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Crazys!  作者: ノンアルコール
C,3-A Chick Chick! Chick!!
14/65

 **


 路地で不気味な光を放っていた二つの異なる足跡は、路地の奥にある収集用のダストボックスに続いていた。

 そこで足跡は途切れていたため、不思議に思ったツキシマがダストボックスを押してみると、地下へと続く扉が現れた。四角い穴に取り付けられた木製の扉は、良く開閉されているのか、取っ手を掴んで引いてみると難なく開いて地下へ続く梯子が姿を露わした。

 得体の知れぬ雰囲気に、ツキシマは真っ先に穴を降りようとしたタツミの襟首を掴んだ。そして脇にアベルを抱え、背にタツミを背負って穴を降りた。

 錆びた梯子は、大人一人と子供二人を支えるには少々不安定で、ミシミシと嫌な音を立てながら三人を地下まで運んだ。


 梯子を降りた先は、一本の長い通路だった。

 それなりに広い通路で、所々にランタンの灯が燈っており、ライトを点けなくても足元が見えるほどに明るい。

 突き当たりに、扉が一つ。それから、通路の両壁には、いくつかの部屋があり、木でできた扉で閉ざされている。

「な、な、なんなんだよぉ…ここ…!」

 恐怖に震えた声でアベルが言った。通路を進むツキシマの背中で、タツミが笑う。

「悪者いるかな! でてこいっ! タツミがレールガンでぶっ殺してやる!」

「やめろよタツミ! ほんとにでてきたらどうす…」

 アベルが言いかけた時。破壊音と共に突如ツキシマの視界に黒い影が飛び込んできた。

 すぐ傍の扉が破られ、木片を跳び散らしながら、四足歩行の化け物がツキシマ達の前に立ちはだかる。

「ギィアアアア!」

「う、うわああ!」

 化け物が吠えて、アベルが悲鳴を上げた。

 番犬のクリーチャーかと思ったが、ランプの光に照らされた化け物は、ツキシマの知っているクリーチャーの形状とは大いに異なっていた。

 顔が、二つある。

 一つは、本来のクリーチャーの、目も鼻も無い、代わりに割けんばかりの凶悪なクチを有した頭。もう一つは、落ち窪んだ眼球に、こけた頬、生気の感じられない、蒼白とした子供の顔であった。

 しかし、顔が二つあるだけで、身体はクリーチャーと殆ど変わらない。四足歩行で、長い尻尾があり、鋭く頑丈な爪を持った獰猛な化け物である。

「グルァァァッ!」

 クリーチャーもどきが吠えて、その強靭な足で地を蹴った。蒼白な子供の顔が、力無く揺れる。

 ツキシマは、向かって来た化け物が、ツキシマの足に噛みつくタイミングを見計らって、半歩下がって足を後ろに振ると、脳の無い猛獣同然に正面から突っ込んできたソレの顔面を爪先で蹴り飛ばした。アベルが恐怖に悲鳴を上げる。

 上手い具合にヒットしたようで、ツキシマの爪先を食らった化け物は、クチから泡を吐いて地面を二転三転すると、仰向けに転がってビクビクと痙攣した。

「う、うわああ! なんだよアレ! ただのクリーチャーじゃないよ!」

 ツキシマは、先程化け物が飛び出して来た部屋の中を覗いて、他の脅威は無い事を確認すると、アベルとタツミを地面に下ろして、痙攣するクリーチャーもどきに近付いた。

 ハンドガンを抜き、まだ息のある化け物の胸に数発弾丸を撃ち込む。化け物は、一度大きく痙攣すると、真っ赤な鮮血を地面に滲ませて動かなくなった。

 その化け物の傍にしゃがみ、ツキシマはソレに触れて確認する。


 これは、クリーチャーでは無い。

 人間の、子供の心臓を突っ込まれ、中途半端にヒトと融合させられた合成獣キメラだ。

 酷い有様である。良く見れば、クリーチャーの身体もツギハギだらけになっていて、クリーチャーと子供の皮膚が縫い合わせられており、クリーチャーの腹部から不自然に子供の手足が生えている形となっている。

 こんなモノが、メトロに存在するとは思わなかった。いや、こんなモノを作る人間がいるとは思わなかった。

 どんな意図があったのかは知らないが、子供とクリーチャーを融合させるなど、外道の極みだ。

 ツキシマは、クリーチャーの頭と並んだ、幼く蒼白した子供の顔の撫でて拳を握りしめた。

「右クリアー! 左クリアー! ゴーゴー!」

 ツキシマの背後で、タツミの楽しげな声が上がった。振り返ってみると、銃身バレルの長い拳銃を両手で構えたタツミが、通路のドアを開けて中の様子をそっと覗きながら、警察官の真似事をしている。

 それを傍で見ていたアベルが、タツミのゴーサインを聞いて、中の様子を覗う様にして室内に足を踏み入れた。

「エミリー? いるなら返事を…」

「グルアアアアアア!!」

 おっかなびっくり震えながらも、真っ暗な部屋に踏み入ったアベルの視界に、ギラリと凶悪な牙を光らせたクリーチャーもどきの化け物が、部屋の奥から咆哮と共に飛びかかって来た。

「うわああああ!」

「あぶなーいっ!」

 アベルの悲鳴と共にタツミが叫んで、構えていた銃の引き金を引く。

 偶然か、それともタツミの腕によるものか。彼女が放った電気の弾丸は、真っ暗な部屋を一瞬だけ照らすと、アベルの真横を通ってクチを大きく開けた化け物に着弾した。

「うわっ! ととっとぉー」

 銃の反動に耐えきれなかったタツミは、ころりと後ろ向きにひっくり返ったところを、駆け付けたツキシマに背中を支えられた。

 タツミが構えていたのは、昼間のロボットに取り付けていた電磁砲レールガンの小型版か。彼女が改造したのだろう。実弾銃では無かったようで、タツミの弾丸を食らった化け物は、部屋の壁に叩きつけられて黒焦げになっていた。

「やったー死んだ! 見てたツッキー? お化けをやっつけるのは楽しいね。タツミもツッキーと賞金稼ぎやろっかなー!」

 化け物を仕留められて、嬉しそうにはしゃぐタツミに、ツキシマは呆れたように肩を落とした。

 確かに、今回は上手く倒せたが、アベルもいることだし、タツミにはもう少し慎重に行動してほしい、とツキシマは思った。

「た、た、タツミ…、お前…!」

 腰を抜かしたアベルが、がくがくと振るえて泣きながら、黒焦げになった化け物を見つめた後に、恐怖に震えた視線をタツミに向けた。

 彼の恐怖の目は、目の前から飛びかかって来た恐ろしい化け物のせいか、それとも、楽しげに笑いながら、いとも容易くその化け物を撃ち殺したタツミへの恐怖のせいか、そんな、精神的に満身創痍のアベルに、タツミはバックからブリキのロボットを取り出して、彼に向けてユラユラと揺らした。

『おいおい泣いてんのかよー。これだからションベン臭せえガキは嫌だぜー。ハハ!』

「な、なんだよ! 泣いてねーよ! お前が悪いんだろ!」

 そう言ってアベルは、振るえる足を無理矢理立たせるとおどけて笑うタツミの傍に走り、彼女が取りだしたブリキロボットを、勢い良く手で振り払った。

 アベルに叩かれた衝撃で、タツミの手からロボットが離れて宙を舞う。

「あー! ロイドくんー!」

 ガシャン、と音を立てて、ブリキロボットが地面に叩きつけられた。ロボットの錆びた細い首は、地面にぶつかった衝撃で胴体から取れてしまう。

「うわあああああああん! ロイドくんが首無しになっちゃったああああ!! うわあああああん!」

「わっ…。な、泣くなよ! タツミがてきとーなこと言うから…」

 ロボットの首と胴体を拾い上げて、叫ぶように泣き声を上げるタツミに、バツが悪そうにアベルが呟く。

 長い通路に、タツミの泣き声が響き渡った。この地下室の管理者に気付かれでもしたら、酷く面倒な事になるだろう、と、ツキシマは慌ててタツミを宥めようと彼女の傍にしゃがみこむも、壊れた玩具を直す道具などツキシマは持ち合わせていない。

 と、困り果てていたツキシマの耳に、ドサッ、と布の擦れる音が届いた。

「!」

 タツミやアベルも、その音を聞いたようで、タツミは泣くのをやめ、アベルは驚いたように顔を上げて音の出所を探した。

「ううう…。うう」

 三人が、キョロキョロと辺りを見渡している間も、その布の擦れる音は更に大きくなり、次第に唸り声と共に暴れている様な騒がしさに変化していく。

「お、おじさん。こっちだ。このへやの中からきこえるよ!」

 アベルが、震える声で言った。

 先程、タツミ達が開けた扉の向かいの部屋から、その音が聞こえてくる。

 アベルの報告に、ツキシマはコクリと頷くと、立ち上がってドアノブに手をかけた。また、クリーチャーもどきの化け物かもしれない。ツキシマは慎重に子供たちを自分の背後に隠してドアノブを回し、ゆっくりと引いた。彼のコートを掴んで、アベルとタツミがそっと中を覗き見る様に顔を出す。


 中は、真っ暗だった。しかし、僅かに開いたドアの隙間から、先程の何かが暴れる様な音が漏れ、通路の光が室内に侵入し、じんわりと暗闇を照らし出す。

「あ、エミリー!?」

 ドアが大きく開き、室内を十分に見渡せるようになると、アベルが驚いたような声を上げてツキシマの脇を走り抜け、室内に入った。

 部屋の中は、まるで手術室の様な場所であった。足を踏み入れた瞬間、室内に充満する生臭い嫌な臭いが嗅覚を襲う。暗い部屋の真ん中には、血に濡れた手術台の様なものが二つ置いてあり、それに合わせてメスや摂子、鉗子に針と糸などの手術器具がまとめられた台がある。

 手術台の周りには、心電図や点滴を掛けておくガードル台がある。

 血液量と、その場の状態からして、この場所で先程のクリーチャーもどきの化け物が作られたことは明白だろう。

 手術台が二つあるところからすると、片方にはクリーチャーが、もう片方には子供が寝かせられていたのだろうか。とにかく、この場所で血なまぐさい陰惨な人体実験が行われていたようだ。

 ツキシマは、傍を走り抜けて行ったアベルを見た。彼が駆け付けた先には、両手両足を拘束され、猿ぐつわを嵌められて、さらに目隠しをされた少女がいた。乾いた血で汚れた、桃色のワンピースを着た少女である。

 エミリーだ。音を出していたのは、彼女だったようだ。タツミの泣き声を聞いて、自分の存在をツキシマ達に知らせたらしい。

「エミリー! エミリー…! よかった…!」

 アベルが、エミリーの目隠しと猿ぐつわを外した。彼を見て、恐怖に震えていたエミリーの大きな瞳は、涙をいっぱいに溜めて縋る様に彼を見上げる。

「アベル…う、うわああああん!」

 エミリーは、アベルの小さな胸の中で泣きじゃくった。こんな血なまぐさい場所に、目もクチも手足の自由も塞がれていたのだ。小さなエミリーにとって、死ぬほど恐ろしかったに違いない。


 エミリーの無事を確認すると、ツキシマは安心して胸を撫で下ろした。

 ともかく、彼女の無事を確認できて良かった。後は、子供たちを孤児院に帰せばツキシマの肩の荷が下りると言うものである。

 そう安心したのもつかの間。ツキシマがホッと胸を撫で下ろすと、通路の突き当たりの扉が乱暴に開いた。

「……!? あ、貴方は…!」

「…!」

 扉を開けた主は、ツキシマを見るとランタンを片手に驚愕し、震える声を上げた。

 そして次の瞬間、火花が弾けたように走り出した。反射的にツキシマも地面を蹴る。タツミの静止の声が聞こえるが、彼女を抱えて走るわけにもいかない。


 通路の突き当たりのドアを開けた人物。見えたのは一瞬だったが、ツキシマは確かにその人物の顔を見た。

 前髪の長い黒髪に、白い白衣。そして、左目の黒い眼帯。

 昼間、孤児院に来た小児科医のアザミである。

 彼が、エストメトロの子供たちを誘拐し、エミリーを誘拐し、この地下室でおぞましい人体実験を行っていたのだ。

 それは、地下室の位置口から外の路地に渡って残されていた、光る足跡が証拠である。昼間、ツキシマがタツミのバケツを零した時に、彼の足にもあの蛍光塗料が付着したのだ。


 アザミを追って、ツキシマは地下の通路を抜けた。突き当たりの扉の向こう側はすぐに階段となっており、アザミは慌ただしくその階段を上って更に扉を開ける。ツキシマも、その後に続いて扉の外に出た。

 外は、未だ屋内だった。薬の臭いが鼻につく、病棟である。院内は、既に消灯時間を過ぎているのか真っ暗だ。チラリと窓の外を見ると、そこは一階で、昼間ツキシマがコルトの餌を買ったベーカリーのある大通りに面した病院であった。近くで、列車が通る音も聞こえる。

 そういえば、カミラが、アザミは大通りに病院を構えていると言っていたのをツキシマは思い出す。そこそこの規模の病院の様だ。アザミは小児科医と聞いていたが、実際はここの院長だった様である。となると、彼はそれなりの地位を獲得した人間であったようだ。

 ツキシマは、目でアザミを追った。地下室から出た扉の傍に、また階段がある。足音は、その上から聞こえる。

 どうやら、病院の階段下に地下室への階段を増築していたようだ。確かに、病院の傍に作っておけば、器具や薬品等を持ち入れるのに便利だろう。


 ツキシマは更に階段を上ってアザミを追う。上へ上へと上ったところで、いずれは屋上に辿り着き、逃げ場を失ってしまうだろう。

 ツキシマに追いかけられて慌てているのか、アザミの足音は慌ただしく、自分の足が己自身を追い詰める結果となる事に気づいていない。


 そしてツキシマの予想通り、アザミは終に病院の屋上に逃げ込んだ。余り体力は無い方なのか、四階建ての病院の階段を全速力で走り抜けたアザミは、屋上に逃げ込むとフラフラとした足取りで床のコンクリートを踏んだ。乾いた夜風が、彼の白衣をはためかせる。

 息一つ乱していないツキシマは、屋上の扉の陰から、ヌッとその防毒マスクを浮かび上がらせた。

「は、はは…。まさか貴方にバレてしまうとは…。予想外でしたよ」

 肩を上下させ、額に汗を滲ませながら、焦りと動揺に揺れる瞳でアザミはツキシマを見る。

 ツキシマは、ポケットに両手を突っ込みながら屋上に足を踏み入れた。

 洗濯物を干す物干し竿が並んだ、フェンスで囲まれた屋上だ。遠くから、列車が走る音も聞こえてくる。

「……」

「あはは…怒ってます? 見られちゃいましたもんねえ、私が何をしていたか。ああ、でも、勘違いしないでください。私は、子供が憎らしくて殺していたわけではありません。逆です。愛していたからこそ、私は彼らを殺めた」

 無言のツキシマに、アザミは歪んだ笑みを零しながら言った。その無言が、さらに彼の饒舌を加速させる。

「私は、子供が大好きなんです。愛していると言っても良い。無邪気な笑顔、真珠の様に柔らかな肌、桃色の愛らしい唇。子供は、神が地上に送った天使だ! そんな神に愛された子供たちを、私達人間が愛せないのは可笑しな話でしょう」

 アザミは、空高く両手を広げて言った。

 わからない。そうまで愛していたと言うならば、何故彼は子供を殺したのか。しかも、あのような醜い姿にしてまで。

 ツキシマの沈黙から、彼の疑問を汲み取ったのか、アザミはクスクスと笑って答えた。

「でもね、ツキシマさん。子供はいずれ、大人になるんですよ。嫌でもその純真な心を俗物で汚し、成長と共に身体はその柔軟さと瑞々しさを失い、無骨で荒々しく、時に人の欲に塗れ、犯し犯され、神の愛した子供たちは穢れていく。許せない。私は断じてそれが許せないんですよ」

 笑みを携えていたアザミは、徐々に忌々しげにクチ元を歪め、吐き捨てる様に言って拳を強く握り締めた。

「だから、殺して私傍で、永遠のモノにしようとしました。永遠の私の子供たち。彼らを知るのは私だけで良い。穢すのもまた、私だけで良い…。けれど、それが良かったのも最初のうちだけだった」

 アザミが、悔しげに強く唇を噛みしめる。彼の薄い唇が切れて、赤い血が流れた。

「彼らは、今度は朽ちてしまった。大きな瞳は落ち窪み、頬はこけ、おぞましい悪臭が子供たちを取り巻いた。腐敗が…私を悩ませました。どんなに環境を変えても、私の手で保存できるのは、もって三日でした。せっかく子供たちを永遠のまま傍に置く事ができると思ったのに…。悲しみに暮れ絶望した私は、一つの実験を思いつきました」

 ニィと、唇を吊り上げてアザミが笑う。絶望の中に、たった一つの希望を見出した様な、そんな光に満ち溢れた笑顔だ。

 この笑顔の理由さえ知らなければ、吊られて笑みを浮かべてしまうであろう、そんな嬉しそうな、歓喜の笑み。

「子供たちは、『人間だから』腐敗してしまうんです。ならば、『人間でなくして』しまえば…。クリーチャーと融合して、人間として新たな境地に踏み入れば…。腐敗しなくなるかもしれない。人間とクリーチャーの生態は酷似してるんですよ。だから、あり得ないと思うかもしれませんが、可能性はゼロじゃな…」

 アザミが、感極まった表情で訴えた時、メトロの空に銃声が響き渡った。

 乾いた音が響き、アザミの肩から鮮血が吹きあがる。アザミが、肩に炸裂した激痛に叫び声をあげた。

 銃口から硝煙のあがるハンドガンを構えたツキシマは、無言のまま、防毒マスクのカラーガラス越しにアザミを睨みつける。

 もう、耳を傾けているだけで吐き気がする。アザミの話は、それくらい身勝手で自分本位な、エゴの塊だ。彼の中に、悪意は無いかもしれない。ただ純粋すぎるほどに、子供を愛していただけかもしれない。だがそうだからこそ、アザミの行いは許され、看過されて良いモノではない。

 だがそれは、一般論だ。アザミの話を聞いて、多くの人はきっとそう思うだろう。


 それに加えてツキシマは、何が何でも排除せねばならない要因として彼を見ていた。

 人間でなくすことで、人間として、新たな境地に踏み入ることで、何か素晴らしいモノが手に入ると、彼が思っているならば。それは、ここで排除しなければならない『考え』だった。

 人間が、人間らしさを失うことで、幸せや平和といったモノが手に入るはずがない。人間は、人間として生きているからこそ、素晴らしい。

 そう、ツキシマは思う。これは、彼の個人的な想いだ。


「うぐっ…ううう…!」

 血が滴る腕をおさえながら、アザミはツキシマの銃口から逃げる様に後ずさる。アザミが下がるほどに、ツキシマは銃口を彼に向けて前進した。

 アザミが、憎々しげにツキシマを睨んだ。

「貴方もか…。貴方も、私を迫害するんですね。わ、わかってる…。わかってるさ。自分が、異常性癖者だって事くらい…。はは、自覚はあるんだ…。でも、わかってくれとは言わない…。だが、だからと言って否定するか? 変わり者を拒絶するか? あはは、どうしようもない…どうしようもないんだよ」

 アザミは、苦痛に顔を歪めて笑う。語られないツキシマの本意を知らないアザミは、己を迫害する俗人を見る様な目でツキシマを見た。

 

 そうだ、何時だってそうだ。変わり者は、疎まれる。嫌われ、迫害されるのだ。

 価値観の異なる人間は、世の中じゃ受け入れられる事は無い。


 アザミは、終に逃げ場を失い屋上のフェンスに背中をつけた。逃げ場はないが、目の前の銃口は、否応無しにアザミに迫る。

 迫りくる銃口の暗い闇の中に、じっとアザミを見つめる目が見えた。グリグリと動く眼球は、彼をじっと捕えて射るように見つめてくる。

 嘲笑うかのような視線が、侮蔑するような視線が、憎み、そして憐れむような視線が、銃口から飛び出して、幾重にも重なり、深い夜の闇夜からアザミを見つめている気がする。

「あ…あああ…! やめろ、見るな…私を…、…!」

 四方から突き刺さる視線の幻覚に耐えられなくなったアザミは、恐怖心から怯えたように頭を抱え、更に身体の重心を背中のフェンスに傾けた。

 そして次の瞬間、古く錆びれていたフェンスの金網が、アザミの体重を支えられずに枠を外れた。ギシリ、と音がして金網が歪み、アザミは後ろ向きに倒れる様な形でフェンスの外に投げ出される。

「あっ…」

 驚いたアザミの声が、乾いた風に流れる。

 支えを無くしたアザミの身体は、ふわりと宙に浮き、呆けた顔の彼がゆっくりと夜空を舞う。

 一瞬の出来事に驚いたツキシマは、慌てて銃を片手にアザミが落ちたフェンスに向かって駆け寄った。列車が線路を走る音がする。直ぐ近くで。

「……!」

 アザミが立っていた位置から、ツキシマは身を乗り出して下を覗き見た。夜の闇に浮きあがった、白い白衣姿のアザミを一瞬確認したかと思ったら、次の瞬間、彼の姿は真っ赤な肉塊となって四散した。

 タイミング良く、病院の傍を通った私鉄列車に、落下したアザミの身体が衝突したのである。列車は、フロントガラスに肉片と血液を浴びて百メートルほど走ったところで停車した。悲鳴が上がる。乗客の悲鳴だろう。彼らは、驚きの声を上げた後、次々と病院の屋上を指差したので、ツキシマは慌てて顔を引っ込めた。

「……」

 驚いている暇もなく、ツキシマはホルスターにハンドガンをしまってその場所から立ち退いた。無言のまま、先程までアザミが立っていた場所を見つめる。

 あっけない最期だった。先程まで、あんなにも禍々しく、嬉々として語っていた彼が、今では見るも無残な肉塊だ。

 彼に、己の罪を振り返る時間と、悔いる時間はあっただろうか。無いだろうな、と、ツキシマは思う。

 罪を想う暇も無く、懺悔の時も無く、彼は死んでしまった。彼が殺した、子供たちの様に。


 ツキシマは、胸に何とも言えない有耶無耶を抱きながら、クルリと踵を返して屋上を後にした。

 警察が動き出したら面倒だ。さっさと子供たちを連れて、ここから抜け出すのが一番良いだろう。




 階段を下りて、地下室への扉を開けたツキシマの耳に、甲高い悲鳴が聞こえてきた。

「きゃあああああ!!」

 子供たちに、何かあったのだろうか。ツキシマは慌てて走り出すと、エミリーが捕らわれていた部屋に駆けつける。ドアは開いたままで、中には、硝煙のあがる銃を握ったタツミと、恐怖に震え、互いに身を寄せ合いながら、さも恐ろしいお化けを見るような目でタツミを見つめるエミリーとアベルがいた。先程の悲鳴は、エミリーだろうか。タツミは銃を片手に、震える二人を不思議そうに見つめている。

 部屋の奥には、壁にめり込んで頭部を黒焦げにし、人肉が焦げたような悪臭を放ちながら死んでいる、クリーチャーもどきの姿があった。

 まだ、化け物の生き残りがいたらしく、それが子供たちを襲ったようだ。三人の様子からするに、タツミが撃退したようだが。

「…ころしたの? なんで? なんでそういうこわい事できるの?」

 震える声音で、エミリーがタツミに問いかける。彼女の問いに、タツミは不思議そうに首を傾げた。

「エミリーちゃんは、なんでそんなにこわがってるの? 悪いお化けはもういないよ?」

 タツミが答える。エミリーは、ガチガチと恐怖に歯を鳴らしながら、更にアベルにしがみ付いた。

「でもそれ…もとは私たちと同じ…こどもだったんでしょう? なんで平気な顔してころせるの? おかしい、おかしいよ…」

 エミリーは、アザミから先程の化け物の事を聞いていたのだろうか。または、エミリー自身もアザミの実験材料として連れてこられた子供だったのかもしれない。

 自分も、『ああなる』かもしれなかった。そんな化け物を、平然と撃ち殺したタツミに恐怖したのだろう。

「…お化けだよ?」

 キョトンとしてタツミはエミリーを見つめる。

「でも、でも、こどもが…私…」

「だって、ころさなかったら、エミリーちゃんもタツミもしんじゃってたかもしれないよ?」

 タツミが、さも不思議そうに首を傾げて言うのを聞いて、エミリーはヒッと小さく喉の奥で悲鳴を上げた。ガクガクと振るえ、酷く怯えた様に瞳を揺らすと、エミリーはタツミから視線を逸らしてアベルに抱きついた。

「やめて! やめてよ! し、し、しんじゃうなんて…そんなこわい事いわないで! おかしいのよ、タツミちゃんは、変だもの。わた、私たちは、そんな風にこわい事できないもの…。おかしい…! おかしいよぉ…」

 エミリーは、拒絶するように叫び声を上げると、頭を振って啜り泣いた。

 年端もいかない少女にとって、この死に直面した状況は、理解できない恐ろしいモノでしかない。黒焦げになった化け物の死体も、タツミが握る硝煙をあげた銃も、エミリーの様に、大人の保護の元に育った子供が理解するには早すぎた代物だった。

 だから、その中に平然と佇む、同じ子供であるタツミに恐怖したのだ。

 しかし、タツミの言葉は正しい。このメトロでは、殺される前に殺さなきゃならない時がたくさんある。親のいない子供は、幼い時から銃を取る場合もある。だが、その常識が、エミリーの様な子供に理解させるべき事なのかどうか。子供と言えど、このメトロに生きるならば、理解しておくべき事なのかどうか。


 ツキシマには判断できなかった。だが、子供が武器を取らねば生きていけない世界であるメトロが、少しだけ憎々しく感じられた。




 *


 大通りでの列車事故に胸をざわめかせ、カミラがホームに戻ると、泣きはらした顔のエミリーが彼女に抱きついた。

 アベルによれば、ツキシマがエミリーを探し出してくれたらしい。そして、最近の幼児誘拐犯の正体がアザミであることもその時知った。

 その真実に、酷く驚き落胆したが、エミリーが無事に戻ってきてくれたことへの喜びの方が大きかった。自分の腕の中で、震えながら無く少女の髪を優しく撫でると、ホームの中の子供たちを見渡して、ふと違和感に気付く。

「あれ? タツミは?」

 カミラの問いかけに、子供たちは安心したように微笑んでエミリーを見つめていた表情を、一様に曇らせて互いを見つめあった。

「タツミは…、出ていったよ」

「え?」

 言い難そうに視線を逸らしながら言うアベルに、カミラは怪訝そうな視線を向ける。

「出てったって…何で? 一体何処に…」

「わかんないけど…。ガスマスクのおじさんに着いて行っちゃった」

 ツキシマの事だ。またタツミは勝手に動いて。

 カミラは困った様に顔を上げると、慌ててタツミを連れ戻しに行こうと玄関を見る。そんな彼女の割烹着の裾を、小さな手が掴んだ。

「…連れ戻しに行くの? タツミちゃんのこと」

 真っ赤に腫らした目を向けて、エミリーが問いかける。

「当然……」

 エミリーの問いに応えようとしたカミラは、エミリーの瞳に映る、黒く、深い何かを見た。

 その、何か、は、エミリーを置いてタツミを連れ戻しに行こうとするカミラを責め立てる様にじっと彼女を見つめる。

「エミリー…アンタ…」

 エミリーのその陰鬱な視線に驚き、ふと視線をあげると、その場に居た子供たち全員が、エミリーと同じ暗い瞳でカミラを見つめていた。

 まるで、行くな、とでも言う様な。放っておけ、とでも言う様な目で見られ、カミラは思わず言葉に詰まった。

 この子供たちは、タツミを見離せと言っているんだろうか。いや、そんな直球な言葉ではないだろうが、言ってしまえば、そのような意味で相違ないだろう。そこまで、子供たちにとってタツミは疎ましい存在だったと言うのだろうか。確かにあの子は変わっていた。他の子供たちとは上手く遊べない子だった。

 だが、それ以上に、あの子は孤児院の家族であったのではないだろうか。それとも、そう思っていたのはカミラだけだったのだろうか。

 カミラは困惑する。多くの疑問を頭に浮かべる。しかし、全ての答えは、この子供たちの様子から明白であった。


 ここで、子供たちに、『タツミだって家族だろう』と言い聞かせる事は可能だ。しかし、子供たちの中にも罪悪感から唇を噛みしめて眉をひそめるも、本心を偽れずに暗い瞳を彼女に向ける子供の姿もある。

 良くない事だとわかっている。子供たちは、自分の行いが、タツミを見離す事に繋がっている、と言う事を理解している。それを理解したうえで、カミラに訴えているのだ。

 紛れもない、本心からの行動なのだろう。子供たちがそう思う様になってしまったのは、他ならぬカミラ自身のせいだ。彼女が、もっとタツミと子供たちの距離を縮める事ができたなら、もっと、互いの理解を深め合わせる事ができたなら。

 子供たちは、このような目で彼女を見る事も無かっただろう。


「こういう時、どうしたらいいんだろうねぇ。じいさん」

 カミラは、疲れたように頭を抱え、小さく呟いた。



 *


 ステーションへ向かう大通り。そろそろ夜も更けて、深夜の時間帯である。

 街はシンと静まり返り、風が家屋の間を吹き抜ける中で、背後からずっと後をつけてきている足音は良く響いた。

「……」

 ツキシマが、道の真ん中でピタリと立ち止まると、傍を歩くコルトも立ち止まって、更に背後の足音も立ち止まる。歩き出すと、足音が三つ一緒になって歩き出す。

 走る事も考えたが、何となくそれは憚られた。

「……」

 くるり、と身体を反転させて後ろを向くと、急な角度で下ろした視線の先に白い髪の茶色い色褪せた布切れを纏った少女が、にんまりと楽しそうに笑ってツキシマを見上げた。

「やったやった! ツッキーやっとこっち見た!」

 ニコニコと笑いながら、飛び跳ねて喜ぶタツミにツキシマは頭を抱えた。

 エミリーとアベルを置いて、夜も更けた事だし、カミラには悪いが早めに帰ろうと、孤児院を後にした時から、タツミはずっとツキシマの後に着いてくる。

 また遊んでいるのか、と思い、そのうち飽きて帰るだろうと楽観的に考えていたが、結局孤児院から離れたステーションの傍まで着いてきてしまった。

「ねーねーツッキー、ステーション行く? タツミね、列車一回しか乗ったことないんだー」

 ツキシマに振り向いてもらえた事が嬉しいのか、タツミは、ツキシマの周りをくるくると回りながら楽しげに言った。

 カミラが追いつけるように、出来るだけゆっくりとした足取りで歩いて来たが、彼女が追いかけてくる様子は無い。

 嫌な予感がツキシマの頭をよぎるが、地下室でのエミリーを見ている手前、なんとも言えないのが悲しい。

 カミラを責めるつもりはない。子供たちを責めるつもりはない。タツミに非があるわけでもない。自分とは、大きく価値観の異なる人間と相容れないのは当然のことだ。

 一瞬、アザミの顔がツキシマの脳裏を過ぎった。


 ツキシマは一つ溜息をついて、楽しそうにクルクル回っているタツミに向かって、孤児院の方向を指差した。

 彼女は、あの場所に未練は無いのだろうか、と思ったのだ。

 タツミは、不思議そうにツキシマの指差す方向を見ると、にぱっと笑って再び彼を見上げる。

「タツミは、ツッキーと賞金稼ぎで一人前になりまーす! そしてね、パパとママと…院長をびっくりさせてあげるんだ!」

 両手のこぶしを握り、意気込みを露わすタツミの顔には、寂しさも悲しさも見えなかった。強がっているわけでもない、出会った時の様な、明るい屈託の無い笑みだった。

 ただ本当に、この場に居る事が楽しくて仕方がないと言うようである。

 その笑顔を見て、ツキシマは困った様に肩を竦めた。

 少しでも寂しがるのなら、孤児院に戻るべきだと思ったが、タツミはそんじょそこらの子供とはワケが違うようである。カミラも追ってこないし、無理に帰すと言うのも、何となく気まずいように思えた。


 ツキシマは再び大きく溜息をつき、くるりと身体を反転させて元々歩いていた方向へ足を向ける。

 旅は道連れ世は情け、とは言うが、ツキシマは、少しでも旅の連れを自分で選んでみたいものだ、と深く思った。



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