最終話【橘くんの敗北】1
橘くんが祓った“怪人のなり損ない”から出た灰は清祓協会が回収するため片づけないで良いと所長に言われていたので、借りていた家を掃除して宮司さんにお礼を言ってからそれぞれの自宅へ戻る。その間ずっと違和感があった。1人でボーっとテレビを眺めている時に私が感じている違和感が何なのか気が付いた。“田中”を祓ったというのに、その時“田中”が使っていた祥吾さん以外の遺体が見つかっていないではないか。もしかして“田中”は……私はそこで考えるのを止めた。明日は祥吾さんの改めて行う葬儀に私も呼ばれていて、みんな祥吾さんの遺体が戻ってきたことを喜んでいる、そんな中でネガティブな《《もしも》》を考えるのを不謹慎に感じたからだ。ただ、背中を小虫が這うような漠然とした不安と不快感があった。
葬儀は地下鉄東西線の終点になる西区 宮の沢にある橘くんの実家の寺院で行われる。土地勘がない私は宮の沢駅で橘くんと待ち合わせして向かうことになった。
改札を出た所で喪服のスーツの上にコートを着た黒髪の橘くんが携帯電話を眺めながら壁にもたれていた。
「橘くん、ごめんね。待った?」
そう言いながら私の視線は橘くんの頭に釘付けだ。
「いや別にそんなに待ってはいねぇよ。って何だよ。ジロジロ見て」
橘くんは少し照れながら頭に手を当てる。
「いやー、黒い髪もいいなー。って思って。染めたの?」
私は橘くんの顔を覗き込むと少し頬が赤く染まっているのが見えた。
「いや、スプレーで黒くしただけ……金髪のまま家に帰ったら親父が『何だ! その髪は!!』ってうるせぇんだよ。姉ちゃんには何も言わないくせに……」
「まぁ、凛さんはギャル系のショップ店員さんだからね。お仕事柄ってこともあるんじゃないかな?」
とは言ったものの、あの凛さんが黙って説教を受ける姿が想像できない。おそらく服装の注意をしたら論破されて、それ以降お父さんは何も言えなくなったのではないだろうか……。
駅から寺院までは徒歩で行ける距離ということで橘くんの後ろを付いていく。駅から少し離れると新しい家が多い新興住宅街となっていた。橘くんの話だと地下鉄宮の沢駅が出来たのが1999年の初めということで6年程度しか経っていないがその間に沢山の家が建ったとのことだ。そんな話をしていると大きな家のような日本料理店の店舗のような建物の前で喪服を着て立っている明るい髪の女性がこちらに手を振っている。凛さんだ。
「咲耶ちゃん、来てくれてありがとう。ちーちゃんは髪を黒くしてきて偉い偉い!」
「本当にご香典とか要らなかったんですか?」
私はバッグの中に一応用意していた香典を取り出そうとする。
「いいの、いいの。実際の葬儀は10年以上前に終わってるし、舞お姉ちゃんもいっちゃんの家族も貰えないって言ってるんだから。それに使うのが家の寺だから、費用はそんなにかからない身内だけの簡単なものだし」
「ご身内だけの葬儀に私が参加しても良かったんですか?」
「それは今回の関係者だし、咲耶ちゃんは私の妹みたいなものだから。早く本当の妹になって欲しいんだけどね……」
そう言って凛さんは横目で橘くんを見る。見られた橘くんは凛さんの視線を外すように横を向く。
「そんなことより早く中に入ろうぜ」
橘くんは凛さんの話を遮るように歩き出し、裏の建物に入っていく。
私がその様子を不思議そうな顔で見て後ろを付いて行くと前を歩く凛さんが振り向いて声を掛ける。
「うちの寺、小さいでしょ?普通はお寺だとは思わないよね。割烹料理店みたいだってよく言われる」
確かに田舎者の私が想像するお寺とはだいぶイメージが違い、良く言えば機能的な印象だ。凛さんの後ろを付いて建物に入ると『ここは間違いなくお寺だ』という感じだ。和風の玄関に奥には本堂だと思われる場所が見える。
「お母さーん。咲耶ちゃん連れてきたよ」
凛さんがそう言うと奥の方からパタパタと小走りで駆けてくる女性が見えた。顔立ちから見て凛さんにそっくりなので橘くんと凛さんのお母さんだろう。
「初めまして、木花咲耶といいます」
凛さんのお母さんは挨拶をした私の姿をマジマジと観察しているようだ。
「凛が言っていた以上、本当に可愛らしい子……」
「こんにちは、咲耶ちゃん。しずちゃん、挨拶もせずにジロジロと見て失礼よ。それに咲耶ちゃんは可愛いだけじゃなくて、すごく優しいの!」
所長のお母さんが歩きながら現れて、その後ろから来た所長のお父さんと思われる男性は頷いている。
「ごめんなさい。咲耶ちゃんがあんまり可愛いものだから見とれちゃって……私は橘 静枝。千宗と凛の母です」
静枝さんが挨拶を終えた直後、ドタドタと足音を鳴らして少し目元を腫らした舞さんが駆けてきて私に抱き着く。私は抱き着かれた衝撃で少し後ろに下がった。




