最終話【橘くんの敗北】4
俺の望みはいつも叶わない……。普通に学校に通って、放課後は友達の家で遊び、中高では部活動で仲間と一緒に汗を流す。そんな普通の学生生活に憧れていた。生まれつきの高い祓い師としての能力で役小角の生まれ変わりなどと界隈では言われているようだが、この力で何かを成したという実感などない。俺がしてきたことといえばそこら辺の怪異を祓う程度のことだ。
正直山での修行は嫌だった。冬の山は凍えるほど寒く、その中で滝行を行うなんて正気の沙汰ではない。それでも耐えられたのは祖父ちゃんのことが好きだったからだ。修行の際は厳しい人だったが、普段はすごく優しい。そんな祖父ちゃんが兄弟の他の誰でもない俺を後継者として選んでくれたと思って優越感さえ抱いていた時期もあった。後で聞いたら清祓協会から無理やり役目を押し付けられただけのようだけど……。
そんな祖父ちゃんも俺の目の前で鬼との戦闘で負った怪我が原因で死んでしまった。時々、『もし俺が産まれなければ祖父ちゃんは鬼と戦うこともなく今も優しく笑っていられたんじゃないか』と考えることがある。たらればの話を考えても仕方ないとはいえ、『自分のせいで祖父ちゃんが死んでしまったのではないか?』という思いは消えない。
そして次は俺の目の前で木花が連れ去られた。何が『何があっても絶対に俺が守ってやる』だ。目の前にいたのにぜんぜん守れてないじゃないか。あのとき照れくさいからと目を離さなければよかった……。木花のからかいに乗って手を繋いでおけばよかった……。
そもそも俺と出会わなければ木花が“田中”に目を付けられ攫われることは無かったんじゃないだろうか、木花を穢れの中に引き込んでいく時の“田中”は木花では無く俺を見ていた。まるで、『探しに来い』といわんばかりの顔で……
もうすぐ木花が連れ去られてから二週間が経とうとしている。連れ去った“田中”にひどい目にあわされていないか、一人で寂しくて泣いているんじゃないか、そう考えただけで胸が締め付けられるように苦しくなって焦燥感が溢れ出てくる。
ドン!!
「クソッ!!」
俺は感情にまかせて事務所内の自分の机を殴る。殴る……が俺の拳は力を抑えた状態でも身体強化の加護のせいで痛みは走らない。多少でも痛みがあれば少しは気が晴れるのに……
「うるさいわね……橘。物にあたるんじゃないわよ……」
いつも軽口をたたいていた鏡花も木花が居なくなってからは最低限しか喋らなくなった。
「橘くん、木花さんが心配なのはわかりますがきちんと体を休めていますか?」
目の下に深い隈を作った樹さんが心配そうに言う。
「そんなこと出来るわけないじゃないですか!? あいつが……木花がどこかで苦しんでいるかもしれないのに!!」
ガンッ!!
俺は足を踏み鳴らす。やはり足に痛みは走らない……
「それでも少しでも体を休めないと大事な時に力が出せないですよ」
(……そういう樹さんだって目の下に隈を作って……ぜんぜん休めていないじゃないか……)
「それじゃあ、俺は行きます……。何かわかったら連絡下さい」
ダンッ!!
俺は事務所のドアを乱暴に閉めて、そこを後にする。ドアの向こうで樹さんが俺を呼び止める声が聞こえたが返事もせず階段を下りた。
木花がいない事務所は日中でもどんよりとして薄暗く、暖房をつけていても何だか少し寒い。いつもケラケラとくだらない話しで笑っているあいつの顔が思い浮かぶ。あいつが来る前の二人だけだった事務所はどんなだっただろうか? そんなことも思い出せない程にあいつの存在が俺の中で大きくなっていた……。
木花を連れ去った“田中”の潜伏場所に当てなどない。心霊スポットといわれていた。トンネル、公園、廃墟、思いつく市内で穢れの多そうな所にはあらかた足を運んで、そこにいた怪異は憂さ晴らしをするように有無を言わせず祓った。
今日は木花が監視報告を担当していた中学校に行くことにした。校門の前で学校にはいるためには電話を掛けて用務員に鍵をもらわなければいけないことを思い出す。しかし、電話番号を知らない俺は……というよりも電話を掛けることを面倒に思った俺は校門の鉄格子に足をかけて登り敷地内に入る。さすがに校舎内に無断で入るわけにはいかないので、電気がついている用務員控室と思われる部屋の扉を叩く。
トントントン
「すいません。水道管点検の者です」
「えっ!? 聞いてないけど?」
用務員の男性が不審そうな声を出しながら扉を開く。
「すいません。急な訪問で……」
「ん……? ああ、いつものお嬢さんが初めて来たときに一緒にいた人だね。顔色が悪いから一瞬気が付かなかったよ。ちょっと待っててね……」
一旦室内にもどり正面玄関の鍵を持って再び現れる。
「でも君、来るなら事前に連絡もらわないと困るよ。あと、校門乗り越えてきちゃ駄目だからね」
校門を指差して呆れたような顔で俺を注意する。
「すいません……」
俺は鍵を受け取り校舎の中に入る。奥の暗がりで怪異たちが「……あいつだ」「……こわい」「……何しにきたんだろう‥…」「……桜の子はどうしたんだろう?」「……花子に何かするつもりなら許さない……」と話し合いをする声が聞こえる。その声が耳障りで、祓ってしまおうかと拳を握るが『そんなことをすれば、こいつらのことを気に入っている木花が悲しむ』と考え直し拳から力を抜いて、目的地である三階のトイレへ向かう。
俺は三回回って三回ドアを乱暴に叩く。ドンドンドンッ!!
「花子、ちょっと話しを聞かせてくれ」
トイレの個室のドアが勝手に開いて中から赤いジャンパースカートの怪異が不機嫌そうに眉根に皺を寄せて腕組みをしながら現れる。
「そんなに強くドアを叩かれると煩いんだけど! それにそんな殺気だった祓う気満々の姿で来られたらうちの子たちが怖がるからやめて欲しいんだよね」
木花がいなくなってから、うまく静めることが出来ない俺のオーラは常時解放状態になっている。怪異に怖がられるのも無理はないのかもしれない。
「……悪かった」
「それで、何の用なの? 私はお姉さんや探偵さんならともかく、あんたと話すことなんてないんだけど!」
「……ッ」
花子の言葉にイラついて拳を握るが『こいつを祓えば間違いなく後で木花に軽蔑される』と思い直して会話を続ける。
「……“薄気味悪い笑顔の人間モドキ”とか“馬鹿みたいな濃度の穢れの塊”を見ていないか?」
「私はこのトイレから出られないからあれだけど、あの子たちからもそんなものを見たって話は聞いてないけど……。それって今日、お姉さんが来てないことと何か関係があるの?」
花子は心配そうな顔で俺に詰め寄る。
「……見てないならいいんだ。邪魔したな……」
俺は花子との会話を一方的に区切り背を向けてトイレから出ていく。後ろから花子が「無視すんな!お姉さんに何かあったんだろ!答えろ!!」と怒声をあげているが振り返らず校舎を後にした。
当てになどしていなかったが、ここでも手がかりは掴めなかった。それにしても木花はずいぶんと花子に懐かれているようだ。花子の様子から本心で心配しているのがわかった。あの場で口下手な俺がどう言いつくろったところで、花子を安心させる言葉など出てこなかっただろうからあれで正解だろう。木花を救い出して会わせるのが一番良い。
怪異との絆か……爺ちゃんから『怪異は人につけこみ、人を騙す。絶対に信用するな』と育てられた俺には築けないものだろう。それも主従という縛りの無い友人のような関係など物語の中でしかきいたことのないものだ。そんなことを当たり前のようにしてしまう木花はすごいやつなのかもしれない。




