第11話【人の皮を被るモノ】9
早朝、チュンチュンというスズメの声で目を覚ました。床で眠っていたのだが体の痛みなど無くスッキリとした目覚めだ。木花が掛けてくれたであろう薄手の掛布団を畳んで、まだ眠っているであろう2人に家を出ることを書き置いておくと鏡花から声を掛けられる。
「もう家を出るのね。まぁ、その土埃がついた恰好じゃあの娘を迎えに行った時に格好つかないわよね」
「たしかにそうですね」
僕らは眠っているだろう2人に気を使って声を抑えながら笑った。
僕が眠っている間に宮司さんが持ってきてくれたのだろうビジネスバッグに丁寧に鏡花を入れると家を出て、今回のお礼を神様にするために本殿へと向かう。途中、朝のお勤めを終えた宮司さんに声を掛けられた。
「樹くん、もう帰るのかい?」
「泊まる準備もしていませんでしたし、服も埃まみれですから。今回は……いえ、いつもご迷惑ばかりかけてすいません」
「いいんだよ。弟子に迷惑をかけられるのは師匠の務めだからね。それにしても、いつも切羽詰まったような顔をしている君が今日はずいぶんと晴れやかな顔をしているね。良い事だよ。もっと女の人にモテちゃうんじゃないかい?」
そんな宮司さんの言葉に愛想笑いをしながら本殿に向かい参拝を済ませると自宅に戻りシャワーを浴びて着替える。その後は事務所に行って事務仕事をしていると協会から検分が終わったとの連絡を受け、まずは母親にその旨を伝えて、舞さんに連絡を取る。
「舞さん、おはようございます。兄の遺体を取り戻しました」
「えっ……!?ガシャン」
「ごめんなさい、あまりのことで携帯を落としちゃって!それで、本当に祥吾さんの遺体が戻ってきたの!?」
「はい……あの時消失した姿のままで……」
「どこに、今どこに祥吾さんはいるの!?」
「清祓協会が所有する霊安室です。僕が今からお迎えにあがります」
電話を切るとすぐに車を出して舞さんの自宅へ向かう。マンションの前で黒いワンピースを着た舞さんが体を上下に揺らしながら落ち着かない様子で僕の到着を待つ姿が見えた。
僕が窓を開けて「どうぞ」というと舞さんは後部座席に乗り込む。
「どうかなこの格好?変じゃないかな?」
舞さんはデート前の少女のようにそわそわして落ち着かない様子だ。事情を知らなければこれから遺体と対面する反応としては不自然さを感じるだろうが、それは彼女が兄の死を受容しきれていない証明なのかもしれない。遺体と対面すると頭では分かっていて喪服を着てはいるが、兄に会えるのが楽しみという感情で溢れている。おそらく蓋を開けるまで生死が確定しない『シュレーディンガーの猫』のように遺体を自分の目で見るまでは兄の死は彼女の中で確定しないだろう。
「舞さんはいつも通りお綺麗ですよ」
「もう!樹くんはいつも褒めるのが上手いんだから!」
(……僕は昔から舞さんにだけは本音で褒めているつもりなんですけどね……)
協会所有の霊安室がある小さな廃病院に着くと僕らより前に着いていたのであろう父の車と協会の関係者であろう車が停まっていた。車を父の車の横に停めて、降車して裏口に回る。裏口の前には協会の関係者であろう男性が会釈をして僕らも返す。案内表示に沿って霊安室に向かいドアを開ける。線香の甘い中でも鼻を突く香りが広がる。
兄の遺体の前に座る父母は息子が亡くなって悲しい、というより遺体が帰ってきて安堵しているといった表情をしている。ドアを開けた僕を後ろから突き飛ばすような勢いで舞さんが兄の遺体に駆け寄る。
「祥吾さーん!!会いたかった!ずっと会いたかった!!」
舞さんは喉を引き裂かんばかりに叫ぶと子供の様にワンワンと声を出して泣いた。2時間ほどは泣いていただろうか、両親と僕は声を掛けるでもなくその姿を見守っていた。声が止まり僕の方を向いてガラガラの声で僕に向かって呟く。
「ありがとうね。樹くん。樹くんが祥吾さんを取り戻してくれたんでしょ……?」
目元は赤く腫れて涙で流れたアイシャドウが頬まで黒く染めている。そんな状態で無理に作った引きつった笑顔が僕には今までで一番綺麗で愛おしく思えた。
「いえ、千宗くんや鏡花さん、それと協力者の方のお陰ですよ。木花さんは……今回は重要な役割をしてくれました」
本当なら僕が1人で解決したと言えれば格好良かったのだろうが、今更そんな嘘をついても仕方がない。彼女には子供の頃から格好悪い所を散々見せてきているのだから……。
「それでも、本当にありがとう!!」
そう言って僕に抱き着いてまた声を出して泣き出す。最初は戸惑った僕だが子供をあやすように背中をトントンと優しく叩いて落ち着かせようとする。そうしている間に舞さんは落ち着いたようで「ごめんね。急に抱き着いちゃって」と照れ臭そうに笑う。彼女に頼られたようで嬉しかった。嬉しかったのだが、そんな僕らの様子を両親が終始ニコニコしながら見ているのだけは照れ臭くて勘弁して欲しかった。
葬儀業者が来るのが夕方というので、泣きつかれて足元がおぼつかない舞さんを一旦家に帰して休ませようという話になった。父がこの場に残り母は舞さんの家に付いていくと言うので僕が車で送迎する。舞さんを家で休ませている間、僕は行きつけの美容室に向かう。
「小早川さん…本当に切っちゃっていいんですか?綺麗な髪なのに勿体ない」
「はい。バッサリといっちゃって下さい」
「はぁ……何か心境の変化でもあったんですか?」
「そうですね……そんな所です」
舞さんが前を向いて歩き出そうとしているのに彼女から「兄に似ていると思われたくない」という理由で伸ばし始めた長髪を残しておくのは後ろ向きに思えた。それに長髪の男性はそれだけで特徴になる。正直な所、探偵という人に紛れることが仕事の僕はなるべく特徴を無くした方が仕事はしやすいのだ。
目の前の鏡に映る自分は『祥吾の弟』ではなく、一人の短髪の探偵だ。
人の皮を被り、人に紛れるならば外見や口調に癖など無い方が良い。気味の悪い笑顔や口調で『人に紛れている』などと嘯くのは鏡花ではないけれど三流以下なのだ。




