第11話【人の皮を被るモノ】5
次の日、朝食に昨日の米でおにぎりを作って食べた後、洗濯や軽い掃除をしてから、参拝して社務所に向かい宮司さんに何か手伝えることは無いか尋ねると落ち葉の掃除をしてもらえると助かるというので、私と橘くんは周辺の落ち葉を熊手で指定された場所へ集める。集めた落ち葉は近所で家庭菜園をしている方が肥料にするために定期的に取りに来るそうだ。
落ち葉集めは途中ではあるがお昼になったので家に戻って昼食を食べる。本日の昼食は私が家から持ってきたインスタントの袋ラーメンだ。食べ盛りの橘くんはそれだけでは足りないだろうから朝に炊いた米で塩おにぎりを作って食べさせる。「やっぱり炭水化物と炭水化物の組み合わせは最高だな」と言って満足そうだった。
昼からも落ち葉集めを続けてある程度綺麗になった所で宮司さんが缶のホットココアを差し入れてくれた。
「いやあ~、助かったよ。うちの神社、山の麓で落ち葉が多くて敷地が広いのに神職も私の家族だけで人手がないからね。氏子さん達も忙しくて時間がなかなか合わなくてね。もうこれくらいで大丈夫だからゆっくり休んでよ」
そう言って手を振りながら宮司さんは社務所の方へ戻って行く。
夕方に所長が私たちの様子を見に来るというので夕食を一緒に食べることを提案すると、「では、ごちそうになります」という返事を貰った。橘くんの胃袋を掴んだ料理人木花咲耶の出番である。持って来た食材では心もとない、携帯電話で調べると近所に大き目のスーパーがあるようなので、橘くんと相談して一緒に行くことになった。
「この辺って来たことなかったけど、閑静な住宅街かと思えばスーパーとかもあって住みやすそうな場所だよね。あと、市電も走ってて交通の便もいいし」
「たしかにそうだな。市電は札幌生まれの俺でも数えるほどしか使ったことはないけど便利かもな。札幌生まれって言っても俺の場合は道外の山の中にいる期間が長かっただけかもしれないけどな」
「そういえば子供の頃からずっと修行してたんだったね。他の子が遊んでいる時に修行するの辛く無かった?」
「『辛い』か……。修行自体は好きだったけど、時々学校に行くと同じクラスの奴らが楽しそうに放課後に遊ぶ約束しているのを見ると疎外感を感じて少しだけ悲しくなったな……」
「そっか……。じゃあこれからはたくさん遊ばないとね。今までたくさん頑張ったんだから加護をくれた神様たちもきっと許してくれるよ。そういえば、瞳ちゃんが言ってたけど佐々木くんと頻繁に連絡とってるんでしょ?」
「佐々木か……。あいつ俺のことモテる側の男だと思い込んでて『年上の女性にアピールする方法を教えてくれ』とか言ってくるんだぜ。樹さんならそういうの得意だと思うけど、俺に訊いてもしょうがないと思うんだけどな」
「フフッ、たしかにデートに誘われてパチンコ店に連れて行く橘くんに女心がわかるとは思えないしね。その後に瞳ちゃんから『友達としては良い人だけど異性としては無い』って言われてたよ。あと所長はモテモテだけど『年上の女性にアピールする方法』だけは苦戦しそうな気がする。やっぱり橘くんは……」
橘くんの横を大型トラックが通るタイミングを見計らい私は小声で続ける。
「私だけにモテてればいいと思うよ……」
「えっ!?何だって?『橘くんは……』の続きがトラックの音で聞こえなかったんだけど」
「なんでもな~い」
「何だよ。どうせ聞こえないと思って悪口でも言ってたんだろ?」
「フフッ、そこはご想像にお任せしま~す」
私たちは台所に立派な土鍋があったこともあり今日の夕食は鍋をすることにして、スーパーで食材を選んでいるとウィンナーの試食をしている50代くらいの女性に声を掛けられる。
「そこの若いご夫婦さんも良かったら試食していってね~。美味しいよ~」
私は足を止めて試食のウィンナーを一つ貰う。
「若いご夫婦だって。はい、旦那さま」
試食のウィンナーを橘くんの口元に近づける。
「ちょっ、お前!?ムグッ」
「どう?私の『あ~ん』で食べるウィンナーは美味しかった?」
「ああ……」
橘くんは耳までまっ赤にして照れている。
買い物を終えてスーパーを出ると外は日が落ちて暗くなっていた。神社に戻り1つ目の鳥居をくぐる。買い物に行く際は子供たちの声で騒がしかった児童公園は子供たちが帰宅したせいで静寂に包まれて山から聞こえる『カァーカァー』というカラスの鳴き声が木霊していた。1つ目と2つ目の鳥居の中間付近で道の真ん中にポツンと立った半袖のポロシャツを着た肥満体型の中年男性に声を掛けられた。
「君たちがここに住み込みで働くことになった若いカップルかい?」
「走るぞ、木花!!」
橘くんは私の手を引いて走り出す。私の手を取るために橘くんが手を離した買い物袋がガサリと地面に落ちる。
「おいおい、無視するなんてひどいな~。待ってくれよ」
不気味にニタニタと笑う中年男性の横を走り抜けて2つ目の鳥居のすぐ前で橘くんは引いていた手を離して、中年男性……“田中”の方を向く。
「木花、鳥居をくぐったら何があっても絶対にこっちに戻るな」
「橘くん……」
「心配すんな。俺がここで祓ってやる。信頼してくれてるんだろ?相棒!」
橘くんはそう言いながら振り向くとニコリと笑って親指を立てる。
「まったく……無視するなんてひどい奴らだな。ん~、でも何で気が付かれたのかな?この姿は見せたことが無いと思うんだけどな~」
“田中”はニタニタと笑いながらこちらに歩いて来て橘くんから20mほど離れた所で停まる。
「はぁ!?11月に半袖ポロシャツの奴がいるかよ。それに初対面の人間に対してそんな気持ち悪い笑い方する人間なんていねぇよ!!」
「なるほど……服装と表情か……今後の課題だな~」
「お前に今後なんてものはねぇよ。今、俺に祓われるんだからな!!」
「臨・兵・闘・者・皆・陣・列・在・前」
「ちょっとちょっと、自分で言うのもなんだけどオレは強い怪異じゃないからね。橘、お前と戦うのはこいつらだ」
“田中”はそう言うと腕を伸ばして手の甲どうしを2回ぶつけると“田中”の前の地面が波打つ。波打った地面から複数の黒い人型の塊が這い出してくる。
「こいつらは怪人の出来損ない。能力の無い人間で怪人を作ると失敗してこうなっちゃうんだよね~。知能も自我も無くて簡単な命令にも従えない、人間を見れば本能的に襲うだけ。本当に使えない。でも数だけはいるから、お前のように強い能力者を相手にするにはもってこいなんだな~。強い怪異を一撃で倒せても弱い怪異をまとめて一撃では倒せないだろ~?さあさあ、耐久戦の始まりだ~!橘、キミは何体倒せるかな?“田中”さんからの挑戦状だ~」
“田中”はよほど自信があるのかニタニタと笑いながら腕を組んで這い出る怪人の出来損ないを眺めている。
「さっさとこいつらを全滅させて、お前のムカつく顔面を思いっきりぶん殴ってやるよ!!」
そう言って駆け出した橘くんはその勢いのまま出来損ないに殴りかかる。殴られた出来損ないは足元に灰を残して霧散する。1体は蹴りで、1体は裏拳で、橘くんは何体もの出来損ないを一瞬のうちに倒していく。
「おいおい、そんなハイペースで大丈夫か~。まだまだストックはあるのに~」
“田中”が手の甲を打ち合わせると再び地面が波打ち出来損ないが地面から這い出して来る。
そんな橘くんを見ていることしか出来ない私は所長に電話を掛け、通じると返事も待たずに叫ぶように話す。
「所長!!大変です。“田中”が現れました!!橘くんが怪人の出来損ないと交戦中です!!」




