第11話【人の皮を被るモノ】2
「……橘くんお休みの所すいません。小早川です。……実は木花さんが“田中”に遭遇してその後どこかに連れていかれそうになったそうです。……はい。そうです。大変危険な状況です。……そこで橘くんには護衛のためにしばらく木花さんと行動を共にして欲しいのです。幸い、僕のお世話になっている神社の敷地内に今は使っていない家があるので……『えっ!?待ってください樹さん!!俺、木花と2人で暮らすんですか!?』……はい。安全が確保できるまでの間でかまわないのですが……急な話になってしまいすいませんが準備をして事務所に来てください」
所長はフーッと息を吐く。
「とりあえずの段取りはつきました。橘くんが事務所に来たら、木花さんは橘くんを連れて自宅に戻って準備をして神社に来てください。僕は神主さんに説明するために直接神社に向かいます」
しばらくして事務所のドアが叩かれる。
トントントン
「橘です」
「どうぞ」
所長の言葉を受けて大き目なボストンバックを肩に掛けた橘くんが姿を現す。
「ごめんね。橘くん……私のせいで……」
「木花さんが謝ることではないですよ。ここで働き始めたのが原因の一助にはなっているのですから。責任は僕にあります」
所長は優しく私に微笑みかける。
「まぁ、心配すんな。俺が一緒に居ればどんな怪異だろうと倒してやるよ!」
橘くんは握り拳を掲げて笑う。
「信用してるぜ、相棒!」
私も橘くんと同じように握り拳を掲げて笑う。
「それでは僕は先に神社に向かいますので、2人は木花さんの自宅で宿泊の準備をしてから来てください」
「樹、これからはしばらく私もあなたと同行するわ。何かの役には立てるだろうから」
鏡花ちゃんの言葉を受けて所長は頷き、丁寧に鏡花ちゃんを包むと鞄に仕舞う。
私たち3人と鏡花ちゃんは一緒に事務所を出る。もう一度全員無事でここに戻ってくるという強い決意とともに……。
私と橘くんは所長、鏡花ちゃんと別れて所長が呼んでくれたタクシーで私の家に向かう。
私は乗車中に真面目な顔で座っている橘くんの横顔を眺めていたら少しだけからかいたい衝動にかられた。
「さてさて、ふとしたトラブルで私という美少女と同棲することになったラブコメ漫画の主人公のような橘くんですが、今のお気持ちをお聞きしてもよろしいですか?」
私はおどけてそう言うと橘くんの顔を覗き込む。
「お前な……、どこに“田中”が潜んでいるかわからない状況でよくふざけてられるな……。気持ちは……嫌……ではねぇよ」
橘くんは少しだけ耳を赤くして、窓の外へ顔を逸らした。
(……え、今の反応、何? )
予想外の「肯定」に、今度は私の方が言葉に詰まってしまった。車内の温度が急に上がったような気がして、私は慌てて視線を泳がせる。
そうこうしている内に私の家の最寄り駅『南郷18丁目駅』付近を通る。先ほどの気まずさもあり、「あのお菓子屋さんが美味しい」とか「あのビデオレンタル店は中古漫画の品揃えが良い」とかどうでも良い説明をしているとアパートの前に着いた。タクシーの運転手さんには少し待ってもらえるように頼んで私たちは降りる。
アパートの階段を昇っている際にふとした疑問を口にした。
「そういえば橘くん?女の子の部屋に入ったご経験は?」
「あるよ…姉ちゃんの部屋だけど……」
『姉ちゃん』の部分が消え入りそうなほど小さい声だった。
「凜さんの部屋はノーカウントだよ。女の子だけど親族だからね。じゃあ私は『橘くんを部屋に入れた初めての女の子』になるのかな?でも私も男の子を部屋に入れるのは初めてだから……橘くんが『私の部屋に初めて入った男』になる!?」
「馬鹿なこと言ってないで早く部屋に入って準備しろよ」
その言葉を受けて鍵を開けてドアノブに手をかけてドアを開ける。
「さあ、入って入って、何もない所ですがね」
そう言って橘くんに手招きする。
私の部屋はバストイレ別のワンルームアパートでカーペットや家具、寝具、神棚にいたるまで様々な所にピンク色が溢れている。瞳からは『咲耶って少女趣味だよね』と部屋に来るたびに言われるが気にしない。ピンクはいつもお世話になっている咲耶姫様の色。加護の力も強まりそうではないか。……というのは言い訳で加護を頂く前から部屋はピンク色なのだが。
橘くんをテーブルの前のクッションに座らせて麦茶を出してから、スーツケースを出して衣類を詰めるために箪笥に手を伸ばした所で私は気が付いた。準備をする私をボーっと眺める橘くんに……
「橘くん……私、今から服をスーツケースに詰めようと思うんだけど?」
「……ん?」
駄目だ。この鈍感な男の子は私の言葉の意図に気が付いていない。
「服だけじゃなくて下着も箪笥から出して詰めるんだけど……そんなに見られると恥ずかしい……まさか!それが目的なの!?このエッチィー!!」
「はあ!?そんなんじゃねぇし。今から後ろ向くからさっさと詰めろ。終わったら呼べよ。それまで絶対お前の方は見ないから」
橘くんは顔を赤くして体ごと後ろを向く。
(……少しからかい過ぎたかな?怒っちゃったかも)
私は急いで衣服と下着、スキンケア用品と化粧品、歯ブラシなどのトラベルセットを詰める。
「もう大丈夫だよ。さっきはごめんね。からかい過ぎちゃった」
「ったく。俺をその辺の下心だけで動く男みたいに言うんじゃねぇよ。好きになった奴とは順序を踏んで……何でもねぇよ」
こちらを向いたかと思うと橘くんは顔を赤くしてすぐに後ろを向いた。
(……もしかして橘くん、私のことを……まさかね)
準備を終えて出発する前に神棚に手を合わせる。
(……咲耶姫様、私たちが無事にこの難局を超えられるように見守っていて下さい)
「さあ、行くよ。相棒!!」
「おう!!」
私と橘くんは意気揚々とタクシーに乗り込む。運転手さんには目的地『藻岩遠理神社』へ向かって欲しいと頼んだ。
藻岩遠理神社はジャンプ台のあるスキー場で有名な藻岩山の麓にあり、火遠理命を主神として祀る神社らしい。火遠理命は私がご加護を頂いている木花咲耶姫命と瓊瓊杵尊の子で、天照大御神の曾孫に当たる。初代天皇・神武天皇の祖父である。別名に火折尊、彦火火出見尊、一番有名な名前は山幸彦だろう。




