒーロー負けちゃうの!? 悪者やっつけられないの?」
心配そうに言うタツミ。その言葉を聞いて、少年は聞き捨てならない、とばかりに眉を寄せて拳を握り、ビシィと人差し指を空に向ける。
「心配する事は無いぞ少女よ! ヒーローというのは、大体一度ピンチに陥るものなんだ! そして、そこから脱却する瞬間が一番強いのだ!」
高らかに言うと、少年は空を指していた指をライトバンに乗り込んだ強盗たちに向けて、不敵に笑う。
そして片足の爪先で数回、軽く地面を叩くと、身体を調整する様に全身の筋肉を弛緩させ軽く跳躍し、ふわりと砂の上に立った。そして、すぐに身体に力を溜める。
「車なんかで、僕から逃げられると思うなよ」
少年はニヤリと笑うと、軽く地面を蹴って再び走り出した。
前方には、アクセルを一気に踏み込んで走り出した軽自動車。少年はその後を、土煙りを巻き上げ、空気を斬り、突風を巻き起こして、まるで小さな竜巻の様に街道を荒らしながら走り抜ける。目の前の悪党をぶちのめすためだけに、ただ真っ直ぐに走り抜ける。
その姿は、さながら風の様である。姿は見えないのに、確実に人々の横を過ぎ去り、街を散らかして行くのだ。
「すっごい! ヒーローすっごーい! タツミも負けられない!」
タツミは、茶色の布服を強風で巻き上げられながら、嬉しそうに両手を上げて飛び跳ねて喜ぶと、肩に斜めにかけたバックからリモコンを取り出した。
そして、ぽちっとリモコンに備え付けられたボタンを押す。すると、どこからともなく爆発的な轟音が鳴り響き、ステーションの方向から、数秒としない間にタツミの上空に半球体のブリキロボットが現れた。
「じつは、持って来ちゃってました!」
誰に言うでもなくタツミは楽しげに言うと、彼女のすぐ傍に着地したロボットのコックピットに軽やかに乗り込んだ。いつぞや、ツキシマを相手に奮闘していたジャンクマシンである。今にも大破しそうな危なっかしいソレは、ジェット機能を搭載し、まさかの飛行形態を可能としていた。
「よーし、タツミも悪者をおっかけます!」
コックピットに座ったタツミは、そう言いながら顔にゴーグルを装着すると、手元のレバーを引いてエンジンを勢いよく稼働させた。
耳障りなエンジン音がタツミの鼓膜を揺らし、蒸気とオイルをそこかしこから漏らしながら、その半球体の飛行型ロボットは動き出す。
ジェットエンジンの火が更に燃え上がり、ロボットは地面の数センチばかり上をホバリングするようにして加速した。少年の足に負けず劣らずのスピードで加速し始めたロボットは、埃っぽい街の空気を排気ガスによって更に黒く染め上げながら、街道を走り始めた。




