最終話【穢れ様】4
「……咲耶!! 咲耶!! 起きろ!」
橘によって肩を揺さぶられ大きな欠伸とともに咲耶は目を覚ます。
「ふぁあ〜、どうしたの? 橘くん?」
咲耶は体を起こし橘の顔をまじまじと見つめると眉間に皺を寄せて心配そうな表情をした。
「橘くん、ひどい顔だよ! 顔色も悪いし目の下の隈も……体調でも悪いの?」
「ったく、お前、今の状況わかってるのかよ?」
橘は呆れた表情で頭を搔いて、ため息を吐く。
「暗いね。夜……まさか橘くん……私を暗がりに連れ込んで……!?」
咲耶は両手を胸に当てて橘を睨みつけ、橘から少し離れる。
「んなわけあるか!! お前がここにいる理由を思い出せ!!」
「わかってるよ。冗談だから。“田中”にここへ引き込まれたんだよね。私、その後すぐに気絶しちゃったみたいだけど、助けに来てくれたんだよね……ありがとう」
咲耶が橘に笑いかけると、橘は照れ臭そうに視線を逸らす。
「まったく……この状況でふざけてられるなんてお前は本当に大物だな」
「ふふん! 敬いたてまつりたまえ!」
「……嫌味で言ってんだ。気づけよ!」
そう言って二人は笑い合う。行方不明になってる間、意識がなかった咲耶には日常の一幕であったが、橘には二週間かけて必死に追い求めた日常、頬に一粒の涙がつたう。
「橘くん?……涙が出るほど面白かった?」
「……ああ。お前は本当に面白いやつだよ。さてと……どうしたもんか、この状況」
橘は袖で涙をぬぐうと立ち上がり、腕組みをして周囲を見渡す。
「木花。加護は使えるか?」
「勾玉が光ってるから使えると思うけど……」
「よかった。それじゃあ真上に向かって炎を出せ」
「わかった!」
橘から目的を聞かなくても、咲耶は迷いなく答え、立ち上がり頭上に両手を高くあげる。手の平から無数の花びらが出て天井へと飛んでいきながら炎へと姿を変える。しかし、天井へと届いた赤い炎はすぐに燃え尽きて耐火煉瓦を蝋燭であぶっているように手ごたえがない。
「やっぱり火力不足か……。すまん、木花。背中触るぞ」
橘は咲耶の背中に手の平を当てる。触れられた瞬間少しだけビクリとしたが、橘の手の平のぬくもりが咲耶の心を落ち着かせた。背中に感じる温かさは徐々に熱を増していく。それと同時に咲耶の手の平から出る花びらは青色へと色を変えて、花びらの量も水道の蛇口からつないだホースから出た程度だったものが、消防車のホースから出た水の様な放出量となった。
青い炎は先ほどと違い徐々に真っ黒な天井を削っていき、天井に針先ほどの穴をあけて、そこから光が見えた。だが腕一本と通るかどうかの穴はあいたが、それ以上に広がっていく様子はない。
「橘くん……光が……」
「よくやった木花! これならいける! 俺は儀式に移るから少しの間だけ一人で踏ん張ってくれ。頼んだぜ! 相棒!!」
「了解したぜ! 相棒!!」
橘が抜けて火力は落ちたものの修復の妨害はできているようで、穴に近づいた黒い靄は燃えている。
橘は頭上の穴に向かい合掌すると足を折り、両膝をつく。深々と礼をして頭をあげると再び合掌する。
「オン ア ビ ラ ウン ケン バザラダト バン、オン ア ビ ラ ウン ケン バザラダト バン、オン ア ビ ラ ウン ケン バザラダト バン、オン ア ビ ラ ウン ケン バザラダト バン……」
マントラを唱えると、橘の全ての数珠ネックレスとブレスレットがまばゆい光を放つ。
「オン ア ビ ラ ウン ケン バザラダト バン、オン ア ビ ラ ウン ケン バザラダト バン、オン ア ビ ラ ウン ケン バザラダト バン、オン ア ビ ラ ウン ケン バザラダト バン……」
天井の穴からの光量が増して眩しさ……以上に金から反射した光のように神々しさを感じた。
「オン ア ビ ラ ウン ケン バザラダト バン、オン ア ビ ラ ウン ケン バザラダト バン、オン ア ビ ラ ウン ケン バザラダト バン、オン ア ビ ラ ウン ケン バザラダト バン……」
天井が押し付けられたように大きく凹む。それと同時に穴が無理やりに拡げられる。
「オン ア ビ ラ ウン ケン バザラダト バン、オン ア ビ ラ ウン ケン バザラダト バン、オン ア ビ ラ ウン ケン バザラダト バン、オン ア ビ ラ ウン ケン バザラダト バン……」
拡げられた天井の穴から神々しい光を放つ何かが穴を拡げながら入ってくる。よくみると穴から侵入したのは巨大な指だ。神々しい光を放つ指は第一関節を曲げて穴を拡げながらこの真っ暗空間を引き裂くように動く。徐々に穴は拡がり、もう一本、指が入ってくる。
ビリビリビリッと何かが裂ける音とともに空間が裂けて、真っ青な空と宙に浮き神々しい光を放つ両手が見えた。そのまま両手は真っ黒い空間つまり“穢れ様”を真っ二つに裂くと、裂いた“穢れ様”を左右の手でそれぞれ丸めてまとめていく。
まとめ終わる両手の平を合わせて合掌するように“穢れ様”押しつぶす。キーンと金属同士がぶつかる高い音が響き渡り“穢れ様”が消滅した。澄んだ金属音は余韻を残して響き渡る。
「オン ア ビ ラ ウン ケン バザラダト バン、オン ア ビ ラ ウン ケン バザラダト バン、オン ア ビ ラ ウン ケン バザラダト バン、オン ア ビ ラ ウン ケン バザラダト バン……」
“穢れ様”から解放された咲耶が周囲を見渡すと桜が咲きほこる広い公園だった。
「お、おい……なんだよ。こんなの反則だろ……」
声の主は半袖のポロシャツを着た肥満体型の中年男性の姿で腰を抜かせている“田中”であった。
両手は今度の標的を“田中”と定めたように飛んでいく。
「ちょっと……待ってくれよ!」
当然、両手は“田中”の戯言など聞くことはなく近づくとデコピンをするような指の形で力を込めて、放ち“田中”に指先が当たる。
「ブグォ!!」
“田中”はデコピンの衝撃で飛んでいく。飛んでいきながら中年男性、少女、幼女、青年、成人女性、高齢男性、少年、高齢女性、筋骨隆々の男性、中年女性と姿を変えて、その度に死体が落下していく。最後は黒く大きな毛糸玉のようなものになって霧散する。
「オン ア ビ ラ ウン ケン バザラダト バン、オン ア ビ ラ ウン ケン バザラダト バン、オン ア ビ ラ ウン ケン バザラダト バン、オン ア ビ ラ ウン ケン バザラダト バン……」
橘はマントラを唱えるのをやめると深々と礼をする。そうすると、両手はバイバイをするように手の平を左右に振りながら上空に昇っていく。両手が見えなくなると橘は顔をあげる。
「フーッ! なんとかなったみたいだな」
「ちょっと橘くん! 今の何!?」
「何って大日如来様だけど?」
質問した咲耶に不思議そうな顔で『何を当たり前のことを聞いているのだ』という風に橘は答える。
「大日如来様って!? 『宇宙そのものを体現する』っていう?」
「『宇宙そのものを体現する』っていう」
咲耶は『何を当たり前のように仏教の最高仏を召喚しちゃってるんだ。この人は』と少し引いてしまう気持ちとともに、
(……橘くんってスゴイ)
改めてそう思った。
「それにしても……どうしようか、この状況」
目の前には点々と一列に十体の遺体が並んでいる。その姿を見て二人は立ち尽くす。
「とりあえず、遺体の件は所長にお任せだね……」
「そうだな……すいません樹さん」
そして、公園には桜が咲いている‥‥…ということは“穢れ様”に入る前は十二月の初旬だったのが五月になっているということで、半年近く行方不明になっていたことになる。
「たぶん……今って五月だよね? 単位……は冬休みと春休みがあるからこれから頑張れば何とか挽回できるかな?」
その咲耶の言葉を聞いて橘の顔が青くなる。
「……やばい」
「橘くん、『単位なんて計画的にギリギリ取っておけばいいんだ。それが賢い大学生だから』って言ってたもんね……」
「まあ、今考えても仕方ないよな……」
「そうだよ。もし留年しても私がずっと一緒にいてあげるから……。これからも『何があっても絶対に守って』くれるんでしょ?」
咲耶はそういって橘の腕に抱き着いてすぐに離れて赤面を隠すために背を向ける。
「お、おう……。ん? 『ずっと一緒に』 ってどういう意味だよ!?」
「知らな~い!」
そして二人は遺体の転がった桜咲く公園を楽しそうに笑いあって歩き出す。この輝かしい青春の一ページを踏みしめるように……
その後、電話を受けた小早川は二人が帰ってきて心底安心したのも束の間で、後始末のためしばらく胃薬の世話になったことは、また別のお話である……
(了)




