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寺生まれの橘くんと女子大生の木花さん ~小早川探偵事務所の怪異録~  作者: アオギリ ユズル
最終話【橘くんの敗北】

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最終話【橘くんの敗北】2

「咲耶ちゃん、会いたかった……咲耶ちゃんったら全然連絡くれないんだから……寂しかったんだよ」


「それはバタバタしてまして……それに舞さんも忙しいかなと思いまして……」

私は仕事にかまけて彼女への連絡を怠った男性のような言い訳をした。


「もう……ダメだよ。連絡はまめにしてね。じゃないと私……寂しくて泣いちゃうよ」


 舞さん、耳元で愛を囁くように話すのは止めて欲しい。そして凛さん、無言で後ろから抱き着くのを止めて欲しい。前と後ろからいい匂いと柔らかい感触がして頭がどうにかなりそうだ……と思っていたら、本堂から男性の声が響いてくる。


「長谷川さん、葬儀の打合せなのですが!」

2人は名残惜しそうに私を離して、舞さんは手を振りながら本堂に向かった。


 本堂に目を向けるとスキンヘッドの男性と目が合い会釈をされた。少し見ただけで目元がよく似ているので橘くんのお兄さんだとわかる。


「それにしても咲耶ちゃんは可愛らしいわ。舞ちゃんや凛が抱き着きたくなる気持ちもわかる……」

静枝さんはそう言って腕を少しずつ広げながら私に一歩ずつ徐々に近づいてくる。そんな静枝さんを所長のお母さんが「ダメよ。しずちゃん。咲耶ちゃんが困っているでしょ?」と言いながら腕を掴んで制止した。


(……最近やたらと女性から抱き着かれるのだが、私の体から女性を引き付けるフェロモンでも出ているのではないだろうか?)


「こんな子がうちの《《だれか》》と結婚して、お嫁さんになってくれたら嬉しいのになー」


 棒読みでそう言っている静枝さんの目は橘くんを捉えていて、目が合った橘くんは「さっき喪服に着替えた時、部屋に携帯忘れたかも……」と大きな独り言を言いながら私たちから離れていった。


「木花さん、兄の葬儀に来ていただいてありがとうございます」


「あれ所長! 髪型が!?」

所長の髪型がトレードマークでもあった長髪から緩い七三分けの会社員、とりわけ営業職の男性に多そうな髪型に変わっていた。


「ああ、髪は昨日切ったんですよ。探偵なら目立たないこの髪型の方が良いですからね」


 確かに探偵ならばその髪型の方が良いと思うけど、どの髪型でも所長が目立たないのは無理では無いだろうか。顔とスタイルが良すぎる。


「いっちゃんはこっちの方が爽やかで良いと思うよ」

凛さんは頷きながら目を細めている。


「そうそう、舞ちゃんもさっき同じ事言ってたわよ」

静枝さんはニコニコしながら横目で本堂に居る舞さんをみた。


「そ、そうですか……」

所長は照れ臭そうに視線を反らす。


 葬儀の時間が近づき私たちは着座して開始を待つ。唯一親類ではない私は後方に座った。自室に隠れていた橘くんは私から一つ席を空けて座ろうとしたので、「隣に来なよ」と椅子の座面を軽く叩く、さっきの静枝さんの話があったからか橘くんは照れ臭そうに私の横に着座した。


 葬儀社の男性による開式の挨拶の後、住職である橘くんのお父さんと副住職のお兄さんが入場して読経に入った。お経を聞きながら祭壇の正面に置かれた祥吾さんの遺影写真に目を向ける。生前の祥吾さんを知らない私でも人柄が見えるような優しく微笑んだ良い写真だった。性根の腐った“田中”のような怪異ではこの表情は到底できないだろう。

 

 読経が終わり説法に入る。住職は甥の祥吾さんとの思い出と遺体が消失してからを仏教的な法話を交えながら話す。途中で舞さんが声を出して泣き出す場面があり舞さんの心情を想って私も涙がこぼれた。


 次はお花入れ、順番に故人が入った棺の中に花を入れていき納棺の際に棺の脇で泣き崩れる舞さんの背中を所長のお母さんが優しく撫でているのが印象的だった。


 最後の喪主の挨拶は舞さんが行うようで所長とその両親が横に並んでいる。


「ご多用の中、またこのような事情の中、婚約者小早川祥吾の葬儀にご参列いただき、誠にありがとうございます。本来ならば婚約者という立場で喪主の御挨拶は行わないのかもしれませんが、私の皆さんにお集まりいただいた感謝の気持ちを自分の口から伝えたいという想いをご両親が汲んでいただいて、この場所に立たせていただいております。


 祥吾の遺体が長きにわたり行方不明となり、皆様には多大なるご心配をおかけしましたこと、心よりお詫び申し上げます。本当の……といいますか実際の葬儀自体は遺体の無い状態で一度行っております。しかし、この度、無事に遺体が見つかり、本日このように家族葬という形で静かにお見送りできたことは遺体の捜索に協力していただいた方々への感謝の念を抱かずにはいられません。


 故人の生前中にお寄せいただきましたご厚情に深く感謝申し上げるとともに、今後とも変わらぬご厚誼こうぎうけたまわりますようお願い申し上げ、挨拶とさせていただきます。本日は誠にありがとうございました」


 目元を真っ赤に腫らした舞さんのまっすぐな瞳からは『これからの人生を前向きに生きる』という強い意志を感じた。


 場所を火葬場に移し祥吾さんの遺体の火葬を行う。炉前ろぜんでの最後のお別れでは所長と所長のお母さんが崩れそうな舞さんを支えていた。炉入ろいれと骨上ほねあげの挨拶は舞さんの負担を考えたのか所長のお父さんが行った。お父さんの挨拶は亡き息子を悼むと同時に10年以上の間苦しみ続けた舞さんへのあたたかな想いが感じられた。それは息子の元婚約者ではなく実の娘に対するもののように思えた。


 葬儀が終わり少し疲れた顔の舞さんに私から抱き着く。私から舞さんに抱き着いたのは初めてのことではないだろうか。


「舞さん、挨拶、すごく格好良かったですよ」


「フフッ、ありがとう。頑張った甲斐があったよ」


 そう言って笑う舞さんの顔は化粧が崩れて目元は今も腫れて真っ赤だったが、いつも以上に輝いて見えた。


『葬儀は死者のためではなく、生きている人のために行い、別れの悲しみを受け入れる場』である。と、とある仏教宗派の教えにあると聞いたことがある。人は悲しむべきときにきちんと悲しまなければ気持ちを切り替えて前に進んでいけないのかもしれない。遺体の消失で10年以上停滞した悲しみを舞さんは今日の葬儀で受け入れられたように感じられた。


 舞さんと「またね」と挨拶をして屋外に出る。私は雲一つない快晴の空を見上げながら、『この晴れた空のように清々しい気持ちで舞さんが前に進んでいければいいな』と強く思った。

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