第11話【人の皮を被るモノ】8
「ハァッ、ハアッ、樹さん、大丈夫ですか?」
息を切らせた千宗が鏡花の入ったバッグを拾い上げて近づいて来る。
「ハァッ、ハアッ、橘くんの方は……片付いたようですね」
先ほどまで千宗がいた場所には大量の灰があちこちに山を作っている。
「樹、もう手を離しても大丈夫よ。あいつは消えているから」
鏡花は優しく笑顔を向ける。
「フーっ……」
僕は兄の体から降りて地面に後ろ手を突くと千宗から鏡花を受け取り自分の膝の上に置く。
「所長~!!」
木花の声とともに背中に衝撃が走る。振り向くと木花が目を真っ赤に腫らして泣きながら僕の背中に抱き着いていた。
「ヒック……所長が死んじゃうかと思って~」
前を向くと千宗が複雑そうな顔で僕を見ている。
「橘~?何か不満なことでもあるの~?」
鏡花はいつもの調子で笑いながら千宗に話しかける。
「不満……ってわけじゃねぇけど、何だか樹さんに美味しい所を全部持っていかれた気が……」
「な、何を言っているのですか?確かに“田中”を祓ったのは僕と鏡花さんですけど、橘くんがいたから隙をつけた訳ですし、僕らだけならすぐに“出来損ない”にボコボコにされていますよ。あと、木花さん……動けないので離れて下さい」
立ち上がると兄の体に刺さったナイフを抜いて両目を閉じさせ、僕が着ていたスーツの上着を上半身にかける。正直な所くたくたですぐに横になりたい所ではあるが事後処理は大人の仕事である。これからが大変だ。なんせ10年以上行方不明だった遺体が目の前にあるのだから。
「とりあえず僕は各所に電話で連絡をしますので、2人は宮司さんに経緯を説明してから家で休んでいて下さい」
僕がそう言うと2人は頷いてスーパーのレジ袋と少しだけ散らばった食材であろうものを回収してから社務所の方へと向かっていく。
まず、清祓協会へ連絡を入れる。終業時間は過ぎていたが残っている職員がいたようで、略式の会議の後に協会所有の霊安室へ移送してそこで簡単な検分を行いたいというので了承した。明日には検分が終わって家族との面会が可能だという。
次に母に連絡をとる。僕が「兄さんの遺体が見つかったよ……。綺麗な状態で腐敗とかも無いから心配しないでね」というと「えっ……!?」と少し言葉を詰まらせた後に「樹、あなた無理して危ないことしたんじゃないでしょうね?」と母親の勘なのだろうか状況など説明していないのに薄っすらと何かを感じ取ったようで「そんなことはしていないよ…」という言葉を遮り説教が始まってしまった。ひとしきりの説教を聞いた後で「舞さんにはいつ連絡したら良いかな?」と僕が質問すると「本当だったらすぐに連絡するのが筋ではあるけれど…まだ面会できないのでしょ?あの娘のことだからあまり早く聞いたら眠れなくなってしまったり上の空になって事故にあったりするかも……面会が出来るようになったら連絡してあなたが迎えに行きなさい」とのことだ。流石は長い間、実の娘のように彼女を見守ってきただけはある。相談して良かった。
次は千宗と凛の父、つまりは僕の叔父に連絡をいれる。兄の葬儀をお願いするためと特殊な事例にも対応していながら口が堅い葬儀業者を紹介してもらうためだ。僕が経緯を簡単に説明しただけで「心配しないで全てこちらにまかせておきなさい」と心強い言葉をいただいた。
後は今回の『対“田中”攻略』において作戦のアドバイザーをしてくれた“口裂け女”の川口さんだが……後日に手土産でも持ってしっかりお礼を伝えよう。
そうこうしているとバンタイプの遺体搬送車が来て担架で兄の遺体を丁寧に運んでいった。
へとへとになりながら千宗と木花が待つ神社の家へと向かう。玄関を開けた所でとても美味しそうな匂いがした。
「所長!!お帰りなさい!!ちょうど今、ごはんが出来あがった所ですよ!!」
木花が元気よくリビングのドアを開けて僕を招き入れる。
「樹さん。お疲れ様です。さっきは不貞腐れたようなことを言って困らせてごめんなさい」
千宗は真剣な顔で頭を下げた。
「いいんですよ。誰が何と言おうと一番活躍したのは橘くんですから。それより美味しそうな匂いがすると思ったら今日は鍋ですか?」
「そうですよ~。私、木花咲耶が腕によりをかけて作った鍋です。どうぞご堪能下さい」
そう言って木花は鍋が置かれたリビングのテーブルへ誘導する。僕は鏡花を全員の顔が見える位置に置いてテーブルの前の座布団に着座した。
空腹と外食ばかりの僕には家庭の味が身に染みたこともあり鍋は想像以上に美味かった。満腹になると疲れがどっと襲ってきてそこで少し横になる。
「疲れていたのね。樹、眠っちゃったわ。咲耶、体に何か掛けてあげて……」
鏡花の言葉を朦朧とした意識の中で聞きながら『兄の遺体を救い出せた』という達成感の中で僕は眠りに落ちて行った……




