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寺生まれの橘くんと女子大生の木花さん ~小早川探偵事務所の怪異録~  作者: アオギリ ユズル
第11話【人の皮を被るモノ】

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第11話【人の皮を被るモノ】7

「弟よ~。会いたかったよ~。なんてな~。やっぱり久しぶりの兄弟の再会には殺し合いだよ~。燃えるな~」

“田中”は腹を抱えて大笑いしている。僕は鏡花の言葉を思い出し殴り掛かるのをギリギリで踏みとどまった。


「ずいぶんと楽しそうね。“田中”さん?」

僕は鏡花が話を始めるタイミングで鏡面を“田中”に向ける。


「オレに『さん』を付けるとは良くできた鏡じゃないか~。小早川樹を見限ってオレの方へ着くのか~?」


「そんな気持ち悪い笑い方する奴の持ち物になるなんてぜ~ったい嫌よ。あなたの“田中”って珍しくない普通の苗字みたいな怪異としての名前って、もしかして『人に紛れて、どこにでもいて、誰にでもなれる怪異』って意味だったりする?」


「はっ、はあ~?だったらどうだって言うんだよ~」


「えっ!?本当にそうだったの?でもあなた……残念だけどまったく人に紛れられてないわよ。その気持ち悪い笑い方や季節に合っていない服装もそうだけど、私と話している間一度もまばたきしてないでしょ?そんな人間はいないのよ。そういう意味では意識操作と記憶の改竄が効かない相手には到底『人に紛れている』なんて言えないわね。三流以下、その辺の地縛霊の方が上手く人を騙すわよ」


「ふざけんな!誰が三流だ!オレは“穢れ様”の唯一の眷属だぞ!!」

“田中”から先ほどまでのニタニタ顔が消えて目を釣りあげて怒りに震えている。


「もしかして、怒ってる?心の狭い奴ね。あと、『どこにでもいて』はともかく『誰にでもなれる』っていうのも無理が無いかしら?だってあなたは遺体を操るだけの怪異でしょ?この全身に広がっているこの血管?糸?みたいのがあなたの本体よね?所有している遺体の数だけしか姿を変えられないのよね?自身に変身能力があって……ならともかく所有している遺体を操作しているだけで『誰にでも』というのはすごく無理があるわよ」

鏡花は自身の鏡面に“田中”を映す。そこには“田中”(祥吾の遺体)の鳩尾みぞおちを中心にして全身に黒い糸のようなものが張り巡らされている様子が映されていた。


「ほんと!何なんだ!お前!!オレに文句でもあるのかよ!!」

“田中”は激昂している様子で先ほどよりどんどん声が大きくなっている。


「これだけ好き勝手やって私の大事なご主人様を困らせるあんたなんか文句しかないわよ。だから私が言いたいのは何かっていうと、あんたの基本方針?設計思想?最近ではコンセプト?って言うのかしらその辺がガバガバなのよ。そんなあんたが大物面して登場してくるんだもの。例えるなら大きな湖だと思って近づいたらボウフラのいてる水溜りだった……みたいな底の浅さにがっかりしちゃった」

そう得意げに話す鏡花を見て僕は絶対に鏡花と口喧嘩だけはしないと誓った。


「ふざけんな!!このクソ鏡!!今すぐ叩き割ってやる!!!」


「えー!?あんたの数少ない残された個性『ニタニタとした気持ち悪い笑い方』と『語尾を不自然に伸ばす気持ち悪い話し方』まで無くなっちゃってるわよ?そんなことで怪異としての“同一性”を維持できるのかしら?」

鏡花は挑発するように“田中”を指さしケラケラと笑う。


「ぜってぇ許さねえ!!今から体を大男に変えて小早川の頭を潰した後で端からバキバキ時間をかけて割ってやる!」

そう言って“田中”は左手と右足を同時に上げた所で自身の体に起こっている違和感に気が付いたようだ。


「あでぇ?おでぇ、いま゙、であげだよな?」

“田中”は首と肩をぐるぐると回して足踏みをしている。


「体も上手く動かせないくらい存在が揺らいでいるようだけど?“田中”さん大丈夫?」


「ぐぞー!!ぐぞー!」

ジタバタと規則性なく体を動かして足掻いている様子は、誤って踏んでしまった芋虫の動きのようでかなり気味が悪い。


「今よ!樹!!そこの雑魚を祓いましょう!!」


 “田中”に向かって駆け出す。死体とはいえ兄の体に今からしようと思っていることにはかなり抵抗がある。しかし、それを躊躇ちゅうちょ出来るほど自分が強くないこともわかっている。この機を逃すわけにはいかない。


(……ごめんね。兄さん)


 駆け出した勢いのまま自由に動けない“田中”の腹部を力いっぱい蹴り飛ばす。

「グフッ!!」

“田中”は受け身も取れず地面に転がって芋虫の様に体をくねらせている。


 鏡花が入った肩掛けバッグを丁寧に地面に置くと、ゆっくりと“田中”に近づき体の上に馬乗りになった。“田中”は手足をジタバタさせもがいているが、うまく体が動かないようで僕を殴ろうとする腕は地面を叩いたり自分の体を叩いたりしている。


「グゾっ!!グゾッ!!ゴノ゛!!」


 スーツの内ポケットから本殿から回収した《《あれ》》を取り出して巻いてある布を外す。


「ぞんなナイフじゃ、怪異は殺ぜねぇぞ」

“田中”は顔を引きつらせて笑う。


「普通のナイフならそうかもしれないですね。でもこれはサイズこそ刃渡り15㎝以下ですが天叢雲剣あめのむらくものつるぎを模して造られたものです。そこに僕と宮司さんが3カ月の間、毎日祝詞を捧げていたので使い捨ての疑似的な《《神具》》といっても差し支えないでしょう。普通の怪異には傷を与える程度しか出来ないでしょうけど、今の存在が揺らいでいる状態のあなたではどうでしょうか?」


 ナイフの柄を両手で強く握り頭上まで掲げる。優しく僕の頭を撫でて微笑む兄の姿が思い出とともに溢れてくる。でもそれはこれから兄の体にナイフを突き刺すことをためらわせたりはしなかった。むしろ、そんな優しい兄の体で好き勝手に悪事を働いていた“田中”への怒りと『これでやっと舞さんの心を兄の死から解放できる』という思いで、『こいつを今、祓わなければ』とさらに強く決意させた。


「やめろ゛、やめでぐれー!」


 僕は力一杯、一切の躊躇ちゅうちょ無く“田中”の鳩尾みぞおちにナイフを突き立て、体重をかけて体内へと押し込む。肉を突き破る嫌な感覚が手から伝わり全身に震えが走るが力を緩めるつもりはない。


「……っ、あぁぁぁぁ!!」

さらに体重をかけて奥になるべく奥に、背骨に当たったのだろうか硬い物体にナイフがこれ以上進めなくなっても体重をかけ続ける。


「ガハっ!」


 僕がナイフを刺している間、しばらく“田中”はでたらめに体を動かして逃れようとしていたが、ビクンと痙攣すると動きが止まった。それでもしばらく体重をかけ続けていると後ろから声を掛けられた。

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