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リン・ドン・ダン リン・ドン・ダン
夕方の鐘が鳴るよ リン・ドン・ダン
「知ってる? 一つ目おじさんのお話」
夕焼けカラスが鳴いたなら
早く帰ろう リン・ドン・ダン
「歌の話? 一つ目おじさんやってくるー」
帰ろう 帰ろう 鐘が鳴りやむ前に
一つ目おじさんやってくる
「そうそう、その話」
子供を攫いに やってくる
「歌の話でしょ?」
可愛い子供 連れて行くよ
「ううん、それがね、最近…出るんだって」
暗い箱に入れられて 泣いても叫んでも帰してもらえない
「出るって…?」
「一つ目おじさん」
怖くなったら帰ろう リン・ドン・ダン
怖いおじさん 攫われる前に
日が沈む前に帰ろう リン・ドン・ダン
一つ目おじさん ずっと見ている
リン・ドン・ダン リン・ドン・ダン
<Cookie.3‐A> Chick Chick! Chick!!
エストメトロは、メトロ一、貧富の差が激しい事で有名だ。
メトロ住民は、それはもちろんシティに比べたら貧乏で薄汚いが、その中でも、商人として、職人として、または医師として、人間が生活する上でおよそ必要不可欠であろう業種に就いた者、またはそのスキルを極めた者、学ぶ者達に限っては、そうではない。そして、そんな彼らが集う場所が、エストメトロである。
そんな職業に就いている者は、ギャングやその他の住民よりは、安全を守られており、安泰した収入が多い。特に医師などは、どんなに治安が悪くなろうとも、人が生きる場所であるからには、必ず需要がある。
なので、メトロ内でも、『医師』という存在は、一般住民、ギャング、それどころか犯罪者達からも一目置かれる存在なのである。
そんなエストメトロに、ツキシマとカグラ、それから、行きづり…と言うよりは、一方的に付きまとう様になったヨツヤは、ノアメトロへ向かう道中で足止めを食っていた。
と言うのも、前回のハイジャック事件の件で、メトロエクスプレス全線が、車両確認、セキュリティ面強化の為に運行停止状態になっているのである。
今まで、エクスプレスとは、事故犯罪共に発生確率〇パーセントの、メトロ内での最強の砦の様なものであり、エクスプレスに乗りこんでしまえば、どんな追手のギャングも諦める、と言われるほど安全な乗り物であったのだ。何故ならば、エクスプレスは、メトロ住民が持ち合わせる意識と無意識内のシティコンプレックスの象徴であり、メトロ住民は、誰もがエクスプレスと言う急行列車を誇りに思っていた。第一、エクスプレスをハイジャックなどしよう物のなら、メトロ住民全員の反感を買うだろう。百害あって一利なしなわけで、仮にも組織であるギャング団などはこれに手を出す事は無かった。
だから、そのエクスプレスを犯罪に利用しようなどと言うのは、気狂いの多いメトロ内でも最高に気の狂った判断であると言えるのだ。
しかし、先日事件は起きた。
理由は、『メトロエクスプレスを運営しているのは、シティである』ということ。
このような事態になってしまえば、メトロの誇りも、シティコンプレックスも関係ない。エクスプレスを、犯罪に利用しようとする輩が増える事だろう。
となると、困るのは、エクスプレスを頻繁に利用し、メトロ内を練り歩く商人である。商人たちは、力は無いが金持ちが多い。
彼らは、資金を出し合ってエクスプレスのセキュリティの強化に投資したのであった。
そんなわけで、ツキシマ達は数日、エストメトロに足止めされる羽目になったのである。
同様に、各ステーションはエクスプレス運行再開まで『足』を失くしている人々であふれかえっていた。メトロには、警察官が乗る様なライトバン等もあるが、鉄道ほどの普及率は無い。車は、主に金持ちかギャングの御用達である。
それによって、ステーション前のホテルなどは既に満員。ここでもまた、商人たちが金を出し合って、ステーションの傍の空き地に、簡易宿泊施設を設けたのであった。
金持ちには、ケチが多い。宿泊施設と言えど、それは全く、本当に簡易な物であり、足止めを食った人々に、薄汚れたテントが配給されるだけであった。
当然、彼らの安全を保障してくれる警備員や警察官の様な存在が、そう簡単に配置されるわけもなく、行き場の無い商人や一般市民が寝泊まりするその場所は、ギャングや犯罪者達のカッコウの餌食となった。今日も今日とて、薄汚れた黄色のテントが立ち並ぶ簡易宿泊施設では、努号と悲鳴が飛び交う。
しかし、簡易宿泊施設に寝泊まりする人々だけでなく、メトロに住まう人々にとっては、自分の身は自分で守ることを要される。そんな過酷な状況で生き抜かなければならない人々にとって、怒号や悲鳴は日常茶飯事なのであった。
そんな、世も末とも言える情景を背景に、ツキシマ、カグラ、ヨツヤは、全く異なる理由で怒声と罵声で以て互いを罵り合っていた。
「だーかーらー! ツキシマは私とギャング狩りに行くって言ってんでしょ!」
「テメェが勝手に言ってる事じゃねぇか! ツキシマは俺とエクスプレス再開まで殺し合うんだよ!」
ツキシマの腕を左右で引っ張り合いながら、カグラとヨツヤは牙をむき出しにして睨みあった。
二人の、殺気すら纏っている様ないがみ合いに、傍で商人を殴っていたギャングも、金庫を抱えて涙目になっている商人も、テント内で震えながら、顔を出して外の様子を覗っている少女も、皆一様にして目を丸くしてツキシマ達を見た。
「それこそアンタが勝手に言ってる事でしょ! 何で、好きで殺し合いなんかしなきゃいけないわけ? 土人はこれだから嫌だわ」
「テメェこそ金金カネってなあ、根性汚ねぇんだよ! 金しか見えない物欲主義者め! 賞金稼ぎなんかやめて商人でもやりやがれ!」
「冗談じゃないわ! 大体、アンタと殺し合ったりしたら、また首を吹っ飛ばされてお終いじゃない! ツキシマだって嫌よね、そんなの!」
「そっちに着いてったらテメェに都合の良い盾に使われるだけじゃねえか! そんなの嫌だろ、ツキシマ! だったら俺と戦ってた方が何倍も楽しいだろ!」
「アンタの価値観をツキシマに押し付けないでよね!」
「テメェこそ良い様にツキシマを使ってるだけだろうが!」
「……」
ギリギリギリと、両腕を引きちぎられんばかりに引っ張られるツキシマは、酷く困惑したように無言だった。
正直なところ、どっちも嫌だと言うのが本音である。当然だ。どちらに行っても、ツキシマが痛い思いをすることに変わりは無いのだから。
他人のことを考えず、好き放題に順序と言うモノを全く知らないかの様にバラバラに並ぶテントからの訝しげな視線に、ツキシマはため息をついた。
「脳筋馬鹿! 筋肉脳味噌撒き散らして死ね!」
「垂れ乳女! 汚ねぇ脂肪撒き散らして死ね!」
良い歳した大人が、怒鳴り合いの喧嘩などするものではない。カツアゲをしていたギャングだって、余りのクチの汚さに遠巻きにこちらを見て驚いているではないか。とにかく、一緒にいるこっちの方が恥ずかしい。
と、ツキシマは珍しく苛立ちを覚えた。
足下で、お腹を空かせたコルトが、なう、と鳴く。そこでようやく、ツキシマは踏ん切りがついた。
「……!」
「わ!」
「お?」
ツキシマは、左右に引っ張るられる腕を力いっぱい振って、カグラとヨツヤの腕を振り払った。
不意を突いて振り払われた腕の力に、カグラとヨツヤは思わずよろめいて手を離してしまう。同時に、間の抜けたような声がツキシマの両隣から上がった。
「……」
二人がよろめいている一瞬の隙に、ツキシマは二人の間を抜けて、スタスタと簡易宿泊施設を歩きだす。動き出したツキシマを見て、コルトも後に続いた。
いつもは、なすがまま、流されるままのツキシマの突発的な行動に、呆けたような顔をしているカグラとヨツヤには目もくれず、彼は無言のままズンズンとテントの間を掻い潜って行く。
「あ、あれ? ツキシマ?」
背後から、困惑したカグラの声が聞こえるが、ツキシマは振り返ることなく、また歩を止める事も無かった。
取り残されたカグラとヨツヤは、互いに困惑した顔を見合わせて首を傾げた。
どうやら、怒らせたらしい、と感じるだけで、何故このようなことになったか、と言う事を、自分の行動面から省みる事を決してなかったのが、彼らの最大の問題点である。
*
エストメトロは、職人屋が多い。
武器屋に仕立屋、鍛冶屋に電気屋、それから、料理人などが多いのも、貧富の差がハッキリとわかれているエストメトロならではの特徴である。
貧乏人は、食に娯楽を求めないが、金持ちはそうではない、という事だ。
そんな、まるで商人職人の街、と言わんばかりのエストメトロだが、そんな華やかさがある半面で、メトロ産のゴミが多いことでも有名である。
本来、メトロの環境と言うモノは、シティから流れる『ゴミ』によって悪化する。しかし、エストメトロの場合はそれに限ることではない。
武器や衣服、または電気製品などの生産性に富んでいるならば、そこには必ず、同量の消費者と言うモノが存在する。 消費すれば、廃棄物が必ず出る。特に、燃やす事の出来ない電化製品や鉄くずの廃棄物などは、エストメトロの貧民街などによく山積みにされ、大きなスクラップ山として放置されているのである。
貧富の差が激しい、それと同時に、華やかさと暗さを併せ持つ地域が、エストメトロなのである。
武器屋、仕立屋それぞれの店舗が並ぶ街道を、ツキシマはコルトと並んで歩いていた。
街並みは、住宅の多いサースメトロとはかなり変わるものの、基本的な景観は変わりない。埃っぽくて、色褪せている。
ツキシマは、相も変わらずごついフォルムの防毒マスクを
顔に装備し、さらにその上から目深にフードを被り、カーキ色のロングコートのポケットに両手を突っ込みながら、表情や感情の全く見えない風体で街を歩いていたが、彼は確実に、これ以上ないほど明確に、怒っていた。
と言うのも、ここ最近の己の扱いに、である。
カグラ一人だった時もそうであったが、ヨツヤに捕まってからと言うもの、それが加速した。
結論から言うに、二人とも、ツキシマの事を『化け物』扱いなのが、彼の怒りの原因なのである。
いや、正しい。二人の見解は正しいし、それを今さら否定するつもりもない。首や頭が吹っ飛んで、何事も無かったかのように生きているのだ。これを化け物と言わず何と言おう。
しかし、そうとは言え、ツキシマだって痛いのだ。
銃弾が当たればとても痛いし、切り刻まれれば悶絶するほど痛い。『治るからいいよね』では無いのだ。治っても、痛いモノは痛い。
銃弾の嵐の盾にされるなんて嫌だし、殺し合いの相手など以ての外である。
平気なのは、平気だ。我慢もできる。だが、意味の無い痛みを受ける事は嫌だ。
なのに、カグラとヨツヤは、まるでツキシマが痛みすら感じない都合の良いサンドバック人形のように彼を扱う。それが怒りの原因だった。
だが、ツキシマの怒りはあまり長持ちしない。
怒りの後にやってくる、悲しみの方が大きい。
やはり、結局、己は化け物染みた体質なのだから、そのような扱いを受ける事が一番正しいのではないかと思えてくる。
体内に、人間が持つべき臓器がただ一つ欠けているだけで、こうも悲しい思いをしなければならないなんて、酷い話である。
そんな憂鬱を胸に、ツキシマは、コルトの餌に街角のベーカリーで硬いパンを買い、何処か落ち着ける場所は無いか、と探した。ステーションからは離れたが、それでも人の賑わいがある。
エストメトロの街道は、華やかでにぎわっているが、イマイチ落ち着きがない。サースメトロの様な、閑散として静かな場所の方が、ツキシマは好きだ。
そう考えている内に、ツキシマは徐々に、人通りの少ない通りへと歩を進める。
細めの路地に入って、線路が走る高架下のトンネルを抜ける。私鉄線が通っているようで、そこかしこで安全対策のなされていない剥き出しの線路を見かけた。
高架下を抜けると、少し開けた公園に出た。公園と言っても、空き地の様な所で、一つのベンチと滑り台しかない。入口には掲示板が立てられており、先日のエクスプレスハイジャック事件とエストメトロ内での幼児誘拐事件が取り上げられていた。どちらの記事も新しいものであるので、一応ここの公園の管理人は居る様だが、今は人がいないようだ。
これは、丁度良い場所を見つけた、と、ツキシマは公園の中のベンチに向かって歩き出した。落ち着いた場所で、久しぶりにゆっくりしたかったのである。
「チック チック チック!」
ツキシマが、廃墟の様なビルに囲まれた公園に足を踏み入れると、何処からともなく歌う様な高い声が聞こえてきた。
誰の声かと思い、辺りを見渡す。すると、公園の滑り台の柱の陰に隠れて、小さな少女が砂まみれの地面に両膝をついて、固い木の棒を片手に地面に落書きをしているのが見えた。
「みゃぁ」
「……!」
少女を見つけると、コルトはその声に反応するように、少女の下へ向かって走り出した。ツキシマは、驚いて慌ててコルトを追いかける。
「チック チック…う?」
「ぴゃあ」
コルトが、少女の足もとで止まり、一鳴きすると、少女もコルトの存在に気づいて首を傾げて黒い子猫を見た。
続いて、コルトを追い掛けてきたツキシマが到着し、少女の視線はツキシマに上がる。
白い髪の少女だった。サイドテールに乱雑に結われた髪は、埃っぽくボサボサだが、子供らしい細い髪質は、サラリと乾いた風に揺れる。ツキシマを映す澄んだ緑色の瞳は、大きく開かれ、何度かパチパチと瞬きをした。
服装は、色褪せたマントをはおっているだけのようで、マントの裾からは薄汚れた四肢が飛び出している。靴も履いておらず、小さな足は砂まみれだ。
貧民街の子供だろうか、とツキシマは考える。
首元には、オレンジ色のゴーグルが。両手には、黒ずんだ大きめのグローブを嵌めており、片腕には、錆びたブリキのロボットの人形を抱えて、少女は再度何度か瞬きをしてツキシマを見上げた。
「ねこちゃん? ねこちゃん、おじさんのねこちゃん?」
「……!?」
少女におじさんと言われ、ツキシマは驚いたように仰け反る。そりゃ当然、顔が見えない訳で、この体格ならば、この年頃の少女からしたら『おじさん』に見られてもおかしくないわけだが、なんとも釈然としない。
ツキシマは、とりあえず縦に頷いてしゃがみこんで、買って来たパンを紙袋から取り出し、千切ってコルトに与えた。嬉しそうにパンの欠片に齧りつくコルトを見て、少女は人懐こい笑みを浮かべる。
「いーなー、いーなぁ! タツミもあげたい!」
自分のことを、タツミ、と呼んだ少女は、ニコニコと笑みを浮かべながらツキシマを見る。
ツキシマは無言のまま、持っていたパンを半分に割って少女に渡した。
「やたー! おじさんありがとー」
少女、タツミは、嬉しそうに笑ってパンを高々と空に掲げると、ツキシマを真似て、厚手のグローブ越しから器用にパンを千切り、コルトの口元に添えた。嬉しそうにそれに齧りつくコルトを見て、タツミは更に楽しげににんまりと笑う。
子供は良い。とツキシマは思った。何処かの誰かの様に、金欲にまみれた汚い心は持っていないし、何処かの誰かの様に、血まみれの戦闘を所望しない。何時の世も、子供が純粋である事は不変の理である。
と、そのようにフワフワした気持ちで、不意にタツミが落書きしていた地面に視線を落とした。
大勢の子供の絵と、一人の、顔に目が一つしかない不気味な人間の絵が描かれている。そこはかとなくゾッとしたが、子供というのは、無意味にこの様な良くわからない絵を描くモノだ。と、ツキシマは至ってポジティブに考えた。
「ねこちゃんかわいいですねー。お名前はー、なんていうんですかー?」
少女は、語りかける様に首を傾げてコルトに向かって問いかけた。もちろん、コルトが答えるはずもない。ツキシマは慌てて、筆談で名前を教えようと地面に指を走らせた。
しかし、ツキシマが名前を書き終える前に少女が言葉を発する。
「あ、うんうんうん、わかった! キャロリン! キャロリンちゃんていうんだねえ! おっけーおっけー」
「……」
掠ってもいない。というか、コルトはオスである。
にこにこ笑ってコルトの頭を撫でているタツミに、名前が違うと訴えようとオロオロするツキシマだが、少女はそんなことはお構いなしに、今度は片手に抱えていたブリキのロボット玩具を掲げる。
『オイオイ、勝手に名前つけてんじゃねえよぉタツミィ。そっちのニーチャン困ってんじゃねぇか』
タツミが、ブリキのロボットを片手でフリフリと振りながら、しゃがれ声を上げて言った。どうやら、ロボットを演じているようである。
自分の、ロボットの発言に、タツミは怒った様な顔をしてツキシマを見上げた。
「あのね、あのね、この子はブリキのロイドくん。いっつもタツミに口答えするわるい子わるい子わるい子!」
がしゃがしゃと、ロボットを振り回しながら説明するタツミに、ツキシマはコクコクと頷いた。
『んなこと言ったってホントの事じゃねぇか。そーやってタツミはぁ、自分勝手だからトモダチがオレしかできないんだゼ!』
「きぃー! なんでロイドくんはそういうことばっかりいうの! タツミロイドくんのこときらいだよ!」
ロボットを片手に、がっしゃんがっしゃんと乱暴に振り回すタツミ。
『勝手なことばっかしてると、パパとママに褒めてもらえないぞー』
「そ、そんなことないもん! タツミ、つ、つよ…強くなったらパパとママに褒めてもらえるんだもん!」
タツミが、僅かにたじろいでロボットに反論する。
一人二役の人形遊びなど、子供がよくやる遊びかもしれないが、どうにも、ツキシマは違和感を感じた。
タツミは、見た目八歳もしくは九歳ほどだろう。少々、幼すぎる様な気もするし、少し乱暴だ。どっぷりと一人二役にハマりすぎている様な気もするので、一瞬ロボットが本当に喋っている様な錯覚を覚える。
まあ、現代の子供事情など、ツキシマが知るはずもないので、僅かに違和感がある、ちょっと変わっている、と思っただけなのだが。
そんな事を、ぼんやりとツキシマが考えていると、終に怒ったタツミが振り回していたロボットを勢いよく地面に叩きつけた。
『イテェ! なにすんだよタツミィ』
ロボットがしゃがれ声を上げる。タツミは、怒ったような顔をして立ちあがり、ビシッと人差し指で地面にうつ伏せに転がったロボットを指差した。
「もう知らない! 知らないよ! ロイドくんのばかばかばかばか! これからは、キャロリンがタツミのおともだちになるんだよ!」
「!」
タツミはそう叫ぶと裸足の小さな足で、足元に転がったブリキの玩具を蹴り飛ばし、ツキシマの目の前でパンを齧っていたコルトを両手で抱きあげた。
ツキシマが焦る。
『にゃあにゃあ、これからは、ワタシがタツミちゃんのオトモダチになるにゃあ』
タツミに抱きあげられたコルトは、タツミの高い声をバックボイスに、片手をクリクリと上げて齧りかけのパンの欠片を地面に落した。
ツキシマは、ハッとして不安になる。子供の遊びだし、タツミが本気で言っているとは思えないが、タツミにコルトを連れていかれてしまう気がした。それは、ツキシマにとってとても困る事なのだ。
しかし当のタツミは、そんなツキシマの心情など気にも留めず、子供らしくニッコリとした笑みを見せた後、口角を吊り上げて、うっすらと目を開け、どこか不気味に、何かがとりついたかのように、ニィ、と笑った。
「イイよね、ね、ね? ツキシマ?」
ゾッとするような悪寒が、ツキシマの背中に走った。
先程までの子供らしい声音で無く、僅かに低い声。細められたタツミの目は、不気味な色を湛えてゆらりと揺れた。
彼女とツキシマは、初対面である。にも関わらず、何故タツミは、ツキシマの名前を呼んだのか。
茫然としているツキシマに、タツミはニッコリと笑いかけた。瞬間的に見せた、あのゾッとするような、子供らしからぬ笑みで無く、無邪気な嬉しさ満面の笑みである。
コルトを抱えたタツミは、くるりとツキシマに背を向けると、くるくると回りながら走り出した。
「にゃんにゃんにゃーん。ツッキー、ツッキー! キャロリンを返してほしくば、タツミに着いてくるのだ! はっはー!」
走り出したタツミは、コルトを両手で持って、楽しげに笑いながら公園を走り抜け、奥の路地に駆け込み、その先へ先へと姿を消して行った。
残されたツキシマは、何が何だかわからないまま、慌てて立ちあがり、タツミを追いかける。
何故、彼女がツキシマを知っているのかは知らないが、コルトを返してもらわねばならない。あの子は、あの子だけは、ツキシマの大切な友達なのだ。
タツミを追いかけるために、足を踏み出したツキシマの目に、先程タツミが蹴り飛ばしたブリキのロボット人形が目に留まる。
彼は、無言でそれを拾い上げると、パンの紙袋と一緒にそれを持って走り出した。




