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Crazys!  作者: ノンアルコール
C,3-B Still alive.
17/65

 *


 今回の目的は、あくまでもブルーファイアが所持している麻薬の処分である。

 ケイナは、ギャング団自体の壊滅を訴えたが、正直なところ、彼女にその仕事は荷が重すぎるし、カグラがいるからと言ってどうにかなる問題でも無い。

 メトロでは、欲に負けた人間から死んでいくのだ。ケイナの意思を尊重し、かつ確実に利益の出る方法をカグラは選んだ。その結果が、ブルーファイアのアジトにある、麻薬倉庫の爆破である。


 ステーションから少し離れ、人通りの少ない路地を抜けた町外れに、ブルーファイアのアジトはあった。

 見た目は、廃れた廃墟のような建物だ。基がモーテルだったのか、電気の通っていない看板が大きく掲げられている。荒んではいるが、所々人が通ったような跡があり、現在も使われていることが直ぐにわかる建物である。

 カグラとケイナは、息をひそめてモーテルの裏口に身を潜めていた。正面から堂々と侵入する様な、馬鹿な真似はしない。そんなのは、遠距離型のカグラにとっては自殺行為であるし、それでなくともケイナというお荷物がある以上、無茶は出来ないのだ。

「あの、カグラさん。本当にこの麻酔銃、買っていただいてしまって良かったのでしょうか?」

 両手に、先程武器屋で購入した麻酔銃を強く握り締めたケイナが、申し訳なさそうに言う。

 銃と麻酔弾、そして銃の整備セットを、カグラがケイナに買ってあげたのだ。金に煩いカグラの行動にしては、些か信じられない所がある。

「いいのいいの。初仕事記念って事で、大事にしなさい」

 どうせ、この後多額の金が手に入る事だし、と、にこやかにカグラは笑いながらケイナに言った。

 ブルーファイアの麻薬の売り上げを頂こうと企てているカグラは、少しだけ財布の紐が緩んでいたのである。

「カグラさん…! ありがとうございます!」

 再び、感激して泣き出しそうになるケイナ。それを無視して、カグラは辺りの様子をうかがった。

 どうにも、静かすぎる。昼間とは言え、ギャング団員が建物の周りを徘徊していてもいいはずなのだが、人影がない。

 とあるルーツの情報によれば、ここに麻薬ネイロイが溜めこまれている、とあるのだから、見張りもそれなりに居てもいいはずなのだが、その姿も見当たらない。まさか、ガセネタなのだろうか、とカグラは不安に思う。

「とりあえず、中に入ってみればわかるか」

 小さく呟くと、カグラはライフルを構えて裏口の扉に走る。ドアノブの付いた黄ばんだ白い扉は、音を殺したように静かだ。

 突然動き出した自分に、慌てて麻酔銃を構えて走り出したケイナが、後ろに着いたのを確認して、カグラは扉を開けた。

 勢い良く扉を開け、銃を扉の先の通路に向ける。


 誰もいなかった。ギャングどころか、クリーチャーの姿すら見当たらない。

 不思議そうに首を傾げながら、カグラは銃の構えを解いた。

「可笑しいわね。人がいない」

「皆さん、お昼休みなのでしょうか」

 本気か冗談か判断しにくいケイナの言葉に、カグラは顔をしかめて屋内に侵入した。

「だといいけど。とにかく、アンタは私から離れないで着いてきなさい」

「あ、は、はい!」

 ブルーファイアの怖いところは、ギャングやクリーチャーだけでなく、暗殺者やスナイパーまでも雇っているところにある。そんな彼らが、何処に身を隠しているかわからない以上、油断は禁物だ。

 そう、警戒心を高めながら慎重に通路を歩くカグラの後ろで、不意に鈴の鳴る様な笑い声が上がった。

「…なんで笑ってんのよ」

 クスクスと、押し殺した様な笑い声を上げたのはケイナであった。

 この状況で、何を呑気に笑っているのだこの娘は、と、カグラはジト目でケイナを見る。

 その視線に気づいて、ケイナは慌てて顔を引き締めたが、やはりクチ元の笑みは消えなかった。

「あ、えと、ごめんなさい。やっぱりカグラさんは、優しいなぁと思って。つい……」

「はぁ?」

 なんともおめでたい事を言う少女なのだ、と、カグラは呆れる余り額に眉を寄せた。まるでわけがわからない、とでも言うかのような顔で。

「だって、銃はプレゼントしてくれるし、何だかんだ厳しい事言うけど、それは私を心配してくれての事だし、結局、私の我儘に付き合ってくれるし、それに、カグラさんも私を助けてくれました。二度も。だからやっぱり、ツキシマさんと一緒で優しいんです」

 嬉しそうな笑顔を浮かべて言うケイナに、カグラは同意しかねて更に顔をしかめる。

 銃の件は、少し舞いあがって財布の紐が緩んだけだ。彼女に厳しく言ったのは、余りにもケイナが無謀すぎたから。今、カグラがケイナの付き添いをしているのは、ブルーファイアが溜めこんでいる麻薬密売の利益を頂くためで、彼女を助けたのは、一度目も二度目も、ほんの些細な気まぐれである。

 カグラが、純粋にケイナの事を思って行った事など一度も無い。意図せずとして、まるでケイナの事を想ってやっているように見えるだけなのである。だから、彼女がそう思うのは、おめでたい勘違いなのだ。

「ツキシマの奴はどうだか知らないけど、私は優しくなんかないわよ。よくいる賞金稼ぎ。悪いメトロの人間よ」

「そんなことありません! ツキシマさんは良い人だから、そんなツキシマさんの傍に居る人も皆良い人なんです。マスターもカグラさんも。きっと、ヨツヤさんも良い人です」

 ニッコリと、嬉しそうに微笑んでケイナは言う。

 カグラは、そんな彼女を見て、本当におめでたい、と自嘲気味に笑った。

 このメトロに、こんなにも馬鹿素直で疑う事を知らない人間がいるものだと、カグラは思った。ロクでもない、ならず者の街で、彼女の様な素直さ、愚直さは、実に希有だ。奇跡の様な存在にすら思える。汚れた世界を見て来たカグラだからこそ、ケイナの存在は更に希少に見えた。

 それが、良い事か、悪い事かと言ったら、どちらとも言えない。カグラの主観からしたら、悪い事であると思う。このメトロでは。

 しかし、それでいて、こんな愚直さがあってもいいのではないか、とも思える。稀だからこそ、その愚かしさは羨ましい。自分が得る事すら無かったその純真さが、カグラには眩しくて痛々しいのだ。

「随分アイツを買ってるのね。ツキシマは、いつからあの喫茶店にいたの?」

 優しい、優しくないの議論は、ケイナとしてもどうせ平行線をたどるだろうと思えたので、カグラは溜息をつくように笑うとケイナに問いかけた。

 不意にクチから出た疑問である。それをクチにすると同時に、そういえば、ケイナとツキシマ、それから『Arms』のマスターの関係もよく知らなかった事を思い出した。

「ツキシマさんは、私が『Arms』でバイトする前からいましたよ。マスターのお知り合いだと聞いていました」

「へぇ…」

 やはり、謎である。

 奴は一体何なのか、何者なのか、あの冗談みたいに丈夫な身体は何なのか。今さらながら、一度疑問を浮かべたカグラの頭の中には、今はこの場には居ないあの防毒マスクの男が非常に気にかかった。

 『Arms』のマスターなら、何か知っているのだろうか。恐らく、ツキシマ本人に聞いてもロクな回答を得られるとは思えない。


 そんなことをぼんやりと考えながらケイナを先導して通路を歩いていると、カグラはふと、辺りに違和感を覚えた。

 相変わらず、人とクリーチャーの気配は無い。その代りに、微かに、しかし確実に、むわりとした血の臭いがした。

 ケイナもそれに気付いてか、思わずクチを一文字に結んで麻酔銃を握り締め、身体を強張らせて警戒する。

 カグラとケイナの歩く通路の先には、モーテルのエントランスが見える。どうにも、血の臭いはそこから漂ってくるような気がする。

「カグラさん……」

 ケイナが、不安そうにカグラを呼ぶ。その声に応える様に、カグラは大型のライフルを構えた。

「下がって、私が様子を見てくる」

 片手でケイナを制すと、カグラは素早く通路の端に移動して、壁を背にして息をひそめた。

 エントランスに近付くにつれて、充満する血の臭いが強くなる。

 通路の端からでも見える。エントランスは血まみれだった。ギャングたちやクリーチャーの死体が山のように転がり、廃モーテルのエントランスは、鮮血の地獄と化している。

 他の賞金稼ぎに先を越されたか、それともただの仲互いか。いずれにせよ、ギャングやクリーチャーを殺した何者かが、このモーテルの中に潜んでいる事は確かだろう、と、カグラは心の中で呟いた。

「よう」

「ぎゃああああ!」

 心の中で不安を渦巻かせているカグラの眼前に、突然、恐怖に顔を歪め血まみれになったギャングの生首が、頭上から降りて来た。それと共に、まるで生首が喋ったかのような短い挨拶に、カグラは心臓が飛び出しそうになるほど驚いて、声を上げて後ろにひっくり返る。

「はは! あはは! 驚きすぎじゃねぇの? なっさけねぇな」

 カラカラと笑い声を上げながら、くるりと宙で一回転して、何者かの影が通路にひっくり返ったカグラの目の前に降り立った。

 聞き覚えのある、腹だたしいばかりの愉快そうな笑い声、そして見覚えのある血濡れたベージュのマントに、短い黒髪。そして、顔に血がべっとりと付着したゴーグルを両目に付けた、ヨツヤの姿だった。

「あ、あ、アンタ…! なな、なんでこんなところに…。 ていうか脅かさないでよ! ば、馬鹿じゃないの!?」

 楽しげに笑うヨツヤの声を聞いて、安心半分、怒り半分でカグラは飛び起きると、怒鳴り声を上げてヨツヤに詰め寄った。

 上機嫌にニタニタ笑っていたヨツヤは、怒りを露わにするカグラを見てまた上機嫌に血まみれのゴーグルを額の上に押し上げる。

「いやぁ、遅かったじゃねぇか。テメェらが来るんだと思って入り口で待ってたのに、何時まで待っても来ないから先に入ってたんだよ。そしたらギャング共にお出迎えされて、今に至るわけだ」

「入口から堂々と入るわけないでしょ! ていうかアンタ、今回の件には興味なかったんじゃないの!?」

 簡潔に説明するヨツヤに、カグラは怒りに任せて問いかけた。

 バーを出て、フラフラと何処かに姿を消したヨツヤに、彼は今回の件に関しては興味ないものだとカグラは思っていたのだ。だから、彼女の作戦にはヨツヤは含まれていない。彼がここに現れたのは、全くの計算外である。

「興味ない、なんて言ったか? テメェの金稼ぎの駒にされるのはごめんだからな。一足先に来てたんだよ」

 怪訝そうに腕を組むカグラを見て、ヨツヤはにんまりと笑って答えた。

 ケイナと違い、彼はカグラの目的をしっかりと見透かしていたようである。

 カグラは、舌打ち交じりにヨツヤから顔をそむけ、彼を押しのけてエントランスに入った。殺戮後、という言葉が、これ以上ピッタリな場所もあるまい。

 壁紙の剥がれた壁も、煙草や酒の缶が乗った机も中身のはみ出た汚い椅子も、使われていないモーテルの受付カウンターも、見事なまでに血肉が飛び散っている。派手だが、汚い。

「あーもう無駄に騒ぎ起こして……。モーテルの中が静かだったのもアンタのせいだったのね」

 エントランスの地獄絵図は、ヨツヤの仕業だったらしい。モーテル内がやけに静かだったのも、ギャング総出で彼の相手をしていたからだ。ということは、ブルーファイアのギャング達は壊滅したのだろうか。

「一階の連中は全部出てきたっぽいな。後は二階に金欲塗れの豚が残ってる。番犬もいるかもなぁ」

 チームのボスと、クリーチャーの事だろう。エントランスの隅から、二階へ続く階段が二つ伸びていて、二階の廊下から一階のエントランスが覗ける作りになっている。先程、ヨツヤが潜んでいたのは、カグラ達が出て来た通路の頭上に位置する二階の廊下だろう。と、なると…、ヨツヤのこの暴れ様に怯えたチームのボスが、金を抱えて逃げ出す事もあり得る。

 それは、また困る。

「あ、あのう…、どういう事になったんでしょう?」

 カグラに続いて、ケイナが通路から顔を出した。エントランスの惨状に、おっかなびっくり肩を震わせる。

 そんなケイナに視線を向けて、呆れたようにカグラは溜息をついた。

「どうもこうも、この馬鹿が……」

「……おい」

「え…? わっ…うわっ!」

 言いかけたカグラの言葉を遮り、ヨツヤが鋭く目を細めてエントランスの中心を見た。

 何かと、カグラが怪訝そうに顔をしかめると、不意にヨツヤが、カグラが首に巻いているマフラーを力任せに引いて、通路の中にいたケイナに向かって彼女を投げた。

 カグラが、後ろによろめいて通路の中に入った瞬間、高い金属音がしてカグラの視界に鋭い刃のナイフが現れる。銀色のダガーが、宙でくるくると回転して、先程までカグラが立っていた場所に、カラン、と音を立てて落下した。

「な、何が…」

 急に視界に現れたダガーを見て、ケイナに背中を支えられたカグラは息を呑んだ。

 視線を横にスライドさせると、鋭い視線でエントランスの中心を見るヨツヤが、片手に刀を抜いて立っている。エントランスには、人影は見当たらないが、地面に落ちているダガーは、彼が刀で弾き落したものだろう。だとすると、そのダガーはカグラに向かって投げられたものだと思われる。

「ここのギャングが雇ってる暗殺者って奴か。出てこいよ、顔が見えねぇと殺しても面白くねぇ」

 ニタリと挑発的に笑ってヨツヤが刀を肩で担ぐと、それに応える様にして、エントランスに三つの人影が姿を露わした。

 まるで、空間から浮き出る様にして現れた影は、無個性の象徴のように背丈も服装も皆一様である。三人とも、黒の布服を身にまとい、頭部も目深に被られたフードによって隠されているので、顔が見えない。

 ヨツヤはそれを見ると、満足そうに笑って床に落ちたタガーを拾った。

「そうそう、よくできました。暗殺者ってのはどうも…」

 ヨツヤが言いかけた時。バシュ、と空気が抜ける様な、それでいて鋭い発砲音が鳴った。それと同時に、半ば反射行動の様に、ヨツヤは視線を移動させずに素早く大きく刀を振るう。すると、彼の足元と、背後の壁に、綺麗に真っ二つにされた弾丸が突き刺さった。

 不意に、何の前触れもなく刀を振るったヨツヤに、カグラとケイナは一瞬身体を強張らせる。

「おいおい、人の話は最後まで聞けって…、ガキの時に習わなかったのか?」

 ヨツヤは言うと、視線をエントランスの暗殺者たちに向けたまま、先程拾ったダガーを弾丸が飛んできた方向に向かって投げた。

 ドス、と鈍い音がして、二階の通路で人が倒れる音がする。スナイパーである。

 二階に潜んでいたスナイパーが、額の真ん中にヨツヤの投げたダガーを受けて、うつ伏せに倒れたのだ。

 スナイパーの姿を見る事も無く、銃弾の軌道のみを読んで殺害したヨツヤに、暗殺者たちも僅かにたじろいだ。しかし、顔の隠された彼らの心境を、視覚から捉える事は出来ない。僅かな空気のざわめきが、暗殺者たちの困惑を映す。

「おい、姉ちゃん」

「う、えっ、はい!」

 どこか、楽しげに揺れるヨツヤの赤い瞳に射抜かれて、ケイナは驚いたようにビクつくと慌てて声を上げた。

「ここは任せろ、とは言わねぇけど。アンタはアンタのやりたいことがあんだろ? それを片付けてきな。ソイツにくっついて行っても、良い様に使われるだけだぜ」

「…なっ、アンタみたいな計画性の無い馬鹿に言われたくないわよ!」

「あ、あ、ええと…」

 ケイナの腕から跳ね起きて、吠える様に言うカグラを見て、ヨツヤは額に眉を寄せて舌打ち交じりに彼女を見た。

「なんだよ、せっかく助けてやったのに。可愛げのない女だな」

「助けてくれなんて頼んでないわ」

 不機嫌な顔をして吐き捨てるカグラの言葉をヨツヤは馬鹿にしたように鼻で笑うと、刀を一振りして血濡れたマントを翻し、エントランスの暗殺者たちに向かって歩き出した。

 高揚しているかの様に大きく見開かれたヨツヤの三白眼は、赤い瞳に狂喜を映して暗殺者たちを見据え、クチ元に浮かべられた、三日月の様な笑みは、牙を剥き出しにして相手を食い殺さんばかりに凶悪に光る。


 ケイナは、彼の後姿を見るだけでもわかった。言葉では表せない狂喜が、ヨツヤから感じられる。ゾッとする恐怖。きっと、自分の様な存在は、彼にとって宙を舞う埃よりも小さな存在であるのだろうと。

 そんな、ケイナの恐怖に微塵も感じることなく、ヨツヤは楽しそうな笑みを浮かべたまま、その三日月の様なクチをゆっくりと開いた。

「さあ、殺し合いだ。殺し合い。楽しいだろ? わくわくするだろ? ふ、ふはは、殺し殺されるつもりでかかってこいよ」




 カグラの思惑は、ある意味で、半分くらいは達成したと言えるかもしれない。

 ブルーファイアが雇っていたと思われる暗殺者とスナイパー。それらは、カグラが言葉を掛けなくてもヨツヤが勝手に引きつけてくれた。

 先程、暗殺者たちがカグラに向かってナイフを投げた時、全くと言って良いほど気配が感じられなかったことから、彼らはかなりのてだれだろう。暗殺の心得を誰よりも獲得した、スペシャリストだ。

 そんな彼らと、本能と反射神経で戦っている様なヨツヤが、どう戦ってどんな結果を得るのか、カグラには興味ないし、どうでもいい事だ。

 眼前で繰り広げられる戦闘を前に、カグラは腕を組んで行動を起こした。モタモタしてはいられない。ブルーファイアのボスが逃げ出す前に、金を奪わねばならない。

「ケイナ、私は二階の様子を見てくるわ。同時に探索も行う。麻薬倉庫を探したら、一緒に爆破するのよ」

「は、はい! って、え?」

 カグラの言葉は、まるでこれからは、カグラとケイナは別行動をする、とでも言う様なニュアンスが含まれている。

 それを察して怪訝そうな顔をするケイナを前に、カグラはニッコリと笑った。

「私が戻るまで、アンタはここに隠れてなさい。絶対に出ちゃダメよ。まだギャングの生き残りがいるかもしれないからね」

「えっ、で、でも…カグラさん!」

 困惑してオロオロとするケイナの背中を押すようにして、カグラはエントランスの受付カウンターの後ろにケイナを押し籠めた。

 ケイナに着いてこられては、ゆっくりとモーテル内を物色出来ない。とりあえずはここに押し込めて、自分はさっさと金目の物を奪ってきてしまおう、というカグラの考えである。麻薬を吹き飛ばすのは、その後でも問題ない。

「もしも、私が戻ってくるよりも先にアイツがくたばる様な事があれば、その時は逃げなさい。それじゃ、みつからない様にね」

「か、カグラさん!」

 ケイナの声も虚しく、カグラは言うだけ言うと素早く立ち上がり、ヨツヤと暗殺者たちが剣を交えている隙をついて、二階へと続く階段に向かって走り出した。

 あっと言う間に階段を駆けあがったカグラの姿は、直ぐに通路の陰に隠れて見えなくなってしまう。

 カウンターの外では、鋭い金属のぶつかり合う音が響いている。ケイナは、そっとカウンターの台の上に両手を置いて、顔の半分だけを出して外の様子を覗った。

「ひゃっ!」

 その瞬間。ケイナの目の前のカウンター台に折れた短剣の様な物が突き刺さり、ケイナは驚きのあまり腰を抜かして再びカウンターの中に身を隠した。

 台を背にして、肩を震わせるケイナは、困惑と緊張に苛まれながら身を縮めた。


 恐怖や不安は、抑えきれないほどにあったが、カグラには置いて行かれてしまい、ここで震えて待っているしか出来ない自分が、とても情けなくケイナは思う。

 ブルーファイアを襲撃しようと言ったのは、ケイナ自身だ。言いだしっぺなのに、今実際に戦っているのは、カグラとヨツヤだけであり、ケイナはこうして路地裏の子犬の様に震えて二人の戦いが終わるのを待っている。

 やはり、甘えてしまうのだ。強い人が傍にいると、弱い自分が顕著に現れて、それを言い訳に、依存してしまう。

 シティコンプレックスの時もそうだった。素敵な場所に憧れて、惨めで哀れな自分と比較して、その光に縋ってしまう。ソレが嫌で、意を決して賞金稼ぎになったのに、これでは何も変わらない。変えることすらできない。


 ヨツヤは言った。『やりたい事を片付けてこい』と。やりたい事、それは、誰かを救う事だ。漠然とした望みだが、その第一歩として、この組織の麻薬を吹き飛ばしてやるんだ。

 ケイナは、まだ弱い。自分の身すらまだ満足に守れない人間が、誰かを助けるだなんて、甘ったれた望みだ。

 だが、ケイナはそれでも諦めない。強くなって、きっといつか、シティの影にも怯えない、メトロの住民として生きるのだ。

「…カグラさん。ごめんなさい」

 ケイナは、心の中で決意すると、身を低くして受付カウンターから飛び出し、先程ケイナとカグラが歩いていた通路に駆けこんだ。

 カグラには、動くなと言われたが、カグラもヨツヤも戦っている中でケイナ一人がジッとしているわけにもいかない。


 探すのだ。多くの人を不幸にする薬を。そしてそれを、全部吹っ飛ばしてやる。






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