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「チック チック チーーーーック!」
ツキシマがタツミを追い掛けた先は、いくつかの高い山のできたスクラップ場だった。
画面の割れたブラウン管テレビ、アンテナの折れたラジオ、分解された車のバンパー、壊れた電灯、その他にも、元は何らかの機械の部品であったのだろう鉄板や、モーターエンジンにソーラーパネルなど、様々なゴミが積み重ねられた山が、そこら中にできあがっていた。燃料がこびりついたスクラップが多いせいか、若干オイル臭い。
処理しきれていない大量の廃棄物を前に、驚いているツキシマの視線上、とあるスクラップ山の麓で、タツミが鼻歌を歌いながら、本人の身の丈の半分ほどはあるであろう、大きなモンキーレンチを、彼女の目の前にある鉄の球体に叩きつけているのが見えた。
何をしているのだろう、と、ツキシマは目を凝らす。
タツミが殴りつけている球体、いや、半球体だ。下半分は凸凹で、ハリボテの様に鉄板が張り付けられているだけのように見えるが、上半分は、まるでコックピットの様になっていて、車のシートが取り付けられており、シートの傍の所々から、レバーのようなものが突き出ている。丁寧にフロントガラスも取り付けられていて、その姿はさながら操縦席の様であった。
これは、まさかタツミが造ったのだろうか、とツキシマは考える。
いや、そんなはずはない。タツミが、このスクラップ場に入ったのは、ツキシマよりも数秒速かっただけだ。そんな一瞬の間に、こんな簡易操縦ロボットを作れるわけがない。こんな子供が。既に、誰かが造ってあったものに違いない。
そう考えるツキシマの視界に、コルトが目に入った。タツミの足もとで、彼女の仕事を不思議そうに見つめている。コルトもツキシマの存在に気付き、みゃう、と鳴いた。
それに反応して、タツミもモンキーレンチを振る手を止め、くるりと身体を反転させた。
「ツッキー来た! やったぁやったぁ!」
ぴょんぴょんと跳ねて、タツミは喜ぶと、足元にいたコルトを抱えて、軽やかに半球体の鉄の塊に乗り込んで、コックピットのシートに座った。先程は良く見えなかったが、半球体の鉄くずのようなロボットには、足が取り付けられている。と言っても、それは左右非対称で、一メートルほどの長さであり、鉄板を繋ぎ合せて造った様な足だ。そんなスクラップ同然の足で、コックピットが取り付けられた半球体を支えられている事が驚きである。
今にも大破しそうな半球体ロボットの状態とは対照的に、タツミは楽しげににんまりと笑ってツキシマを見た。
「強い賞金稼ぎ、タツミがぶっ殺しちゃおう!」
にんまりと笑うと、タツミは手元のコード付きのレバーを勢い良く引っ張った。ブルルルルン、と低い唸り声を上げて、タツミが乗り込んだ半球体から濃い煙と共にモーター音が放たれる。
まさか、動くと言うのか。
ツキシマは、驚きに息を呑んだ。
半球体ロボットは、身体の節々から細切れに空気を排出し、がくがくと不安定に震えながらも、その足を上げてゆっくり前進する。ギチギチと、鉄板がきしむ音。オーバーヒートを起こしそうなそのロボットの上で、タツミがにんまりと楽しげに笑った。
「ジュウデン完了! モクヒョウ確認! コウゲキ態勢にうつりまーす!」
タツミが楽しげに叫んで、コックピットのレバーを何本か同時に引く。
すると、球体の下の部分が、パカリと開いた。鳩時計の扉の様に、なんの前触れもなく突然開いた鉄板に、ツキシマは僅かにビクつく。
しかし、次の瞬間、ツキシマの怯えは驚愕に変わった。パカリと開いた半球体の中から、黒い銃身が姿を現したのである。口径はそんなに大きくない。実弾銃だろうか、ツキシマは神経を集中させ、棒立ちのまま己に向けられた銃口を見つめる。
「はっしゃ!」
タツミが、声を上げてコックピットのボタンを押した。
その瞬間、ピリピリとした風がツキシマの傍を走り抜けた。まずい、直感がそう叫んだ。
考えるより先に、身体が動く。同時に、ツキシマが先程まで立っていた場所は、眩い一閃の光に包まれた。反射的に左に跳んでいたツキシマは、紙一重のところでその光をかわしスクラップの山に身を隠した。
電磁砲だ。
こんなスクラップ広場で、そんな未来の武器にお目にかかれるとは思いもしなかった。
「あれれれれ? 避けられちゃった? もー!ひどいひどいひどい! またジュウデンやり直し!」
タツミが、じたばたと暴れながら叫ぶ。
ツキシマは、先程の電気の弾丸が消えて行った先を見た。凶悪なその攻撃は、ツキシマの背後にあったスクラップ山の真ん中に突き刺さり、巨大な穴を開けていた。更に、白い煙が上がっており、直接弾丸を受けた個所は黒焦げになっていた。あんなモノが人体に当たったら、真っ二つどころか身体が粉々になってしまう。
なんてモノを持っているんだあの子供は。
ツキシマは、驚愕の次に絶望した。なんであの子は自分を狙うのだろう。子供に悪いことをした記憶なんかあるわけないのに。いや、タツミを見る限り、怒りや憎しみでツキシマを殺そうとしているわけではなさそうだが、それにしても理不尽な殺意である。大体、ぶっ殺すなんて言葉、純真な子どもが使って良い言葉なわけが無い。ツキシマはただ、コルトを返してほしいだけなのに、何故あんな恐ろしい武器を向けられなくてはならないのか。
あんまりである。
そんな風に、一人心の中で愚痴ったとしても、それを理由にタツミに対して反論する術を持ち合わせていないのだから、ツキシマは本当に自分の喉を呪った。
「ツッキーツッキー、どこかなー? あ! そこかな!」
第二波が来る。あの威力だ、下手したら、スクラップ山を貫通してツキシマの元に届いてしまうかもしれない。
そう危惧したツキシマは走り出した。子供に銃を向けるのは嫌だ。どうにか、撃ち合いせずにタツミを止めなければ。幸い、このスクラップ広場には隠れる場所が山ほどある。
「あれ! また外れ外れー」
傍で、バチバチと電気が起こる音がして、目の前のスクラップが貫通してきた電磁砲によって黒焦げになった。焦げた鉄クズを飛び越えて、ツキシマはスクラップ山に身を隠しながら、タツミとの距離を詰める。
タツミが乗っていた半球体ロボットの造形を思い出すと、武器の類は前方へ向かうものしか造られていないようだった。そして、武器の威力は大きいが動きは遅い。背後を取るのは困難かもしれないが、横から屋根の無いコックピットに跳び移る事は可能であろう。
スクラップの間から、コックピットに乗ったタツミがキョロキョロと辺りを見渡しているのが見える。流石に、オートサーチシステムの類は組み込まれていないようだ。
彼女の死角から、ツキシマは一番半球体ロボットに近いスクラップ山を登る。ロボットは、ツキシマを探すように、徐々に前進するので、タツミに向かって左斜め後ろに回り込む事ができた。
「……」
タツミの死角であること確認して、ツキシマは、一気にスクラップ山を駆けのぼり、地を蹴った。コックピットに乗り込んだら、コルトを抱えて直ぐに逃げるのだ。着地地点は半球体の上に計算された。
しかし、ツキシマがスクラップ山から跳んだと同時に、タツミの視界がツキシマを捕えた。
「みーつけた!」
ニタリと笑ってレバーを引く。瞬間、半球体の側面の鉄板が、再び鳩時計の扉の様に外れ、中からパイプと鉄の板を繋いで作られた、ロボットの手が姿を露わした。
宙に跳んだツキシマを、その鉄の手のひらががっしりと捕える。タツミがレバーを動かした。
「…!」
「きゃはー! つかまえた! つーかまーえたー! うわーい!」
両手を上げて楽しげに声を上げると、タツミはレバーを動かしてツキシマを振り回し、傍のスクラップ山に叩きつけた。
視界が揺らぎ、背中に鈍痛が走る。鉄クズロボットの力はなかなかのモノで、ツキシマでなかったら軽く骨の一本や二本折れていたことだろう。しかし、ツキシマとて、ダメージがゼロだったわけでは無く、背中に受けた衝撃により何度か噎せた。ズルズルと、スクラップ山の斜面を滑り落ちるツキシマに、電磁砲の銃口が向けられる。
「これでタツミも一人前! いい子いい子してもらえるね、やった!」
タツミが無邪気に笑い、発射ボタンに指を置いた。身体が痛んで動けない。電磁砲など浴びた事がないからわからないが、きっと物凄く痛いのだろう。ツキシマが噎せた。電熱で内臓が焦げるのは死ぬほど恐ろしい。
電撃の弾丸が発射される前に、どうにか避けようともがき始めた瞬間、ツキシマに天の声が届いた。
「コラ! 何やってんだいタツミィ!」
スクラップ場に響き渡った声に、タツミはハッとボタンから手を離すと、顔を上げてキョロキョロと辺りを見渡した。ツキシマも、声の主を探そうと視線を彷徨わせる。
「あ、あわあわ…。院長さん…」
スクラップ山の影から、肉付きの良い拳を振り上げた、体格の良い割烹着姿の中年女性を見つけて、タツミは一気に顔を青くすると、冷や汗をタラタラと流してシドロモドロで呟き、震える両手でコルトを抱きあげた。
「お昼ご飯になっても来ないと思ったら、また人様に迷惑かけてんのかい!? さっさと降りといで! 遊びの時間は終わりだよ!」
院長、と呼ばれた女性は、怒った様な声を上げて怒鳴った。
遊びだと、電磁砲をぶっ放す遊びがあるものか、とツキシマは思ったが、抗議することは残念ながら出来ない。
「あ、あう…でも…タツミ、一人前に…」
「人に迷惑かける一人前があるもんか! ほら、さっさと降りといで! ご飯が冷めちまうよ!」
院長に怒られて、シュンとしたタツミは、涙目になりながらもトボトボと、コルトを抱えて半球体ロボットから降りてきた。
なんとか、助かったらしい。ツキシマは、ホッと安堵の息をついた。その吐息を聞いて、割烹着姿の女性は慌ててツキシマに駆け寄り、申し訳なさそうに頭を下げる。
「すいませんねえ、ウチのタツミがご迷惑をかけてしまって…。その、お怪我はありませんでしょうか?」
蒼白とした顔色の院長は、ペコペコと何度も頭を下げた。
ツキシマは頭を横に振って、ヨロヨロと立ち上がり、無傷のアピールをする。
それを見ると、院長はホッとして僅かに胸をなでおろした。
「ああ、良かった。本当に、本当に申し訳ありませんでした。何分、まだ子供なもので…どうか私に免じて、この子を許して頂いては貰えませんか…。少ないですが、治療費なども出せますので…」
「!?」
再び、何度も頭を下げて謝罪する院長の言葉に、ツキシマは驚愕した。
なるほど、彼女はどうやら、ツキシマをギャングか何かと勘違いしているようである。
確かに、殺されそうにはなったが、治療費など請求するつもりもないし、院長に謝られる理由がない。逆に、タツミを止めてくれた彼女に感謝しているくらいである。
ツキシマは、彼女の言葉に慌てたように首と一緒に両手を横に振りながら、とにかく精一杯、いらないアピールをした。そしてそれに加えて、感謝の意を込めて頭を下げる。
院長は、ツキシマが声を出せないと言うことと、そして彼が言わんとしている事に気付いたのか、一瞬呆気にとられた様にポカンとすると、ニッコリと人の良い笑みを浮かべて安心したように言った。
「そうかい、そうかい。わかったよ。こちらこそ、ありがとう。とにかく、お詫びと言っちゃあ何だが、ウチの孤児院に来てくれないかい? 直ぐそこにあるからさ」
院長の言葉に、驚いたように動きを止めるツキシマを見て、彼女はニッコリと微笑みかけた。




