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「シーザーサラダとスモークターキー、あとマッドパイとジンジャエール。それからナチョスも」
「ちょっとアンタ、食べ過ぎ。ケイナの奢りなんだから、少しは自重しなさいよ」
「真昼間からビール飲んでる女に自重とか言われたくねぇ」
「あ、あはは……」
ケイナと合流したカグラとヨツヤは、当初の目的であった腹ごしらえの為に、近くの路地裏バーに入った。
昼間のバーは、ただの酒飲みの場所では無くレストランとしても機能しており、エストメトロ特有の金持ちが利用する様な、少し洒落たレストランなどでは無く、酒臭い酔っ払いたちが屯するバーを、少しだけ明るくしたような雰囲気だ。
値段も、路地裏暮らしやならず者の懐に優しい設定となっており、メトロの路地裏バーはよく繁盛している。
そんなバーの一角で、早速カグラとヨツヤがメニュー表を挟んで睨みあった。
「まあまあ、お金の事は気にしないでください。アルバイトで貯めていた分もありますし、何より、お二人は私の命の恩人ですから。カグラさんに助けてもらうのは二度目ですし……」
「あら、ほんと? 悪いわねー。じゃあ私、ローストビーフとスモークチキンパスタとアップルパイ追加で。あとビールのおかわり」
「……このクソ女」
「あはは……」
ヨツヤの舌打ちに、ケイナが苦笑いを浮かべた。店員が素早く注文をメモして去るのを見送ると、早速カグラは手元にあったジョッキを空にしてケイナに問いかけた。
「それで、何でアンタはあんな所にいたのよ?」
カグラの問いに、ケイナは慌てて顔を上げてクチを開く。
「あ、はい。実は私、サースメトロを出てから色々考えまして……。ただメトロを旅するだけじゃ意味がないから、賞金稼ぎになろうと思ったんです」
「賞金稼ぎ? なんでまた。メトロを知るなら、そんなに危ない事する必要はないでしょう」
カグラが、怪訝そうに問いかけた。メトロで言う賞金稼ぎと言うのは、常に死と隣り合わせにある職業だ。ギャングと同じで、いつ死んでもおかしくない。時には、死ぬよりも辛い目に遭うことだってある。
敵になるのは、平気で人身売買やテロを起こす犯罪者集団。謂わば賞金稼ぎとは、メトロの薄暗い部分ばかりを見て生きていかねばならない人間たちなのである。
ケイナは、シティコンプレックスと戦う為にサースメトロを飛び出したはずだ。なのに、メトロの悪い部分ばかりに焦点を当てなければならない賞金稼ぎ等は、最もなってはいけない職業である。それでなくとも、彼女は一般市民並みに自分の身を守る術を知らない。カグラやツキシマは、彼女を死地に赴かせるためにケイナを助けたわけでは無いので、カグラとしてはケイナの行動は理解に苦しむ。
そんなカグラの意中を察してか、ケイナは慌てて答えた。
「あの、違うんです。……無謀だってことはわかっています。でも、私、ツキシマさんやカグラさんに救われて、思ったんです。きっとメトロには、この前の私みたいに、悪い人たちに騙されて、苦しい思いをしている人がたくさんいるって。そんな人たちを助ける事ができたら、私、強くなれる気がして……。私、強くなりたいんです。シティに負けないくらい強くなって、シティへの憧れも全部忘れてしまいたい。その為には、賞金稼ぎになるのが一番良いと思ったんです」
力強く言うケイナの言葉を聞いて、カグラは、納得した様な、困った様な溜息をついて椅子に寄りかかった。
彼女の言い分は、良くわかる。その健気な根気も、思わず微笑ましくなってしまうほどだ。だが、現実はそう甘くない。
ケイナの様に、誰かを救いたい、守りたい、と言って賞金稼ぎの道に進んだ人間を、カグラは何度か見て来た。そして、彼らは悉く死んでいった。
根本的に、ケイナの様な人間とギャングや賞金稼ぎは、考え方が違うのだ。
人を守りたい、と考える人間。人を利用してでも、自分の利益を追う人間。ケイナは前者、カグラ達は後者である。前者は被食者、後者は捕食者だ。
つまり、人の良い人間はこのメトロでは生きられないのだ。誰もが狡賢く、凶悪に生きねばならない。彼女の様な、人も殺せない様な人間では、決して生き残る事は出来ないのである。それを、カグラは良く知っている。
「あのね、ケイナ。アンタの気持ちは良くわかるわ。強くなりたいって言う想いも、痛いほどよくわかる」
「あ、はい…!」
カグラの言葉に、ケイナは嬉しそうに顔を輝かせる。
この素直さと無防備さが良くないのだ。そんな笑顔を見せられると、こっちの心が痛くなる。
店員が運んできた料理を無視して、カグラは厳しい顔で続けた。
「でもね、アンタ、このままだと直ぐに死ぬわ」
「えっ……」
一瞬にして、顔を青くするケイナの表情が痛々しい。それでもカグラは続けた。
「アンタみたいな、根っからの『良い人間』には、賞金稼ぎは務まらないのよ。殺すか、殺されるかの世界なの。アンタ、そんな中で人を殺せる? 誰かを救うには、誰かを不幸にしなきゃいけないって事、わかってる?」
「……それは」
ケイナの視線が、宙を彷徨う。
カグラが思うに、彼女は未だ、人を殺した事がない。武器を持っているかさえ怪しい。人を殺す事が、自分の身を守る術になる事を知らないのだ。
「人を救いたい、守りたい、なんて綺麗事だけじゃ、賞金稼ぎなんてやってられないのよ。仲間もいない。自分だけを信じなきゃいけない。自分だけを守っていかなきゃなんないの。それは、アンタの言う、『誰かを守る』っていう強い人間の理想図から大きくはみ出るわ。賞金稼ぎなんて、ずるくて悪い生き物なんだから」
「で、でも……。ツキシマさんは…、私を助けてくれました。賞金も、関係無しに……」
「アレは例外よ。だって化け物だもの。アンタは普通の人間。それはわかるでしょ?」
「……」
カグラの言葉に、ケイナは俯いて顔をしかめながら唇を強く噛みしめた。
甘い考えだったのだろうか。彼の様になりたいだなんて。普通の人間か、それ以下の能力しかない自分には、儚い夢だったのだろうか。ケイナは、そんな絶望感に押しつぶされそうになる。
そんな彼女を見て、カグラは居心地悪そうに顔をしかめた。
カグラだって、そんな厳しい事は言いたくないのだが、ケイナが死ぬのは見たくない。せっかく生きながらえたのだから、彼女には彼女なりの生き方があるはずなのである。
「わかり…ます。でも、私、強く生きたいんです。シティの憧れに、負けたく…ないんです」
「気持ちはわかるわ。でもね、考えてみなさい。ツキシマも、アンタに人殺しをさせたくて助けたわけじゃないでしょ。賞金稼ぎになるって、そう言う事なのよ」
カグラが言うと、ケイナはいよいよ俯いて押し黙った。少し言い過ぎたか、とは思うカグラだったが、それでわかってくれるなら越した事は無い。
ケイナの考えは、カグラも好きだ。真っ直ぐでわかりやすい、シンプルな青い考え。だからこそ、このメトロでは生き難い。
憂鬱とした気分で難しい顔をしていたカグラの横で、ガタンと椅子が揺れた。
「まあ、人を助けるとか守りたいとか、そういう青い決意は置いておいて、強く生きたいってのは気に入ったね、俺は」
今まで、眠そうな顔でシーザーサラダを貪っていたヨツヤが、にんまりと面白そうに笑って言った。
そんな無責任な彼の発言に、カグラは怪訝そうに顔をしかめてヨツヤを睨む。
「アンタは黙ってなさいよ。アンタもツキシマと同じ化け物の類なんだから、普通の人間の基準なんてわかるはずないわ」
「は! 普通?基準!? 馬鹿馬鹿しい! 誰が決めた基準だよそれは。このメトロで、普通も何もあるわけねぇだろ」
眠そうに黙り込んでいたヨツヤは一変して、愉快そうに笑い声を上げると、皿の上のロメインレタスにフォークを突き刺してケイナを指差した。
「要するに、この姉ちゃんが『普通』だから、賞金稼ぎには向いてねぇってんだろ? 常人と狂人の境目なんか紙一重なんだぜ。テメェは姉ちゃんが『普通』だって言うが、俺にはとんだ『イカレ野郎』に見えるね。恵まれた環境にあったのに、わざわざ賞金稼ぎなんてドロまみれの世界に自分から飛び込もうってんだ、正気の沙汰とは思えねぇよ」
「い…イカレ野郎」
ケイナが、顔を青くして小さく呟いた。
ヨツヤの主張に、カグラはムッとして声をあげる。
「別に、ケイナが普通だからってだけが理由じゃないわよ。その子はメトロを知らなすぎる。自分の身を守る方法も知らないで、生きていけるわけないわ。今日まで生きてたのは運が良かっただけよ」
「そのメトロを知るために出て来たんだろーが。自分の身を守る方法も、これから知って行く事だろ。知る前から諦めるってのか?」
「諦めてるわけじゃないわ。始まる前からわかりきってることなのよ。アンタね、こんなアホで馬鹿正直で弱い子が、メトロで生きていけるわけないでしょ? ちょっとは物を考えてから喋ってよね」
「何がわかりきってるだ、知ったかぶりかよ。何でやる前から見越してんだよ、やってみねぇとわかんねぇだろ。確かに話聞く分には馬鹿でトロくて夢見がちの甘ったれだが、それを直したいつってんだろ。テメェはコイツの成長を止めたいのか? 馬鹿でアホで鈍くさい女のままで良いって言うのかよ?」
「アホ…馬鹿……」
二人の、ついクチが滑った罵倒に今にも泣き出しそうになるのを、震えて耐えながら、ケイナは唇を噛みしめる。
間を割って入りたいのは山々だが、カグラとヨツヤの睨み合いの最中に入って行く勇気は彼女には無かった。
「とにかく、だ。死んでも治らねぇ馬鹿を治すには、それ以上の業を背負えってことだ。変わりたいって思ったんだろ? なら、百回くらいは余裕で死んでも生き返るくらいの覚悟はあるはずだ。そうだろ? おい」
「えっ、あ、はい! その…覚悟は出来ています! 私は、強くなりたいんです!」
ヨツヤの言葉に流される様に上がったケイナの声に、カグラは呆れたように溜息をついた。
覚悟、という物ならば、カグラも溜息が出るほどに強い物がケイナの中にはあるだろう。実際、サースメトロを出る時も止めたのだが、そんなカグラの反対を押し切るほどの覚悟が彼女にはあったのだ。つまり、彼女の覚悟にカグラは一度負けている。
なので、その言葉を話に出されると反論の仕様がない。
「あー、もうわかった、わかったわよ。好きにすればいいでしょ。それで、具体的に何をしようとしてたのよ」
もう、理屈の通らない相手と話をしても無駄である。大体、何故自分からメトロを旅したいと言って、自分からドブに片足突っ込んだ少女にアレコレ言ってやらなくてはいけないのか。今さらながらに馬鹿馬鹿しくなってきた。本人がやると言ったのだから、それはケイナ自身の責任である。カグラには全く関係のない話なのだ。
「カグラさん…!」
ケイナは、カグラの言葉を聞くと、嬉しそうに両手を合わせてキラキラと眩しいほどの視線をカグラに送った。その純真な視線が、またカグラの心をグラつかせるとも知らないで。
一通り感激すると、ケイナは慌てて荷物を探りだす。不満そうに椅子にもたれかかるカグラを見て、ヨツヤは満足そうにフォークに突き刺したレタスをクチの中に放りこんだ。
「まさかアンタが、あんなに熱血してくるとは思わなかったわ」
さっきまで、我関せず、眠そうな顔でぼんやりしてたのに、と、カグラは舌打ち交じりに言う。
それを聞いて、ヨツヤはどこか上機嫌に笑った。
「熱血じゃねぇよ。姉ちゃんの甘ったれた主張や、テメェの賞金稼ぎ論には興味ねぇが、この薄汚れたメトロで生きたいって言う生存本能が気に入っただけだ。死にたくない人間が好きでね。そう言う人間は、死に物狂いの本気で掛かってきてくれる。最高に楽しく殺し合えるだろ?」
「結局そこに繋がるわけ」
どうしようもない戦闘中毒ぶりに、カグラは思わず溜息をついた。
ヨツヤのこの上機嫌さも、結局はそこに繋がるのだ。少しでも、コイツ、割とマトモな事言うな。と思った自分を、カグラは呪った。
そうこうしていると、自分の荷物を漁っていたケイナが、ようやく一枚の手配書を引っ張り出して二人に向かってそれを開いて見せた。
「これ! これです! こいつを捕まえようと、私はエストメトロに来たんです!」
「これは……」
ケイナが取りだした手配書は、エストメトロを中心に動いている、ギャング団の手配書だった。ランクはD級。組織名はブルーファイア。
これは、特定の人物の手配書では無く、組織全体の物である。これは、組織を壊滅させたうえでボスを捕まえることで、警察署から支払われる手配書である。
「低ランクとはいえ、組織の手配書なんてまた大きく出たわね」
その行動力だけは、目を見張るものがある。と、カグラは納得した。
「それが…このギャング団は、ただのギャング団ではないんです。エストメトロ内で、麻薬の密売を行っているという噂があって……」
「麻薬の密売ぃ?」
カグラが怪訝そうに顔をしかめて問いかけた。それに、ケイナは無言で頷く。
それは、可笑しな話である。普通、麻薬の密売なんぞやらかす組織のランクは、B以上に認定される物だ。それがこの低ランクは可笑しい。
「はい。公式の情報では無いんですが、エストメトロの賞金稼ぎの間ではもっぱら噂になっているんです。もちろん、ただの噂、と言う事もあり得ますが…」
何やら、怪しい臭いのする話だ、と、カグラは腕を組んで顔をしかめた。
「でも、火の無いところに煙は立たないって言うし。それでまさかアンタはそのブルーファイアを潰そうとしてたわけ? まさか一人で?」
「潰すだけじゃダメなんです! ブルーファイアが持っている麻薬を、全部爆破して燃やしてしまわないと!」
「…色々突っ込みたい事があるんだけど」
カグラの呆れた様な溜息に、ケイナは不思議そうに首を傾げた。両手の拳を力強く握り締めて決意表明するケイナに、カグラは困った様に頭をおさえた。
「まず第一に、アンタ独りじゃ無理よ。どうせ、ロクな作戦なんて考えてないんだろうし」
「はい……。ですから、味方を増やそうと他の賞金稼ぎさんに声をかけたんです。そしたら、あんな事になってしまって……」
ケイナは、シュンと俯いて悲しげに言った。
なるほど、先程のチンピラ達は、実は賞金稼ぎ仲間だったらしい。狡猾な彼らに、ケイナはまんまと騙されたわけである。
つくづく、彼女の無防備さに、カグラは呆れた。
「で、何で爆破なのよ。いきなりすぎるわ」
ケイナに、そんな破壊衝動があったとは思えない。怪訝そうに顔をしかめてカグラは問いかける。
「噂になっている麻薬は、ネイロイと言いまして、それを呼吸と一緒に吸飲することで、人の理想を幻覚として見せる効果があるらしいんです。そのせいで、ネイロイ中毒になっている人には、シティコンプレックスが多くいます。一瞬だけでも、シティへの憧れを、幻想と言う形で自分のモノにしたいんです」
同じ、シティコンプレックスを患っているケイナだからこそわかる。
傍に甘言があれば、それが良くない事だとわかっていても縋ってしまうほどに、甘くて愚かなのだ。
「ん? 待てよ。何でシティの幻想なんか見えるんだ? シティがどんな場所かなんて、メトロの人間は何も知らないはずだろ」
ヨツヤが眠そうな半眼を更に細めて怪訝そうに言う。ケイナが慌ててそれに答えた。
「幻想と言っても、それは人の心の中にあるモノなんです。いわば、妄想なんです。だから、その幻想が、シティの姿そのもの、というわけではありません。恐らく、見えている幻想は人によって違うと思います」
「……あー、そういうんじゃなくて…、まぁいいや」
「……?」
ケイナの答えに、イマイチ納得のいかないとでも言う様な顔をしたヨツヤは、考えるのが面倒くさくなったのか、視線を逸らしてひと欠伸をした。
不可解な疑問を浮かべるヨツヤを、カグラは片眉を吊り上げて一瞥する。
「それの過剰摂取によって、廃人になってしまう人もたくさんいるんです。ギャング団を捕まえても、麻薬が存在する限り、その被害者は増えるだけです。だから、麻薬ごと……」
「吹き飛ばそうってわけ? でも、その麻薬を取り仕切ってるのはブルーファイアだけとも限らないでしょう」
メトロには、星の数ほどのギャング団がある。ブルーファイアが持っているネイロイを取り除いても、世の中にそれが存在する限り、麻薬中毒者は増えるだろう。
「それは、わかっています。でも、エストメトロのネイロイを取り扱うのはブルーファイアのみだそうです。だから、そこの麻薬を吹き飛ばしてしまえば、エストメトロの人々は救われると思うんです。エゴだとはわかっています。私が、それをする事で人を救った気になっているだけだと言う事も……。それでも、私は放っておけないんです。そういう人たちがいて、苦しんでいる人がいる。それを知って尚、見過ごしたくないんです」
ケイナの、真っ直ぐな藍色の瞳に見つめられ、カグラは、うっと言葉に詰まる。
このような清廉潔白な意見を、なんの恥ずかしげもなく真っ直ぐにぶつけられると、己のメトロに染まりきった汚れた心を責められている様な気がするのだ。もちろん、ケイナ自身にそんな気は無いのだろうが。
思った以上に、己はケイナという、穢れを知らない純粋な少女が苦手の様である、と、カグラは認識する。
「なるほどねぇ。でもふっ飛ばすって言ってもね…。爆弾なんてそうそう出回ってる代物じゃないし…」
「爆弾なら、ここにあるんです」
そう言って、自分の荷物の中から大きめの木箱を取り出し、その蓋を開けて中の火薬を見せたケイナに、カグラは驚きのあまり硬直した。
「うわ、これ本物? しかも時限式かよ。どこで手に入れたんだこんなもん」
木箱の中を興味深げに覗きこんだヨツヤが、楽しげに笑みを浮かべてケイナを見た。それに、ケイナは照れたように笑って頭を掻く。
「お恥ずかしながら、これは私が作ったんです。昔、バイトが暇な時に、ツキシマさんに作り方を教わったので、その応用です」
「アイツ…何教えてんだか」
というか、ツキシマはそんなモノ作れたのか、とカグラは驚いた様な感心した様な気持ちになる。得体の知れない彼だからこそ、そんな知識を持っていた事も頷けるが、それが更に彼の存在を不可解な物にさせる。
爆薬も銃器も、作成するとしたらそれ相応の知識がないと不可能なのだから。
「それで、アンタ、武器は持ってるの?」
「えっ…? 武器、と言いますと?」
「銃でも何でも、戦える武器になる様なモノよ」
カグラに言われ、ケイナは、ああ、と手を打って再び荷物を漁り、中から一本のナイフを取り出した。
片手で振りきれそうな、ジャグリングナイフである。まさかケイナはメトロで、ナイフパフォーマンスでもするつもりなのだろうか。
どこか得意げにナイフを取り出したケイナに、カグラはもう呆れる事も溜息をつく事も諦めていた。
「これは、まずは武器屋に行かないとお話にならないわね」
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メトロの街の路地裏には、どこにでも大抵一件は武器屋がある。
銃器専門店、刃物専門店、火薬専門店と、そのジャンルは多岐に渡るが、大抵の武器屋にはそれらの種類の武器が殆ど揃っている。
昨今の武器や市場は、競争が激しい。より良い物を、より安価で。それができなきゃ店頭に置く種類を増やす。武器商人たちは、あの手この手でライバル店舗を出し抜くのに必死である。
「アンタはね、まともに体術もこなせそうにないから、中距離から攻撃できる銃が良いわ。ナイフなんて論外」
「は、はぁ……」
バーを出たカグラは、ケイナを連れて目に留まった適当な武器屋に足を踏み入れた。
腹ごしらえが済んだヨツヤは、バーを出た後上機嫌にケイナを激励すると、フラフラと路地裏を抜けて何処かへ行ってしまった。
てっきり、ブルーファイアへの襲撃に興味があるものだと思っていたので、カグラは顔をしかめた。
ヨツヤは、あの性格からして、カグラの練った作戦などには聞く耳も持たず、敵地に入ったら好き放題暴れてくれるに決まっている。それを利用して、ギャング共がヨツヤに釣られている隙にアジトを物色しようと密かに考えていたのだ。
何処までもマイペースというか、気まぐれな男である。ツキシマとは違う意味で、何を考えているかわからない。
「えと…ヨツヤさんは何処に行ってしまったんでしょうね。カグラさんとコンビを組んでいたのかと思ったのですが…」
小首を傾げて問いかけるケイナに、カグラは反射的に酷く嫌そうに顔を歪めて答えた。
「コンビ! 冗談じゃないわ。あんな理屈の通じない馬鹿とコンビを組む奴なんて、同じ馬鹿か、それ以上の馬鹿くらいしかいないわよ」
心外だ、とでも言わんばかりに吐き捨てる様に言うカグラに、ケイナは苦笑いを浮かべる。
そして、ケイナは店内の武器に視線を向けた。見慣れない武器の山を、呆けた顔で見渡す。
武器屋は、木造のごちゃごちゃとした店内であるが、それなりの物が揃っていた。
ハンドガンやライフルを始めとした銃火器から、今はあまり見なくなった刃物類、ナックルや火炎瓶セット、薬莢火薬まで店内には並んでいた。
「でもまぁ、今日私が着いて行くのは特別よ。アンタが一人で爆弾を仕掛けられるか見守るわ」
「か、カグラさん…! ありがとうございます!」
「ルーキーには荷が重すぎる仕事だからね」
感激のあまり泣き出しそうに目を潤ませて頭を下げるケイナに、カグラはニッコリと微笑んだ。
もちろん、付き添い、と言うのはタテマエである。本心は、ケイナが爆薬を仕掛けている内に、ブルーファイアのアジトを探索して、溜めこんでいるであろう麻薬の売り上げ利益を少しばかり頂く作戦だ。
ギャング団を潰して警察から賞金を貰うよりも大きな利益が見込めると踏んでいる。
しかも、最終的に爆薬でアジトをふっ飛ばすならば、証拠も残らないので完全な火事場泥棒、もとい、不当な利益を回収する事ができる。悪人が、他人の不幸で得た金である。カグラの様な正しいの賞金稼ぎに回収されても文句は言うまい。
そんな彼女の思惑に気付きもしないケイナは、感涙に頬を濡らしてカグラを見つめた。
「ともかく、銃と言っても、どうせ反動に耐えられるだけの力も無いんだから、アンタにはこれで十分よ」
そう言ってカグラは、店の棚に飾られているハンドガンを手にとってケイナに投げた。
ケイナは、慌ててそれを受け取る、ずっしりとした銃の重みが、彼女の両手の中に沈んだ。
麻酔銃である。見た目は、セミオートマチックピストルであるが、セットされたマガジンの中には、実弾とは異なり麻酔弾が入っている。メトロでも珍しい一品だ。
「弾数は、実弾銃に比べたら少ないし、飛距離も短いけど、しみったれた甘ちゃんのアンタにはそれがお似合いね」
被殺傷武器は、その名の通り、相手に傷を負わせることなく無力化できる。ケイナの様なお人よしには、ピッタリの武器なのだ。
「……! はい!」
皮肉のつもりで言ったカグラだったが、思いの外ケイナが嬉しそうにその麻酔銃を握り締めたので、つまらなそうに小さく息をついて腕を組んだ。
やはり、彼女は自分の身を守るためとはいえ、人を傷つける事に抵抗があった様である。そんな彼女には、やはり色々な意味でピッタリの銃だった様だ。
「ブルーファイアも馬鹿じゃない。賞金稼ぎに狙われる事を考慮して、クリーチャーだけでなく、殺し屋やスナイパーを雇ってるって話も聞くわ。だから、それがあるからって気を緩めちゃだめよ」
「はい! わかりました!」
期待に目を輝かせて、嬉しそうに頷くケイナ。元気だけは一人前である。
「使い方は、そう難しい物じゃないから。適当に教えたらアジトに向かいましょ。ふふ、奇襲を掛けるなら、あえて明るい時間帯の方が成功確率が高いかもね」
驚き、怯えるギャング共の顔が目に浮かぶようだ、と、カグラは楽しげに笑った。




