第11話【人の皮を被るモノ】6
そうとうに焦っているようで、木花の話は要領を得ない。『怪人の出来損ない』とはおそらく、口裂け女の川口が言っていた『能力者以外の遺体を使った怪人の失敗作』のことだろう。
「宮司さん、本殿で預かって貰っていた《《あれ》》持って行きますね」
「そうか……行くんだね、樹くん。気を付けるんだよ」
「はい……。宮司さんたちは外に出ないようにお願いします」
僕は本殿に行き《《あれ》》を回収してスーツの胸ポケットに仕舞うと、ビジネスバッグから鏡花を取り出し、包んでいた布を解いてポリ塩化ビニル製の無色透明な肩掛けバッグに入れる。
「“田中”はずいぶんと性格の悪い怪異みたいだけど、簡単な挑発に乗っちゃだめよ。たとえ、それがお兄さんの姿を使ったものでも……」
「……ええ、わかっていますよ」
「それなら大丈夫ね。どんな性格の悪い怪異でも平気よ。私、意外かもしれないけど口の悪さには自信があるんだから!」
鏡花は腕を組みふんぞり返る。
(……意外…ではないですけどね。口の悪さに少しは自覚があったんですね……)
「心の準備も出来たわね。さあ、行きましょうか!」
「はい!!」
僕たちは本殿を出て全速力で走り出す。階段を下りる途中で怪人の出来損ないと呼ばれる人型の黒い塊と交戦中の千宗と、その姿を不気味な笑顔で楽しそうに眺めている中年男性が“田中”だろう。木花は鳥居のこちら側で手を顔に近づけて足踏みをしてあたふたしている。
ギリギリではあったが間に合った。彼女のことだ。千宗が少しでもピンチになったら何も考えず飛び出して行くだろう。そして、彼女が結界の外に出れば待ってましたとばかりに“田中”は彼女を攫いそのまま姿を眩ませるだろう。そうなってしまえば普段はどこにいてどこに拠点があるのか分からない僕らではお手上げだろう。
「木花さん、出て行きたかったでしょうがよく耐えましたね。“田中”は性格の悪い怪異です。あのようにニタニタと笑いながら僕らを煽って、あなたが鳥居の結界の外に出るのを待っていたのだと思います。なので、これから僕も結界の外に出ますが、辛いでしょうが何があってもあなたは外には出ないで下さい」
「でも所長……所長は……」
木花は不安そうな顔で僕を見る。
「あなたが思うように僕は最低限の能力しか持たない能力者です。でも大丈夫、秘策がありますし、僕には鏡花さんがついていますから」
「咲耶はそこで安心して私たちの大活躍を見ていなさい」
息を大きく吸ってから鳥居の結界の外に出る。千宗の方を向くと一騎当千とでも言うのであろうか攻撃の範囲内に入った黒い泥のような人型の塊を文字通り手当たり次第に攻撃して灰に返している。しかし、強い強いと言われる千宗も人間である。頬を伝う汗や息切れから疲労の様子が伺える。
(……これは時間をかけてはいられませんね)
「樹さん!!下がって!!」
僕の存在に気が付いたのか千宗が叫ぶ。
「橘くん!!そちらを手伝うのは無理だと思いますが、“田中”だけならなんとか出来ると思いますよ!」
「おいおい、誰かと思えば結界の中で守られてる木花咲耶より弱い小早川樹じゃないか~。さっきオレは強い怪異じゃないとは言ったけど、流石にお前みたいな雑魚には負けないけどな~」
“田中”はニタニタ笑いながら腕を伸ばして手の甲を2回打ち合わせる。所謂裏拍手だ。“田中”が裏拍手をすると千宗の前の地面が波打ち怪人の出来損ないが這い出てくる。裏拍手は簡易的な儀式でどこからか出来損ないを呼び出しているのだろう。どれだけいるか分からない出来損ないの出現を止めるにはやはり“田中”を倒すしかないだろう。
「まだまだ出来損ないはあるけど、もう100体くらい倒されたな~。これが終わったら補給しないとな~。あっ!小早川、お前の方に出来損ない出されること心配してる~?プっ、ないない、お前みたいなのはオレだけで余裕だから~」
「それはありがたいですね。それで、ずいぶんと遺体を持っているみたいですけどどうやって集めているのですか?」
「やりようは色々あるけど、最近のマイブームは《《あれ》》だな~。オレが長谷川舞に付けてやった『蛾』だよ~。あれは良い、人間からの依頼で暗殺に使えば金は貰えて死体も手に入る。さらに西洋の怪異だから日本の神には目を付けられない。依頼した人間も十中八九は悪人で、その内に殺して魂を回収すれば怪人の材料にもなる。多少繁殖に時間が掛かるのは難だけどな~。岩崎彩夏につけた『蛇』は失敗だったな~。材料が貴重だし他の奴で試したらなかなか死なないし~」
「まったく、そんな貴重な『蛾』と『蛇』で殺してやろうとしたのに邪魔するなんて長谷川舞と岩崎彩夏が可哀そうじゃないか~」
「なぜ、舞さんと岩崎さんだったのですか?」
「え~、長谷川舞は旦那が手元にあるのに集めないのはコレクターとして駄目かな~って思ってさ~。それに容姿が良いから男を騙すのにもってこいだろ~。お前の兄も容姿が良いから沢山の女を騙せたよ~。最初は橘家の親戚だから能力者だと思って偶然を装って殺したけど無能力者だったからがっかりしたんだけどね~。ありがとう、小早川祥吾のお父さんお母さん。顔の良い男に産んでくれて~、お礼にもう一人の息子を殺した後で殺してあげるよ~。ちなみに、岩崎彩夏は木花咲耶の能力をみるためだよ~」
怪異とはいえ人間の命をなんだと思っているのだろう。話している内容もそうだが軽薄な口調とニタニタと下卑た笑いが僕の神経を逆立てて頭の血管がドクドクと波打っているのがハッキリとわかる。
「落ち着きなさい、樹。あいつは今、馬鹿みたいに油断してる。期を待つのよ」
鏡花がささやく声で何とか正気を保ったが、あと少し声掛けが遅かったら“田中”に殴りかかるために駆け出しそうだった。
「そうだそうだ、良いこと思いついちゃった~」
“田中”が両手の甲で両膝を打つと足から地面に吸い込まれるように消えたかと思うと、地面から徐々に頭が生えてくる。頭の半分が見えた所でそれが誰かが分かった。僕の兄“小早川祥吾”だ。




