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孤児院『ジェイムス・ホーム』は、院長である、カミラ・マクベインの亡き夫、ジェイムス・マクベインが開いた、スクラップ場の間にひっそりと佇む、小さな孤児院である。
子供の人数は、乳児から十五歳まで合計十二人と少ないが、小さな木製の一戸建てには十分すぎるほどの人数だ。
庭は、土地が余っているのかそこそこ広く、手造りブランコが取り付けられた大木や砂場、滑り台などもあり、先程、ツキシマがタツミと出会った公園よりも子供の遊び場として充実した造りになっている。
昼時を終えた子供たちは、皆庭に出て楽しげに遊び回っている。ジェイムス・ホームでは、十歳未満の子供たちが大半を占めているようで、広い庭を全てが子供たちの遊び場となっていた。
そんな子供たちを見守る様に、カミラと並んでツキシマとコルトが、孤児院の出入口の前で立っている。
「もう、二年になるかねえ。旦那が死んでからも、孤児は増えて、いつの間にかこんな大所帯だよ」
カミラがケラケラと笑った。苦しそうな台詞ではあるが、それを言う彼女の顔は明るい。
ツキシマは、無言のままにカミラを見つめ、コクリと相槌を打った。
「メトロは治安が悪くて危険ではあるけどね、最近も、誘拐事件なかんかが流行ってるし、でもギャングは大丈夫。奴ら、保護者付きの子供たちは襲わないからね。ウチを襲ったとしても、奪うモンなんてありゃしない。こっちから下手に手を出さなきゃ、割と無害なもんだ、奴らも」
こんな辺鄙な場所で、孤児院など開くからには、それなりの覚悟が必要である。ギャングの手はもちろん、危険なスクラップ場での事故や、犯罪に子供たちが巻き込まれることもあるだろう。それらから、彼女は一人で子供たちを守らねばならないのだ。そう容易なことではない。
ツキシマはそう思い、不安げに首を傾げる。
「ああ、まあ、そりゃ大変ではあるけどね。あの子らは、一人前になるまでは、誰かが守ってやらないといけないからさ。大人にいい様に使われちまう子供たちを見てると、動かざるを得ないと言うか、ねえ」
ツキシマの視線に気付いたカミラが、肩を竦めて言った。
何かを守るには、それ相応の力が必要になる。そうしないと、守るべきものだけでなく、自分さえも不幸になってしまうからだ。
しかし、時には、四の五の言ってる暇もなく、守らなければならない事もある。弱き者が虐げられているのを見たとき、己の力に自信が無くとも、動かなければいけない時もある。
時として、何かを守る、と言う行為で最も必要とされるのは、力などでは無く、行動力なのかもしれない、とツキシマはカミラを見て思った。
「……」
ツキシマは、無言で何度も頷いた。
彼女の考え方は、自分の身を守ることが第一であるこのメトロでは、愚かで甘い考えだと嗤われるかもしれない。しかし、ツキシマはそんな人間の方が好きだ。
支え合って生きる、なんて、綺麗事でしかないが、非力ながらも何かの為に生きるのは、『人間らしい』と彼は思う。
「まあ、あたしもこう見えて昔は少し名を馳せた賞金稼ぎだったんでね。それなりに、あの子らを守る術はあるんだよ」
カミラが、にんまりと笑って割烹着の袖越しから力こぶを見せた。
OBの賞金稼ぎだったとは、驚きである。確かに、それなりに賞金を稼いだ後は、このように孤児院を作って余生を過ごすのもいいかもしれない、とツキシマはうっすらと考えた。
「…!」
不意に視線を、再び庭に向けると、庭で走り回る子供達とは距離を置いたところで、タツミがぽつんと地面にしゃがみこんでいるのが見えた。
公園で彼女を見た時の様に、一人裸足で地面に座り、今度は、ブリキのバケツの中身を木の棒で掻きまわしているようである。何を作っているんだろう、とツキシマは首を傾げた。
タツミに視線を送るツキシマに気付いて、カミラは困ったように眉を寄せた。
「タツミはねえ、旦那が逝く少し前、イースメトロで拾った子なんだよ」
カミラは、どこか悲しげに語りだす。ツキシマはその言葉に、無言のまま耳を傾けた。
「捨てられたのか、それとも既に路地裏暮らしだったのかわからんけどね、拾った時からあんな感じで、ちょっと変わっててねえ。言う事は聞けるいい子なんだけど、子供達からしたらちょっと付き合いにくいみたいで、院の中でもいつも独りぼっちなのさ」
ツキシマは、公園でタツミがロボットで一人二役をしていた時のことを思い出した。確かに、そんなことを零していた様な気もする。
「子供とは思えない知識を持ってたりもするから、本当は金持ちや職人の子じゃないかとも思ったんだけど、そんな子が好んであんなカッコウをするとは考えにくいんだよね。そのくせ、一人前になったらパパとママに褒めてもらえるーって、拾った時から言ってるのさ。アンタを襲ったのも、今日のニュースで見たからだね。アンタ、エクスプレスのハイジャックを捕まえたんだってねえ」
カミラが、ニヤニヤと笑いながらツキシマの腕を肘で突く。ツキシマにとっては、あの列車で起きた事は思い出したくない記憶であるため、困ったように顔を逸らしてカミラから逃げた。
「まあ、とにかく。最近じゃあ賞金稼ぎになりたいとか言い出してね。強い賞金稼ぎを倒せば、自分も一人前の賞金稼ぎになれると思ってるみたいだ。危ないから、やめて欲しいんだけどねえ」
カミラは、困ったように苦笑する。
心配そうに言ってはいるが、タツミを見る彼女の眼は、愛娘の我儘を、呆れながらも仕方なく受け入れている母親のようにも見える。手のかかる子ほど可愛いとは言うが、まあ、彼女にとって孤児院の子供に対して、誰が誰よりも可愛い、などと言う事は無いのだろうが、カミラの中には、確かにタツミに対する愛情がある様にツキシマは感じる。
「……!」
ツキシマの視線の先で、バケツの中身を掻きまわしていたタツミが、二人の視線に気づいてニッコリと笑ってこちらに向かって手を振った。
ツキシマも、それに応える様に手を振り返す。するとタツミは、慌てて地面に置いていたバケツを両手で抱えると、こちらに向かって走り出した。
「ツッキー!ツッキー! あのっ…あのあのね、あのね、タツミ、ツッキーにごめんなさいしなきゃいけないって…。えっとええと…」
タツミは、ツキシマの元まで走ってくると、しどろもどろに視線を辺りに彷徨わせながら額に眉を寄せて言った。
とりあえず、持っていたバケツをツキシマの足元に置き、視線を上げてツキシマとカミラを交互に見る。カミラが、ニッコリとタツミに微笑みかけるのを見て、タツミは少し安心したようにヘラリと笑った。
「あのね、ツッキー、えっと、コルトちゃんを勝手にもってっちゃってごめんなさい!」
タツミはそう言って、深々と頭を下げた。
ああ、そっちか、とツキシマはマスクの下で苦笑する。まあ、そもそもの原因はそれであるけれども。でも、タツミはもうちょっと違う場所で反省点を見つけるべきなのではないのだろうか。
しかし、謝る、と言う事ができる事は、とても良い事だ。自分の行いを、素直に反省できる大人はそういない。
ツキシマは、頭を下げるタツミの目の前にしゃがみ、フルフルと首を横に振った後、タツミの頭を柔らかく撫でた。ツキシマの硬いグローブの感触に、タツミはハッと顔を上げる。
「ごめんねツッキー、お友達、勝手にとられちゃいやだよね。タツミもいやだから、いやなのはわるいことだから、よくないのはダメだから、だから、ごめんなさい」
申し訳なさそうに謝るタツミ。ツキシマは、再び首を横に振った。
確かに、タツミはどこか他の子供とは違う。変わっているし、少し幼いのは確かだ。しかし、彼女はきちんと謝る事ができる。自分がされたら嫌だ、そう言う事はしちゃいけないと理解している。
その点でタツミは、良い子なのだ、とツキシマは思った。
シュンとしているタツミを見て、ツキシマはハッと思いだしたように自分の懐を探った。ハンドガンのホルスターにひっかけて、タツミが公園で蹴り飛ばしたブリキのロボットを持ってきていたのだった。
「あ、ロイドくん! ロイドくんだ!」
ツキシマがロボットを差し出すと、タツミは一瞬にして表情を明るくして嬉しそうに笑った。両手でそれを受け取ると、キラキラとした目でツキシマを見る。
「ツッキー、拾ってくれたの? ありがとう!」
にぱっと笑って、嬉しそうに跳ねながらタツミは喜んだ。乱暴に扱っていても、やはりそれは大切な玩具、という友達だったらしい。
タツミの喜びようを見ながら、ツキシマは満足そうに頷いた。そんなツキシマに、タツミは楽しげな笑顔を見せる。
「ツッキーは、つよいけどいい賞金稼ぎだから、ぶっ殺すのはまた後にしておくね! もっとセーカクのわるい賞金稼ぎをぶっ殺すことにする!」
「!?」
「こら、タツミ! そういう危ない事は、もっと大人になってからにしなさいって言ってるでしょう!」
カミラが、眉を吊り上げて強く言った。タツミは、また怯えるかと思ったが、今度は彼女も怒ったように反論する。
「ヤダヤダヤダ! タツミは一人前になって、パパとママに褒めてもらうんだから! だから、強い賞金稼ぎをぶっ殺したいの!」
「この子は…全く…」
タツミの言う、『パパとママ』の正体はわからないが、実の両親と考えるのが妥当だろう。それを話に出されると、カミラとて強くタツミに言い聞かせる事は出来ないようである。
というか、大きくなってからなら賞金稼ぎをぶっ殺していい、と言う事でもないだろうに、と、ツキシマは一人心の中で呟いた。
「はは、今日も賑やかですね、カミラさん」
不意に低い声が上がった。ツキシマが顔を上げると、黒髪の、白衣を着た好青年そうな男が立っていた。前髪が少しだけ長く、目に障害があるのか、左目に黒革の眼帯をした男だった。白衣の男は、微笑みを携えてカミラに挨拶をした。
「あ! 一つ目おじさんだー!」
男を見るなり、タツミが彼を指差して大きな声で言った。それを聞いて、カミラは怒ったように眉を吊り上げてタツミを睨む。
「タツミ! 失礼な事言うんじゃない!」
「ひゃっ! ははは! オニばばこわい! ロイドくん、コルトちゃんあっちであそびましょー!」
カミラの怒鳴り声に、タツミは跳びあがって驚くと、何故か楽しそうに笑ってくるくると回り、ツキシマの足元に居たコルトを攫って走り出した。
「リン・ドン・ダーン! リン・ドン・ダーン! ひとつめおじさんやってくるー!」
タツミが楽しげに歌う。その後ろ姿を見て、白衣の男は苦笑した。
「あはは、タツミちゃんは相変わらずだなあ」
「申し訳ありませんねえアザミ先生。あの子何度言っても聞かなくて…」
「いいんですよ。最近は本当に、子供を攫う誘拐犯が世間を騒がせてるみたいですから、カミラさんのところも気をつけてください」
アザミ、と呼ばれた男が、心配そうにカミラを見て言った。
誘拐犯と言えば、確かさっきの公園の掲示板にそんな記事があった様な気がする。ツキシマが、ふとそれを思い出して首を傾げたのを見て、カミラが、ああ、と思い出したようにツキシマを見て声を上げた。
「あ、そうそう、こちら、うちがお世話になってる小児科医のアザミ先生。ボランティアでうちの子供たちを診て貰ってるんだけど、本当は表通りの方に、立派な病院を構えてるお医者様なんだよ」
カミラはどうやら、ツキシマがアザミの人となりを気にして首を傾げたと思ったようで、丁寧に紹介をしてくれた。アザミは、顔を上げてツキシマを見ると、人の良い笑顔を彼に向けて軽く会釈をした。
「はじめまして、しがない街医者をしております、アザミです。ええと、貴方は…」
「この人はツキシマさん。ちょっと声が出せないみたいでねえ。賞金稼ぎらしいんだけど、タツミが迷惑かけちまって、そのお詫びでウチに呼んですよ」
ツキシマの状態を知っているカミラは、流れる様な口調でアザミにツキシマを紹介してくれた。
無言で頭を下げるツキシマに、アザミは興味深げな視線を送る。
「へえ、声が。声帯のご病気か何かで?」
「……」
首を横に振るツキシマ。
「全く出ないんですねえ。大変そうだ。私も、時々喉の病気を持った患者さんを診ますが、言いたい事を言えないのは辛いことです」
アザミは、労るような視線をツキシマに投げる。
確かに、コミュニケーションの欠如としては致命的だが、それでも身ぶり手ぶりのジェスチャーでなんとかやってきているので、割となんとかなるモノだ、と思い、ツキシマは首を横に振った。
「それで、誘拐犯だっけ? 怖いねえ、子供ばっかり狙うんだったかい」
先程、アザミが零した言葉を拾って、カミラが顔をしかめて言った。
ツキシマも、その件については掲示板の記事をチラッと読んでいたので首を縦に振る。
「らしいですね。さっきタツミちゃんが歌ってた童謡と混じって、子供も親御さんも怯えているようです。ウチに通院してた子も、攫われてしまったらしく…」
アザミが、悔しげに唇を噛みしめた。
通院と言う事は、よく顔を合わせていた子供なのだろう。それは辛い、とツキシマは思う。
「あらあら…それは辛いねえ。一刻も早く犯人が見つかると良いけど…。警察は動いてるのかねえ」
カミラが心配そうに言う。確かに、先日のステーションでの警察の職務怠慢っぷりを見ていては、素直に、大丈夫、とは言えない。
ツキシマは困ったように腕を組んで黙り込んだ。
「とにかく、子供たちは早めに家の中に入れた方が良いかもしれません。孤児院は人数が多いから大変かもしれませんが、気をつけて…」
「あー! アザミ先生だー!!」
高い声が響くと、庭で遊んでいた子供たちが空き缶を蹴るのを止め、走り回る足を止め、アザミの元にわらわらと集まった。
「せんせー、今日はどうしたの? またケンコウシンダン?」
「アザミせんせーあそぼ! いま、カンケリの途中なの!」
アザミの元に集まった子供たちが、キラキラと目を光らせながら問いかけ、薄い桃色のワンピースを着た少女が、彼の腕を取ってニッコリと微笑んだ。
それを見て、アザミは困ったように苦笑して頭を掻く。
「あはは、ごめんね皆。今日はちょっと挨拶に寄っただけなんだ。病院で、患者さんが待ってるから、私はもう帰らないと…」
「えー…。つまんないのー」
アザミの腕を取っていた少女が、シュンとして俯き詰まらなそうに呟いた。アザミは少女を見て、微笑ましげに笑うと彼女の頭を優しく撫でる。
「また今度、ゆっくり遊ぼうね、エミリーちゃん」
アザミの言葉に、エミリーと呼ばれた少女は、影を落としていた表情に、にっこりと満面の笑みを見せて頷いた。
どうやら、アザミは孤児院の子供たちに人気の様である。
それもそのはずだ。基本的に、自分本位な考え方が台頭しているメトロで、孤児院の子供たちをボランティアで健診してくれる医師など滅多にいないだろう。人が良いに決まっている。
「じゃあ、そっちのガスマスクのおじさんでいいや!」
アザミに遊び相手を断られた子供たちの矛先は、自然とカミラの傍に居たツキシマに向いた。
突然向けられた多くの子供たちの視線に、驚きのあまり自分を指差しながら確認するようにキョロキョロと辺りを見るも、防毒マスクを付けた人間などツキシマしかいない。
遊び相手に選ばれるのは嬉しいことだが、なんだか子供たちが、アザミと遊べないので妥協したような気もするので釈然としない面もある。
「カンケリしよ! カンケリ!」
「!」
子供たちが、ツキシマの両腕を引いた。子供の力は、侮れないものである。
腕を急に引かれてよろめいたツキシマの足が、先程、タツミがツキシマの足もとに置いて行ったバケツに当たり、ガシャン、と音がしてバケツが倒れてしまった。
その中に入っていた透明の液体が派手に零れ、砂の地面を濡らした。
「わっ!」
「おっと…!」
子供たちが驚いて跳ね退いて、カミラとアザミが驚きの声を上げる。ツキシマは、慌てて倒したバケツを拾い上げると、申し訳なさそうにカミラを見た。
「ああ、大丈夫だよ。幸い、ただの水だったみたいだしね。アザミ先生は大丈夫ですか?」
「はい、少し濡れただけで何ともありませんよ。ああ、そんなに謝らないでください」
アザミが笑いながら、一生懸命頭を下げるツキシマに言った。幸いなことに、子供たちにもバケツの液体が、少し靴に着いた程度で済んだようである。
ツキシマはホッとし、バケツを地面に置いてタツミを探した。彼女が遊んでいた物だ。台無しにしてしまったから、謝らねばなるまい。
「タツミなら気にしなくていいよ。どうせそのバケツの事は忘れて、どこかで違う遊びをしているさ」
カミラが軽く笑い飛ばす。そう言われれば確かにそうかもしれないが、タツミは一体、何をバケツの中に入れていたのだろう。
「タツミのことなんていいから、はやくカンケリしよーぜ!」
少年がツキシマの手を引く。子供は素直だが、時として残酷な事をサラリと言ってのけてしまうものだ。
カミラとアザミが、微笑ましげな視線を向けてくる中、ツキシマは、困惑しながらも子供たちの手に引かれるまま庭に出た。先程、一心不乱に空き缶を追い掛けて走り回っていたのに、まだまだ元気な子供たちである。と、ツキシマは感心した。
と、そこで。子供たちに腕を引かれながら、庭に出されると、砂地の地面に木の棒か何かで描かれたような大きな落書きを発見した。
ツキシマが、タツミと公園で会った時、彼女が地面に描いていた落書きと同じものである。目が一つしかない男と、逃げ惑う子供たちの不気味な落書きだ。
そういえば、アザミも言っていた。一つ目おじさんの童謡がどうとか。
ツキシマは、ふとそれについて疑問に思い、落書きの前で立ち止まって子供たちの顔を見渡すと、落書きを指差した。
「あ…それ? …タツミちゃんが描いたんだよ」
感受性の高い子供たちは、立ち止まって落書きを指差すツキシマを見上げ、怪訝そうに首を傾げた後、彼が何を疑問に思っているのか気付いたらしく、表情を曇らせて答えた。
先程、アザミに懐いていた、エミリーという薄桃色のワンピースを着た少女だった。
「タツミちゃん、アザミ先生の事一つ目おじさんって言うの…。ひどい」
エミリーがぽつりと零す。続いて、ツキシマの周りで声が上がった。
「一つ目おじさん。おうただよ。くらくなったら、帰らないとだめっていうおうた。そうしないと、一つ目おじさんがきて、みんなを連れてっちゃうんだって!」
今度は元気そうな少年が、どこか面白がるような口ぶりで声を上げた。周りの少女たちが怖がって、小さく悲鳴を上げて怯えた目をして少年を見る。
「それでね、最近はホントウにでるんだって。一つ目おじさん。いっぱいのこどもがつれてかれちゃって、ころされたって…」
「やめてよアベル! みんなこわがってるでしょ!」
アベルと呼ばれた、元気そうな少年に、エミリーが声を上げる。周りの少女たちも、怯え震えているが、強い声を上げたエミリーが一番怯えているようにも見えた。
エミリーの気迫に、アベルは思わず目を丸くして一瞬黙り込む。
「…なっ、なんだよー、おれはこのおじさんにわかりやすくおしえてやっただけだろ」
「おもしろがってたでしょ! みんなこわがってるのに、ふざけてそんなこと言うなんてサイテーよ!」
エミリーが怒る。彼女の剣幕に、アベルはバツが悪そうに顔をそむけて唇を尖らせた。
「チェッ。なんだよ! なぁ、おじさん、エミリーや、タツミの描いた絵なんてほっといて遊ぼうぜ! おいエミリー、お前は来なくていいからな!」
「!」
べー、と舌を出すアベルに、これはいけない。とツキシマは思った。
何だかよくわからないが、ツキシマが問いかけをしたせいで二人を喧嘩させてしまった。喧嘩は良くないことである。険悪な二人の雰囲気に、あわあわとツキシマが動揺している内に、涙目でムッと頬を膨らませたエミリーが声を上げた。
「べつにいいわよ! おとこのことカンケリなんかつまんない! わたし、おんなのことおままごとするんだから!」
そう言ってエミリーは、半ば無理やり数人の女の子の手を引いて、アベルがツキシマの手を引く方向とは間逆の方向へ走り去ってしまった。
それを見て、アベルは更に機嫌を悪くしてツキシマの手を強く引く。
「ふん! おんなはいつもそうなんだ! おとこのやることにくちごたえばっかしやがる!」
何処でそんな言葉を覚えたのか。アベルは頬を膨らませると、大股で歩き出した。
子供の喧嘩など、良くあることだが、大人であろうと子供であろうと、喧嘩は見ていて楽しいものではない。今日中に、また仲直り出来ていればいいが、と、ツキシマは考えながら、昨今の子育てと言うやつは中々難しいモノだ、と意味もなく溜息をついた。
*
日もとっぷり暮れたころ。
ツキシマはぐったりとして孤児院の玄関に倒れ込んだ。
倒れ込んだツキシマの横、またはその上を、夕飯の臭いに釣られた子供たちが遠慮無しにバタバタと通って行く。泥だらけの少年たちは、まだまだ元気が有り余っているようだ。
あの後、ツキシマは騙し騙され頭脳戦の缶蹴りを子供達と行った。缶蹴りとは、ツキシマが考えていたよりも頭脳を使う遊びで、如何にして鬼、つまりツキシマは、数多いる子供達から缶を守るかという事が要求される。この遊びになれ親しんだ子供たちは、既に鬼をどう出し抜けば良いか熟知しており、ツキシマはそれに翻弄される羽目になった。
それに飽きたら、今度はヒーローごっこである。悪の帝王ツキガミーラは、孤児院戦隊オヤイナインジャーに倒されるのである。これが酷い。子供たちがよってたかってツキシマを袋叩きにするだけのただのリンチである。ある者は輪ゴムで集中砲火、ある者は木の棒で脛を殴り、ある者は水鉄砲で殴りかかってくるのだ。
一見、ただの暴力行為に見えるかもしれないが、この手の遊びはメトロでは重要な教育である。治安の悪いメトロで、自分の身を守るためにはこれくらいの事が出来なくては駄目なのだ。
最も、無抵抗の相手をリンチで袋叩きにするというのは、些か教育方針としては問題ありかと思うが。
「ツッキー大丈夫?」
ぐったりと倒れているツキシマの視界に、影が落ちた。
タツミである。今までどこで遊んでいたのかは知らないが、両手にブリキのロボットとコルトを抱えて、ツキシマの傍にしゃがみこんでいた。
ツキシマが顔を上げると、にぱっと笑った。
「……」
むくりとツキシマは起き上がり、タツミの腕の中に居たコルトを撫でる。コルトは、ツキシマを労る様に、ぴゃあ、と鳴いた。
「コルトちゃんいいこにしてました! えらいえらい。それにくらべてロイドくんはー」
『なんだよタツミィ。そんな目でオレを見るナ!』
「ロイドくんは、タツミのおしごとをじゃましたのでいろぬりは無しです! ざんねん!」
『おいおいタツミィー、オレも色塗ってくれるって約束だろー?』
なんの話かは知らないが、タツミが楽しそうなので良しとする。
ツキシマは、タツミの一人遊びに、意味もなく縦に何度か頷いた。
その直後、子供たちがリビングに走り去って、閑散とした孤児院の玄関に、慌ただしい足音が響き渡った。
「あ、ツキシマさん! …中に入ってない子供達は、タツミで最後かい?」
不安げな面持ちのカミラが、息を切らして立っていた。
庭に、子供たちはもういないはずだ。ツキシマは縦に頷く。
「おかしいねえ、エミリーがいないんだよ」
「!」
エミリーは、最初にアベルと喧嘩をして、数人の女の子達と一緒に遊んでいたはずだ。その女の子たちはもう孤児院に入って行くのをツキシマは見た。なのに、エミリーだけがいないのは可笑しい。
「一緒に居た子に聞いたら、ままごとの途中で何処かに行ったって…。困ったね、あたし、ちょっと探してくるわ」
カミラは、慌てて玄関を飛び出した。外はもう暗い。クリーチャーの脅威もある。何かあったら、取り返しのつかない事になってしまうかもしれない。
昼間の、誘拐犯の話がツキシマの脳裏に過った。カミラも同じだったのだろう。最悪の場合、そう言う事もあり得る。ツキシマとしても、放っておくわけにはいかない。
カミラの後を追って、外に出ようとした時、更にツキシマの後ろから声が上がった。
「お、おじさん! エミリーがかえってないって、ほんとう!?」
ハッとして振りかえる。カミラとツキシマのやり取りを見ていたのか、廊下の壁の影に隠れていたアベルが、蒼白した顔でツキシマに駆け寄った。
「エ、エミリー、かえってないの? 院長がさがしにいくって…。おれ、おれ…」
動揺するアベルに、ツキシマは無言で彼の肩に手を乗せた。しかし、それでも彼の震えは治まらない。
彼女がツキシマやアベルと別行動を取るきっかけになってしまったのは、アベルとエミリーが喧嘩をしてしまったからである。アベルは、その責任を子供ながらに感じているようだった。
「おれも、エミリーをさがしに行くよ! ゆ、ゆうかいはんもいるかもしれないし…。あぶないんだろ!?」
アベルが、小さな拳を強く握り締めてツキシマを見上げた。メトロの夜の暗闇に対する恐怖が、彼の瞳からありありと伝わってくるが、それ以上に強い意志で放たれた言葉は、言葉を持たないツキシマには跳ね返せるような気がしない。
ツキシマは、困ったように肩を竦め、どうにかタツミが、アベルを説得してくれないかと目配せを試みる。
タツミは、ツキシマの視線に気づくと首を傾げてブリキのロボットを彼に向けて掲げ、ゆらゆらと揺らした。
『ツッキーよぉ、ガキ二匹抱えて誘拐犯探しとは、面倒な事になっちまったなぁ。同情するぜ』
しゃがれ声でロイドが言った。どうやら、ここには子供たちに危険を警告してくれるような、ツキシマの味方は誰もいないようである。




