第10話【怪人口裂け女】6
「はい。私も産まれた瞬間を含めて数回遭遇しただけです。私が”怪人”として産まれたのが1979年、今から二十六年前です。その時から今の姿でそれなりの生活に関する知識と自分は怪人で存在を維持するためには自分の存在をある程度、流布しなければ消えてしまうことを理解していました。それは怪人として怪人全員に与えられる知識なのか素体となった人間の知識なのかは分かりません。そうして私はしばらく自分の存在を維持するために実体を持ち土地に縛られない利点を生かして全国各地で小学生を驚かせながら住み込みの工場で働く生活をしていました」
(……ふむふむ工場で住み込みで……?)
「なぜ小学生だったのかというと学校内で噂になれば流布しやすいと考えたのもありますが、単純に中学生以上は攻撃されそうで怖いじゃないですか? そんな私の目論見は目論見以上の効果を示して『広告代理店の噂の流布実験だったのではないか』と噂される程に全国に流布しました。それこそ私のことを知らない小学生などいないほどに……。しかし、私の想定外の事態が起こります。噂として広まる過程で私の弱点と対処法も流布されたのです。あの整髪料も黄色い飴も怪人として産まれた際には別段苦手ではありませんでしたが、今はソレを聞くと体が震えて動かなくなるほど怖いのです。それもあって私は人を驚かすことを辞めました。定期的に私という怪異が怪談本やテレビ番組で特集されるようになって存在が安定したので、これ以上驚かしてもリスクしかありませんから」
「噂の流布の過程で弱体化ですか……。ん!? 今、さらりと『工場で働く』とおっしゃいましたが、お仕事をされているのですか?」
「はい。実体を持つ怪人である以上はご飯を食べなければ消えてしまいますから、マスクをしていても働けるのは工場くらいですけど。今も川口 咲子と名乗っています。怪異としての本質と大きく外れた名前は名乗れないので、“口裂け女”の川口咲子なんて冗談みたいな名前ですけどね。できれば人前ではそう呼んでいただけると助かります」
「それで人に紛れて生活していた川口さんがなぜ今になって小学生を驚かすようなことをしているのですか? ここまで名の知れた怪異であるあなたが存在の維持を目的にしているわけではないでしょうし」
「おっしゃる通りで、存在の維持を目的に小学生を驚かせていたわけでありません。私は歳を取らないので、最低でも五年に一回は居住地を変えなければいけません。ですが最近は身元がはっきりしない、私のようなモノが住み込みで働ける職場も減っていまして……そうして困っている私に声を掛けてきた怪異がいました。“穢れ様の眷属”を名乗る“田中”という怪異です。“田中”には人間の認識を操作して記憶を改竄する能力があり、簡単に私の住み込みで働ける職場を用意してくれました。相手は怪異、同族とはいえ見返りも無く親切にはしてくれません。“田中”は私に『悪人の魂か能力者の死体を用意しろ』と言ってきました」
「それじゃあ、お前は能力者を誘き出して殺すために……!!」
橘くんは勢いよく立ち上がり構える。座っていた椅子はその勢いで後に倒れそうになる。
「ちょ、ちょっと待ってください! そんなつもりはありません。職場を用意してもらっただけで人間を殺していては割に合いません。それに私は今まで人を殺すような悪事を働いたことはありません。存在の維持が目的ならば驚かすだけで十分ですから」
「それでは何故、驚かしていたのですか?」
「……『やっている感』を出すためです。人間は殺せないけど、何もしないよりは“田中”も許してくれるかなと……」
(……人間を起源とする怪人だからなのか随分と人間っぽい理由だな)
「そうですか……。それと“田中”という怪異について詳しく教えていただけますか?あなたの身柄の保護と今後の就職先などは私が所属する協会と掛け合ってみますから」
所長のその言葉に川口さんの目が細まって、マスクが少しだけ上に挙がった。
「“田中”は人間の姿をしていますが会うたびに姿を変える怪異です。私は三度ほど会ったことがあるのですが、一度目は所長さんくらいの年齢の青年、二度目は中学生くらいの少女、三度目は四十代中頃くらいの男性でした。出会った場所がまちまちで、場所や人に縛られている様子がないことから実体を持ったタイプの怪異だと思います。そして特徴的なのが姿は変わっても、いつもニタニタと下卑た薄ら笑いを浮かべて相手を馬鹿にしたように話します。怪人の私からみても不快で胡散臭くて気味の悪い奴です」
「“田中”も実体がある怪異ということは“怪人”なのですか?」
「どうでしょうか……。私は“穢れ様”に作られた“怪人”ですが、眷属関係にはありません。“穢れ様”から指示を受けたり特別なつながりを感じたりすることもありません。少なくても“田中”は自分が“怪人”だから眷属だと言っているわけではないと思います。『私たち“怪人”よりも“穢れ様”にとって自分は特別な存在』であるということを私に示したかったのではないでしょうか」
「“怪人”の川口さんでも、“穢れ様”と“田中”には不明な点が多いのですね。最後に“田中”は何故悪人の魂と能力者の遺体を必要としていたのですか? おそらく時々起こる『能力者遺体消失事件』と関係していると思うのですが……」
「そこは私も気になって“田中”に尋ねてみました。“田中”曰く『悪人の魂を使って作った“怪人”は良心という不純物が混ざらず、黙っていても“怪人”らしく悪い行いをしてくれる。能力者の死体じゃないと“怪人”に合成した際に魂の定着が悪くて失敗作になってしまうことが多いからだ』といっていました」
「つまり今まで消失した能力者の遺体は……」
「おそらくは“怪人”を合成する材料にされてしまったのではないでしょうか……」
川口さんの言葉を聞いた所長は大きくため息をついてうなだれ動かなくなった。静かになった店内では大きな柱時計の振り子が揺れる音とその針が動く音だけがしばらく聞こえていた。
(……所長のお兄さん、つまり舞さんの婚約者だった祥吾さんの遺体もおそらく……)
カランコロン
新しいお客さんが入店してベルが鳴る音で所長は顔を上げる。
「すいません。自分なりに思うところがありまして……。色々と貴重なお話をしていただきありがとうございます。川口さんのことは安全に平穏な生活が出来るように協会に掛け合いますのでご安心下さい。当面は今のお住まいに帰るのは危険かもしれませんのでホテルのお部屋を用意しますね」
そう言って所長はすぐに携帯電話でビジネスホテルの予約をいれていた。
「私って名前は知られていますけど、子供を驚かせることしかできない弱い“怪人”なので祓い屋さんが来たときは祓われてしまうんじゃないかと怖かったんです。でも来たのが所長さんのような優しい祓い屋さんで本当に良かった」
川口さんは目を細める。
(……さすが自分の手腕で噂を広めて、自らの存在を盤石にした怪異。本当に策士だ。いやにべらべらと内情を話すと思ったら、最初から自らの保護が目的だったとは……。もしかしたら『やっている感』と言いながらも、小学生を驚かせていた所から彼女の計画だったのかもしれない。そんな彼女でも……あの規格外の変態、柴崎くんに遭遇したことだけは計算外に違いない……)




