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Crazys!  作者: ノンアルコール
C,3-B Still alive.
19/65

 

 *


 麻薬倉庫を探すため、一階の探索に出ていたケイナは、見るからに怪しい部屋を見つけた。

 モーテル一階の、北の角部屋。今まで、何処を探してもギャング団員はいなかったのに、その部屋の前にだけ、アサルトライフルを構えたいかつい顔の男が立っている。しかも、やけにソワソワしいて落ち着きがない。まるで、何かを待っているようにも見える。

 ケイナは、その角部屋を真っ直ぐに見る事の出来る通路の角に身を隠して男を観察した。

 男について、考えられる事がいくつかある。

 一つ、男が立っているのは、ケイナが探している麻薬倉庫ではないだろうか。

 二つ、男は、その麻薬倉庫の見張りをしている。それと共に、見張りの交代を待っている。

 三つ、男の落ち着きの無さを見るに、見張りの交代はここ長く来ていない。それを男は不審に思っている。

 四つ、エントランスでの惨劇を知らない。そして、見張り交代が出来る、動けるギャング団員はもういない。


 となると、今ここは、ケイナの絶好のチャンスである。しかも男は、息をひそめるまだケイナの存在に気付いていない。

 自分の心音を、耳元で感じながら、ケイナは麻酔銃を握った。深呼吸をして、通路に飛び出た際のシュミレーションを行う。


 手を挙げろ! 動くな! 銃を降ろせ! よし、いいぞ、そのままゆっくりドアから離れろ!


 完璧だ。動揺し、困惑するギャングの表情まで、鮮明に思い描く事が出来た。

 ケイナは、意を決して大きく眼を見開く。銃が掌から零れ落ちないよう、しっかりと握りしめて。

 ぐっと息を呑むと、ケイナは勢い良く通路に飛び出して銃を構えた。

「て、手を挙げっ…挙げてください!」

「なっ、なんだテメェは!」

「ひゃああ!」

 勢い良く通路に飛び出したは良いが、台詞を噛んでしまい、更にガチャンと銃を構える音と、男の怒鳴り声を向けられケイナは思わず悲鳴を上げて、悲鳴と共にトリガーを引いた。

 バシュッ、と空気の抜ける音がして、銃口から麻酔弾が飛び出す。

「ぐっ!」

 運良く、麻酔弾が着弾した男は、呻き声を上げてその場に倒れた。

 恐怖のあまり両目を瞑っていたケイナは、男の呻き声を聞いてうっすらと、恐る恐る目を開ける。

「あ、あ、ああ……。ご、ごめんなさい!」

 男の様子を覗う為に、ゆっくりと扉に近寄ったケイナは、白目を剥いて眠っている男を跨ぐと、意味も無く謝罪をして部屋のドアを開けた。

 麻酔銃とはいえ、人を撃ってしまったと言う感覚は拭えないケイナだった。


 室内に入ると、ケイナは静かにドアを閉める。

 部屋の中は、普通のモーテル内にあるべき家具やベッドの類が綺麗に取り除かれており、代わりに、立方体の木箱が山の様に積み重ねられている。その光景を見て、ケイナはハッと息を呑んだ。

「……これ、全部ネイロイ? 輸送するつもりだったのかな。宛名が書いてある……」

 山積みにされた木箱に近付き、ケイナはその木箱の蓋を開けて中を見た。ビニールの袋に、白い粉がみっしりと詰まっている。これが、ネイロイだ。

 辺りを見渡してみると、エストメトロ警察署行きの木箱がある。ケイナは、難しい顔をしてそれを見つめた。

「…こっちは、シティアベンジャー行き…?」

 その宛名を見て、ケイナは更に顔をしかめる。

 シティアベンジャーなら、ケイナも良く知っている。先日、メトロエクスプレスジャック事件を起こした組織の事である。

 その構成は、全てが重度のシティコンプレックス持ちのメトロ住民であり、ギャング団、と言うよりは、テロリスト集団、と名した方がわかりやすい。

 麻薬、ネイロイの被害者には、末期のシティコンプレックスを患った人々が多いと聞く。そんな人々で構成されているシティアベンジャーは、ブルーファイアのカッコウの金ヅルだったのだろう。


 ケイナは、許せなかった。

 この麻薬のせいで、多くのシティコンプレックスの人々が苦しんで廃人となった。甘い甘言に惑わされる彼らも彼らだが、その弱みに付け込んで、金を絞りとり、その人生を狂わせたのだ。

 こんな物があるせいで、苦しむ人がいる。悲しむ人がいる。こんな、わけのわからない粉のせいで。


 メトロの闇に対する、言い様の無い怒りと悲しみを湧き起こした後で、ケイナはふと、違和感に気がついた。

 シティアベンジャーは、シティを想うあまり、シティを憎む様になった人々の集団である。そんな彼らにとって、シティの幻想を見せてくれるネイロイなどは、必要無いのではないのだろうか。既に彼らは、シティへの憧れを憎しみへと昇華させている。シティには、もう理想を抱いていないはずである。

 ならば、他の理想を幻覚で見ているのだろうか。シティでは無い理想、例えば、発展したメトロとか。

 しかし、シティアベンジャーは、シティへの憎しみを同源力として動いている。その他の要素は見当たらない。

 しかも、メトロ住民にとっても、麻薬とは身体に毒だと言う常識は浸透している。やりすぎれば、廃人になってしまう、と言う事も。

 だから、いくらシティアベンジャーといえど、そう簡単に手を出す代物では無い、とケイナは思う。

 ネイロイは主に、理想を持ってはいるが、力の無い人間たちが縋る物だからだ。



 少しだけ考えたが、今ケイナが知っている情報だけでは答えが出せない。

 とにかく今は、この部屋に爆弾を仕掛けるのが先だ。後の事は、それから考えれば良い。

 ケイナは、荷物の中から木箱を取り出して蓋を開けた。火薬が詰まった中で、四桁の電子盤が点滅している。

「…あれ、これ、どうやって時間設定するんだっけ…」

 ケイナの額に、嫌な汗が流れた。

 確かツキシマに教わったはずなのだが、色々な事があり過ぎて忘れてしまった。

 時間はあまりない。外で撃った麻酔弾が、どれほどの効力を持っているのかケイナは知らない。

 とにかく、こう言う時は適当にいじってみるに限る。起爆用の配線は把握しているので、間違って爆発する事は無いはずだ。多分。

 ケイナは、とりあえず色々と導線をいじってみる。

 起爆タイマーに繋がった物や、電源バッテリーに繋がった物をいじってみる。慎重に。

「あ、動いた!」

 ケイナの嬉しそうな、警戒心皆無の声が屋内に響いた。電子タイマーは、〇一:〇〇を示し、ケイナが起動スイッチを押す事も無く動き出す。

「あ、あれ?」

 動き出したタイマーは、真ん中のコロンを点滅させてカウントダウンを開始した。

 嫌な予感がケイナの背中を走る。しかし、カウントダウンは止まらない。着実に時を刻み、赤く光る数字は、危険信号の様に薄暗い部屋をボゥ、と照らす。

「わ、わわわっ…! に、に、逃げないと!」

 本来ならば、十分な時間を取って、カグラとヨツヤに爆弾の起動を知らせた後に爆発する予定だったのに。何を間違ったか、爆発までの残り時間は一分を切ってしまった。

 ケイナは慌てて立ち上がると、部屋の扉を開けて外に出た。ドアを開けると、先程麻酔銃で眠らせていたはずのギャングの男にぶつかった。ケイナがモタモタしていたせいで、麻酔が切れてしまったのである。

 慌てて部屋から出て来たケイナを見て、男は凶悪な眼光でケイナを睨みつけた。

「テメェ、さっきはよくも…」

「そ、そんな事言ってる場合じゃありません! 大変! 大変なんです!」

 男の言葉を遮って、ケイナは両腕を振りながら声を張り上げた。

 こうしている間にも、ケイナの後ろでは時限爆弾が魔のカウントダウンを行っている。そう思うと、ケイナの焦りは更に助長された。

「早く逃げてください! 爆発しちゃいますよ!」



 *


 毒を飲み続ける事によって、毒に対する抗体が出来上がった暗殺者の血は、解毒剤にもなると聞いた事がある。

 だから、大丈夫だろう。確かにさっきよりは、身体の調子も良くなってきたし、と思い、ヨツヤは持っていた暗殺者の片腕を放り投げた。


 ワイヤーでズタズタにされた両腕は酷く痛いし、爆発の衝撃で足の皮がはがれている様な気がしないでもないが、思う存分に暴れる事が出来たので結果オーライとしよう。


 そう、上機嫌に顔を上げた瞬間、エントランスから向かって北の方角から、巨大な爆発音が鳴り響いた。

「……はぁ?」

 わけもわからず、ヨツヤは怪訝そうに顔をしかめて爆音がした方向を見る。

 一度起こった爆音は、地響きを起こしながら更なる爆発音を起こし、徐々にこちらへと向かってくるような気がした。

「ぁぁぁああああああ! うわあああああん! ヨツヤさあああああん!」

 爆発音と共に、悲鳴に近い叫び声も近づいてきた。泣き叫ばんばかりに声を張り上げる、ケイナである。

 両目に涙を溢れさせたケイナは、通路を全速力で走りながら、背後から追ってくる炎の波に呑まれまいとエントランスに飛び込んできた。

「……おいおいおい、マジかよ」

 ケイナが仕掛けた爆弾が炸裂し、粉塵である麻薬、ネイロイに誘爆して粉塵爆発を引き起こし、巨大な炎の波となってモーテルを包み込もうとしていたのである。

 ケイナの背後に迫る真っ赤な炎を見て、ヨツヤは引き攣り笑いを浮かべ、素早く身を翻してエントランスの出口の扉を蹴破った。

 丁度、ヨツヤに追いついたケイナも、転がる様にして外に飛び出した。

 扉を蹴破って、二人が外に飛び出した瞬間、背後の炎が爆発的な勢いで燃え上がり、その爆風に乗ってケイナはモーテルの庭に転がり、二、三度跳ねて地面にうつ伏せになって倒れた。

「ひ、ひい……。し、し、死ぬかと……」

「馬鹿かテメェ!」

「い、痛いっ!」

 張り裂けんばかりに高鳴る心臓を押さえながら、ボロボロと涙を零すケイナの頭部に、ヨツヤの血まみれの拳が炸裂した。

 ケイナは悲鳴を上げて、殴られた箇所を両手で押さえる。

「このクソ女…、俺まで巻き添え食らって死ぬとこだったじゃねぇか! どんな爆薬仕掛けたらこんな事になんだよ、ええ!?」

 ヨツヤは怒鳴って、煌々と夕方の空に燃えあがるモーテルを指差した。

 ヨツヤの声にビクついて、ケイナは更に涙を零しながらさめざめと泣く。

「ち、違うんです! これは私のせいじゃないんです! 麻薬の粉に引火して……」

「それくらい考えて行動しろよ! 後一歩間違ったら丸焦げだっただろーが!」

「い、一緒に逃げてたギャングさんも、気付いたら火に呑まれてて…、うう…怖かっ……」

「……泣くんじゃねぇよめんどくせーな」

 痛みと恐怖と生き延びられた安心感から、ケイナは溢れる感情を抑えきれずに大量の涙を零した。

 それを見て、ヨツヤはめんどくさそうに顔をしかめる。

 その背後で、ドサリ、と巨大な布袋が地面に落ちる音がした。

「……あ」

「か、カグラさんんんん!!」

 その音に気がついて、二人が背後に顔を向けると、身体中そこかしこに焦げ目のついたカグラが、チリチリと火花の光る布袋を持って立っていた。

 茶色の髪はボサボサ、腕は擦り傷だらけ、辺りには、焦げた紙幣がヒラヒラと舞っている。

「あ、あ、アンタ達ねええええ!」

 怒りに震えるカグラの声が響き渡る。般若の如く鋭く光る眼光に、ケイナは竦み上がった。

「馬っっ鹿じゃないの!? モーテルを丸焼きにするなんてどんな神経してるわけ!? しかもなんの前触れもなく爆破とか私を殺す気なの!? 危うく金も私も全部燃えるとこだったじゃない!」

「あ、い、いや、それには深い事情がありまして……」

「しぶとい女だな。その汚ねぇ金と一緒に燃えちまえばよかったんだ」

 ケイナに向いていたカグラの怒りが、その一言でぐるりとヨツヤに向いた。

「黙りなさいよ、なんでアンタも生きてんの!? なんで死ななかったの!? っていうか赤っ! どうしたらそんなに真っ赤になるのよ汚いわね!」

「ピーチクパーチクうるせぇな。テメェが無視してった暗殺者共をぶっ殺したからに決まってんだろ! つかその金、当然俺と山分けすんだろうな? 俺があいつら止めてなかったら金も奪えなかったわけだし」

「はぁ? なんでアンタと山分けなんかしなきゃいけないのよ。これは全部私のモノよ。アンタが勝手に戦い出しただけで、私には関係ないわ」

「この強欲女! ロクな死に方しねぇぞテメェ!」

「あ、あああ…、喧嘩しないでください二人とも……」

 顔を合わせた瞬間から睨み合いを始めた二人に、ケイナはおどおどしながら静止の言葉を掛けた時、不意に首に圧迫感を感じたかと思うと、強靭な力で後ろに身体を引っ張られた。

「ひっ!」

「!」

 ケイナの小さな悲鳴を聞いて、カグラとヨツヤは罵り合いを中止してケイナの方を見る。

 恐怖に震えるケイナの首を、がっしりと捕えた小太りで掌に銃弾を受けた男が、顔に汗をかきながら荒い息をしてカグラ達を睨みつけていた。

「金を奪うだけじゃものたりず、麻薬まで吹っ飛ばしてくれるたぁな……。よくもやってくれたなぁテメェら…、殺しても…ぜぇ…はぁ、殺したりねぇぞ!おい!」

 カグラが逃がした、ブルーファイアのボスである。

 カグラが金を強奪していた時の弱気何処へ行ったのか、人質をとった男は、忌々しげにカグラ達を睨みつけながらもクチ元に余裕の笑みを浮かべて、ケイナを引きずってカグラ達から距離を取った。

「おいおい、オマエの取りこぼしかよ」

「う、うるさいわね。しょうがないじゃない、逃げ足速かったんだから」

「豚なのに」

「鈍そうなのに」

「黙れテメェら! 聞こえてんだよ!」

 緊張感などまるで無く、人質にとられたケイナの心配をする事も無く、互いに面倒くさそうな顔を見合わせて言うカグラとヨツヤに、男は唾を飛ばして怒鳴った。

 人をとことん舐め腐ったような奴らである。ギャング団のボスの恐ろしさ、と言う物を教えてやらねばなるまい、と、男は人質にとったケイナが、大事そうに持っている銃を力ずくで奪い取り、それをケイナのこめかみに当てた。

 ケイナが、恐怖のあまり小さく悲鳴を上げる。

「いいかテメェら。その金を置いてここでくたばれ! さもないとこの女の頭を吹っ飛ばす!」

「……」

 男の言葉を聞いて、カグラとヨツヤは再び顔を見合わせて沈黙した。

 男がニタリと笑う。驚愕し動揺し恐怖に震えるが良い。これこそが、メトロのギャングの力なのである。

 しかし、そんな男の余裕を裏切る様にしてカグラの顔に浮かべられたのは、とても申し訳なさそうな、酷く憐れむような表情だった。

「…それ、麻酔銃よ」

「……え?」

 男が間抜け面を晒し、カグラがリボルバーを握った腕を上げた瞬間、燃え盛るモーテルを背景に、遠くから聞こえる消防のサイレンと相まって、メトロの空に銃声が上がった。




 *


 メトロエクスプレスの運行が再開されたのは、夜も更けた深夜の時間帯であった。

 街灯なんて、殆どないも同然の様なメトロで、ステーションの灯りは一際目立って輝いている。待ちに待ったエクスプレスの運行再開に、ステーションの前で屯していた人々はこぞって窓口に切符を買いに並んだ。

 人の行き交う改札の前では、包帯まみれになったカグラとヨツヤが、既に切符を購入したケイナと向かい合って立っていた。

「それではお二人とも、今日は本当にお世話になりました」

 ニッコリと嬉しそうに言って、ケイナは深々と頭を下げた。

 それに、カグラは小さく息をついて苦笑する。

「本当に会わなくていいの? ツキシマも、その内帰ってくると思うけど」

 一仕事終えた後も、ステーション前の簡易宿泊施設でツキシマを待っていたカグラ達だったが、結局彼が戻ってくる事は無かった。これは、いよいよ本気で家出されたのだろうか、とカグラは危惧するも、一体奴は何が不満だと言うのだろう、と首を捻った。

「はい、良いんです。私、決めてますから」

「決めてる?」

「ツキシマさんにまた会うのは、自分が胸を張れるくらい強くなってからにしようって」

 ケイナが気恥ずかしそうに笑って言った。

 強くなって、メトロに後ろめたさを感じないくらいメトロの事を知って、たくさんの人に出会って、そして、人を好きになれたら、再び彼にお礼を言おうと決めている。でないとまた、優しい強さに甘えてしまうかもしれないからだ。

 そのお礼というのは、強くなった自分へのご褒美なのである。

「そう、まぁ、頑張りなさい」

 拳を強く握り締めて言うケイナに、カグラは微笑ましげに笑って腕を組んだ。その言葉に、ケイナもニッコリと嬉しそうに頷く。

「あ、でも一言だけ、ツキシマさんに伝言を頼んでも良いですか?」

「?」

 思い出したように言うケイナに、カグラは怪訝そうに首を傾げた。

「私は、まだ生きています。しぶとく生きています。これからも、這いつくばってでも生き抜いてみせます。だから、待っててください、と」

「……? 良くわからないけど、わかったわ」

 ケイナの、決意からの伝言に、カグラは首を傾げながらも了承した。

 ニッコリと微笑むケイナの笑顔を合図に、轟く様なベルの音がステーションの中に響き渡った。列車が入ってくる知らせである。ケイナはそれを聞いて、慌てて荷物を持ちあげた。

「そ、それでは! 列車が来ちゃったので私行きま…わわっ!」

「慌ただしいなぁ、全く……」

 ぼんやりと人の流れを見つめていたヨツヤが、荷物を持って改札の入り口でコケるケイナを見て呆れたように言った。カグラも苦笑する。

「気をつけなさいよー!」

「はい! 皆さんも、お元気で! 今度、『Arms』宛てに手紙を書きますね!」

 ホームの中で、ケイナが振り返り手を振った。それを見て、カグラとヨツヤもヒラヒラと手を振る。

 なんだか、子供の旅立ちを見送っている様な気分になって、余りの平和ぶりにカグラは馬鹿馬鹿しく思って笑った。

 人が多いエクスプレスでのホームでは、ケイナの小さな身体など、直ぐに人影に隠れて見えなくなってしまう。ケイナの姿が見えなくなるのを確認して、カグラは腕を組んで大きく息をついた。

「で、どうする?」

「…何が」

「何が、じゃなくて。ツキシマの事よ」

 カグラが頭を抱えて言った。

 結局、丸一日姿を消していたのだ。本当に、ちゃんと戻ってくるのか、さすがのカグラも不安になる。

「どうするも何も、オマエらはサースメトロからのお遣いで来てんだろ? だったらステーションで待ってりゃその内ここに来るだろ」

 各メトロを繋ぐのは、メトロ内ではエクスプレスただ一つである。だから、エストメトロから出ようとするならば、必ずステーションに来なくてはいけない。

 楽観的に言いながら、ステーションの出口へと向かうヨツヤの後をカグラは追った。

「っていうか、アンタと二人取り残されることに対して文句を言いたいわけ。なんで私が……」

「あ」

 ステーションの出口から、外に出たところで、ぶつくさと言いかけたカグラの文句をヨツヤの声が遮った。

 急に立ち止まったヨツヤに、カグラは怪訝そうに顔をしかめる。

「ちょっと、急に止まんないでよ。危ないじゃない」

「いやいや、あれ」

 驚いたように目を丸くして、ヨツヤはステーション前に店を構える雑誌屋のワゴンを指差して言った。彼の指先が示すモノを見て、カグラも驚いて声を上げる。

「あああ! ちょ、アンタ、なんでそんなとこにいんのよ!」

 ワゴンの陰には、小さく身を屈めてジッとこちらの様子を覗っているフードを被った防毒マスクの顔が見えた。

「……!」

 カグラの声を聞くと、その防毒マスクは驚いたようにビクついて、逃げ出そうと立ち上がる。

「待てコラ! 逃げるな!」

 ワゴンの影に隠れていたツキシマを見つけるなり、飛び掛かる様にして走り出したカグラは、逃げようとしたツキシマの後ろ襟を掴んで勢い良く引き倒した。

 後ろに強く引かれ、バランスを崩したツキシマは、抵抗する間もなく乾いた地面に転がった。

「ほらな、どうせここに戻って来るって言っただろ?」

 ステーションの前から、ゆっくりとした足取りでヨツヤがツキシマ達に近づいた。何があったのかは知らないが、包帯まみれでにたりと笑うヨツヤに、ツキシマは声があったら、恐怖のあまり悲鳴を上げていた事だろう。

 確かに、ヨツヤの言う事は当たったが、得意げに言う彼が気に食わずにカグラは舌打ちをする。

「待ち伏せしてたみたいに言わないでよね。ツキシマは逃げてたわけじゃないんだから」

「いや、逃げたがってるだろ、実際」

 カグラに捕まって、蛇に睨まれた蛙のように、フードの裾を握って震えていたツキシマを見て、ヨツヤは呆れたように言った。

 すると、ツキシマの背後に隠れていた白い影が、不意にツキシマとカグラの間に両手を広げて立ちはだかった。

「だめだめだめ! ツッキーいじめちゃだめ! かわいそう!」

「…はぁ?」

 突然、視界に入って来た白い髪の少女を見て、カグラとヨツヤは怪訝そうに首を傾げた。

 八歳くらいの、古ぼけた茶色の布服をまとった、スラム街の子供の様である。

 少女は、両腕をバタつかせながら怒った様に喚いた。

「なんだぁ? このガキは」

「ガキじゃないよ! タツミだよ! 今日からツッキーと賞金稼ぎするんだー!」

「!?」

 楽しげに言うタツミに、ツキシマは飛び起きて慌てて首と手を横に振った。

 しかし、カグラとヨツヤにはそのツキシマの否定が見えていない。

「わけわかんないわ。ツキシマ、アンタどこでこの子拾って来たの? 元の場所に捨ててきなさい!」

「タツミは犬じゃないよ!」

「……」

 ビシッ、と遠くを指差して怒るカグラに、タツミはひどいひどいと喚いた。

 タツミの孤児院の事とか、連続幼児誘拐事件の事とか、カグラに伝えるべき事はたくさんある。

 だが、一から全てを説明するには、酷い労力と時間がかかるので、それを考えてツキシマは早くも疲れてしまった。

「まあまあ、とにかく安心しろよ。ソイツは知らねぇけど、俺は今日はもう腹いっぱいだから、ツキシマを苛めたりしねぇし」

 ヘラヘラと、機嫌良く笑いながらヨツヤが言ったのを聞いて、ツキシマは少しだけ安心したように顔を上げた。

 よくわからないが、ヨツヤの戦闘意欲は昼間よりも収まったらしい。何があったかはツキシマは知らないが、とりあえず良かった、と胸を撫で下ろす。ツキシマは逆に、ヨツヤが空腹になった時の事を少しだけ考えたが、恐ろしくなったので途中でやめた。

「ほんとー? よかった! よかったねーツッキー!」

「……!」

 タツミが嬉しそうに笑ってツキシマを見上げると、ツキシマはそれに同意するようにコクコクと頷いた。

 そして、二人は無言のまま視線をカグラに向ける。

「な、なによ……。私だって別に…ツキシマの事を苛めたりなんかしないわよ」

「ほんとー?」

「ほんと!」

 カグラが自棄になって強く言うと、タツミはニッコリと笑って嬉しそうに跳ねた。

 タツミ、と言うこの少女が、ツキシマがどこで拾って来たのかは知らないが、どうやらツキシマに良く懐いているようだ。また、お使いのいらぬ連れが増えたのか、とカグラは心中で毒つく。

「全く、何処に行ってたかは知らないけど、この馬鹿と置いてけぼりにされたせいで酷い目にあったわ」

 今日一日の出来事を思い出し、カグラは疲れたように溜息をついてチラリと横目でヨツヤを見た。その視線に気づいて、ヨツヤも不快そうに顔を歪める。 と、そこでツキシマは考えた。一日一緒にいたならば、もしかして、二人の険悪な仲は改善されたのではないか、と。

 カグラとヨツヤの機嫌も、昼間よりは良くなっている様に、顔を突き合わせれば罵り合いを始める様な仲からは脱したのではないか、と。

 無言で睨み合うカグラとヨツヤを前にしても、脳内がお花畑のツキシマは至ってポジティブな考えで、不意に一歩前に出ると、両手で睨みあう二人の片手を取った。

「は?」

「んん?」

 突然ツキシマに片手を取られ僅かに困惑する、二人の怪訝そうな顔を余所に、ツキシマはマスクの中でニッコリと笑って、がっしりと二人の片手同士を握手させた。

「あー! なかよしだー!」

 握手したカグラとヨツヤの手を指差し、タツミが嬉しそうに笑って飛び跳ねた。

 『なかよし』その言葉が、鋭い矢となって何処か満足そうなツキシマを挟んだ二人の頭に突き刺さり、次の瞬間には、全身にドッと嫌な汗が溢れた。

「あり得ない!」

「あり得ねぇ!」

 言うと同時に、ツキシマの両手ごと相手の手を振り払い、青ざめた顔で互いを睨みつけた。

「無い無い無い無い! こんな猪突猛進の馬鹿となかよしとか絶対にあり得ないわ!」

「こっちだってテメェみてぇな強欲女願い下げだっつーの! あー鳥肌立つ! 考えただけで鳥肌立つ!」

「失礼な奴ね! 私なんかもうアレルギーよ! 身体中痛いわ!ヒリヒリする!」

「それ爆発ん時の火傷じゃねーか!」

 瞬きする間もなく始まった罵り合いに、振り払われたツキシマの両手は行き場を失い、切なく宙に舞った。

 喧嘩を止めようにも、二人の視界にツキシマが介入する事は叶わず、困惑したようにオロオロして、最終的に諦めた。

 どうやら、というか、やはり、ツキシマの儚い望みは目の前で飛び交う罵声と怒声によって粉々に打ち砕かれてしまった。というよりも、昼間より険悪な仲になっていないだろうか。少なくとも、昼間は鳥肌やアレルギーを出すほど嫌がっていなかったはずである。

 それを思って、ツキシマはガッカリしたように肩を落とした。


 怒鳴り合うカグラとヨツヤに、それを不思議そうに見上げるタツミと、困った様に二人の仲裁を試みようとするツキシマは、ステーションの前を行き交う人々の注目になっていた事に、幸か不幸か、この時は誰も気付く事は無かった。

 エストメトロに、乾いた風が吹きすさぶ。星の見えない夜空を見上げて、ツキシマは、本日何度目とも知れない溜息をついた。



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