第11話【人の皮を被るモノ】4
私たちが荷物を置いて1階のリビングに行くと所長はテーブルの上に置かれた鏡花ちゃんと話をしていた。
「綺麗だし、なかなか良さそうな所じゃない」
「トイレもお風呂も綺麗だし、2階に二間続きの和室があったのすぐに行き来できるし安心だね」
「すぐに行き来できる二間続きの和室……橘、あなた間違いを犯しては駄目よ……」
「はぁ!?何言ってんだ!!そんなことするわけねぇだろ!!」
橘くんは顔を赤くして鏡花ちゃんに詰め寄る。
「間違いは誰にでもあるよ。少しぐらいなら大丈夫だからリラックスしてやっていこうよ!」
「咲耶……あなた、私の言葉の意味を理解していないのね。……よかったわね。橘。少しぐらいなら許してくれるそうよ」
「だ・か・ら、そんなことはしねぇって言ってるだろ!このエロ鏡!!」
赤くした顔がさらに赤くなり、その声には怒気をはらんでいる。
(……えっと、『間違い』って……そういう意味だったのか!!)
鏡花ちゃんと橘くんのやり取りで『間違い』の意味に気が付いた私は顔が熱くなるのを感じて顔を手の平で隠す。
「やっぱり、間違いは許しません!まだ……その、心の準備とか……とにかく、まだ駄目です!」
そう叫んでから、私は自分の失言に凍り付いた。
(……《《まだ》》ってなんだ!?私はこの状況で何をいっているのだ!?)
自分の言動で恥ずかしさが頂点になった私は『逃げ出したい』という欲求を抑えて下を向いて頭を腕で抱える。
(……うわぁぁぁぁぁぁぁ。こんな状態じゃ橘くんの顔が見られないよ……)
「鏡花さん……。2人をからかうのはほどほどにして下さい。ギクシャクして連携が取られなくなってしまいます」
所長の言葉で顔を上げて鏡花ちゃんを見るとすごくニヤニヤしている。なんて悪趣味な鏡なんだ。そして横目でチラリと見た橘くんは顔を赤くして横を向き全員から視線を反らしている。私が横目で見ているのが分かったのか橘くんも横目で私を見る。一瞬目が合って、そのことに橘くんも気が付いたようで2人同時にさらに首が痛くなりそうな程に横を向いて視線を反らす。
「この状況はあまり良くないですね……。とりあえず本殿に行って神様にご挨拶しましょうか」
「フフフッ、2人とも初心なんだから……」
所長は無表情で鏡花ちゃんを手早く布でくるむ。
「ちょっと樹!私、まだ言いたいことがあるんだけど‥‥…」
「さぁ、行きましょうか」
所長は鏡花ちゃんを革製のビジネス鞄に入れて鞄の蓋を勢いよく閉めて立ち上がる。
3つ目の鳥居を抜けて石畳の道を少し進むと道と同じ幅のコンクリート製の階段がある。階段の両端と真ん中には手すりがあり、20段程度のぼると平の道になって5m程でさらに20段の階段が続くというもので、階段を上り終わると正面に本殿、左手に手を洗う手水舎、右手に社務所があった。
所長から手水舎の作法を教えてもらい実践する。まだ少し恥ずかしいので橘くんをこそっと横目で見ると、流石は修験者で密教系寺院の生まれだ。手水舎での所作はとても綺麗で見入ってしまいそうな程だった。
(……何だか今日は変だな?鏡花ちゃんのせいで意識してしまったせいか橘くんが少しだけ格好良く見える。少しだけ……だけどね……)
本殿の前に立って、神様にこれから神社でお世話になることへのご挨拶と可能な範囲で見守っていて欲しいとお願いする。その後は社務所で宮司さんへ改めてのお礼をして、残した仕事があるという所長は事務所へ帰っていった。
これはまずい。気まずい雰囲気の橘くんと二人きりじゃないか……
「二人っきりになっちゃったね……」
「ああ……」
(……橘くんはどんな表情をしているのだろうか……なんだか恥ずかしくて顔が見られない。でも、これから2人で生活するんだ。ギクシャクしていちゃまずい、気持ちを切り替えなきゃ!)
「お家から少しだけだけど食材を持ってきたんだ。野菜炒めみたいな簡単な物しか作れないけど良いかな?」
「ああ……。助かる……」
北海道の秋の日の入りは早く、沖縄と比較すると1時間半も違うそうだ。11月も終わりになれば4時過ぎには日が落ちて外は暗くなる。
私が台所で夕食を作っている間、橘くんはリビングでテレビを視ていた。夕方のローカルニュースで街頭リポーターが元気に話す声が台所まで聞こえてきている。
台所の調味料や味噌などは賞味期限はもちろん劣化も無く良い状態で保たれており、調理器具や食器類も清潔だった。私は手早く……とはいかないが、炊飯器で米を炊いて野菜炒めと味噌汁を作る。
「橘くーん、ごはん出来たよー」
私の声が聞こえたようでテレビの音が消えて橘くんが台所にやってくる。
食卓テーブルに並べられた料理を見て橘くんは小さく頷いている。
「大したものは作れませんでしたが、どうぞ召し上がれ」
「いただきます」
橘くんの食べる所作はとても綺麗で私は見とれてしまっていた。
「いや……そんなにじっと見られてると食べづらいんだけど……」
橘くんは箸を止めて私の方を見る。
「ごめんごめん……そうだよね。それで味付けはどう?しょっぱかったりしない?」
「すごく美味いよ。好きな味付けだ」
『好き』という言葉を聞いた私は体に電気が流れるようにビクリとして、心臓が高鳴るのを感じた。
(‥‥…これは間違いない。私は彼のことを男性として強く意識している……端的にいうと『私は橘くんのことが異性として大好き』なのだ)
それに気が付いてしまうとギクシャクしている時間がすごくもったいない気がしてきた。相手はあの鈍感で朴念仁の橘くんである。こちらから積極的にアピールしないと『私が彼のことが好き』なことなど一生気が付かれないかもしれない。
「『好きな味付け』ね~。もしかして私……橘くんの胃袋を掴んじゃった?」
私は妖艶に微笑む。
「ブッ!!何言ってんだ。お前」
かろうじて味噌汁を吹かなかった橘くんはなんだか照れ臭そうに食事を続けた。
食事を終えると作って貰ったから後片づけは自分がやるというので、食器洗いを橘くんにまかせて浴槽にお湯を張る。
入浴時に偶然お風呂で鉢合わせるようなラブコメではお約束の展開などあるはずもなく、私たちは今日一日、色々とありすぎて疲れていたこともあって早めに就寝することにした。
疲れているはずなのだが、慣れない環境のせいかなかなか寝付けず、“田中”に遭遇した昼のことを思い出して少しずつ不安感が積もっていった。
「木花……起きてるか?」
隣の部屋から橘くんが私に優しく語り掛ける。
「うん……なんだか寝付けなくて……」
「不安か?……“田中”のこと……」
「うん……やっぱりね。考えちゃうよ……」
「心配すんな……何があっても絶対に俺が守ってやるから」
「頼んだよ……信頼してる……」
橘くんの声を聞いて安心したのか私はすぐに眠りに落ちた。




